1.出会いは唐突
「またやっちゃった……」
小学6年生、甘月美緒は自身の愚かさに落胆していた。
正義の味方をうたっていたものの結果としてこの日、彼女は街一つ吹き飛ばしてしまったのである。
なぜこのような事態に陥ったのか……
退屈していた彼女に転機が訪れたのは母のドレッサーで遊んでいた時だった。
小さい頃はよく触って怒られたが両親の部屋に久々に入ってみるとドレッサーが視界に入った。化粧品や道具をいじっていると興がのり引き出しにも手をかけた。
引き出しから一枚の写真が出てきたのである。写真はヒーローショーのワンシーンだった。壇上にはテンプレートのような全身焦茶色のトカゲっぽい怪獣がヒーロー役の5人と対峙している。この写真自体には大して気にはしなかったがこの写真に写る人物に自分の母がいるのではないかと気になった。
「お母さん、ヒーローショーとかに出てたの?」
夕方、美緒は顔色を伺いながら夕飯の支度をしていは母の美紀に尋ねた。
「あれ?言ってなかったけ?昔、アルバイトでやってたのよ」
「へー。大変そうだね。楽しかった?」
「まぁまぁね。」
美紀は多くは語らなかったが笑みがこぼれていた。
美緒はそこはかとなくうれしくなった。
その日から、美緒は戦隊や特撮作品を見るようになった。小さい頃は見ていたが今日日、改めてみても過去作品と変わっていることはない。
跳梁跋扈、勧善懲悪、大団円。お決まりのパタ―ン。
美緒はテレビを見るのをやめた。
朝、学校へと赴く。
いつもと変わらない登校、通学。
教室へと着くといつも通り白雪絵麻が美緒の後ろの席に座っていた。
「おはよう」
「おはよう。……なんか元気そうにないね」
「そんなことなよ。」
美緒は生返事をした。
絵麻の丸眼鏡の奥の眼差しは優しく美緒をのぞいていた。絵麻は賢く本質を見抜く慧眼が今日も冴えわたっていた。最近、美緒はどことなく心ここにあらずといった雰囲気だった。
「そうだ!噂だと転校生が来るらしいよ。金髪碧眼の美少女って噂だよ」
「そんな話初めて聞いた」
「とある筋からの情報ってやつですな」
それを聞くと美緒がぼーっと黒板の方を向いていると絵麻が声をかけてきた。
「今日暇?」
「どうして?」
「水本公園いかない?」
「塾とか忙しいくないの?」
「今日はお休みだから大丈夫。美緒ちゃんと遊びに行きたい」
「……いいよ。あたしも今日は特に予定ないし」
放課後、二人で区内で一番大きい自然公園に行った。特に目的はないが散策して気晴らしをする。だだっ広いこの公園には気分転換や運動をするのにうってつけの場所だった。
平日の昼下がり、ぽつんぽつんと家族連れや高校生の男子たちが賑やかに過ごしていた。
美緒は来年には中学生となる。その次は高校生。その次は大学生、専門学生はたまた社会人……自由に生きられるとは言うものの概ね人間の生き方なんて決まっている。美緒のような特に取り柄も特技もない人物にとってはなおさらこの状況を悲観していた。
美緒は人生を達観していた。せめてアニメのように正義のヒロインのような大立ち回りや魔法のようなビームをうって悪者から世界を救うような冒険活劇の一役を演じてみたかった。たぶんこのタイミングが最後のチャンスなのではないのかと憂いていた……
物憂げな美緒を見かねて一緒に来た絵麻が気を使った。
「私、ジュース買ってくるね。そこでまってて」
絵麻はすぐさまその場を離れて、近くの自動販売機へとかける。
「あたしの人生って何なんだろ……」
美緒はいつの間にか近くの池でかがみ、ただひたすらに濁り気味の水面をのぞいていた。
ぴちゃ……ぴちゃ……
美緒の視界の外から水音がした。
「え……」
美緒はそちらを向くとずぶ濡れの黒白柄の猫が沼から這い上がってきた。
猫は体を震わせ、全身の水分を飛ばす。
「わ!」
美緒はひるんで目元を覆う。
「だめだ。早う適応者を探さにゃあ、いけん」
何が起こっているのかわからなかったというのが率直の感想だった。
「もうすぐあいつらはここに来る……」
よく見ると猫は白黒で額が八の字で毛の模様が変わっている。
