『だいじなひと すきなひと』
やあ、相変わらず面白い話だったぜ?
……何だよザフィーア、お前ヒトがここまで顔近づけて、芯から褒めてやってんのによ? そんな表情すんのはひでえなあ!
「……あなたが嫌なんじゃありませんよ、あなたの舐めている黒い飴菓子……! においからしてひどいですねえ! お願いですから、もう少し口もとを離してください……!」
ああ? そんなに毛嫌いするもんでもないと思うが……でもさザフィーア、お前昔は俺の「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」に、無理やり舐めさせられたっていうじゃんか? そん時けんかでもしてたのかい? それとも何かの罰ゲームかい?
「……それは、まあ……あなたの『ひいおじいさまのひいおじいさま』も、あなたに似てらしてたいがいな性格でしたからねえ。ごくたまに私にそれを舐めさせて、それはもう嬉しげに笑ってらっしゃいましたよ!」
――ふうん……ならザフィーア、今俺が「これを舐めろ」ったら舐めてくれんのかい? ほら、こうやって俺の舌の先に、食べかけの溶けかけのリコリム菓子……舐めてみるか? ほら……、
「…………舐められるわけがないでしょう……今の私は首だけですよ? べとべとになった口内の掃除を、あなたがしてくださるとでも?」
……あ、そう。分かったよ。
――なあ、ザフィーア。ちっと質問していいか? お前は今でも、俺の「ひいじいちゃんのひいじいちゃん」をそれは大事に思ってるようだが……お前が博士って呼ぶ、俺の「祖父の祖父」とだな、今目の前にいる、この俺と……、
お前は一体、今現在はどっちがよけい好きなんだい?
* * *
首だけの美しい機械が、ぐっと言葉につまってうつむく。しばらく黙ってその青い目を見つめていた青年は、何とも言えない微笑を浮かべて、何も言わずに出ていった。
ほこりだらけの物置に独りになったザフィーアは、誰に言うのかも分からぬままに「ごめんなさい」とつぶやいた。
本当は、自分でも分からない。
今現在、懐かしい博士と、目の前で笑ってくれるグラナートと、どっちがだいじで、どっちが、いったい……、
ほら、今だって目をつぶれば、博士の笑顔が脳裡にありありと蘇る。でも次の瞬間、その笑顔はおんなじ赤毛で赤い目の、グラナートのそれになって……。
分からない、私には分からない。
これは長年「生きすぎた」ために、人工頭脳がわずかに壊れてきたんだろうか。それとも、それとも……、
今自分がしゃべる相手は、青年グラナート一人だけ。けれどもその彼に訊くなんて、どう考えても出来なくて。
首だけのからくりは人間みたいにため息して、美しく青い目を閉じた。
――その人工の脳裏に再び、博士の笑顔がふっと浮かんで、まるきり甘い悪夢のように、グラナートの笑顔になった。……