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4.

「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


 カラカランっと、グラスの中で氷が遊ぶ。グラスを引き寄せた私は、紅茶に微かな柑橘系の香りが混じることに気付く。私たち以外誰もいないお店の中、向かいの席に座ろうとする狐月さんに、私は尋ねた。


「これ、なんのフルーツの香りですか?」


「シトラスだよ。神楽坂でシトラスティーのティーパックを見つけてね。さっそく使ってみたんだ」


 ゆずのジャムも入れてみたよ、と。にこにこと笑う狐月さんの言う通り、アイスティーは夏らしくさっぱりしつつ、ほんのりと甘い。今日みたいな真夏日にはぴったりだ。


(狐月さんって、モテるんだろうなあ)


 シトラス香るアイスティーをストローでちゅーっと吸いながら、唐突にそんなことを思う。


 だって「簡単なものだけど」とサラッと出すのがこんなお洒落なアイスティーだし、料理は美味しいし、お菓子作りも上手だし。まあ、ちょっと焼き物オタクが過ぎるところもあるけれども、目に余るとは少しも思わないし、なんならそこが愛嬌になっている。


(なにより、街で目を引くタイプの爽やかイケメンさんだもんね)


 くるくるとアイスティーをかき混ぜる狐月さんをじーっと見つめ、私は若干眉間に皺を寄せてしまう。


 ……ふみちゃんたちがあんなにはしゃいだのも、十中八九、狐月さんが想像の倍はかっこよかったからだ。


「えーっと……。僕の顔に、何かついてるかな」


「狐月さんて、彼女さんはいるんですか?」


「え! どうしたの、いきなり?」


 咥えていたストローをちゅぽっと外し、唐突にそんなことを訊ねた私に、狐月さんがびっくりして目を丸くする。けれども、それだけで怯む私ではない。身を乗り出して、ぱちくりと瞬きをする狐月さんの顔を覗きこむ。


「さっきまで友達と、楽しい楽しい女子会トークを繰り広げていたもので。狐月さんのそういう話は聞いたことなかったなあと、気になったので聞いてみました」


「あ、はは。なるほど。女の子らしい発想だね」


「それで? 彼女さんはいるんですか? いないんですか?」


 しつこく問いかけると、狐月さんは首を振りながら笑った。


「いないよ。水無瀬さんも、それっぽい相手を見たことないでしょ?」


「意外ですね。すごく女の人にモテそうなのに」


「モテないよ。そんなに交友関係ひろい方じゃないし」


「けど。学生時代には色々と浮いた話があったのでは?」


 食い下がると、狐月さんはやや返事に窮したように視線を彷徨わせる。やがてグラスを手にてへっと苦笑をした。


「まあ。月並みには?」


「はい、ダウト!」


 私は、私の心を守るために、ここは思い切り突っ込んだ。


 カッと目を見開いた私に、狐月さんはぎょっと背筋を伸ばす。そんな狐月さんに、私は人差し指を立ててネチネチと詰め寄った。


「いいですか、狐月さん。月並みという言葉は、ありふれていて平凡という意味です。そして平凡というのは、すべての人間を総括し平均したうえで()()であるということです」


「う、うん?」


「では、狐月さん。狐月さんが月並みだとして、目の前にいる私はどうなるのでしょう。中高共に女子校で男っ気がなく、拙い恋愛知識の大半はマンガかアニメかテレビから摂取したもの。おまけに年齢=彼氏いない歴を更新中で、部活にサークルに精を出すキラキラ大学生な友人たちに、絶賛置いてけぼりを喰らっている私の立場は!」


「や、でも。僕は水無瀬さんを可愛いと思うし、そんなに悲観しなくても、すぐにいいご縁が見つかると思うけど……」


「私は可能性の話をしてるんじゃない。目の前の現実の話をしてるんです!」


 だん!とテーブルを叩いた私に、狐月さんはびくっと肩を揺らした。ちなみに、「あれ。このアイスティー、アルコール入れちゃったかな……?」とでも言いたげな顔でちらちらとグラスを覗いているけれども、安心してください。私は素面です。


「まあ。水無瀬さんが言うみたいに、僕の学生時代は、少しばかりキラキラしていたのかもしれないけど」


 じとーっとした私の雰囲気に耐えかねたのだろうか。やがて白状するみたいに、狐月さんは軽く笑って肩を竦めた。


「いいなって思う子はいたし、そういう風に思ってくれる子とお付き合いしたこともあった。――けど。僕はすこーし。変わった家に生まれたからね」


「あ……」


 私はうっかりしていたことに、はじめてそこで気が付く。青ざめる私に、狐月さんは慌てて首を振った。


「家が厳しかったとか、そういうんじゃないよ。ただ、僕のそばには小さい頃から当たり前に妖怪がいたし、それが普通だった。同時に、昔の僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、器用な人間でもなかったんだ」


 ぼかした表現だったけど、なんとなく、私は当時のことが想像ついた。


 人当たりもよくて優しい狐月さんは、男女問わず信頼され、友人も多かっただろう。だけどいざ付き合ってみると、何かを隠しごとをしているような、一線を引かれているような、そんな寂しさを抱かれる。狐月さん自身も、家のことや妖怪のことを、どこまで話したものか悩んだはずだ。


 そうやって、お互いに上手く折り合いをつけられないまま、なんとなしにダメになってしまうのだ。


「すみません。私、何にも知らないくせにアレコレと……」


「謝らないでよ。今はもう少しマシになったつもりだし、当時の僕はずいぶん青臭かったなって、自分でも呆れているくらいなんだから」


 先ほどまでの勢いもなんのその。しゅんとテーブルで縮こまる私に、狐月さんはぱたぱたと両手を振る。その優しさが、逆にいたたまれなさを加速させる。


 ますます小さくなる私に、狐月さんはくすっと笑みを漏らした。


「だからさ。妖怪相手でも人間相手でも動じない、水無瀬さんの堂々としてチェレンジングなところ。僕は純粋に羨ましいし、素敵だなって思っているよ」


「どうなんでしょう、それ。あまり褒められた気がしないのですが……」


「どうして? すごく褒めているのに」


 唇を尖らせてイジイジする私に、狐月さんは頬杖をついて、優しく目を細めた。


「少なくとも僕は、君といるとすごく楽しいよ」


(はうっ)


 いきなり放たれた強烈な殺し文句に、私はがん!と頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 だが、待って欲しい。私の正面でにこにこ微笑む狐月さんは、本当に何でもない世間話をしていたかのように、けろっと涼しい顔をしている。


 これはあれだ。さっき、カフェの前でさらっと「いつかお家においで」と私を誘ったときと同じ、天然たらしな狐月さんの無自覚発言だ。


(こ、この乙女殺しめ~~!)


 ふるふると拳を握りしめながら、私がうっかりときめいてしまいそうな胸の内と、真剣に戦っていたその時だった。


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