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3.

「――そう、必死こいてお参りしているときに、お兄さんに声を掛けられたんです。そりゃ、ちょっとくらい胡散臭くさくてもついていきたくなりますよ」


「なるほどね」


 私の長い回想を聞き終えたお兄さんは、相変わらず柔らかな微笑を浮かべたまま、興味深そうに頷いた。


(反応(うっす)!)


 思わず、私は頭の中で突っ込んだ。


 自分で言うのもなんだが、色々と怪しげなことを言った自覚はある。小さい頃は幽霊が見えたとか、自分は呪われているかもしれないとか。逆の立場なら、「ちょっと危ない人なのかな……?」と距離を置くレベルだ。


(でも。怪しさでいったら、お兄さんも負けてないよね……)


 なにせ見知らぬ大学生に、いきなり「君は憑かれているよ」と声を掛ける御仁だ。イケメンは何をしても許されるというが、あのセリフはちょっと許せなかった。


 どうでもいいことを考えていると、お兄さんはふと視線を横に向けた。


「そろそろかな」


「え?」


 柱時計を眺めて呟くお兄さんに、私も盤面を見る。時刻はだいたい、午後3時40分になるところ。


 お兄さんは何を起点に「そろそろ」といったのだろう。私がカフェに入ってからか、神社で出会ってからか。――はたまた、コーヒーを口にしてからか。


 細い切れ長の目を私に戻して、お兄さんは微笑んだ。


「けど、よかったよ。僕の術式が効かないひともいるんだけど、君はもともとこっち側の人間みたいだし」


「こっち側? それって、どういう?」


「もっとも、()()()()体質だから憑かれてしまったわけだし、吉ととるか凶と取るかは君次第かな」


 戸惑う私の前で、お兄さんは静かに手のひらを合わせて目を伏せた。


「ここは縁結びカフェ。この世とあちら側の世の(えにし)を結ぶ場所」


 お兄さんの声に合わせて、身体がぽかぽかと温かくなる。驚く私は、一瞬、あり得ない光景を目にした気がした。


(いまの……きつね?)


 瞬きにも満たないほんの一瞬、お兄さんの身体が青白い炎に包まれ、背後に縁結び神社の赤い鳥居がうっすらと浮かんだ。彼をつつむ炎のシルエットは、尖った耳と九尾に分かれた大きなしっぽを持つ、まるできつねのように見えたのだ。


「いまここに、人と、人ならざるモノの縁を映し出さん!」


 ぱん!とお兄さんが両手を打ち鳴らし、私は我に返った。途端、窓も開かないのにびゅうと強い風が正面からぶつかってきて、私は「きゃ!」と叫んで顔を覆った。


「目を開けて大丈夫だよ」


 お兄さんに促されて、私は恐る恐る瞼を開き、きょろきょろと辺りを見回した。あんなに強い風が吹いたのに店内のものは何も倒れていないし、当然ながらお兄さんも燃えていない。何もかもが元のままだ。


 今のは一体なんだったんだろうか。手元に視線を移した私は、ぎょっとして飛び上がった。

 

「わ!?」


 びっくりした私は、文字通り椅子から転げ落ちそうになった。


 お兄さんが選んでくれた小鹿田焼のカップの、ちょうど手前あたり。そこに、丸くてフワフワした何かがいた。『何か』と評したのは、本当に何なのかわからなかったからだ。


(マリモ? 毛玉? え、なに……?)


 サイズはたぶん野球ボールくらいだ。灰色がかったふわふわの毛玉で、長い毛の合間にちんまりと小さな目がある。某名作アニメに出てくる妖怪を思い出させた。


「……なんですか、これ? 妖怪?」


「お。さすが耐性があるね。普通の人は、この辺りでパニックになってしまうところだけど」


「私も驚いてますけど!?」


 マイペースにのほほんと微笑むお兄さんに、私は素で突っ込んだ。


 確かに幼い頃はこんな感じの「よくわからないナニか」をよく見かけていたけど、最近はすっかりご無沙汰だ。


「お、お兄さん、私に何したんですか!?」


「君が飲んだコーヒーに、ちょっと細工をね」


「げ、コーヒー!?」


「心配しないくていいよ。危ないものを混ぜたとかじゃなくて、術式を掛けただけだから」


 なんだ。術式って。唖然としながら、私は芳しい香りをゆらりと立ち上らせるコーヒーを見下ろす。そういえばさっきも、お兄さんは術式が体質に合うだのどうだの言っていた。


(お兄さんって何者??)


 優しく見えたお兄さんの微笑みが、急に不穏なものに思えてくる。若干引きつつお兄さんを恐々眺めていると、手元の毛玉が不意に「きゅう」と可愛らしい声で鳴いた。


「きゅう、きゅう。きゅう!」


「え、なに? 私を呼んでるの?」


「きゅう!」


 声をかけた途端、喜んで飛び跳ねた毛玉に、私の心は一瞬でずきゅんと射抜かれた。


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