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8.

 あやかし縁日。また聞き慣れない単語が出てきた。


 すると今度は、狐月さんが私に説明してくれる。


「あやかし縁日っていうのはね、七夕に合わせて開かれる妖怪たちお祭りのことだよ。僕たちがいるひとの世じゃなくて、境目の向こう――妖怪たちの世界で開かれる」


「昔はもっと大規模だったんじゃがな。いまでも縁日の夜は、日本のあちこちであの世に繋ぐ扉が開かれる。そうやって我らは、一夜限りのバカ騒ぎを繰り広げるんじゃ」


 後を続けたキヨさんによれば、扉を開くのはその土地の主となる妖怪だ。寺川の地ではながらく狐月家がその役目をおっていて、ここしばらくは狐月さんがあの世との橋渡しを行なっているという。


 ふむと考え込んで、狐月さんが頷いた。


「なるほどね。あやかし縁日なら、その妖怪とも故郷を同じくする妖怪が、扉を繋いで参加しているかもしれない、か」


「左様です。話を聞いた当時は、その妖怪が話す島がどこの島かはわからんかったさかい、そんな話をしたんですわ。ちょうど時期的にも、あやかし縁日が近かったですしねえ」


「じゃあ、その、あやかし縁日にいけばマイマイさんに会えるかも!? って、だめか。七夕なんて、とっくの昔に終わってますもんね」


 一瞬勢いこんだ私だけど、すぐにしゅんと否定する。けれど狐月さんは笑って首を振った。


「大丈夫。あやかし縁日が開かれるのは、旧暦の方の七夕なんだ」


「旧暦?」


「今年で行くと、ちょうど来週の水曜日だよ」


 その言葉に、私よりも先に、狐月さんの頭の上にいるヌムヌムがぱあああと顔を輝かせた。


「では来週の水曜日、あやかし縁日に行けば、我が愛しのマイマイに会えるかもしれないと!?」


「可能性は十分ありますなあ。もちろん、決めつけはあきまへんけど」


 のんびりと微笑むヌエさんに、キヨさんがスマートフォンを勢いよく天井につきあげた。


「そうと決まれば、れっつらごー!じゃ! 行くぞ、スズ! あやかし縁日に!」


「え? 私も?」


「当然じゃ! 踊る阿呆に見る阿呆。せっかくの祭り、乗らぬは損じゃからなっ」


「大将も、今年はあちらに渡られるんで?」


 盛り上がる私たちの横で、ヌエさんが狐月さんににこにこと尋ねる。すると、狐月さんはキヨさんと私をちらりと見て苦笑した。


「僕はどうせ、扉を開く役目があるからね。それに、ここまで乗りかかった船だ。ヌムヌムのお嫁さん探し、僕も付き合うよ」


「ああ、ああ! ありがとうございます、ヌエ様。ありがとうございます、キツネツキソータ様!!」


 感激しまくるヌムヌムの声は、すでに感極まって涙ぐんでいる。


 そうして私たちは1週間後の水曜日、午後5時に縁結び神社の境内で落ち合う約束をした。






「えんにち、えんにちっ。たっのしっみじゃー」


 その日の帰り道。勝手に合流したキヨさんが、亜麻色の髪を揺らしてスキップしている。


 その楽しそうな背中を眺めながら、私は狐月さんを見上げた。


「あやかし縁日って、そんなにすごいんですか?」


「そうだね。なにせ、日本全国ありとあらゆる場所の妖怪が集まるお祭りだからね」


 微笑んで答える狐月さんの肩の上で、ヌムヌムも何度も頷く。


「ワタクシの集落は扉を開ける妖怪がおらず、参加をしたことはありません。しかし、以前出会ったキジムナーが、それはそれは豪快で絢爛で愉快だったと自慢しておりました」


 それを聞いて、私は少しだけ楽しみになってきた。ヌムヌムの奥さんを探すのが目的ではあるけれど、お祭りという響きはいくつになっても胸が踊る。それに、そんなお祭りならキュウ助もきっと喜ぶだろう。


 けれども不意に、狐月さんが真面目な顔をした。


「縁日のことだけどね。水無瀬さんは、行かない方がいいと思う」


「え?」


「はあー!? 何を言い出すんじゃあ、ソータ!?」


 私なんかよりずっと、キヨさんが猛烈に反応する。けれども、ぐりんと勢いよく詰め寄ったキヨさんを飛び越えて、狐月さんは真剣に私を見つめた。


「あやかし縁日は、あちら側の世界のモノ。明確に境界を飛び越えることになる。こちらの世界で妖怪たちと交流するのとは、少し意味合いが変わるんだ」


「えー!? やだやだやだやだー! スズが来ないとかいやじゃあー!」


「キヨさん、ワガママ言わないの」


 駄々をこねるキヨさんを、狐月さんが「めっ」と叱りつける。それを眺めながら、私はしばし考え込んだ。


 ……狐月さんに妖怪関連のことでストップをかけられるのは、これが初めてだ。ひとと妖怪の縁を守りたい。普段からそう話す狐月さんが止めるのだから、人間が妖怪の世界との境界を越えるというのはよほどのことなのだろう。


(やめた方がいいのかなあ)


 いかんせん妖怪に関して素人の私は、素直にそう思う。けれども、散々話を聞いたあとだけに、縁日に行けないのは非常に残念だ。


 それにヌムヌムのこと。狐月さんだけじゃなく、キヨさん、ヌエさんも一緒に探してくれるとは言うけれど、マイマイさんと無事に会えるかはやはり気になる。狐月さん風に言うなら、これも何かのご縁だし。


「水無瀬さん?」


 なかなか返事をしない私を心配して、狐月さんが足を止める。その顔をちろりと見上げて、私は思い切って口を開いた。


「行きたいって言ったら、迷惑ですか?」


「っ、そんな……」


「私は陰陽道も身に付けていないし、ただの人間だし、無力ですけど……。二度とこんな機会ないかも!って思ったら、もったいない気がしちゃって。それに、マイマイさんのことも気になりますし」


「水無瀬さん……」


 困った顔をする狐月さんに、私の胸はきゅっと痛んだ。だめだ。狐月さんにこんな表情させたかったわけじゃないのに。焦りながら、私はぱん!と両手を合わせた。


「狐月さんが、本気で『危ないからダメ!』って言うなら、全力で従います。狐月さんに迷惑かけたくないし、お荷物なんかなりたくないし。……だけど、やめといた方が無難かな?くらいなら、ワガママ言ってもいいですか……?」


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