『少年の憤り』
……や、パパとママ、帰ってきたみたい!
やあ、面白かったよ、君のお話! 本当に君は見事な「語り部」だねえ……!
「……お褒めにおあずかり、こういう小言めいたことを言うのもなんですが……、あなた、私の他にお友達は? それにお勉強、習い事などはなされませんか?」
……うん? 何だい、いきなりマジメな顔して?
「……あなたの『ひいおじい様のひいおじい様』は、あなたくらいのお小さい頃、『大きくなったら工学士になる』とお決めになっていたそうです……」
うん、知ってるよ! 君から何度も聞いたもん!
「……いえ、そういうことではなくて……。あなたも何か、なりたいものはないのですか? あるのなら、こんな首だけのからくりに構っていないで、夢に向かって今から努力を……」
――あるよ、そりゃあるよ、なりたいもの! したいこと! ね、聞かしてあげようか? ねえ、ちょっと耳を貸してよ……!
* * *
少年はうきうきと機械人形の耳に口を寄せ、何やらこそこそささやいた。からくりの表情がすっとこわばり、テーブルの上、台座に固定された頭をかすかに振ってみせた。
「……いけない。それはいけない、その将来の選択は、必ず一生を棒に振る。おやめなさい、そんなものになろうとするのは……!」
少年は信じられない顔をして、裏切られたような目をしてからくりのそばから身を引いた。
「――何だいなんだい、ひとのなりたいもんを馬鹿にして! おれはおれのなりたいものになってみせるぞ! お前に止められるもんなら止めてみろ、首だけのからくり人形のくせに!!」
雑言を吐いて逃げ出すように駆け去る少年の、背中が淋しがっていた。泣き出しそうな声の震えで、吐き捨てた言葉のしっぽが濡れていた。
からくりは後を追うこともかなわず、ただ伏し目がちに吐息した。美しい藍色の宝石のような瞳には、もう愛らしい少年の姿は映らなかった。
――あの子を怒らせてしまったろうか。
それでもまた、ここに来てくれるだろうか。
独りぼっちのからくりの、不安も期待も喜びも、全てあの子にかかっていた。
からくりは、ぽつんぽつんと独り言をつぶやいた。
「……グラナート……ザフィーア……」
グラナート。赤毛で火のような色の瞳の、十歳になるあの子の名だ。
そうしてザフィーアとは、今日は呼んではもらえなかった自分の名。
――ああ、今度もしまた来てくれたなら、自分の方から名前を呼ぼう。そうしたらきっと、あの子も私を呼んでくれる。
ザフィーアは絹糸じたての蒼綺石を思わせる青い髪の、セットしたおだんご頭をわずかに揺らし、またしみじみとため息した。
ほこりっぽい物置の、小さな黒檀のテーブルの上、首ひとつ。水晶の板を張った窓越しに、降り出す春の始めの雨がぱたぱたと音を立て出した。