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2.

「ああ! おまえ! 人間のくせに、また図々しくもあるじの手料理をただ飯してるな!」


 ツンと尖った耳を揺らし、憤慨しながらホールに飛び込んできたのは、油揚げと同じこんがりと美味しそうな金色のきつねだ。きつねと言っても野狐(やこ)という妖怪で、狐月さんからはコン吉と呼ばれている。店においては、一応バイトの先輩だ。


 二本足で立って抗議するコン助先輩に、私は澄ました顔でぱくりとひよこ豆カレーを口に運んだ。


「ただ飯じゃありませんー。正当な労働の対価ですー」


「対価ってお前。お前がしていることと言えば、客の相手をして、皿を運んでテーブルを拭いて片付けて、あとはあるじのうんちくを聞いてるだけじゃないか!」


「ホールの仕事ってそういうもんでしょ!」


 器うんちくは置いといて。――いや。ここ縁結びカフェにおいては、「狐月さんの器談義に笑顔で付き合う」が重要な役目になるかもしれない。その証拠に、ぷんぷんと怒るコン吉先輩の後ろで、狐月さんがシュンと項垂れている。


「ごめんね。水無瀬さんがうんうん聞いてくれるのが嬉しくて、いつも器のことで暴走しちゃうけど……。仕事の邪魔だったら言ってね。僕、自分じゃ気づけないから」


「あ、あるじ! 俺はあるじを責めて言ったわけじゃ……」


「いけないんだー。コン吉パイセンの何気ない一言がー。店長を深くふかく傷つけたー」


「この、人間め! おまえ調子に乗って!」


「きゅう……」


 コン吉先輩は一瞬毛を逆立てかけるけど、キュウ助が不安そうにぷるぷると毛玉を揺らしたことで、決まり悪そうに鼻をひくひくさせた。私から見れば同じく毛玉なコン吉先輩も、キュウ助の無垢な可愛さの前では無力らしい。


 こほんと咳払いをして仕切り直してから、コン吉先輩はぴしりと肉球を狐月さんに向けた。


「いいか! 何度でも言うが、想太様は由緒正しき陰陽師の家柄、狐月家の御曹司であらせられる! おまえのようなみみっちい妖力しか持たんちんちくりんの女学生が、気安くお声がけできるおひとじゃないんだからな!」

 

 そう。初めて会ったときから只者じゃない感を醸し出していたこの狐月想太という人物、平安時代から続く陰陽師の家系の末裔だそうだ。


 なんでも狐月家は江戸時代初期に京都から流れてきた陰陽師の家系で、当時この地を治めていた妖狐と夫婦となり、ここ寺川の名士になったという。


 その時、祝言を挙げたのが隣の寺川稲荷神社――通称、縁結び神社であり、以来狐月家は代々この地に住まいながら、ひとと妖の縁を繋ぐ守護者として妖たちの面倒を見てきた。


「和風ファンタジーここに極まれり!」と叫びたくなるような生い立ちだけど、まさに目の前に喋るきつねがいて、倉ぼっこ(ナゾの毛玉)と同棲している私としては、「ふぅん、なるほど!」と納得するしかない。


 狐月さんは、えへんと胸をはるコン吉先輩とは対照的にほわわんと苦笑した。


「僕はただ好きな器に囲まれて気ままにカフェの店主をしているだけだし、陰陽道の継承は従兄弟に任せきりだし。だから何も気にしないでね。妖怪と縁を結んだ人間同士、水無瀬さんとは仲良くしたいな」


(はうぅ! イケメンの上目遣い(たっと)い!)


