くノ一詩憐と奇妙な依頼
時は群雄割拠の戦乱の時代。戦国大名は生き残りのために表裏の世界で謀略を広げていた。謀略の場で一番重宝したのは忍者であることは言うまでもなかった。忍者は各地の大名家に雇われ諜報活動に従事していた。今夜も忍者の暗闘が繰り広げられる……。
◆◆◆◆◆
ここは、戦国大名、小田島清九郎が治める月島の街。街には小さな自由市場があり活気に満ちていた。その自由市場を動きまわる一人の女薬売りがいた。その容姿は端麗で凛とした雰囲気があった。その女薬売りは市場の一区画に鎮座する露店商の屋台の前に立ち止まった。そして声を潜めて老店主に話しかけた。忍者特有の話法だ。
「乙爺……急に私を月島に呼び寄せてどういうつもり……うまい話があるとは聞いたけど」
「ホホホ……詩憐か。実はお主の忍びの腕を見込んだ依頼があるのじゃ」
「依頼?」
「月島城に潜入し、小田島清九郎の愛娘……夜月姫が所持している横笛をこの横笛にすり替えてほしいのじゃ」
そう言って乙爺は詩憐に横笛を渡した。
「この横笛は音が出ないように細工がされている特別製の横笛じゃ」
それを見て詩憐は横笛をまじまじと見た。
「横笛をすり替える……依頼主はなぜ横笛をすり替えようと思ったの」
詩憐は疑問を乙爺に問いただした。
「さぁ……ワシが問いただしても依頼主はのらりくらりとはぐらかすばかりで目的はさっぱりわからんのじゃよ……詩憐よどうする? 受けるのか受けないのか」
「その依頼は受けるよ……面白そうだからね」
「やはり、ワシの目に狂いはなかったようじゃ……詩憐よよろしく頼むよ」
乙爺の依頼を受託し、詩憐は屋台から去っていった。
女薬売り、詩憐は特定の忍の里に属さぬフリーランスの忍者であった。戦国大名を渡り歩き依頼を果たしていくフリーランスの忍者の依頼は血なまぐさいものが多い。それ故にフリーランスの忍者は秘密のネットワークを所有し情報を共有しているのだ。
詩憐は一旦、宿屋に戻り月島城に潜入する準備を整えた。まず、詩憐が以前の任務と薬売りとして見聞きしたから情報を整理した小田島家は対立する大名の雁川家の領地に侵攻しているが雁川側の守りが手強くなかなか攻めきれないでいた。そうなるの依頼者は雁川側の人間である可能性が高い。しかしなぜ、夜月姫の所持する横笛を奪うのではなくすり替えなければならないのだろうか?
「少し調べる必要があるわね……」
そう決まれば行動は早かった。詩憐は小田島家に女中として潜入したのであった。
◆◆◆◆◆
――月島城。
山中から静かに月島の街を見下ろすこの城は、小田島家の本拠地である。現在、小田島家当主である清九郎の命によって、月島城は雁川との戦に備え、城の改築工事が急ピッチで進められていた。なので月島城は人の出入りが通常時より多かった。それ故に女中が一人増えていても些細な問題だとして片付けられた。
「潜入するのは簡単だったけど……問題はどうやって夜月姫の周辺に探りを入れるかね」
詩憐は女中姿で怪しまれないようにしながら、どうにか夜月姫の周辺を探ろうとしていた。しかし、小田島家のガードは固く断片的な情報を集めるので精一杯だった。詩憐は複雑なパズルのような情報を一つずつつなぎ合わせる作業を繰り返した。しかし証言の一つ一つが微妙に内容が矛盾していて作業は困難を極めた。だが、集めてきた情報を精査していく中で詩憐には気にかかる情報があった。
その内容は、夜月姫が憂いのある表情で外の景色を見ながら横笛を吹いているというのだ。そして、夜月姫が見つめるその方角はちょうど雁川の領地のある方向と一致しているというのだ。
「どういうことなのかしら?」
調べる価値があると詩憐は判断し、夜月姫と接触するチャンスを待った!
