11.
「わーい、おまつりだあ、おまつりだあ!」
「こら、あんまりはしゃぐんじゃありません!」
「ねえ、父上ー。あれ買ってー」
「はいはい。先に妖怪相撲を見に行ってからな」
私たちの横をすり抜けるようにして、ほかの妖怪たちも楽しそうに、祭りが開かれる目の前の坂を目指す。さすがは『あやかし縁日』というだけあって、来る妖怪たちも様々だ。最初の親子はのっぺらぼうだし、次の親子なんてお地蔵さんだった。
「よおし、さっそくうまいもんを探すにゃ~!」
「おう、であります~」
ニャン吾郎さんたちがウキウキと駆けていくのを見て、私はついふらりとそちらについて行ってしまいそうになる。けれども私は、ぎゅっと掴んだままの狐月さんの手に軽く引っ張られた。
「あれ、手は……?」
「このまま行くよ。言ったでしょ? 僕が君を守るって」
にこっと微笑んで、狐月さんがつないだままの手を見せてくる。それで、いまさらのように恥ずかしくなった私だけど、無理を言って連れてきてもらった以上、狐月さんに従わないわけにはいかない。
散々迷った挙句、私は正面切って狐月さんを見れないまま、ちびちびと呟いた。
「そ、その。よろしくお願いします……」
「うん。こちらこそ」
にこっと爽やかに、狐月さんが微笑む。
その後ろでは、キヨさんがによによと見たことがないような顔で笑っているし、ヌエさんに至っては何やらしたり顔で何度も頷いている。本当に二人とも、勝手に私と狐月さんで遊ぶのを辞めてもらいたい。
「きゅう、きゅう!」と、なぜかキュウ助までもが嬉しそうに鳴き出したところで、私の羞恥心メーターは振り切れた。
「と、とにかく行きますよ、行きましょう! ヌムヌムさんのお嫁さん探し!」
「そうだね。そのためにこっち側に渡ってきたわけだし」
手を固くつないだまま、狐月さんが柔らかく微笑む。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」と感激しまくるヌムヌムの声をBGMに、いざ私たちは、妖怪たちのお祭り・あやかし縁日へと足を踏み入れた。
あやかし縁日が開かれている坂は、普段から栄えている宿町のようだ。坂に沿うように出店が並んではいるけれど、その奥では「温泉」「汗流そ」などと書かれた暖簾のかかる宿屋や、「冷やし中華はじめました」「夏こそおでん」などの看板を下げたごはん処が並んでいる。
(なんだか、昔家族で行った温泉街みたい)
くすっと笑った私の視界の先で、ちょうど浴衣姿のかっぱの家族が、のほほんと満足そうに笑いながら暖簾から出てくる。そういえばこっちに来てから、日本の夏お得意のじめじめした湿気を感じない。こういう中なら、温泉を浴びてからの散策もすごく気持ちいだろう。
ほかにも、ぽよぽよとビニールプールの中を泳ぎ回る水風船を妖怪の子供たちが夢中で追いかけていたり、持ち寄りの楽器をかき鳴らした即席の妖怪楽団が芸を披露していたり。ときには酔っぱらって空を飛び回る妖怪がいたりもして、皆が皆、自由気ままに縁日を楽しんでいるようだ。
「すごい熱気ですねえ!」
ちょうど目の前で火花の妖怪たちが「うわーい」と叫びながら花火の華を咲かせたところで、私は思わず感嘆の声を漏らした。
すると隣で、狐月さんがふふっと笑みを漏らした。
「ここは妖怪たちの宿町の中でも一番大きい町だからね。普段からたくさんの妖怪が行き来をする場所だけど、あやかし縁日の夜はそれが倍以上だよ」
「この道の奥には何があるんですか?」
気になった私は、提灯の明かりがポツポツと繋がる道の奥――藍色の空に半分溶け込んだ大きな山を指さした。
光を辿ってみる限り、坂道は緩やかに山へと吸い込まれる。宿やごはん処があるのは、おそらく山の中腹くらいまで。その後も提灯は続いているけれども、道自体は深い森の中にあるようだ。
そうやって目で追っていくと、灯りは山の頂上に続く。うんと遠くにあるのでなんとも言えないが、山の頂上はうっすらと乳白色に光っているようだ。
けれども無邪気に指をさす私の反対の手を、狐月さんがぎゅっと強く握った。
「山はあまり見ない方がいいよ。まわりの街並みや、お祭りのことだけを考えて」
「へ?」
「スーズー! 見ろ、リンゴ飴じゃ! わらわ、アレを食いたいぞ!」
近くでキヨさんがきゃっきゃと声をあげたことで、私の意識はぼんやりと宵闇に浮かぶ大きな山から、目の前の屋台にぐいっと引っ張られる。
キヨさんがはしゃぐように、屋台では姫リンゴやら杏やらが透明な飴に閉じ込められて、まるで宝石みたいにキラキラと輝いている。それをうっとりと眺めて、キヨさんは声が弾ませた。
「なあ、お主はどれにするんじゃ? ここは王道リンゴも捨てがたいが、杏やみかんも甘酸っぱくて旨いのよなあ」
「ダメだよ、キヨさん。私たち、ヌムヌムさんのためにも、一刻も早くマイマイさんを探さなきゃいけないんだし」
「何を言っておる。そのヌムヌムなら、そこでヌエの奴とたこ焼きを食っておるぞ」
「ええ!?」
キヨさんが指さす方を見ると、いつの間に縁台に腰かけたヌエさんが、まさにたこ焼きにかぶりつくところだった。その膝の上では、ヌムヌムもはふはふ言いながら、丸いたこ焼きを食べている。
呆れる私をよそに、二人は幸せそうにほう……と吐息を漏らした。
「んーん。このジャンキーな味がまた、不思議と癖になりますなあ」
「カリッ、トロッとした口当たりが、また乙でございますねえ」
「あれえ……? マイマイさん探しは……?」
すると後ろで、くすくすと狐月さんが笑った。
「仕方がないよ。妖怪たちの価値観からすれば、『せっかくあやかし縁日に来たのに、何も楽しまないなんてありえない』ってことなんだろうね」
「さすが大将。わかってはりますなあ」
「生真面目にマイマイ探しに暮れたなら、それこそマイマイに叱られましょう」
なんだか釈然としないけど、当の本人がそう言い張るのだから仕方がない。さすが、自由気ままな妖怪たちの倫理だ。
「そういうわけだから、僕らも何か食べようか。水無瀬さんも、リンゴ飴で大丈夫?」
「え!? 大丈夫です、自分で買いますよ!」
「いいから、いいから。いつもお店を手伝ってくれるお礼だよ」
ひらひらと手を振って、狐月さんが私用にリンゴ飴を、キヨさん用に杏飴を買ってくれる。なんていうか、すごく大人だ。スマートだ。
狐月さんは目を閉じて、口の中で何やら呪文を唱えた。それから「はい」と私にリンゴ飴を差し出してくれる狐月さんの頭の上で、再び大輪の花火の華が咲いた。
「どうぞ、水無瀬さん」
「あ、ありがとうございます……」
「いえ、いえ。どういたしまして」
にこっと微笑む狐月さんの背景に、まるで星屑が零れ落ちるみたいに、細い火の粉が瞬きながら舞っている。
なんだこれ。なんだか映画のワンシーンみたいだ。
急に照れくさくなった私は、狐月さんから目を逸らしてぽそぽそとリンゴ飴を齧る。カリっと食べたリンゴ飴は、元の世界で食べるよりもずっと甘く感じた。




