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『*世界にたったひとつだけ』

 昔むかしのお話です。

 あるこじんまりした島国に、ある王国がありました。マグノーリャというその王国に、一人の王女が生まれました。生まれたてのその王女は「エリザベト」と名づけられ、すくすく育っていきました。


 王女はとても綺麗な幼子でした。生まれた時から天使のように美しく、育っていけばいくほどに、なおさらに愛らしくなっていきました。


 そのことで、王女の母は……つまり女王は、舞い上がってしまいました。女王様自身は、正直言って「あまり美しくない」ことで民の評判だったので、自分の娘が美しいことが、自慢でしょうがなかったのです。


 五年が経って、エリザベトは無事に五歳になりました。そのことのお礼に、王様一行はエリザベトを連れて、国教の女神の神殿にお参りをしに行きました。その時女王は得意になって、こうお祈りをしたのです。


「女神様、あなた様のおかげで娘は無事五歳になりました。ご覧ください、わずか五歳でこの美しさ! 今にこの子は、女神様、あなた様よりずっと美しく育つでしょう!」


 女王が口にした瞬間、神殿に大風が吹き荒れました。あまりの勢いに王様一行は思わず目をつむり、風がやんで目を開けると、それは美しい女神様が祭壇さいだんの上に浮いていました。その目には明らかな怒りが燃えています。


「ほうう、この娘がエリザベト、『天使のように美しい王女』か……なるほど、確かに美しい。それではこの女神が、王女に祝福を授けよう……この王女は『国家と結婚』し、一生国家とげれば国は安泰あんたいであるだろう。しかし誰か一人の相手と恋に落ち、『国家の妻』であることをやめた時、この国は滅び去るだろう……」


 恋をしてはいけない、誰かと結婚してはいけない。一生(ひと)で通し、国家のためだけにその人生を捧げよと、つまりはそういう呪いでした。


 ……その言葉を最後に、女神は誰がどれだけ神殿で祈っても、姿を見せなくなりました。近隣きんりんの国は、マグノーリャを「神なき国家」とさげすみました。そんな中、女王様はそのことを気にんでものをいっさい食べなくなり、やせ細って亡くなりました。王様もやがて病に体をむしばまれ、じきに亡くなってしまいました。


 王女は七歳で「国家の女王」になりました。女神様の呪いがあるので、エリザベトは誰とも恋をしませんでした。「わらわは国家と結婚したのだ」と、こんの貴族のまとうドレスを身にまとい、日々政務にいそしみました。


 そうして実際、国はうまくいっていました。マグノーリャ国の男たちは、未婚者も既婚者もみんな女王の美しさにせられ、「女王様は俺たちみんなの妻なんだ」と思い込んでいました。そうした強い「仲間意識」があるので、他国からの侵略だって物ともしません。兵士となって敵国の軍隊を全力で追い散らし、女王のもとにも寄せつけません。昔の「女神のお告げ」の通り、国はうまくいっていました。


 ……そんなある時、城に一人の吟遊詩人がやって来ました。彼は若く、肌の色は赤く、すうっと長い黒髪に、じっと見ていると吸い込まれそうな黒い瞳をしていました。彼は城の門前で歌い、「あんまり声が美しいので」、城の中に引っぱり込まれて女王の前で歌をろうしたのです。


「……お前、名は?」

「『ハミングバード』と申すそうです、女王様」

「……ああ、お前はもういい、下がっていろ。わらわはこのハミングバードと話がしたい」


「女王様と、吟遊詩人ふぜいが直接話す」などとんでもない……そんな配慮でどうしていた「通訳」は、なんとも渋い顔をしながら女王の居室へやを去りました。他の者も座を外し、居室の中には美しい女王と吟遊詩人の、二人だけになりました。


「……ハミングバード。お前はどこの生まれなのだ? ここらの人間には珍しい、美しい肌をしているが……」

「……海の向こうの大陸です、女王様。わたしは……わたしは幼い頃、奴隷としてこちらの大陸の人間にさらわれて、この地へと渡ってきた者です……」

「――悪かった」


 語り重ねようとした青年に、女王は()()あやまってわずかに頭を下げました。青い宝石のような瞳に、「悪いことを聞いてしまった」という後悔がありありと浮いています。そんな「一国の女王」らしからぬ繊細せんさいな気遣いに、詩人は微笑わらってかすかに首をふりました。


 ……そうして、この瞬間から、吟遊詩人は女王様に、女王様は吟遊詩人に、恋をしてしまっていたのです。


 吟遊詩人のかげのある笑顔、美しい声。

 女王様の淋しげな微笑、威厳の奥に見え隠れする少女のような純粋さ……。


 どうしようもなく互いが互いに魅かれていき、二人はほどなく「深い仲」になりました。女王様のベッドの中で、詩人ははだかの赤い肌をさらしながら、しみじみとこう打ち明けました。


「……わたしは、何年か奴隷として暮らしました。ある時小さく歌っていたら、その声が行きずりの吟遊詩人の耳にとまって、わたしはその吟遊詩人に、安く売り渡されたのです。彼は最初は優しかったけど、そのうち自分よりわたしの方に『歌の才能』があると気づいて、わたしを虐待ぎゃくたいし始めました……」


 女王は黙って聞いています。なだめるように肩をでてくる白い手に赤い手をそっと重ねて、ハミングバードは再び口を開きました。


「……わたしは『このままでは殺される』と思いました。そうしてある夜、吟遊詩人をうまくおだてて、いつもの量よりずっと多くの酒を飲ませて、べろんべろんに酔ったところを……果物ナイフで何度も刺して、刺して、殺して……ひとりで旅を、始めたのです……」


