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4.

(か、かわい~~っ)


 妖怪かどうかとかもう関係ない。嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる毛玉に、私は「は、はわわわ」と意味不明な言葉を垂れ流しながら触れようとした。


 するとお兄さんが、ふふっと笑った。


「ちなみにそれが、君に憑いてる貧乏神だよ」


「うそ!?」


「きゅ!?」


 大声をあげると、毛玉の毛がぴんと伸びた。


 いや。だって。これが?


 貧乏神というからには、もっとみすぼらしくて湿っぽい見た目を想像する。それこそ、この世の不幸をすべて煮詰めて固めたような。


 けれども、目の前にいるこの子はどうだろう。真っ白とはいかないけれども決して汚れていないし、なにより可愛い。不幸どころか、幸運を運んできそうですらある。


 じっと見つめていると、毛玉が恐る恐る近づいてきた。毛玉はつぶらな瞳で私を見上げ、机の上に置いた手にぴとりとくっついた。


「……いや、ないわ。この子、どうみても幸福の妖精だわ。貧乏神とか嘘だわ」


「君の判断基準はシンプルだね。わかりやすくて好感が持てるよ」


 すごく丁寧に「単純だね」と言われた気がするけれど、気にしない。両手で掬い上げるようにして毛玉ちゃんを乗せ、私はうっとりと覗き込んだ。


 毛玉ちゃんは羽毛みたいに柔らかい。重さなんかほとんどなくて、風が吹いたら飛んでいってしまいそうだ。そわそわする毛玉ちゃんは「きゅう~」と鳴いて、私はますますメロメロになった。


「君、どこから来たの~。いい子だね~」


「きゅ、きゅ~う」


「きゅ~う、ね~。ちょっとわかんないかな~。けど、すっごく可愛いね~」


「きゅう~?」


「ぷ、くくっ。ふ、」


 カウンター向こうでお兄さんがお腹を抱えて笑っているが、気にしない。可愛いは絶対正義。無垢なる可愛さを前に、人間はただただ無力なのである!


 しばらくしてようやく笑いのツボが治ったお兄さんは、毛玉ちゃんを指し示してこう言った。


「それは倉ぼっこといってね。座敷童子の一種で、主に倉に住む妖怪だよ」


「え? だってさっき、貧乏神って」


「貧乏神っていうのは、概念的な総称だからね。人間に悪い運気を呼び込む妖怪を、まとめてそう呼ぶんだ」


「へえ……?」


 なんと答えるべきかわからず、私はぱちくり瞬きした。


 私は妖怪に詳しくない。……この世界に「私、妖怪に詳しいです!」と胸張って答える女子大生が何人いるか知らないが、少なくとも私は違う。


 その私でも、座敷童子が「家に幸運を呼び込む妖怪」と知っている。それにお兄さんはこの子を倉に住む妖怪と言ったけど、この子が現れたのは私の部屋だ。


 私の疑問が伝わったのだろう。お兄さんは私の手から、そっと毛玉ちゃんあらため倉ぼっこを受け取った。


「この辺りは古い家が多くてね。最近はリフォームや建て替えが進んでいて、蔵を無くす家もあるんだ。この子も、そうやって流れてきた倉ぼっこだろうな」


「住むお家がなくなっちゃったってことですか?」


「そんなところだね。家を無くした倉ぼっこは、次の住処を探して放浪の旅に出た。そして偶然、君の部屋にたどり着いたんだろうね」


“夢の一人暮らしー! ひゃっふー!”


 ベッドに転がりはしゃぐ私を、毛玉ちゃんが目をキラキラさせて見つめるところを想像する。毛玉ちゃんはそわそわ毛を揺らしてから、我慢しきれず一緒にベッドに飛び込んだ。


「そしたら、なんと君が、倉ぼっこの気配に気づいてくれた。きっと彼は、たまらなく嬉しかったんだ。倉ぼっこは、甘えん坊で人懐っこい妖怪だから」


 お兄さんは優しい表情をして、細い指の先で倉ぼっこを撫でる。倉ぼっこは嬉しそうに「きゅう」と鳴いて、ぷるりと毛を揺らした。


 だけど、私が倉ぼっこの気配を感じられたのは、本当に最初だけだった。


 倉ぼっこは、諦められなかった。私に気づいて欲しくて、大昔みたいに人間と遊びたくて。倉ぼっこは私に、いろんな悪さをした。


「ここが妖怪の厄介なところでね。人間って、調子がいい時には喜ぶばかりで『どうして、いいことが続くんだろう?』なんて考えないでしょ。だから妖怪は、存在を気づいて欲しいときは悪さをする。今回君が、悪運ばかり引き寄せられてしまったようにね」


「そんな、好きな子に意地悪する小学生みたいな!」


「いいえて妙だね。だいたいそれで合ってるよ」


 呆れて肩をすくめると、お兄さんが苦笑した。どうやら、当たらずとも遠からずだったらしい。


 しかし、私はやや複雑な気分になってきた。


 私が不幸続きだったのは、この倉ぼっこのせいだというのは間違いないらしい。


 妖怪とはいえ、こんなに可愛い姿をしたこの子を責めたくはない。けれど、今後も不幸が続くかもしれないと考えると、あまり近くにいて欲しくないとも思ってしまう。


 私の内心が伝わったのだろう。お兄さんはすっと背を伸ばすと、真面目な顔をした。


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