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13.

 わずか数分後、私たちは土俵を見下ろす客席の一角に並んで座っていた。


 私たちの視線の先では、きょとんとした顔の狐月さんが、()()()として土俵に上がっている。


「ソータぁ、いっけえー!」


 やんや盛り上がる観客たちの中で、早くもキヨさんは場に馴染んで、無邪気に拳を振り上げている。その横で私といえば、軽くパニックに陥っていた。


「だ、だだだだ、大丈夫なんですか!? 相撲大会って、力比べなんですよね!? 狐月さん、捻り潰されちゃいますよ!?」


 土俵でぽかんとしている狐月さんは、はっきり言って細身だ。対して相手の妖怪は、とにかくデカくてゴツい。あれ、たしか塗りかべって妖怪じゃなかっただろうか。


 狐月さんを指差しアワアワと青ざめる私に、コン吉先輩が呆れた。


「落ち着けって。俺たちの中じゃ、主が一番適任だし、なんなら負けるわけないんだから」


「で、でも。あんなに体の大きさが違うし!」


「黙って見てなよ、すぐにわかるから」


 コン吉先輩が言うように、私は相撲大会が再開してすぐに、認識を改めることになる。


 なんと狐月さんが、軒並み自分よりはるかに大きい出場者たちを、顔色ひとつ変えずに次々に放り投げ始めたのだ。


「そーれ」


「いよっと」


「えいやっ」


「よっこいしょ」


 気の抜ける掛け声に合わせて、狐月さんが対戦者をちぎっては投げ、ちぎっては投げの圧勝を続ける。そのお手並みたるや見事なもので、応援するギャラリーも大喜びだ。


「やったれ、主!」


「よし、いいぞ!」


「キツネツキソータ様、鮮やかなお手前にございます!」


「きゅうー!」


「なにこれ、なにが起きてるの」


 唖然として、私は後ろにもたれる。その横で、いたずらが正解した子供のようにヌエさんがにんまりと笑った。


「コン吉はんが言うとったではありませんか。心配するだけムダですよと」


「だってまさか、こんな風に狐月さんが圧勝すると思わなかったんだもの」


 そりゃあ、前にも狐月さんが、ぐーぱんひとつで天狗を空から多摩川に叩き落とす様は見たけども。


 呆れる私の視界の向こうで、今度はずんぐりむっくりした大入道を「そおれっ」と狐月さんが放り投げる。投げられる方も受け止める方も、やんややんやの大喝采だ。


 するとのんびりと頬杖をついて、ヌエさんが目を細めた。


「この相撲大会は、力比べ&妖力勝負なんです。加えて我らが大将――ソータはんは、狐月家のなかでも先祖返り言われましてね。ほかの出場者の妖力が猿山のボス猿並みとするならば、大将の妖力はゴリラ級なんですわ」


「ゴっ!?」


「ねえ? 見えへんでしょう。あない優しそうなお顔をしてはりますのに」


 にぃーと笑ってから、ヌエさんは再び狐月さんに視線を戻した。


「そんせいで大将も、昔はそれなりに苦労しはってなあ。まあ、大将になにか悪さしようもんなら、我らあやかしが黙っておりませんでしたが」


 そう話すヌエさんの瞳の色に、私は一瞬肌寒いものを感じる。このひとも間違いなく妖怪なんだと、今更のように私は意識した。


 けれども次の瞬間、再びヌエさんはにへらっと普段通りのつかみどころのない笑みに戻った。


「しかし、人間はええですな。めんこかった大将もいまではこない立派な大人になり、スズはんみたいなええ子と仲良うしてる。――あんたと一緒にいるときの大将は、えらい楽しそうですわ」


「え?」


「ほら。これで決着がつきますやろ」


 ヌエさんが指差した通り、それが最後の取組となった。相手はなんと、狐月さんの3倍は体格がある大きな赤鬼。鬼ヶ島からのエントリーで、去年の優勝者だそうだ。


「ま、まいった~」と。ひっくり返ったまま赤鬼が両手をあげたのが合図となった。


 わっと湧く観客席に導かれて、司会のひとつ目小僧がマイクを手に小躍りして土俵にあがった。


「今年の優勝は、なああんと人間だ! 東京・寺川にこの人の名前あり! キツネツキソータだあ!」


「突然乱入してごめんね」


 狐月さんらしく控えめに笑ってから、狐月さんはマイクを受け取り、やんややんやと盛り上がるギャラリーに訴えかける。


「僕が相撲大会に参加をしたのは、とある妖怪を探してのことなんだ。あやかし縁日に来ているかどうかも定かじゃないんだけど……みんなの力を貸してくれないかな」


「なんだあ?」


「人探しだってよ」


 狐月さんの呼びかけに、妖怪たちは不思議そうに顔を見合わせる。そこをチャンスと、ヌムヌムが短い四肢でぴょんぴょんと観客たちの頭を飛び越えていくと、そのまま狐月さんの肩に飛び乗った。


「お集まりの紳士淑女、魑魅魍魎の皆々さま。探しびとというのは、我が愛しの伴侶、我が愛、ワタクシと同じ姿をした小さきシーサーでございます」


「ちっさ!」


「あんたの嫁さんがどうしたって?」


 わらわらと身を乗り出す妖怪たちに、ヌムヌムは狐月さんの手に滑り降りて、そこで目いっぱいみんなの目に映るように前足を広げた。


「そのシーサーは、東京よりはるか故郷・沖縄を目指すべく、今日この地に来ているようなのです。可哀想に。我が愛しのシーサーは、どんなにか心細い想いをしていることか! 皆々さまの中に、憐れな迷いシーサーを見た方はいらっしゃいませんでしょうか?」


 ざわざわと妖怪たちがさざめきあう。多分だけど、隣同士やちかくの家族や友達と、そんなシーサーを見かけたかどうかを話し合っているようだ。


 ややあって、あちこちから声があがる。


「すまんなあ。おいらは見てねえよ」


「あたいもだよ。ごめんねえ」


 同じように「わからない」「知らない」と方々から返事がくる。中には親身になって「アタシも一緒に探してあげる!」なんて言ってくれる妖怪もいるけれど、肝心のマイマイの目撃情報は上がってこなかった。


「今日はもう、空振りですかね……」


 目に見えてしょんぼりするヌムヌムに、私の胸もチクチク痛む。けれどもこれだけ手を尽くしても見つからないとあらば、「あやかし縁日にマイマイが来ている」という前提から疑わなければならないかもしれない。


 私が諦めかけた時、隣のヌエさんがひどく、愉快そうに肩を揺らして笑い始めた。


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