『だいじなもの すきなもの』
いやいや、今回身に沁みて分かったわ!
人間、「ソーセージにケチャップとカレー粉ぶっかけただけの食いもん」だけじゃあ生きていけやしないのな!
「――そら見なさい、言わんこっちゃない……! あなた、知能指数はムダに高いんじゃないですか? そんな基本的なこと、体調を崩して倒れるまで気づかないって、いったいどういうことですか!?」
ああ、分かったわかった、そうがなるなってば「かあちゃん」よ! 今度っから気をつけるって! だから今物置に、こうして「魔女のレシピ帖」を取りに来たんだろ?
「そうですよ、そうです! あなたご自分で独り暮らしを選んだんですから、料理を含めた自己管理などはご自分でなさい!」
――へーい、分かったよ……身に沁みたって言ったろう? ……でもさ、本当にいいのか? この「魔女のレシピ帖」、昔むかしに俺の「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」が、お前にプレゼントした本だろう?
「構いませんよ、もともとはあなたの『ひいおじいさまのひいおじいさま』に、温かくて美味しい料理を作ってさしあげたくて、私がねだったものですからね……」
……そうそう、そうだってなあ。彼もあんまり自分の体に構わない性質で、下手すると酒場のビールとつまみだけで、夕食済ませちまったりしたんだろ? そこにお前が「料理のレシピ本がほしい」だもんな、さぞやありがたかったろうなあ!
「ええ、その土地の市場で新鮮な食材を手に入れて、泊まった宿屋のキッチンをお借りして作ったり……。野宿の時は、近くに生えた野草や木の実で、簡単な食事をこしらえたりしましたよ……!」
げ、ちょっと待て、それってだいぶ初心者にはハードル高くねえ!?
「いえ、ご心配には及びません。この『魔女のレシピ帖』はとても親切な作りですから……作るひとの料理の腕にちゃんと合わせて、めくるたび内容をぴったりに変えてくれますからね!」
……おお、本当だ……しかもちゃんと「ガルデーニエ国仕様」になってるぞ、今めくったら……げ、ちゃんと「カリーヴルスタ」もある……けどもう「ソーセージにケチャップとカレー粉がけ」はごめんだな!
「向こう一年は食べない方が良いですよ、それ……あなたこの頃、体臭そのものがカレーのにおいを放ってましたよ!」
はは、倒れて半月入院して、病院食で多少抜けたか? そうだな、まずは切って煮るだけの「じゃがいもたっぷり・野菜スープ」でも作ってみるかな!
「――ええ、ぜひお作りなさい……! そのスープ、あなたの『ひいおじいさまのひいおじいさま』も大好物でしたから!」
……ふうん、本当言えばお前にそいつを作ってほしいが……って、冗談だ、じょうだん! そんなに困った表情すんなよ! ……な、ありがとな……。
* * *
そう言いざま、首だけのからくりのおでこに軽いキスをする。
……言葉を失うザフィーアにほんのわずかに微笑いかけ、何も言わずにグラナートは物置を出ていった。
独り残されたからくりは、火照ったほおをどうしようも出来ぬまま、ふうっと大きくため息する。
……自分のおでこに手をやりたい。手をやって、キスされた場所にさわって、その手を口もとへ運びたい。
けれどもどうにも出来なくて、首だけのからくりはきつく目を閉じ、ほんのわずかに首をふる。
「……グラナー……あなたはどうして、叶いもしない夢を抱いて、独りでずっと努力をして……」
ザフィーアは目を閉じたまま、また深くふかく息をつく。そのまま意識が薄れてきて、またあやふやな「休眠」に落ちる。
……夢の中でか、現実か、じゃがいもたっぷりの野菜スープの優しいにおいを、懐かしい想いでかいでいた。……