14.
「き、キツネツキソータ!?!?」
ひい!と息を呑んで、三郎太天狗が青ざめる。狐月さんは、メラメラと燃え上がる炎の中心で、細い目を開いて三郎太を見据えた。
「君、コン吉だけにとどまらず、店の大切な仲間に手を出したね?」
「ちょ、ちょ、ちょーーーーっと待つほおおおーーーい! 君! かわいこちゃん!! お前さん、キツネツキソータの身内なの!?」
ぎょっとした様子で、三郎太天狗が私に問いかける。突然動揺しだした三郎太に戸惑いつつ、私は「ええ、まあ……?」と頷いた。たかがバイトの身で身内も何もないだろうけど、一応は関係者なので嘘ではない。
すると三郎太は泡食った様子で、妖力の炎が燃え上がりすぎて火事みたいになってる狐月さんに、全力で首を振った。
「し、しししし、知らなかったんだほい!! この子がお前さんの身内だったなんて……! ほ、ほら! まだ無事だし、ちゃんと返すから……!」
「言い訳は嫌いだよ!」
タンッ!と狐月さんがコン吉先輩の背中を蹴った。途端、狐月さんは寺川の空に大きく跳躍して、そこから一気に私たちに迫ってくる。
(待って、待って!? 狐月さん、どうなってるの!?)
式神ver.のコン吉先輩もそうだけど、三郎太天狗もなかなかの速さで空を飛んでいる。だというのに、その間を軽々と飛び越えて迫ってくる狐月さんは、いったいどんな跳躍力をしているんだろう。
私が仰天した時、焦った三郎太天狗が声を裏返しながら叫びながら、私をがしりと両手で掴んで、ぐるりと振りかぶった。
「ほ、ほほーい! こっちにくるなほーーーい!」
「え!? うそ、待って、まさか投げ、ぎゃあーーーー!?」
途中からは言葉にならなかった。ぶんと放り投げられた私の体は、寺川のはるか上空を情けなく舞う。ひゅっと背筋が寒くなる浮遊感と、眼下を流れる寺川の高級住宅の家々に、私は半泣きになって悲鳴を上げた。
「いーーーやーーーああああ!!」
「スズ!」
「水無瀬さん!!」
響紀さんとコン吉先輩の声が同時に響く。
けれども次の瞬間、私の体はぱしりと誰かに抱きとめられる。ぎゅっと閉じていた目を恐る恐る開けば、びっくりするくらい近くに狐月さんの整った顔があった。
「大丈夫、水無瀬さん!? 遅くなってごめんね!」
「き、狐月さん!?」
「もう君を恐い目には合わさないよ」
いつもよりずっと近くで響く狐月さんの声に、私の胸はドキドキと高鳴った。……い、いや。これはきっと、吊り橋効果というやつだ。空中でキャッチされるなんて稀有な体験をしたから、全身が悲鳴をあげてドキドキしてしまっただけなんだ。
(ていうか狐月さん、私の身体重くないですか!?)
さっきまでとは違う理由で青ざめる私をよそに、狐月さんは私を抱えたまま青い火花を散らして、寺川の上空を飛翔する。そして、「ひぃぃぃぃ!」と悲鳴をあげる三郎太に肉薄しながら、私を抱えていない方の腕を振りかぶった。
「これはコン吉の分!」
狐月さんの声に合わせて、ボン!と拳に大きな青白い炎が灯る。
「そしてこれは、水無瀬さんを怖がらせた分!」
ボボボボン!と、さっきとは比べ物にならない大きな青白い火の球が、響紀さんの拳を包み込む。勢いそのまま、狐月さんは三郎太めがけて拳を振り下ろした!
「妖達律戒! きつねつきぃぃー! ぱああぁーーーんち!!!!」
「んぎゃああぁーーああ、ほおおぉーーーいいいぃ!!!!!」
――その日、狐月さんの並はずれた妖力の鉄拳をもろにくらった三郎太天狗は、ほうき星のような綺麗な尾を描き、数キロ先に流れる多摩川に水しぶきをあげて墜落した。
その様は妖力を持たない普通の人たちにも見えたらしく、「謎の飛翔体、多摩川に墜落する」「真昼の彗星か、はたまた寺川の町にUMAか?」と、少しの間だけSNS上をにぎやかしたりした。
なんにせよ、すっかり目を回した三郎太天狗は響紀さんによって拘束され、無事に高尾山の大天狗のもとへと連行されていったのであった。
それから一週間ほどたった、ある日。
私は今日も、キュウ助を肩に乗せて縁結びカフェの扉を開く。
「すっみません! 授業が長引いて……って、あれ?」
「いらっしゃい、水無瀬さん」
遅い!というコン吉先輩のお叱りを覚悟していた私だが、出迎えたのはカウンター奥で微笑む狐月さんだけ。拍子抜けしつつ、私はリュックを下ろしながらカウンターに近づく。
「なんだ。コン吉パイセン、今日も式神業のほうなんですね」
「響紀とのバディを再開したばかりだからね。あちこち一緒に飛び回って、感覚を取り戻すのを頑張っているみたいだよ」
にこにこと微笑みながら、狐月さんが頷く。
三郎太天狗の一件のあと。コン吉先輩と響紀さんは、陰陽師と式神のバディを再開することを正式に決めた。
ちなみに私が三郎太にさらわれた直後、コン吉先輩が「スズを助けるため、もう一度だけ俺と組んでくれ!」と土下座をしたことで、響紀さんの中でも、コン吉先輩とやりなおす覚悟が決まったらしい。
けれども三郎太を高尾山に連行したあと、響紀さんとコン吉先輩は、あらためて二人きりで色々と話したそうだ。以前組んでいた時にいえなかった本音や、離れていた間に新しく気づいたことなど。
そういったことを、腹を割ってぶつけ合ったあとで、ふたりは拳を付き合わせたらしい。
「……ちょっと回り道だったけど、納まるべきところに納まったって感じかな」
「ん? 何か言った?」
「あ、いえ! 独り言です!」
首を傾げた狐月さんに、私は笑って答えた。
一度裏に入って荷物を置いた私は、響紀さんとお揃いのみどりのエプロンをつけて表に戻る。すると響紀さんが、嬉しそうに私を待ち構えていた。
「そういえば見て。響紀たちに金継ぎしてもらった豆皿、ちゃんと乾いて完成したんだ」
「うわあ!」
大事そうに差し出された豆皿を、私もわくわくと目を輝かせて覗き込む。
漆が乾いて金粉が定着したので、全体をきちんと水で洗い流したのだろう。最後にみたときの金粉まみれの見た目からは打って変わって、可愛いだるまの絵の豆皿の一角だけ金色が入り、とっても素敵なアクセントとなっている。
「いいですね。最初からこういうデザインだったみたい!」
「でしょ? 壊れてしまったものにひと手間加えて、もっと素敵に生まれ変わらせる。これも、未来に残すべき僕たち人間の知恵だよね」
ほくほくと幸せそうに微笑む狐月さんに、私の表情もつい緩んでしまう。
――まあ、『ひと手間』というには、結構手間がかかった気もするけれど。後から振り返れば、そうやって手間をかけた時間も不思議と愛おしく想えるもので。
「うーん。味がある!」
豆皿を手のひらに乗せ、私は思わず笑顔で唸ってしまったのであった。




