『幼年期の少年』
やあ! 元気してるかい、「首だけちゃん」!
……えーもう、そんな迷惑そうな顔しないでよ! せっかく来てあげたんだからさあ……! 今日はねえ、月イチの「パパとママがデートの日」なんだ! だからおれ、ひとりでヒマなんだよねえ……。
「……ヒマかどうかはともかくも、あなた、また何か舐めていますね……リコリム菓子ですか? また『黒い飴菓子』を口に含んでいるのですか?」
うん! おれ、これすっごく好きなんだ!
「……人の好みをどうこう言うのは、マナーに反すると思いますが……その漢方薬のような味のキャンディーをお好きとは、独特の味覚をお持ちですねえ……」
ええ? だって君の大好きな、おれの「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」も、この飴が好きだったんでしょう?
「……ええ、まあ……私も何度か無理やり舐めさせられて、それはひどい目に遭いました……!」
はは! 「味覚まである精巧なからくり」だって言うのも、時には災難になるんだねえ!
……ていうか、おれ正直ほんとヒマしてて! ひとりで飴を舐めながら、本読むのにも飽きたんだ! ね、だから首だけの美人ちゃん、また何かおれに「お話」してよ! おれの「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」と旅してた頃に探し集めた、いろんな世界のお話を……!
「……話しても、それは構いませんが……いつも言っていることですが、首だけちゃんと呼ばれるのは、あまり気分の良いものではないですね……」
はは、ごめん、ごめんって! 君の姿を見ていると、ついそう言いたくなってさあ……!
ね、ごめん、あやまる! あやまるからさあ、なんか面白いお話してよ! 最初はね、いつもの「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」と、君が旅を始めるお話! それからいくつか、まだおれが聞いたことないようなやつ!
「……それはまあ、私の頭の中には一千、一万のお話が詰まっていますから……。あなたの聞いたことのないようなお話なら、それはいくらでも語れますが……」
うん、語って語って! 何せおれ、君の声すっごく好きなんだよねえ……!
「…………そういうことは、好きな相手に言うものですよ。もったいない、こんな首だけの男型のからくり人形に……」
えーえ? 何それ、意味分かんない! 首だけでオトコでからくりで、それが何か問題なの? だってこんなに綺麗だし、声も優しくて素敵だし! おれね、正直パパとママとを別にすれば、君が世界で一等好きだよ!
* * *
ほこりっぽい物置のすみ、「しゃべる生首」を前にして少年は思いきりのろけてみせる。
……何と答えて良いものか。首だけの機械人形の白く柔らかな皮膚組織に、すうっと赤い色がさす。「表皮」の下をめぐっている、人間を模した「紅色リキッド」のめぐりが妙に良くなって、その色が透けてきたらしい。
少年もそれに気づいたらしく、からくりのほおをつんと軽くつっついて、「君はほんとにすぐ赤くなるね」とからかう声音で微笑ってみせる。
何とも答えを返せない。返せないからそこには何とも返事せず、「首だけのからくり人形」は、赤いくちびるをまるく開いた。何とも優しく柔らかい、魅力あふれる青年の声で、昔話を語り始めた。……