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7.

「ええなあ。こない驚いてもらえるの、いつぶりやろか。京からこっちに移って以来かなあ」


 まったりのんびり、雅な着流し姿の男の人が微笑む。……どうやらこの、ちょっとクセのある和服男子が、普段しゅるしゅると布ボディを揺らしている妖怪、ヌエさんらしい。


(そりゃ、ニャン吾郎さんやトオノさんから、ヌエさんは一反木綿じゃないって聞いてはいたけども!)


「なんですかその、一部女子の性癖を狙い撃ちしたみたいな姿は! もしかしてあれですか。こっちの姿が本当の自分ってやつですか!」


「さーあ。それはどないやろなあ」


 ぴしりの指さした私に、ヌエさんはへらりと答える。すると隣で、キヨさんが呆れたように肩を竦めた。


「考えるだけ無駄だぞ、スズ。つかみどころがなく、捉えようがないというのが、そやつらぬらりひょんの性質じゃからな」


「ややわー。キヨはん、そない褒めんといて」


「褒めてないわ!」とキヨさんが突っ込む横で、私はぱちくりと瞬きした。


 ぬらりひょんという名前は聞いたことがあるが、いまいちどんな妖怪なのかイメージがわかない。私が難しい顔をして悩んでいると、狐月さんが教えてくれた。


「キヨさんの言う通り、ぬらりひょんは実体が定まらない妖怪なんだ。そのかわり、ひとの家に勝手に上がり込んだり、当たり前みたいに居着いたり。とにかくひとの世に溶け込むのが得意なんだよ」


「便利な能力ですけど、やられる方からすれば軽くホラーですよね」


「小さい頃、どこの誰か知らんが、公園でよく会う品のいいお爺さんとかいたやろ? もし、周りの大人もどこの誰か思い出せんのやったら、そんひともぬらりひょんだったかもしれへんなあ~」


「こっわ! 当たり前に馴染んでくるの、こっわ!」


 それはもはや、怪談話ではないか!――いや。まあ、なにか良からぬことをする妖怪ではないのなら、のほほんと生活に紛れてくるくらい全然構わないけれど。


 ちなみにヌエさんが一反木綿みたいな姿をするようになったのも、大昔に京都のお屋敷にいた時、反物に紛れてごろごろぐだぐだするのが一番性に合っていたから、らしい。


(なんていうか、自由を極めすぎてる)


 へらへらにこにこ胡散臭い笑みを浮かべるヌエさんに、私はごくりと息を呑む。……というか、笑顔を絶やさないのは狐月さんと同じなのに、爽やかさをカケラも感じないのはどうしたことだろう。


「それで? 大将が、理由(わけ)もなくわての店にくるわけない。なんの御用でしたやろか?」


「あ、そうだった!」


 こてんと首を傾げたヌエさんに、私と狐月さんは同時に思い出す。するとタイミングよく、ヌムヌムがよじよじと、狐月さんの頭の上に登ってアピールした。


「お初お目にかかります、皆々さま。キツネツキソータ様がこちらにいらしたのは、ワタクシに関わることでございまして」


「なんじゃ、ちっこいな!」


「おやおや。これまた珍しいタイプの付喪神ですねえ」


 さっそく興味を示すヌエさんとキヨさんに、ヌムヌムはかくかくしかじか、私たちが聞いたのと同じ話を伝える。


 しばらくしてヌムヌムが説明し終えたところで、狐月さんがヌエさんに尋ねた。


「もしかしたらマイマイさんは、沖縄に帰る方法が見つからなくて、まだ東京にいるのかもしれない。ヌエのところに、そんな妖怪の話が聞こえてきたりしてないかな?」


「……ぬらりひょんは一時期、妖怪のまとめ役、なんて言われていたんじゃ。その名残でいまだに顔が広くてな。ソータもそれを見越して、ヌエを訪ねてきたんだろうよ」


 きょとんとする私に、キヨさんがこっそり教えてくれる。なるほど。そういう事情で、マイマイさんのことを知らないかとここまで足を運んだらしい。


 さて。肝心のヌエさんだけど、狐月さんの言葉に、しばらく考え込んでいた。やがて唇をにんまりと三日月型に釣り上げると、ゆっくりと瞬きした。


「――聞いたことがある」


「っ、本当ですか!」


「なぁんて。奇跡みたいなことは、さすがに起きまへんなあ」


 思わず食いついた私だが、続くヌエさんの言葉にズルっと倒れそうになった。一瞬喜びかけたヌムヌムも、狐月さんの頭の上でチーンと項垂れている。


 へらへら笑うヌエさんを、ぱしりとキヨさんが叩いた。


「おい、くされぬらりひょん! ソータはともかく、そっちのちっこいのは真剣に(つがい)を探しとるんじゃ。適当なことを言って遊んでやるな!」


「ややわ、キヨはん。話の本番はここからですわ」


 肩を竦めて、改めてヌエさんはヌムヌムを覗き込んだ。


「あんたの嫁さんかはわかりませんが、()()()()ツテを探している妖怪の話なら聞きました。故郷はずっと南の方で、空も海も吸い込まれそうに青いところから来たと」


「間違いない! それはマイマイです!」


 パッと顔を上げて身を乗り出すヌムヌムに、ヌエさんは慈しむように首を振った。


「決めつけはあきません。違ったときの失望が大きくなりますから。ですが、まあ。時期も重なりますし、わてにその話を持ってきた妖怪のねぐらは大神宮やし。ほぼ確定やろうなあ」


「それで? ヌエはその妖怪になんてアドバイスをしたの?」


「どうせお主のことじゃ。そいつに、遠い海向こうに件の妖怪をどうやったら帰してやれるか、相談されたんじゃろ?」


 狐月さん、ついでキヨさんが先を促す。それに、ヌエさんはゆっくりと頷いた。


「わてはこう答えました。――『あやかし縁日へ行け』と」


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