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水素自動車

南菱自動車は国内自動車メーカー最下位に位置する南方財閥系列の会社である。

しかし、過去の不祥事のせいで信頼を失って他のメーカーに押され、最近ではすっかりシェアを落としていいる。源人が以前勇人を豊畑自動車の令嬢である奈美と政略結婚をさせようとしていたのも、技術提供を受けて会社を立て直そうとしたからであった。


「新しい自動車を作るじゃと?」

「ええ。自動車産業は多くの部品で成り立つ、第二次産業の根幹となるものです。市場も世界中に広がっています。新しい自動車を作って、シェアを根こそぎ奪ってやりましょう」

そう断言する勇人に、源人は頼もしそうな目を向けた。


「して、その新しい自動車とは?」

「次世代の車として研究されている、水素自動車です」


水素自動車は環境汚染がほとんどなく、クリーンであることが知られている。しかも燃料となる水素は、水を分解すればほぼ無尽蔵に手に入れることができる夢のエネルギーとして注目されていた。


「ううむ……じゃが、水を電気分解して水素を作り出すには、得られるエネルギー以上のコストがかかる。そのせいで、自動車本体の価格も廉価にできず、現在の主流から外れていると聞く」

源人は水素自動車の弱点を懸念する。


「おっしゃる通りです。ですが、我々は水素分子を核融合させて無限のエネルギーを取り出せる『ゼウス』があります」

隔離空間で水素を燃料として電気を作り出す、常温水素融合発電炉『ゼウス』は、水素爆弾に匹敵するエネルギーを生み出すことができる。それによってつくられた電気を利用すれば、低コストで大量の水素を作り出すことができた。


