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『*昔むかしの旅の始まり』

 昔むかしの大昔、百年以上も前のお話。

 とある街の場末の酒場、小さな舞台でリュートを弾いて、吟遊詩人が何やら歌を歌っています。がやがやと騒がしい酒飲みたちの声にまぎれ、リュートの音はかき消されそうに響いています。


 詩人の歌をまともに聴く者は、正直ほとんどおりません。みんな自分の手の中のビールやお酒に夢中なのです。……ただその中で、舞台のそばのテーブル席の青年二人は、詩人の歌に聴き入っています。


 ……ひとしきり歌い終わった吟遊詩人は、ふうと大きく息を吐き、楽器を手にして舞台をおります。ジョッキ一杯のビールを頼み、それを片手に舞台のそばのテーブルへと近づきます。


 吟遊詩人はジョッキをかかげ、自分の歌を聞いてくれた青年二人に、気安げに声をかけました。


「やあお二人さん! 歌を聴いてくれてありがとう! しっかし美青年が二人そろって、マントも新しいたび姿すがた……いったい何しにお出かけかな?」

「いやこれは、さすがに流れの吟遊詩人さんはお口も上手い! いやね、まずは旅の始まりを祝して『美青年二人』ビールでカンパイ、これから『世界中の昔話を探す旅』に出発さ!」


 活発そうな赤毛の青年と、おとなしげな青い髪の青年と。……対照的な二人のうち、赤毛の青年がジョッキをかかげて笑います。壮年の吟遊詩人は意外そうな声を上げ、大きく首をかしげました。


「――へええ、昔話を? こんなわかもん二人がかい? いやいや、吟遊詩人の俺が言うのもなんだがな、それはずいぶんモノズキな……!」


 不思議そうに返した吟遊詩人は、テーブルを指さして叫びます。


「……おいおい! っていうか赤毛の美人さん、『ビールでカンパイ』ってお連れさん一滴も飲んでないだろ! ってかテーブルの上に一人分しかジョッキもつまみも置かれてねえし! 何だいなんだい、旅のとっぱなにさっそくケンカでもしてんのかい? こりゃあ雲行きが怪しいなあ!」


 大げさに声を上げる吟遊詩人に、おとなしげな青い髪の青年がぽそぽそと小さな声で応えます。


「いえ、あのう……私は飲まない方がいいんです、私はからくり人形なので……。うかつに物を口に入れると、『後の掃除』が大変なので……!」

「――へええ?? こりゃ驚いた、青い髪の美人さん、あんたはだったのかい! そりゃあ失礼した、仲間割れじゃなかったんだな!」


 絵に描いたようにひたいを()()とたたいた詩人は、少しばかり声をひそめて、二人に顔を寄せてきます。


「……やあ、そんじゃあな、おわびと言っちゃあなんだがな……『昔話を探す旅』に出るあんたらに、とっておきの耳より情報を教えてやろう!」


 詩人はビールをくーっとあおり、酒臭い息で語り出します。


「なああんたら、『おとぎの卵』って知ってるかい? 知らない? ……あのな、おとぎの卵ってのは『神のアイテム』なんだ。色んな土地におまいの『土地神』たちが、一つずつ持ってるアイテムなのさ」

「おとぎの卵か……なんだか知らんが、素敵にメルヘンな響きだねえ。中から()()()()お話が産まれてきそうだな!」

「その通り! そいつは『カラフルなうずらの卵』みたいな見た目をしてる。そんでその卵の中には、各土地に伝わるたくさんの『昔話』が、ぎゅーっとぎょうしゅくされてるんだよ!」


 吟遊詩人は自分の長い指先で「ぎゅっと凝縮」の手ぶりをします。思わず聞き入る青年二人に、詩人は言葉を重ねます。


「んで、その卵を神様からいただいて、()()()と一気に呑み込めば……『その土地の、それまでの昔話』が全部物語れるようになるんだと! しかもごていねいに、『世界で通じる公用語』でだ!」


 素晴らしいと言いたげに、青年二人がうなずきました。「世界で通じる公用語」とは、つまりはこの国「ガルデーニエ」の母国語でもあるのですから。


 話に食いつく二人に向かい、詩人はかえっていさめるようにつっつっと指をふってみせました。


「ただな、そいつはちっと『ムズカシイしろもの』でな……普通の人間が卵を呑むと、たいがい気が狂うんだとよ」


 さらっと言い流す詩人の言葉に、赤毛の青年のジョッキを持つ手が止まります。


「……気が……狂う?」

「おうよ。まあ一言で言やあ『卵の方の情報の多さに、人間のあたまが耐えられない』んだな……」


 顔を見合わす青年二人に、吟遊詩人は皿の上のソーセージを一切れつまんで声を上げます。


「でもな、美しいからくりさん……きっとあんたなら大丈夫だ! 『人間と見間違うほど出来の良い機械』、あんたならきっと余裕で耐えられる!」


 その言葉に、からくりよりも赤毛の青年の方が()()()と厳しく反応しました。眉根を寄せる赤毛美人に、青い髪のからくりがなだめるようにいかけます。


 二人の反応に気づいているのかいないのか、詩人は言葉を重ねます。


「……いや、そもそも土地の神様から卵をもらえるかどうか、それはあんたがたの交渉の上手さによるけどな。手に入れてもこりゃあ賭けだな、万が一壊れるのが恐かったら、やっぱりしておくといいや。……ま、こりゃあ通りすがりの吟遊詩人のイチ情報ってことで、お耳にとめておいてくれ!」


 赤毛美人の酒のつまみのフライドポテトを一口つまみ、詩人は白い歯を見せて笑います。ジョッキを手にまた酒臭い息を吐き、「よし」と声を上げました。


「――さて、じゃあもうひと歌い、旅のぎんを稼いでくるかっ!」


* * *


 そう言って壮年の吟遊詩人はビールを飲みほし、酒場のステージに立ちました。リュートを弾いて歌う姿を眺めつつ、赤毛の青年は心配顔でからくりにこう言いました。


「――無理しないでも良いからな」

「無理? 何がです?」

「……今の話の『おとぎの卵』だ。正直俺としちゃあ、苦労して自分で造ったからくりに、旅のとっぱなから壊れられちゃあ災難だ。俺は地道にそこらのかたのじいちゃんばあちゃんから、昔話を採集していくつもりでいる。だから……」


 は青い目を細めてころころ笑い、何でもなさそうに応えました。


「いいじゃないですか、賭けてみても……。その『おとぎの卵』を収集して回ったら、少なくとも地道に集めるより、十倍は多くの昔話が得られるでしょう。それに加えて、けんじつに語り部の方たちからもお話を採集すれば良い。それに……、」


 からくりは芯から信用しきった声音で、甘えるように問いました。


「それに、万一私が壊れたら……博士あなたが直してくださるのでしょう?」


 年若い赤毛の博士も苦笑して、「かなわねえな」とつぶやいて()()()()とビールをあおりました。


 こうして、あなたの「ひいおじい様のひいおじい様」と、の私の旅が始まったのです。……

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