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6.

「そのことだけどね。よかったら、君、うちで働かない?」


「え?」


「実は、少し前まで手伝ってくれてた相棒が店に来れなくなって、ちょうど人手が欲しかったんだ。僕らの出会いも、きっと何かのご縁だし……どうかな?」


 にこにことお兄さんが告げたバイト代は、落ちてしまったバイト先と比べても悪くなく、私としても願ったり叶ったりな申し出だった。


 だけども。


「えぇっと。一応言っときますけど、私、これといって特殊能力ないですよ……? ていうか、そもそもお兄さんって人間ですか?」


「あはは、僕も人間だよ。君と同じね。仕事内容もほかのカフェと変わらない。エプロンをつけて、注文をきいて。コーヒーを運んでお代をもらってくれたら、完璧だよ」


 愉快そうに笑って、お兄さんは手を差し出した。


「まだ名乗ってなかったね。僕は狐月(きつねづき)想太(そうた)。叔父から店を継いで、いまは店主をしているよ。どうぞよしなに」


 小首を傾げて微笑んだお兄さん――狐月さんの薄茶色の髪が、さらりと揺れた。


 そのとき私の胸の中は、大学に入学したときと同じに、きらきらと光が満ちていく心地がした。


 たしかに、この出会いは特別かもしれない。目に映るものが新鮮で、先が読めなくて。よくわからないけれども、無限に可能性が広がっている気がしてワクワクする。


 ――ううん。狐月さんのセリフを借りるなら、目の前のモノゴトに意味を与えるのは、いつだって自分自身。


 この場所に惹かれているのは私。もっと深く知りたいと望んでいるのも私。


 これを『良縁』と呼ばずなんとする!


 覚悟を決めた私は、差し出された狐月さんの手を握った。


水無瀬(みなせ)鈴、国見大学の一年です。不慣れですが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


「ふふ、嬉しいな。こちらこそよろしくね、水無瀬さん」


(まぶし!!)


 微笑んだ狐月さんの顔にきらきらエフェクトがかかったように見えて、私は思わず反対側の手で顔を覆った。


 だけど、これで私にも目標が出来た。素敵な雰囲気に、素敵なイケメン店長さん。しかも器はこだわりの焼き物だらけと、このお店は流行る要素しかない。


(手始めに、ふみちゃんも真希ちゃんをお店に連れてきて、SNSとかでバズらせちゃお!)


 めくるめくこれからの日々に胸躍らせつつ、私はそういえばと顔を上げた。


「このお店の名前ってなんていうんですか? さっき縁結びカフェって呼んでましたけど」


「ああ、それはね」


――狐月さんが答えようとしたとき、カランカランとベルが鳴って店の扉が開いた。


「たっだいまー。あるじー。駅前のパミット、また卵値上がりしてたよー」


「おかえり、コン吉」


 扉の方に顔を向けて、狐月さんがのんびりと呼びかける。会話の内容から察するに、このお店の従業員さんだろうか。


(でもさっき、相棒が店に来れなくなったって言ってたような……?)


 首を傾げつつ、私は振り返る。


 そしてギョッとして飛び上がった。


「うわあ、キツネ!?」


「うわあ、人間!?!?」


 扉のところにいたのはキツネだった。


 もう一度言おう。


 油揚げみたいに美味しそうな色をしたモフモフのキツネが、買い物袋を下げてちょこんと立っていた。


「き、きつ、キツネが、しゃべ……?」


「きゅう~~」


 パニックに陥る私のまわりを、倉ぼっこがぴょんぴょん飛び回る。おかげで私は、少しは平常心を取り戻せた。やはり可愛いは正義、世界を救う。


 一方でキツネくん(さん?)は慌てたままだ。肉球が愛らしい足先で器用に私を指差し(?)つつ、狐月さんにわあわあ訴えている。


「あ、あるじ! なんで人間が店に入ってるんだ? 結界は!?」


「この子は僕がお招きしたんだ。見ての通り、はぐれ倉ぼっことご縁を結んでいたからね。縁結びカフェとしては当然でしょ?」


「えぇ~~……?」


「結界? 狐月さん、どういうこと?」


 不穏な話の流れに私が黙っていられなくなったとき、再びカランカランと扉のベルが鳴った。


 軽やかに開いた扉から現れたのは、小学生くらいの大きさのカッパが一匹、羽織姿のネコが一匹、ぺらりと宙に浮かぶナニか――たぶん、一反木綿と呼ばれる類のモノ――が一枚(?)だった。


「ふぃー。のどかわいたでありますー」


「たいしょーお。いつものたのむにゃー」


「今日は人間の娘がおるんかー。なんや珍しいこともあるもんやなー」


 めいめい好き勝手いいながら、妖怪トリオはすぐ近くにあるテーブル席にちょこんと座る。


 どこからともなくほわほわと飛んできた湯呑みのお茶をすする妖怪たちを震える手で指差しながら、私は恐る恐る狐月さんに尋ねた。


「狐月さん、これは……? ここ、普通のカフェなんですよね……?」


「言い忘れたね。うちのお客さまは、ほとんどが妖怪だよ」


「はあ!?」


 にこっと微笑んだ狐月さんに、私の声はひっくり返る。けれども狐月さんは、とっても綺麗に整った顔に涼やかな笑みを乗せて、平然とのたまった。


「お客さまは妖怪か、妖怪と縁を結んだ特別な人だけ。それ以外は至って普通の、コーヒーとケーキが自慢で、器にこだわったお洒落なカフェ。それがここ、寺川縁結びカフェさ」


 いい笑顔で言い切った狐月さんを、私はあんぐりと眺めた。


 ――たぶん私にも非はある。狐月さんが醸し出す妖しい雰囲気にワクワクして、店で働くことを決めたのは私だ。


 だけど、これだけは言わねばなるまい。


「それは全然、普通のお店じゃありませんからー!」


 店内いっぱいに響き渡る声で叫んだ私に、狐月さんはそれはそれは愉快そうに笑ったのだった。


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