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『黒い飴菓子』

 俺は、黒い飴(リコリム)菓子だった。リコリムみたいな子どもだった。


「……はい? エーデル博士、それはどういう……」


 そのままだ、まんまの意味さ。クセの強い、臭みがきつい……「そういう独特の味がお好きな方」には、笑えるくらい好かれるが、たいがいの人には嫌がられる、遠ざけられる……、


「……そうですか? 確かにいささか『クセは強い』かもしれませんが、私には、それほど嫌われやすい性格とは……」


 はは、フォローありがとな。でもな、子どもの頃の俺はもっと()()()()な奴だったんだ。


 ……まあ頭は良いんだ、知能指数は無駄に高くて……そうして自分でその自覚がない……。だから自分の知ってることは、両親やきょうだい、クラスメートも当然知ってる……そう思い込んでいたんだな。


 だから子どもの時の口ぐせは、「嘘でしょう! そんなことも知らないの!?」だよ。まあ可愛くねえガキだよなあ!


 ……で、当然のこと両親にも好かれない、きょうだいとは()()が合わない……。そういう子どもだったんだ、俺は……。ただ唯一のなぐさめは、まだ本当にほんの子どもの頃、親父にこう言われたことだな。


『やあ、ほんとにお前はパパに似て、リコリム菓子が好きだなあ!』


 その時、親父は酒に酔ってご機嫌だった。きょうだいの中でただ一人、リコリムが好きでその時もめていた俺を、俺の頭を、ぐりぐりでてくれたんだ……。


 ……ま、だからだな。こんないい歳の大人になっても、リコリム菓子が好きなのは……。


「……博士……」


 ――ああ、良い月だなあ。初夏の夜に森で野宿、獣や魔物が怖いから、うかつにゆっくり寝られない……。


 寝れないついでだ、聞いてくれるか? 俺がこうして、お前と二人で「昔話を探して旅している理由わけ」を……。


 何、たあいもない話さ。やっぱり俺が幼い頃、他のきょうだいは両親と同じベッドに寝て、夜ごとお話をしてもらっていた。けど俺は……、


「お前は頭が良すぎるから、昔話やおとぎ話は子どもっぽくてつまらないだろう。自分の部屋で、自分のベッドで何かの研究書でも読んで、眠くなったらおやすみよ。あまり夜ふかししないようにな……」


 そう言われて部屋の外へと出されちまって、扉越しに聞こえてくるのは「子どもっぽい昔話」さ。耳につくきょうだいの()()()()と、やわく優しげな両親の声……。


 ――ほんとうは、俺もみんなと一緒に寝たかった。昔話を聞きながら、微笑わらって眠りにつきたかった。


 その時からな、子どもの頃から、胸にぽっかり穴が開いて、すうすう風が通るような感覚が……。消えないんだよ。大人になって、奇跡的に誰かに愛してもらってな、その相手と結婚しても、やがて生まれた幼い子どもに、ひざに寄っかかって甘えてきてもらっても……。胸の()()()()がどうしたって消えないんだよ。


 ……けど、不思議なもんだよな。お前と二人、こうして長く旅していると……、


 ……いや、まあいいや、そんなことはな……。まあ、ようするにそういう訳だ。こんな歳にもなって、今さらみたいに昔話を探し集めて、こうして旅をしているのはな……。


* * *


 打ち明けた時、青い髪のからくりは、何とも言えない表情をした。


 かすかに眉をひそめ、青い目をわずかに潤ませて、染み入るようなうれいのある、芯から美しい微笑を浮かべて……、


 その笑顔をしみじみ想い出しながら、博士はからくりの頭部から、記憶装置メモリの一部を引き抜いた。ザフィーアは「整備メンテする」との名目で、今は深い休眠ねむりのふち。


「……ごめんな、ザフィー。お前には何でも話せるから、うっかり話しちまったがな……旅人のくせにどこに行ってもぶっきらぼうな俺のことを、いつだってほがらかな会話でフォローしてくれる……そんなお前に、もうこれ以上、負荷はかけたくないんだよ……」


 だから、よけいな記憶メモリは消すんだ。お前の内部なかでは「大事な記憶」と判断して、永くながくとっておこうとしているだろうが……。お前にこれ以上気を遣わせられない、そこまでお前に甘えられない……。


 そう内心で念じつつ、博士はメモリを引き抜いた。開いた頭部を静かに閉じて、首の後ろの()()()のような小さな点を、ぽつっと軽く押してやる。


 ――ザフィーアがゆっくり青い目を開き、まだ少しぽうっとしながら微笑みかける。


「……やっぱり、よけいな記憶メモリで負荷がかかっていたんでしょうね。何だか頭がすーっとしました!」


 微笑わらう表情に今までのような深みがなくて、博士の胸が()()()と痛む。痛みながらも、その右手は手にしたばんをぱきりと音立てて壊していた。


 細かな部品が小さく割れて、何かが突き刺さったらしい。血は出ないけどかすかな痛みを、気づかれぬように博士は何事もない顔で、壊れた基盤をくずかごへ捨てる。


 捨てながら、何だか妙な考えが、ふっと脳裏へ立ちのぼる。立ちのぼるまま口にしたら、こんな甘えた言葉になった。


「……なあ、ザフィーア。お前は、俺が歳とって死んだ後……誰かに俺んこと話す時、『人なつっこくていい人だった』みたいに、話を盛っちまうんだろうな……」

「……なぜ? どうして、今そんなことを言うんです……あなたは、今、生きているじゃあないですか……!」


 言いつのるからくりの目が、じわじわと少しずつ潤んでくる。その表情があんまりにも不安そうに見えたから、博士はそっとそのくちびるへキスをした。キスをして、頭を撫でて、安宿の一緒のベッドに横になる。


「――さあ、じゃあお前の博士パパが、おやすみ前の昔話をしてやろう……」


 言われたくて、言われたくて、たまらなかったその言葉を、自分の造ったからくりへ言う。ザフィーアはちょっと()()()()したようにまばたいて、それから微笑ってうなずいた。


 ――大事だから。お前のことが好きだから、本当は誰より愛しているから、お前の記憶を奪ったんだ。許してくれよ、愛しいザフィーア……。


 胸の内でひっそりつぶやき、あおぎぬのような髪に触れて、壊れ物みたいに優しくぜて……、


 夏の始めの月の光が、白いしろい満月が、かすかに歪んだ祝福みたいに、いびつなふたりを濡らしていた。

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