表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/31

『*消えたい図書館』

 昔むかしのお話です。

 ある世界と異世界のあわいに、巨大な図書館がありました。


 図書館を作ったのは、とても頭の良い種族……あまりにも「ちゃんと頭が良い」ものですから、戦争や疫病などというものは、その地にはすでに存在しません。


 その種族たちは、あまりにも愚かな人間や、他の人外に嫌気がさし、「アルカーディ」と名づけたその地に隠れんだのです。そうしてあまりにも平和な地で、何よりの娯楽の場として、図書館を建設したのです。


 図書館にはひとりの「ぬし」がおりました。主はたとえば精霊のような……図書館の数えきれぬほどの本、一冊一冊から生じた「気」の集合体なのです。


 主はそれは美しい青年の姿をしていました。透き通る長髪を背に流し、異国の和装に似たかっこうをし、小鳥が愛をさえずるような、綺麗な声でしゃべりました。


 主は自分の図書館を愛していました。自分を生み出すきっかけとなった、頭の良い種族のことも、もちろん心から愛していました。しかし、優しく甘い生活は、長くは続かなかったのです。


 頭の良い種族たちは、やがて重いり病にかかりました。病原菌のまき散らす疫病などではありません。他の種族がたびたびかかる「戦争病」でもありません。


 それは、たいくつ病でした。あまりに平和で、何も起こらず、寿命はあきれるほど永く……そうです。アルカーディに暮らす種族は、「生きることにいた」のです。


 たいくつ病は生活をむしばんでいきました。何もしたくない、何一つ口に入れたくない……。頭の良すぎた人外の一族は、無気力になり、何も食べず、何も飲まずに、緩やかに滅びていきました。


 ――のこされた図書館の主は、芯から淋しくなりました。

 ああ、私も消えていきたい。もうこの地にはあの一族はいない、図書館にも訪れてくれない。


 ……そうだ。ここにはまだ「図書館の案内人」が残っている。試作品として作られた、の少女が一体きり、口もきけるし動ける状態で残っている……。


 あることを堅く決意した主は、「マシーネ」という名のからくり少女に告げました。


「……頼む、マシーネ。お前、これからは外の世界へ、『本のぎょうしょう』に出てくれないか」

「……行商? なあに、それ?」

「なあに、何も『本当に商売してくれ』とは言わん。代金などは取らんで良い……ただ、この図書館の本棚に詰まっている本たちを、本好きな者たちに譲っていってほしいのだ」


 マシーネはぱちりとまばたきし、小首をかくんとかしげます。


「……そうして、それからどうなるの?」

「ああ、分かるだろう、マシーネ? この図書館から本が消えれば、その時『本の気の集合体』の私も消えられる……。マシーネ、私は消えたいのだよ。そうして遥かの国で、亡びた一族に再会したい……!」


 マシーネは急に口を閉じ、ぷすんと黙り込みました。黙って、だまって、もしや壊れてしまったのかと主が心配になった頃、いきなり笑ってうなずきました。


「――ええ、分かったわ、ヌシさま! あたし明日から、頑張って『本の行商』に出かけるわ!」


 あっさりうなずいた少女のことが、主は少し意外でした。


(てっきり止めると思っていたのに、こいつは私のいなくなった後、ひとりが淋しくないのだろうか?)


(……ああ、そうか。何も私が消えた後、ここにとどまる理由もない。私がいなくなった後、こいつは改めて外の世界へ旅立つ気なのだ……)


 そう考えると、何だか無性に淋しいような気もしましたが、主はしみじみ納得しました。胸のどこかに穴の開いたような気持ちに、気づかぬふりで無理やりに笑みを浮かべました。


 そうして少女は、本を詰め込んだリュックを背に、翌日から「本の行商」に出かけました。朝早く出かけ、日暮れ頃帰ってきたマシーネの背に、変わらず()()()()の緑のリュック……。


「……本を欲しい者が、ただのひとりもいなかったのか?」

「ううん! 一冊残らず本好きなひとたちに渡してきたわ! みんな大喜びだったわよ!」

「……では、そのリュックの中身は……?」

「ああ、これ! みんな『こんな素晴らしい本、ただでもらっちゃもったいない』って! それでお礼をくれたのよ!」


 そう言って少女はリュックのチャックを開けました。……中にぱんぱんに詰まっていたのは、何だったと思います?


 そう、本です。美術書に工学書、郷土料理のレシピ本、童話集に絵本まで……。からくり少女が朝早くに持っていったのと同じ数だけ、いろいろな本が詰まっていたのです!


「……お前……」

「え、だってしょうがないじゃない! みんな()()じゃあ、受け取ってくれないんだもの!」


 眉をひそめた図書館の主は、やがてくつくつ笑い出します。涙の出るほど笑ってから、ぐりぐりとマシーネの頭をで回して言いました。


「……かなわないな、お前には!」


 そうです。やっぱりマシーネは図書館の主に、消えてほしくはなかったのです。だから「本をさしあげる代わりに、一冊あなたの本をください」と、あげるたびお願いしたのです。


 そうして、それはいつだって一緒でした。それから何度「本の行商」に出ようとも、少女は必ず同じ数だけ、代わりの本をリュックにぱんぱんに詰め込んで、笑って帰ってくるのです。


 ですから主は、「いつになったら図書館ここから本がなくなるのかのう……」とつぶやいて、にがわらうことしか出来ません。もしかしたら、先に少女が壊れてしまって、その時には自分に真の孤独が訪れると……分かっていながら、苦笑うことしか出来ません。


 それからどれほど経ったのでしょう。

 誰が見たのか、聞いたのか……世界と異世界のあわいに建つ図書館には、今でも主とからくりの少女がいるそうです。そうして、巨大な図書館のたなという棚は、いまだに素晴らしく多くの書物で、埋まっているそうですよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