3.
「なんか、すみません。友人たちが騒いで、変な感じになっちゃって」
大学通りを歩く私は、隣の狐月さんにぺこりと頭を下げる。
友人2人に置き去りにされた私だけど、「じゃ。私はここで」と狐月さんと別れるのもおかしい気がした。だからなんとなく、家に帰る途中だという狐月さんのお供をしている。
聞けば、縁結びカフェのすぐ裏にある一軒家が、狐月さんの現在の住まいだそうだ。だから歩く道筋も、縁結びカフェに向かうのと変わらない。
だからだろうか。よく考えれば「道で偶然会った知人を勝手に家まで送り届ける」という妙ちくりんなことをしているのに、並んで歩く私の足取りは軽い。
それは狐月さんも同じなのか、のんびりと歩きながら笑って首を振った。
「ぜんぜん構わないよ。ふたりとも水無瀬さんに似て、面白い子たちだね」
「失敬な。私はあんなに、愉快を極めてませんよ」
「そうかな。少なくとも、僕から見た水無瀬さんは、色々と予想がつかなくて面白いよ」
「そうかなあ」
私からすれば、陰陽師の末裔だったり、器バカだったり、本気出すと火事みたいになっちゃう狐月さんの方がよっぽど予想外だし、色々目が離せなくて面白い。
(けど、我ながらものすごい適応能力をしてるなって。それだけは思うかもね)
少しだけ思い当たる節があって、私は自分で苦笑した。
なにせ天狗に連れさらわれかけたり、大空に投げ飛ばされたりしたのに、ケロッと涼しい顔してバイトを続けているのだ。
それも全部、たまに騒動に巻き込まれても「まあいいや」と流せるくらい素敵な縁をたくさん結んでくれた、縁結びカフェと狐月さんのおかげなわけだけど。
「今日はどこにお出かけだったんですか?」
肝心なことを聞き忘れていたことに思い当たり、私は狐月さんにちらりと視線を投げた。ボディバッグだけと身軽な装いの狐月さんだが、それとは別に、大きな紙手提げをぶら下げている。
すると狐月さんは、途端ににこにこと嬉しそうに笑った。
「ちょっと神楽坂にね。たまに行く器のギャラリーさんがあるんだけど、そこでやちむんの若手作家さんの展示会をやってるってSNSで見たから」
「やちむん?」
「沖縄の方言で、焼き物のことだよ」
そういえば、本屋さんで立ち読みした沖縄の旅行ガイド本に、そんな単語が登場したかもしれない。そんなことを思い出す私に、狐月さんはワクワクと大事そうに紙手提げを持ち上げた。
「東京でやちむんが買えるお店は限られるし、期間限定の作家展となるとほとんどないからね。我慢できなくて、お店休みにして行ってきちゃった」
「わお。相変わらず自由ですね」
「器との出会いも一期一会でしょ? 行かずに後悔するより、行って後悔した方がずっといいもの」
当たり前のように狐月さんが答える。
おそらくこれまでは、コン吉先輩がストッパーになっていたのだろう。コン吉先輩があまりお店に顔を出せなくなってから、狐月さんのフリーダム具合に拍車がかかった気がする。
(狐月さんの自由気ままなところ、たまに妖怪たちみたいだなあ)
笑ってしまいながら、私は首をかしげた。
「それで? それだけ大きな手提げを持ってるってことは、素敵なご縁があったんですか?」
「そりゃあもう! 包みを開けるのが待ち遠しいよ」
そんなことを話していたら、曲がり角の向こうに縁結び神社が姿を見せた。当然、その隣には見慣れた縁結びカフェもある。
目的の場所に到着したので、私は神社の鳥居の前で立ち止まる。おや?とこちらを向く狐月さんに、私は軽く手を振った。
「お家、お店のすぐ裏なんですもんね。私はここで。良いご縁でゲットしたやちむん、今度お店で紹介してくださいね」
「あ……、水無瀬さん!」
くるりと立ち去りかけた私は、狐月さんに後ろから呼び止められて、首を傾げながら足を止めた。
「どうかしました?」
バイトのシフトの確認とかだろうか。そんな予想をしながら振り返った私に、狐月さんは意外な一言を投げかけた。
「中、少し寄ってく?」
「へ?」
「暑い中わざわざ着いてきてもらったし、アイスティーならすぐに出せるよ」
キーケースを手に、狐月さんが小首を傾げる。
――なんてこともないように、さらっと告げる狐月さんに、私はしばし悩んだ。
(………えっと? 寄ってくというのは、狐月さんのお家にだよね?)
狐月さんのことは信頼しているから、変な意味ではないのは十分わかっている。だけどそれはそれとして、一人暮らしの男性の家に上がり込むのは、いささか私にはハードルが高い、気がする。
(いやいや、バカバカ。意識しすぎだよ、私。狐月さんは、純粋に気を遣って声をかけてくれただけだって!)
ぶんぶん首を振りながら、私は訳がわからなくなって百面相をしてしまう。そんな私を狐月さんは不思議そうに眺めていたけど、やがてハッとしたように慌てて手を振った。
「ご、ごめん。寄ってくって聞いたのは、店の方にね。このキーケース、家の鍵だけじゃなく、店の鍵も入れてるから」
「え! あ! そういうことですね!? すみません、すっかり勘違いして」
「ううん。僕が変な言い方をしちゃったから」
恥ずかしいやら面目ないやらで恐縮する私に、狐月さんも首の後ろを掻きながらしどろもどろする。かと思いきや、狐月さんはちょっぴり照れくさそうに笑った。
「だけど。いつか水無瀬さんを、僕の家にお招きしたいのは本当かな」
「え!?」
柔らかく微笑んでそう言った狐月さんに、私の心臓は跳ね上がった。
(それって、一体どういう……?)
ばくばくと心臓がうるさく鼓動する。少女漫画のワンシーンみたいに息をつめて先を待つ私に、狐月さんは無邪気に笑った。
「ほら。我が家にあるたくさんのお宝たちを、水無瀬さんに見せたいからっ」
(……は)
悪気もなく、きらきら満面の笑みで言い放った狐月さんに、私は一周回って怒りを覚えた。
――そりゃ、前段に小一時間も恋バナを繰り広げていたせいで、思考回路が爛漫の花畑モードに切り替わってしまっていたのは認めよう。けれどもあの流れで、その顔で、「いつか家にお招きしたい」なんて誘われたら、勘違いするのも無理はないというわけで。
すうっと息を吸って、吐いて。それから私は、狐月さんにびしりと指を突き付けた。
「狐月さんの天然たらし!! 乙女の敵!!」
「なんで!?」
がん!とショックを受ける狐月さんに、私は腕を組んでそっぽを向いたのだった。




