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10.

「こりゃ、ええなあ。スズはん。いつにも増して、えらい別嬪さんになりはったなあ」


「そ、そうかな?」


「うん! おいら、びっくりしちまったにゃ~!」


「うむうむ。まるでさなぎが蝶になったかのごとくですなあ」


「てやんでい。こういうときゃ、卵が白鳥になったっていうんだ!」


 ヌエさんにニャン吾郎さん、トオノさんにたぬき親父さんまで、口々に浴衣姿を褒めてくれる。ゲンキンなもので、さっきまであんなに不安だったのに、今度は違う意味でもじもじと落ち着かない心地になる。


「え、えへへ。キヨさんのプロデュースのおかげだよ」


「ふふん。そこについては否定しないな。とくとわらわの作品を拝むがいい!」


 鼻の下をこすり、キヨさんが得意げににまにま笑う。


 ちなみにこの一週間、私は言葉通りの意味で、キヨさんにあちこち連れまわされた。


 ヌエさんの道具屋に行った次の日には、キヨさんおすすめの美容室に連れていかれて、ツヤッツヤに髪をトリートメントされた。その後もランニング、美容体操、スキンケア、美容メニューに美容ドリンクなど。


 キヨさん曰く、「美容は一日にしてならず!」だそうだ。


 そうして今日。昨夜、キヨさんの指示通りのスキンケアフルコースを済ませておいた私を、キヨさんが丁寧に時間をかけてメイクをしてくれた。


うっすらと上品に、それでいて華やかに。当社比1.5倍は()()()くれた後は、浴衣に合わせた緩やかなまとめ髪を施して。そうやって時間をかけて、今日の私が出来上がったのである。


「ほれほれ、ほれほれ。そういうわけじゃから!」


「うわ!」


 痺れを切らしたように、キヨさんが私の背中をぐいぐい押す。するとほかの妖怪たちも、心得たようににやにや笑いながら左右に分かれて道を拓いた。


 そうして再び、私は狐月さんの前に召し出される。


 私の両肩に手を乗せ、直視できない私に変わって、キヨさんが狐月さんに唇を尖らせる。


「スズがあまりに可愛くて言葉を失うのはわかるが、いい加減、その重い口を開かぬか。そーれ。若い娘が、頑張って精一杯めかし込んできたのじゃぞ?」


「ちょ、ちょっとキヨさん……」


「スズも、自信もって胸を張らんか! 今日のお主はとびっきり可愛い、そうじゃろ?」


 ぽんと背中を叩かれて、私はうっと言葉に詰まった。……ま、まあ。可愛いかかどうかは別にして。今日の私はキヨさんのおかげで、いつもよりはちょっぴり、ううん、ものすごく()()()()()()()、気がする。


 ごくりと息を呑み、私は思い切って狐月さんを見つめた。


「どうですか? ……その。変じゃ、ありませんか?」


「っ!」


 私が見上げた途端、なぜか狐月さんが息を呑んだ気がした。


 これまであまり見たことがない表情で、そわりと狐月さんが視線を泳がせる。ややあってから、狐月さんはこほんと小さく咳ばらいをした。


「……うん。すごく似合ってるよ」


「ほんとですか!」


「本当の、本当に。一瞬、誰かわからなかったよ」


 柔らかく微笑んだ狐月さんに、私は頭の中がぱあああと光で満たされるのを感じた。


(や、やったー!)


 狐月さんには背中を向けて、私は思い切りガッツポーズを決めた。ほかのみんなに褒めてもらったときも嬉しかったけれど、不思議と、狐月さんに褒められた時が一番うれしい。同時に、普段からもっと美容を頑張ろうと心に固く誓った。


 ――ちなみに、私が喜びに打ち震える後ろで、「これ、ソータ! もっと気の利いたセリフを吐かんか!」「いや。これはこれでなかなか……。我らが大将が形無しになっているところなぞ、なかなか見れるものやないですからなあ」などと妖怪たちも盛り上がっていたのだが、その何一つとして私の耳には入ってこなかった。


 そのように私たちがてんでバラバラに騒いでいると、輪の中心で小さな影がぴょんぴょんとアピールした。


「お集りの皆々さま! 差し支えなければ、ワタクシそろそろ、愛しのマイマイを探しに渡りを付けたいのですが!」


「あ、ああ。そうだね」


 どこかホッとした表情で、狐月さんがヌムヌムを手のひらにすくい上げる。途端、狐月さんの全身が青白い炎に呑まれて妖狐モードに変わる。同時に、縁結び神社の地面一杯に難しい漢字が並ぶ不思議な文様が浮かび上がった。


 そうして狐月さんは、ヌムヌムを乗せていない方の手を私に差し出した。


「いくよ、水無瀬さん」


「はい」


 その場の空気に呑まれて、私はあまり考えずに手を伸ばす。指先が触れた途端、狐月さんの大きな手が私の手を包み込んだ。


「常世の陰と現世の陽。いまここに、二つの境に戸を開かん!」


 地面に浮き出た文様が輝き、ふわりと周囲に風が舞う。カン!と、どこか遠いところで、鐘を打ち鳴らす音が響いた気がした。


(……あれ?)


 ぱちくりと、私は瞬きをした。


 さっきまで少し日が傾きかけたくらいの空だったのに、いつの間にか空が深い藍色に変わっている。――いや。完全に暗くなったわけじゃない。昼の世界の終わりで、夜の世界の始まり。そんな、橙色と濃紺が入り混じったような、そんな空だ。


「おお! 始まっとるな」


 すぐ近くで、キヨさんが声を弾ませる。一拍遅れて、私の耳に様々な音が流れ込んできた。


「うわ!」


 びっくりして、私は狐月さんにしがみついてしまう。


 けれども落ち着いて聞いてみれば、それらはひゅるひゅるとなく笛の音だったり、元気に打ち鳴らされた太鼓の音だったり。祭囃子と、それにはしゃぐ妖怪たちの声。


 それらが、煌々と提灯の明かり輝く緩やかな坂道から、どんちゃんと響き渡っていた。


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