「貧乏真面目くそボッチ理系大学院生が散歩中にだれかと出会って恋に落ちるか落ちないかの話。」
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研究室から帰って、締め切りが近いエントリーシートと整理しなければならない実験データのタブを開いたままのパソコンを眺めていると、居ても立っても居られなくなったので、雨が降っているのに財布と鍵をポッケに詰めてうっすい上着を着て傘を持って散歩に出かけた。
しかし。しかし俺が外に出ると、雨脚は弱まる。そういう人生である。
何かに備えてよかったためしはないが、備えなくてよかったということもないので、徒労に終わるのがわかっていても転ばぬ先の杖的な準備をやめられないでいる。わかるひとにはわかる例えだが、進研ゼミで学習指導要領外の部分ばかり勉強させられている気分だ。
楽観的で人生が楽しい人と比べると、なんともまあ無駄な時間と労力が浪費されている毎日だ。
傘を地面に対して垂直になるように持ちながら、水たまりを避けて歩く。具体的な場所は明記しないが、クソ寒い場所に住んでいるので、1月に雨が降るのは珍しい。積もっていた雪と今降っている雨が入り乱れてアスファルトの上で灰色のシャーベットになっていて、汚い。
基本的に生きていて楽しいと思うことはないが、散歩は嫌いじゃない。好きな芸人がサイクリングのことを動的瞑想だと言っていて、考えを整理したいときなんかによく自転車を走らせるらしいが、自分にとって散歩はそれに近いものだ。
もっとも、俺の頭の中で整理されるのは先輩への悪口か、現状の不満、それかありもしない妄想くらいのものだ。なにも面白くないし、生産性もない。ただ、頭の中を渦巻くごみ、汚れが洗濯ネットにかかるようにまとまってくれるので、散歩をするとすっきりする。だから嫌いじゃない。
いわゆる普通の趣味と言われるようなことはやっていて楽しくない。それは、その趣味が悪いのではなく、他人が悪いのでもなく、俺自身が悪いからだ。俺はつまらない人間だ。
下戸で、酒を飲めない。逆流性食道炎で、脂っこいものが食べれない。耳が弱いのでフェスやライブにもいけないし、パチンコなどのギャンブルもうるさくてだめだ。顔も性格も終わっているので彼女どころか同性の友達もほとんどいないし、数少ない友人にも最近煙たがられている気がする。俺はとにかく気が利かないので、そんな俺が煙たがられている気がするということは相当嫌われていると予想される。酒、博打、女、音楽、友人、食事。どれもまあまあ苦行だ。だから人生が楽しくない。
ちなみに、親ガチャなんて物があるとすれば、俺は相当あたりの部類である。大学どころか大学院まで行かせてもらって、仕送りももらって、もちろん虐待なんかされたこともないし、反対に甘やかされすぎたということもない。親の素晴らしい教育の甲斐もあり、まあまあの大学に浪人せずに入って留年もすることもなく進級し続け、席次がつく成績で卒業し、大学院生となった。
なのにだ。なのにつまらないのだ。これはもうなんていうか、どうしようもないね。
傘を少し揺らしながら歩く。またぐには大きい水たまりを飛び越える。運動不足が祟って、膝が不安な感じを醸し出している。飛ぶという行為は無条件に許されているわけではないと知ったのは最近のことだ。こんなに未熟なままなのに、できることが少しずつ無くなっていくというのが、途方もなく恐ろしく感じる。
「彼女が、彼女が、彼女が欲しい―。俺のことを好きな女のセンスはヤバいけどー。」
クソみたいな自作ソングを口ずさむ。一応言っておくと、カラオケで70点台ばかりたたき出す歌唱力である。あと、下手よりなにより声がきもい。深夜になると誰も外に出ない田舎なので、こんな愚行が許されている。誰もいない中を歌いながら歩くのは街を独り占めしている気分で悪くないが、肝心の歌が下手なので、やっぱり様にならない。
そして、彼女が欲しいのかどうかは、単純に見えて複雑な問題だ。性欲があるし、承認欲求もあるので、彼女は欲しい。でも、いざ作るとなると難易度が高すぎて大変かつ面倒だし、できたところで今度は関係を維持するのが大変だ。過去に2回ほど恋人がいたことがあるが、あれは確実に気の迷いである。もちろん向こう側のだが。
それでも、夜になって外を歩くと恋人がほしくなる。これは、ロマンチックな話ではなく、ヒト、ホモサピエンスとしての本能な気がする。何一人で歩いてるんだと遺伝子に叱られているような、そんなことを考える。
いつも、散歩の途中にコンビニに立ち寄る。普通に預金残高が5万円を切っている貧乏極まりない大学院生だが、コンビニでよく無駄遣いをする。好きなバンドが、コンビニでおにぎりに一つ追加して買い物をすると千円を超えてしまうという歌を歌っていて、それにたいそうかんどうしているのだが、毎回千二百円ほどの買い物をしてしまう。クソみたいな人間とは俺のことだ。
貧乏を美徳として振りかざすのは滑稽極まりないが、貧乏なのに無駄遣いをする奴は愚の骨頂である。
そんなことを考えていると、コンビニについた。
ここの店員は可愛いが、それを理由に彼女を見ることは失礼を通り越して犯罪なので、レジに行くまで決して目線をやらない。それが自分ルールだ。
あーあ、イケメンだったらな。それかせめて清潔感さえあれば。そんなことを考えながらカゴにサラダチキンと微糖コーヒーを入れていく。
彼女のビジネススマイルが、嫌にまぶしかった。
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