「猫がしゃべってる……」
「あんた、わしの言葉がわかるのか」
「うん……夢の中でなければ」
「そうか。悪いがどこか一飯と休めるところを提供してほしい」
猫は高貴なようでどこの言葉かわからない訛りがかった方言でこちらにSOSを発信してきた。
そういって猫はこと切れたようにどさっと横たわった。
「どうしたの?その猫ちゃん」
両手にジュースを持った絵麻が驚いたようにこちらを見つめていた。
「……わからないけど池でおぼれて、這い上がって来たかと思ったらぱたんと倒れたの」
「急いでどこかに運んでいかなくちゃ」
小学生の2人はとりあえず美緒の家に湿った猫を運ぶことにした。
とりあえず美紀に事情を説明して猫の体を洗い、毛布で温めた。
絵麻はその場は甘月家に預けて、帰宅していった。
夜、帰宅した父の樹生が衰弱した猫に一瞥して美紀に事情を聞いた。
その日はとりあえず、この猫を休ませた。
深夜、ベッドで横になっていた美緒は不思議な猫に出会ったことが頭から離れなかった。
悶々としていたが寝ようとしていた矢先だった。
カリカリ……
扉をひっかくような音がした。
「いるんじゃろ。開けてくれ」
先ほどの猫の声が扉の外からした。
美緒はベッドから飛び起き、扉の前にちょこんと座っていた猫を部屋に招き入れた。
「いやー助かった。あのままだとどうなっとったか。すまんが何も食べとらんのじゃ。なにか分けてくれんか」
存外、美緒は日本語をしゃべる猫に順応していた。すぐさま、リビングから母が買ってきた猫用のミルクを平たいさらに注ぎ、自室へと運んだ。
「はい、どうぞ」
猫に皿を給仕する。
「ありがとの」
そういって猫はぴちゃぴちゃとミルクを舐め始めた。食べる元気はあるらしかった。
若干の安堵をを覚えたが美緒は様々な疑問が浮かんだ。
「あなた、いったい何者なの?」
「わしか?わしはカープっていう……精霊みたいなもんじゃ。今は少し力が弱っていてな。わしゃ端的に言うとこれから来る災厄に立ち向ける人類を探しよる。いろいろあって今は手詰まりだが、やっと一人目を探した」
「災厄?」
「ああ、これからこの先、この地域には怪獣がわんさか現れる。そいつらは人類にとってほとんどが害となる存在じゃ。それを撃退してくれる人類に力を授けて一緒に戦ってもらいと考えちょるんじゃ」
突飛な話過ぎてついていけない美緒だった。
「よくわからないけど、それだったらその人のところにお世話になればよかったじゃない」
猫はミルクを舐めるのをやめて、器用に舌で口回りのミルクを舐めとる。
「察しが悪いな。その人物が君じゃ。」
「ええ?」
美緒は言葉にならない声を無理やり音にした。
「私、そんな力も能力もないよ!」
「いや、ある。わしの見立てでは最高の精霊守となる」
唐突な指名に訳が分からずにいた美緒。
猫のカープが続ける。
「まずは精霊と契約して彼らの力を借りる」
「そうすりゃ怪獣どもと対等に戦うていける」
一方的に話を展開してきたカープだった。
やっぱり夢の続きでも見てるみたい。カープの話を途中で聞くのをやめてそそくさとベッドに入る。
「まぁ、時期にわかる」
そこで美緒は眠りに落ちた……
ドカン!
その音で美緒は目が覚めた。あたりはまだ暗かった。眠りについて数時間と言ったところだ。
地震かと思ったが枕元に置いてあった携帯電話に緊急地震速報は来てはいなかった。
「始まったで……」
眠り眼をこすりながら、音がした方向の窓を開けベランダに身を乗り出す。
「何……あれ……」
「……怪獣や……もう始まってしもうた」
駅の方だろうか。煌々とオレンジ色の炎があたりを染め、黒色や白色の煙が立ち込めその規模を示していた。
美緒は自身が望んでいた何かいつもとは違った出来事に巻き込まれていくのだった。
よろしければブックマーク、☆の評価、感想をいただけますと幸いです。
作者の励みになります。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願い申し上げます!