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9.


 ドキドキしながら私は答えを待つ。


 狐月さんは呆れているかもしれない。阿呆な娘だと肩を竦めているかもしれない。だけどそれでも、私はあやかし縁日への好奇心を抑えきれなかった。


 すると、不意に頭の上をぽんぽんと撫でられて、優しい声が降ってきた。


「迷惑なんて思ってないよ」


「へ?」


「ごめん。僕が神経質になりすぎた」


 顔を上げた先にあった狐月さんの微笑みに、私の胸はドキッと跳ねた。狐月さんの柔らかくて温かいまなざしが、至近距離から私を見下ろしている。


(待って、待って。これ、なんて乙女ゲーム??)


 思わずそんな突っ込みが、頭の中を飛び交う。そのまま狐月さんに見惚れる私に、狐月さんはまっすぐに頷いた。


「安心して。水無瀬さんのことは、僕が守るから」


(はう!)


 ぽん!と顔が沸騰して、私は頭の中で、胸を押さえてのけぞった。だって、そうだろう。その顔で、そんな真剣な調子で、優しく頭に手を乗せたまま「君を守る」だなんて、私にはちょっと刺激が強すぎる!


(ほんとにこれ、なんて乙女ゲーム!?)


 ぽおーっと見上げる私に、狐塚さんが「大丈夫?」「水無瀬さん??」とおろおろと心配する。その肩の上で、ヌムヌムが手(前足)を叩いて喜んでいた。


「んー、夏ですな、ラヴいですなあ! 真夏の魔法がかかるのは、東の地も同じですなあ!」


「ちょっと、ヌムヌムさん!?」


「付喪神! 野暮なシーサーは口を閉じて黙っとれ! それよりスズ、こっちに来い!」


 ぺちっと、なにかの妖術でヌムヌムを黙らせてから、キヨさんが私をぎゅっと引っ張る。不思議そうに首を傾げる狐月さんに背中を向けて、キヨさんはこしょこしょ内緒話をささやいてきた。


「んで? スズは当然、めいっぱいめかし込んでくるんじゃろうなあ?」


「え!? え、いや。マイマイさん探しでたくさん歩き回るだろうし、歩きやすい格好で行くつもりだけど……」


「だめじゃ、だめじゃあ! せっかくの縁日なのに!」


 キヨさんは何やら、じたばたと地団駄を踏む。それから両手をわきわきさせて、私にずいと詰め寄った。


「よいか。来週の水曜までに、わらわがお主を磨き上げてやる。手始めに、明日の午前10時。駅前で集合じゃぞ??」


「明日? 明日は縁結びカフェのバイトが……」


「腕が鳴るなあ~?」


 目を爛々と輝かせ、メデューサよろしく亜麻色の髪をゆらゆらさせるキヨさんは、とてもじゃないが「結構です」とお断りできる雰囲気ではない。私はかなり気圧されながらも、とりあえず頷くことしかできなかった。






 そして、あっという間に、約束の水曜日がやってきた。


「キヨさん。これ、場違いだったりしないかな?」


 からころと。夏の日差しに茹だったアスファルトを、音を鳴らして歩きながら、私は隣を歩くキヨさんに眉尻を下げる。けれども、鼻歌交じりに後ろに手を回すキヨさんは、私の不安などどこ吹く風といった調子だ。


「縁日とは、古来よりこういう恰好をするのならわしだろうに? むしろ、祭りの場にTシャツ・ジーンズで行こうとしていたお主の方が、わらわには理解できぬわ」


「でもほら。あんまり気合入れすぎると、ものすごく楽しみにしていたみたいで、ちょっぴり恥ずかしいっていうか……」


「なーにが恥ずかしいものか! 祭りとは、そこに向かうまでの時間も含めて祭りなんじゃ。変な意地張らずに、胸張って目一杯楽しめばいいんじゃ」


 からん、と。木製の下駄が、縁結び神社の石階段を打ち鳴らす。


 軽く小走りに階段を駆け上がるキヨさんに、先に到着していた着流し姿のヌエさん、ニャン吾郎さんやトオノさんなどのお馴染みの常連妖怪たち、そして狐月さんが振り返る。


「やあ、時間通りだね――――」


 その時、不思議と時間が止まった気がした。


 夏の湿り気を帯びた風が、木漏れ日の落ちる神社の境内を駆け抜ける。


 ふわりと狐月さんのやや明るい色の髪が舞い、同じ風が私の浴衣のすそ野を揺らす。思わず髪を押さえて瞬きをすると、丸く見開かれた狐月さんの眼差しと視線が交わった。


(えっと……)


 ぽかんと私を見つめたまま何も言わない狐月さんに、私はもじ……と竹細工の籠を持つ右手を、反対の手で押さえた。


 ――やっぱり、おかしかっただろうか。途端に恥ずかしくなって、私は視線を逸らす。


 私が身に纏うのは、白地に赤紫色の撫子の花模様が入った浴衣だ。帯も竹の籠バッグも、すべてキヨさんが見立ててくれたもの。さすが女子力・平安貴族級のキヨさんだけあって、浴衣は可愛いし帯は上品だし、髪に差してくれたかんざしも含めてすごく素敵だ。


 問題は、それを私が着こなせているかどうかで。


(気合入りすぎって引かれたかな。それ以前に、似合ってなかったらどうしよう……!)


 ぎゅっと目を瞑ったその時、私の耳に「きゅう!」と元気な鳴き声が飛び込んできた。


「キュウ助!」


「きゅう、きゅう~~!」


 狐月さんの背後から、もふもふ毛玉のキュウ助が飛び出してくる。今日は朝から、キヨさんに美容フルコースで磨かれるのが確定していたので、キュウ助を縁結びカフェで預かってもらっていたのだ。


 ぴょーんと勢いよく飛んできたキュウ助は、やわらかな毛玉ボディをすりすりと私にこすりつけてきた。


「きゅう、きゅうっ」


「あはは、くすぐったいよ、キュウ助!」


「ほれ見ろ。毛玉倉ぼっこも、スズがいつにも増して可愛いと喜んでおるわ」


 私の隣で、これまた浴衣姿のキヨさんがえっへんと胸を張る。それが合図となったのか、縁結びカフェの常連妖怪さんたちが、わらわらと私の周りに集まってきた。


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