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5.

「どうする? 僕なら、君とその妖をつなぐ(えにし)を断ち切ってあげられるよ」


「……それは」


「もちろん、ここで過ごした記憶は無くなるし、倉ぼっこのことも忘れてしまう。その代わりに、君は元の日常に戻ることができる」


 記憶を消すだなんて、そんなことが出来るのか。不思議に思う一方で、お兄さんにはそれが可能だと、私の勘が告げている。


「けどね、これだけは知っといて欲しい。僕は倉ぼっこを『悪い縁』と言ったけど、それはあの瞬間の話。(えにし)は関わり方によって、良くも悪くも変わる。――その焼き物と同じだよ。目の前のものに意味を与えるのは、いつだって僕ら人間だ」


「私とこの子が出会ったことにも、意味があるって言うんですか?」


「君の選択次第でそうなることもあり得るし、少なくとも、僕はそうなって欲しいと望んでいるよ」


 不思議な言い回しをして、お兄さんは倉ぼっこに視線を落とした。


「かつて人と妖怪は、もっと近い存在だった。二つの世界は限りなく重なっていて、僕らは共に暮らしていた。――だけど、いつしか人間は妖怪を忘れ、妖と人の世は完全に分たれてしまったんだ」


 きゅう……と、倉ぼっこが鳴いた。その鳴き声は、なぜか物悲しく聞こえた。


「それでも、ほとんどの妖怪は変わらず人が好きなんだよ。だから忘れ去られても、そっと寄り添い生きている。当たり前にそばにいるのに、人はそれに気づくことすら出来ないのにね」


「……なんだか、寂しいですね」


「そんな中、奇跡みたいな確率で君は妖怪と縁を結んだ。その縁が、素敵なものにならないわけがない。ううん。君ならきっと、この出会いを『良縁』に変えることできる。もちろん、無理に、と言うつもりはないけど」


 最後の最後で、お兄さんは控えめに微笑んだ。


 示し合わせたかのように、倉ぼっこがぴょいとお兄さんの手を飛び降りた。


 小鹿田焼を飛び越えて私の手元にやってきた倉ぼっこは、ごめんなさいをするように「きゅう……」と小さく鳴いた。


(お兄さん、ずるいなあ)


 カウンターに肘をついて、私は口をへの字にした。


 そんな話を聞いたら、私にはもう断れない。それを見透かして、小鹿田焼のカップを出してくれた感すらある。


 うまく乗せられたみたいでちょっぴり悔しいけど。私自身、この出会いの行く末をもう少し眺めてみたくなったのも事実で。


「確認ですけど、倉ぼっこが悪運ばかりを運んできたのって、私に気づいてもらうためなんですよね。私がこうして知ったから、もう悪さはしない?」


「たぶんね。倉ぼっこは甘えん坊だから、構って欲しくてちょっとした悪戯はするかもしれないけど」


「よーし、わかった」


 腹を決めて、私は倉ぼっこを覗き込んだ。ぴくりと毛を揺らしてそわそわする倉ぼっこに、私は人差し指を突きつける。


「いーい? そばにいたいなら、悪運フルコースは金輪際なしにすること! 食べたいランチが売り切れって地味にショックだし、目覚まし時計が三日連続不発とか、下手すりゃ単位に関わってくるんだから」


「きゅう……」


「あと、これまで損した分は償ってね。特にバイト! 家族に啖呵きって一人暮らし始めちゃった分、お金は死活問題なのっ」


「きゅう、きゅう!」


 反省してるのか、それとも「任せろ!」とアピールしてるのか。倉ぼっこは、テーブルの上でぴょんぴょん跳ねた。


 それを手で掬い上げ、私はにっこり笑った。


「以上を守ってくれるのなら、いいよ。我が家に置いてあげる。縁だかなんだか知らないけど、私とお友達になろう!」


「きゅ、きゅ……!」


 ぱあああっと。効果音がつきそうなくらい、毛玉の奥でつぶらな瞳が輝いていくのがわかる。やがて倉ぼっこは、ぴょーんと勢いよく私の顔に飛びついてきた。


「きゅう~~~!」


「ひゃっ! くすぐった!」


「きゅう、きゅぅ~」


「ちょ、ちょっと! 毛だらけになっちゃうんだけど!?」


 よっぽど嬉しかったのか、倉ぼっこはすりすりと毛玉を押し付けてくる。ひたすら柔らかいし、ひたすら可愛すぎる。


 ひとしきり倉ぼっこをモフモフ堪能したところで、私ははたと気づいた。


「けど、私がこの子を視られるのって、お兄さんが淹れたコーヒーのおかげですよね? 効果っていつまで続くんですか?」


 効果が一時的なら、せっかく一緒に暮らしても、私は倉ぼっこを見えなくなってしまう。そしたら、この子をもっと悲しませてしまうかもしれない……。


 そんな風に心配したのだけれど、お兄さんは軽やかに首を振った。


「大丈夫だよ。君の体は、もともと妖怪と相性がいいんだ。意識して彼らを視ようとする限り、君たちの縁は簡単には切れないよ」


「意識してと言われましても」


 ホッとしつつも、私は難しい顔をしてしまう。だって私は、普通の家庭に生まれた普通の子供だ。意識して妖怪を視ろと言われても、具体的になにをどうすればいいかさっぱりわからない。


 するとお兄さんは、ふとカウンター越しに身を乗り出した。


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