 エリザベトは青い目を痛ましそうに閉じて、その目からひとすじ、ふたすじ、塩辛い水が垂れ落ちました。再び開いた柔らかな宝石のような瞳に、吟遊詩人が映っています。吟遊詩人は相手の目の中に映る自分を、まっすぐ見据えて、美しい声でまたも打ち明けだしました。


「――エリザベト。わたしはあなたにもう一つ、言わねばならないことがある。わたしはこの国マグノーリャの、隣国りんごくから送られたスパイのようなものなんだ」


 女王は()()と口を開き、口をつぐんで次の言葉を待っています。ハミングバードは無防備に赤い肌をさらしながら、なおも告白を続けます。


「エリザベト、あなたは『国家の妻』だ。あなたが誰か一人を愛し、誰か一人を夫にすれば、このマグノーリャ国は滅びると……近隣の国の者までも知っている。だからわたしは、あなたを『国家から奪う』ために……ひいてはこの国を滅ぼすために、隣国から金を積まれておどされて、送られた存在だったんだ……!」


 でも。けれど……、

 そう言ってあとは何にも言えなくなり、ぽたぽたと涙をこぼす青年に、女王はそっと口づけました。


「――逃げよう、ハミングバード。わらわは、もう国家の妻ではない。この国のことなどもう知らん……わらわは、わらわは……」


 潤みにうるんだ青い目から、なごりのように大粒のしずくが落ちました。


「……お前がいれば、生きていける……」


 そうして二人はきつくきつく抱き合いました。その後すぐに「メイドと執事のかっこう」に変装し、王族しか知らない城の中の抜け道をくぐり、城下町の外れの小さな川まで行きつきました。


 渡し船の渡し守は、二人を見つめて死神のように笑いました。


「……メイドさん。()()()()()()()()()()?」


 はっと抱き合う二人をわらわら取り囲み、マグノーリャ国の男どもが武器を手に手に迫ってきます。


「女王様は、国家の妻だ」

「このマグノーリャ国家の妻だ」

「そうして俺たちみんなの妻だ! このあばずれ、夫を裏切りやがった! 俺たちみんなを裏切りやがった! 許せねえ!!」


 そうして、怒り狂った男どもは、泣き叫び愛を叫ぶ二人へ群がり、細切れに切り刻んで殺して捨ててしまったのです。


 ……そうです。「みんなの愛する女王様」の心変わりが、「女王を愛する」男たちに分からぬはずもありません。王国の者はみんな、二人の言動を監視していたのです。そしてベッドの上での「裏切り」、そのうえ駆け落ちといった「大罪」に、男たちは怒りの頂点に達したのです。


 こうして、エリザベトとハミングバードは、細切れの肉片と赤いあかい血だまりになって果てました。ばらばらの二人の亡骸なきがらは、野良犬があさり、鳥がついばんで消えました。……やがて二人の血が染み込んだ、川ばたの野原の土から、一本の芽がちょこんと顔を出しました。


 芽はすくすく育ち、みるみるうちに大きくなって、今まで誰も見たことのない、不思議な樹になりました。樹はたくさんの赤い花を咲かせました。そうしてやがて血のように、赤い丸い実をつけました。


 どうしてでしょうか……その実を見た者は、何がなんでもそれを食べたくてたまらなくなり、食べては実の猛毒にやられ、全身(あか)けに肌がただれてばたばた死んでいきました。


 その樹は、二人の恨みが形となって現れた存在だったのでしょうか。マグノーリャ国の人々はかれたように実を食べて、食べては死に、その呪いを恐れた「生き残り」の人々はぞくぞく他国へと逃亡し……。そんなことを繰り返し、国は滅んでしまいました。


 しかしその後、二人の呪いが薄れたのでしょうか……。それとも、どこかよそで生まれ変わって、幸せに暮らしているということでしょうか……。どうしてかいつからか実の毒はなくなって、やがてまた新しい国家が生まれました。そうして()()()は今は世界中でたった一本だけの、珍しい樹として有名になっているのですよ。


* * *


 そう言って話をめて、「珍しい樹の守り人」はにっこり笑ってくれました。守り人のすぐ後ろ、それは大きな美しい樹が、夏の日ざしをさえぎってかげを作ってくれています。


 守り人は上機嫌に、ぽんぽんと樹の肌を軽くたたいて言いました。


「何だかね、どういう訳か、この実の種を異国に持っていって植えても、まったく芽吹きもしないそうでね……。だからこの樹とこの果実は、この国イチオシの観光資源になっているって訳ですよ!」


 言いながら守り人は、ぐっと大きな手を伸ばし、樹の枝にたわわになったプラムのような果実を二つもぎとります。


「……ですからね、ここに来た人は、誰でもこの実が食べられるんです! と言ってもこの国立公園はバカ高い入場料を取るし、『見た目はひょろっこい兄ちゃんだけど、その実は十万馬力の人外』である()という樹の守り人がおりますがね!」


 守り人は人なつっこい笑顔を見せて、私たち二人についと果実をさし出します。


「――さあさ、せっかく来たんだお兄さん方! 今は毒はひと欠けもありません、この珍しい『呪いの果実』をご賞味あれ!」


 そうすすめられた「味覚のある機械人形からくり」である私も、せっかくですから博士と共にいただきました。


 ……え、味ですか? そうですねえ……「完熟のプラムを思いきりつやっぽくしたような」、忘れられない、何とも言えない味でしたねえ……。

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