 ね?と顔を覗き込まれ、私は胸を押さえて心の中でのけぞった。薄々思ってたけど、狐月さんは自分の顔がいいのをよくわかってる。わかってないと、絶対こんなあざとい表情できない。だがそれがいい。


 とはいえ、狐月さんが陰陽道(と呼ぶらしい)に通じたすごい人なのは本当らしく、縁結びカフェには実際、妖怪と、妖怪と縁を結んだ一部の人間しか訪れない。


 私にはわからないけれど、縁結びカフェは狐月さんのつくる結界で覆われている。だから普通のひとには、カフェに気づかず前を通り過ぎてしまうという。


(妖怪向けのカフェで開いている以上仕方ないんだけど、もったいないよなあ)


 ぱくりと賄いカレーを食べながら、私はそんなことを思う。普通の人も入れるようにしたら、絶対にこのお店は流行る。それこそ、こんな風にのんびり賄いを食べてる場合じゃないほどに。


 大学近くに私しか知らない隠れ家的お店があるというのも、それはそれでワクワクするけど。


 そこまで考えたところで、私は狐月さんの言葉をふと思い出して顔を上げた。


「ていうか店長の従兄弟さん、この辺りにお住まいなんですか?」


「うん。従兄弟は僕と違って陰陽道を極めていてね。現代の陰陽師として、人知れず妖と人間のトラブルを解決して回っているよ」


(なにそれカッコいい)


 にっこり微笑んで答えた狐月さんに、私は思わず想像してしまった。


 狐月さんと従兄弟さんが似ているかは知らないし、現代の陰陽師がどんな格好で活動しているかはわからないけど、狐月さんもきっと平安貴族みたいな服がすごく似合う。


 紫色の装束に身を包んで、白く長い指に紙のお札みたいなのを持ったりして。「喝!」なんて鋭く言い放っていたら、カッコよく決まりすぎて倒れてしまうかもしれない。


「きゅう、きゅう?」


「どうしたの、水無瀬さん。食べる手をとめて、じっと僕を見つめたりして」


「あ、いや。あはは!」


 まさか陰陽師コスの狐月さんを想像して拝んでましたというわけにもいかず、私は適当に笑って誤魔化した。


 けれどもその時、ふと傍にいるコン吉先輩の姿が目に入っておやと首を傾げた。


(コン吉パイセン、もしかして機嫌悪い?)


 いかんせんきつねなので表情が掴みづらいけれど、むすりと黙り込むコン吉先輩の細い鼻面には、小さな皺が寄っていた。


 いちいち小姑みたいなコン吉先輩は、口うるさいだけで基本はいいきつねだ。だからはっきりと不機嫌な姿を見るのはこれが初めてである。


 なにが気に障ったのだろうか。いましてたことといえば、狐月さんの従兄弟さんの話で盛り上がっていただけなのに。


 不思議に思って眺めていると、コン吉先輩は我に返ったように瞬きする。そして、いつもの調子でぷんすかと私に肉球を向けた。


「と・に・か・く・だ! あるじが優しくするからって、調子になるなよ! まかり間違っても恋情など抱くなよ!」


「抱くか!」


 思わずノリツッコミで勢いよく突っぱねてしまった。狐月さんにはちょっぴり失礼だったかも知れないけど、ここは言葉のあやとして許して欲しい。


 とにかく、あまりにいつも通りに小姑なコン吉先輩と、これまたいつも通りに不毛な争いが勃発しかけたその時、カランカランとドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ!」


 反射的に笑顔で振り返った私は、その姿勢のままあんぐりと口を開けた。


 そこにいたのは、可愛い女の子だった。


 腰に届くほど長い亜麻色の髪はさらりとストレートで、小さな顔に大きな目鼻立ちの、まるで人形のような美少女だ。白いふんわりとしたワンピースを着ていて、肩には大きなトートバッグ下げている。


 どっからどう見ても、普通の人間――可愛い女子大生がそこにいた。


「ああ、いらっしゃ……」


「大変です、店長!」


 のんびり告げようとした狐月さんを遮り、私はぐりんと振り返った。


「店長、女の子が! ドアから女の子が入ってきました!」


「さわぐな、たわけ。お主の目は節穴か」


 鈴を転がしたような可憐な声で罵倒され、ギョッとして女の子に視線を戻した。


 いや、普通の女の子だろうか……? 言われてみれば、女の子の体は霞に包まれたみたいに輪郭がぼんやりおぼつかない。それにくりりと大きな瞳も、水に落とした墨汁が揺れるみたいなユラユラと色を変えている。


 この子は一体? そう首を傾げたとき、女の子は小馬鹿にするみたいにフンと小さな鼻を鳴らした。


「わらわは文車(ふぐるま)。お主の肩に乗るのと同じ、妖怪じゃ!」


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