夕方の月島城。アンニュイな気分にさせる雰囲気の中、耳をよくすませば横笛の音が聞こえてきた。おそらく夜月姫が横笛を吹いているのだろう。そこに合わせるように詩憐の歌声が静かに響き渡った。詩憐の得意とする忍術は音遁の術である。詩憐の美しい歌声が夜月姫の横笛と重なり美しいハーモニーを奏でていった。
「……美しい声、誰が歌っているの?」
夜月姫は思わず横笛の演奏を止め詩憐の姿を探した。
(夜月姫は私の姿を探しているわ……)
詩憐は静かに夜月姫の前に姿を見せた!
「あ、あなたが歌を歌っていたの!?」
突然現れた詩憐に驚いた夜月姫!
「ごめんなさい、夜月姫に接触する方法はこの方法しかなかったの。聞かせてもらえないかしら……あなたが哀しげに横笛を吹く理由を」
詩憐は夜月姫に静かに問いかけをした。もちろん、詩憐の声には音遁術が込められている!
夜月姫は抵抗を試みるが心を揺らがせるような詩憐の声色に言葉が勝手に紡ぎ出していく!
「じ、実は夜月姫と雁川の若君、在秀様とは、密かな恋仲なのです……」
夜月姫は秘密を告白した。詩憐は静かに夜月姫の告白を静かに聞いた。
「私達は小田島と雁川の戦を止めさせたいと思って互いの父上を説得しようとしました……しかし在秀様は謀反の疑いをかけられ座敷牢送りになってしまい、一部の協力者を通じてしか連絡が取れない状況なのです」
そこまで聞いて詩憐の頭は全ての状況を理解しつつあった。確かに風の噂で雁川在秀が謀反の疑いで座敷牢に幽閉された話を聞いていたがこんな形で詩憐の任務に関わりが出てくるとは思っていなかった。
「なるほど……雁川側の協力者に小田島側に悟られずに伝言を伝えるために横笛を吹いていたのね」
「……はい、そういうことになりますね」
「夜月姫様……今回はあなたの横笛の腕に免じて特別に忠告してあげるけど、その横笛を通した伝言は既に小田島側に見破られているわよ」
そう言って詩憐は虚空の方向に向けて棒手裏剣を投擲した!
すると忍者が棒手裏剣が刺さった状態で落ちてきた
「ウワーッ、なぜここにいるのかわかった!」
「音遁術には音波を用いて敵の位置を把握する術があるわ」
「……そ、そうだったのか」
そう言って忍者は倒れた。
「私の依頼主は雁川側だと思ったけど、実際の依頼主は小田島側。横笛をすり替えることによって、雁川側の協力者……つまり在秀派との連絡を途絶えさせようとする目論見だったのよ」
「そ、そんな……必死に考えて思いついた連絡手段だったのに、見破られているとは思いとしれませんでした」
夜月姫は連絡手段が見破られたショックで腰から崩れ落ちた!
それを見た詩憐はニヤリと不敵に笑った!
「可愛そうな夜月姫様、ここで私から提案があるわ……今から雁川側まで行ってきて在秀様に伝言を伝える依頼を私に出すっていうのはどうかしら? 特別に依頼料は言い値で構わないわ」
「ほ、本当ですか!?」
夜月姫は懇願するような表情で詩憐を見つめた。
「えぇ……私も音楽を愛する者同士、あの依頼主に一杯くわせたいと思っていたの」
「在秀様にこれだけは伝えてほしいです……」
そう言って夜月姫は在秀に向けた手紙を書き始めた。それを見た詩憐は思考した。
(信じがたい話だけど、小田島側と雁川側の一部の家臣が結託して小田島と雁川の緊張状態を継続させようとしている……この状況を打破するためには雁川在秀と接触する必要があるわ。幸いなことに雁川側は在秀派が形成されている……問題は奸臣討つべしの機運が高まればいいのだけど。ここからは忍者の業の見せ所ね)
小田島と雁川。両家の命運を左右する任務が密かに始まろうとしていた!