「なるほど。では、どうすればいい?」

「まずは、核心部分となる水素エンジンを作る新会社を設立します。お爺さんは、販売会社となる南菱自動車会社の株を買収して、持ち株比率をできるだけ高めてください」

こうして、勇人による自動車業界の革命が始まるのだった。


「私たちは急がない。少しずつ自動車の核心部分から作りはじめ、徐々に自社生産できる部品を増やしていく」

新会社「南方エンジン」の社長に就任した勇人は、社員に採用された技術者や労働者にそう演説する。


勇人は水素自動車の生産を独占するために、ほとんどの部品を外注をするが、新しい技術が使われている内燃機関部分を自社でつくることを決める。

そして少しずつ技術をもつ中小企業を買収していき、やがてはネジ一本に至るまでの自社で生産する部品生態系を拡大していく方針を定めた。


そして核となる水素エンジンの製造工場が、『後醍醐』に新たに作られる、

「しかし、水素エンジンを大量生産するには、もっと人手がいりますね」

「我々の仲間は大勢自動車産業の期間工として働いています。彼らに呼びかけて、事業に参加させましょう」


工場長に就任した美亜の父はそういって、仲間たちを集める事を請け負った。

「お願いします。やがてはこの工場エリアは、あなたたち『獣人類(ジャガー)』の新たな居場所として発展していくでしょう」

「お任せください。我らが救世主様」


美亜の父はそういって、たくましい胸を叩くのだった。



その頃、豊畑自動車では大事件が起こっていた。

「奈美様。ぜひわが社の会長に就任してください」

重役たちが、こぞって奈美の前で頭を下げる。


前会長であった豊畑佐吉がブリーフ一枚で怪しげなプレイルームで倒れている姿をネットでさらされ、辞任して入院したことで、豊畑自動車には会長が不在となっていた。

スキャンダルによって会社の信用が失墜することを恐れた重役たちは、創業家で大株主である豊畑家の一人娘の奈美を会長に据えることでイメージの刷新を計る。


「……でも、高校生の私なんかが会長になっていいのかしら」

躊躇する奈美を、重役たちはある例を出して説得した。

「南方商社も、高校生である南方勇人を常務に就任させています。彼にも務まるのですから、優秀なあなた様にできないわけがありません」

そう言われて、奈美は自尊心をくすぐられた。


「いいでしょう。ですが、会長に就任するとなれば、あなた方には私の方針に従ってもらわなければなりません。いいですね」

「は、はい。それはもう。ぜひ奈美様の若い力で、豊畑自動車を発展させてください」

重役たちは、小娘ひとりぐらいどうにでもなると甘く考え、奈美を担ぎ上げる。

しかし、その後に心から後悔することになるのだった。


会長に就任した奈美は、さっそく会社の方針を転換させる。

「えっ?来年の新車から、すべての生産を電気自動車にきりかえるですって」

「そうよ。いつまでもガソリン車にこだわってはダメ。私と同年代のグレッタさんも言っているでしょう。環境に良い生活をしないといけないって」

奈美と同年代で環境問題に取り組み、名声を得ている活動家の名前を出して諭す。


「し、しかし、まだ日本国内でのスタンドは、ほとんどがガソリン車仕様です。いきなりすべての車を電気自動車にするというには……」

奈美は頭の固い重役たちにむけて、やれやれと肩をすくめる。


「そんなのは問題ないわ。電気自動車は自宅で充電できるから。出発時にいつでも満タンにしておける。こんな便利な車がうれないわけないでしょう」

「し、しかし、電気自動車には欠点があります。万一走行中に電気が足りなくなれば、、設備が用意されているスタンドで何十分も時間をかけて充電しなければなりません。電気自動車先進国のノルウェーでも、休日はスタンドに行列ができている有様でして」

なおも言い募る重役たちに対して、奈美は癇癪を起す。


「それくらい、どうにかできるでしょ!いい、これは決定よ!ガソリン車をすべて廃止して、電気自動車にすべて切り替えなさい」

奈美の命令に、重役たちはしぶしぶ従うのだった。


「まったく、老人はいつまでも過去の成功例にこだわるから発展しないのよ。困ったものだわ」

そうつぶやきながら経済新聞を読んだとき、一つの記事が目に入った。


「南菱自働車が久しぶりのモデルチェンジ。水素自動車の製造開始を発表。同時に南方グループの小宇宙石油のすべてのガソリンスタンドで、水素補給設備を配備」

それを読んだ奈美は、鼻で笑う。


「勇人さん、あくまで私たちに逆らう気なのね。でも、自動車業界では私たち豊畑自動車がはるか昔からトップに君臨している。返り討ちにしてあげるわ。おーっほっほっほ」

会長室に、奈美の高笑いが響くのだった。



そして数か月後

豊畑自動車の株は暴落し、南菱自働車の株は爆上がりしていた。

いきなりすべての新車を電気自動車に変えた結果、インフラ整備が追い付かず大爆死。多くの不良在庫を抱えた豊畑自動車は、倒産寸前の危機にあった。


逆に水素自動車販売と同時にガソリンスタンドでの水素補給設備を整えていた南方自動車では、新車の予約が殺到。需要に供給がおいつかず、二年待ちになるほどの人気ぶりだった。


ここまで水素自動車が人気を得たのは、ランニングコストの安さにある。原油高によるガソリン価格が一ℓ160円前後の時代に、水素自動車では一ℓ80円と半額程度の安さである。

さらに今まで800万円台だった水素自動車の価格を大幅に引き下げ、普通車で300万円、軽自動車で200万円とガソリン車とほぼ変わらないほどの価格帯を形成していた。


「ど、どうしてこうなったの……」

奈美は会長室で頭を抱える。すでに社内からは、若すぎる会長の大失敗に大きな批判の声が上がっていた。


「会長をやめろ!」

「ただのお嬢ちゃんに会社経営なんてできるか!責任とれ!」

毎日のように社員にせめられ、奈美の胃がキリキリと痛む。


思い余った奈美は、勇人の所に赴いて懇願していた。

「なにとぞ、わが社と技術提携してください」

必死に頼み込む奈美に、勇人は冷たい目をむける。


「お断りだ。水素エンジンはわが社の根幹をなす技術なんでね。他社に提供するつもりはない」

「そ、そこをなんとか!このままじゃ長年続いた豊畑自動車が倒産してしまいます。お願いします。この身を捧げてもいいですから!」

なりふり構わず土下座する奈美に、勇人のそばにいるメイドの一人が声をかけた。


「……お断り。女なら間に合っている」

奈美は顔を上げて、そのメイドをきっと睨む。

「玲さん。黙っていてください。庶民のあなたには関係ないことです」

「庶民だって?」

この期に及んでまだ玲を見下す奈美に、勇人の額に血管が浮いた。


「何を勘違いしてるのか知らんが、玲は南方家の血を引く俺の従兄妹だぞ」

「えっ……従兄妹って……」

奈美はポカンとした顔になり、勇人と玲の顔を見比べる。


「……さっさと帰る。私たちにあなたは必要ない」

「そうにゃ。勇人君はうちたちのものにゃ」

玲と美亜に切り捨てられ、奈美はがっくりと肩を落として帰っていくのだった。


その後、豊畑自動車で記者会見が行われる。

「私、豊畑奈美は、電気自動車事業の失敗の責任をとりまして、会長職を辞任します」

奈美はげっそりとした顔で、頭をさげる。


「豊畑家の持ち株は、すべて南方家に売却されました。今後、豊畑自動車は南菱自働車の傘下に入り、再出発を目指します」

続いて重役が発表する。こうして明治から続いていた豊畑家は没落してしまうのだった。


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