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10.

「しっかし、物好きだよな。器って基本消耗品だし、割れたら買い換えればいいのにさ。よほどの工芸品ならまだしも、それにしたって割れたら価値も減るだろうし……。それなのに、割れた器をわざわざくっつけて使い続けるような技術が、いまだに残ってるなんてさ」


「ば、やめろコン吉!」


 頬杖をついて感心するコン吉先輩を、慌てて響紀さんが突く。首を傾げる狐月さんの視線の先で、響紀さんがコン吉先輩のとんがり耳に耳打ちする。


「そんな言い方をして、また想太の機嫌が悪くなったらどうするんだ……!」


「だって、ひびきも思うだろ? 買った方が楽なのに、わざわざこんな面倒くさいことするなんて」


「その点には同意するが、世の中には言っていいことと悪いことがあってだな」


「おま、それ言う!?」


(コン吉パイセンと響紀さん、めっちゃ仲良しじゃん)


 くっつきあったままヒソヒソやりとりする二人に、私は目を丸くする。すると横から、ふふっと狐月さんの笑い声が聞こえた。


 私と同じように、コン吉先輩と響紀さんも、目を丸くして狐月さんを見る。すると狐月さんは、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべて、豆皿に手を伸ばした。


「捨ててしまった方が楽だ。そのほうが早い。たしかに、ふたりが言う通りだろうね」


 金継ぎを施した部分に触れないよう注意しながら、狐月さんは豆皿を手のひらに乗せた。


「だけど、捨てられない。諦めきれない。――たとえ壊れてしまっても、直してでもそばに置いておきたい。そんな想いがあるからこそ、金継ぎ技術はいまに継承されているんじゃないかな」


 ぴくりと響紀さんの肩が動いた。顔は平静を装っているけど、その胸の内が穏やかでないことなど、簡単に想像がついてしまう。


 ぎゅっとカウンター上の手を握りしめる響紀さんをちらちら見ながら、私はどうにかフォローしようと無理くり明るい調子で答えた。


「す……素敵ですよね! 思い入れがあるから、手間をかけてでも使い続けたいって。なんかそれも、ある意味、ご縁みたいなものですね!」


「ここには、そんな風に思わない人間もいるみたいだけどな」


 椅子の上に立ち上がったコン吉先輩を見て、私は「まずい。間違えた」と肝を冷やした。その証拠に、コン吉先輩は責めるような表情で響紀さんを睨め付けている。


「ずっと一緒にやってきて、親友みたいに思っていてもさ。使えないとわかった途端、容赦なくゴミみたいに斬り捨てる。それが出来るのも、お前たち人間って生き物だもんな!」


「コン吉」


 嗜めるような狐月さんの静かな声に、コン吉先輩がびくりと体を揺らす。


「言い過ぎだよ」


「…………っ」


 狐月さんの言葉に、響紀さんもコン吉先輩も、どちらも押し黙っている。


 やがてコン吉先輩は、ぴょんと勢いよく椅子から飛び降りると、ものすごい勢いで店の外にはしってでていってしまった。


「きゅう……。きゅうー!」


 そのあとを、急いでキュウ助がついていく。それでも動こうとしない響紀さんに、ついに黙っていられなくなった私は思わず身を乗り出した。


「追わないんですか!? コン吉パイセン、たぶん外でめっちゃ泣いてますよ!?」


「……しかし、俺は」


「コン吉パイセンに憎まれたいから。その方がコン吉センパイを傷つけずに済むから、ですか? 響紀さんを憎みつづけることが、一番コン吉パイセンを苦しめているとは思わないんですか?」


「え?」


 虚をつかれたような顔で、響紀さんが顔を上げる。ぽかんと私を見上げるきれいな顔に、私は「だめだ、こりゃ」と首を振った。


 どこの世界に、自分が世界で一番大切に思っていたひとから嫌われたいひとがいる。どこの世界に、自分が世界で一番大好きなひとを憎みつづけたいひとがいるのだ。


 やがて時が解決して、過去との出来事として整理するのもひとつの手だろう。けれども、コン吉先輩たちに、そんなものは必要ない。


 だってふたりとも、つい最近事情を知っただけの私ですらわかってしまうほどに、強く強く、互いにもう一度バディとして組みたいと望んでいるのに。


 私はしゅるりとエプロンの紐を解くと、エプロンをカウンターに置いてはね扉から外に出た。


「私、コン吉パイセンを追いかけます」


「君、水無瀬さん……っ」


「響紀さんがどうするかは、自分で決めてください。私は、バイトの後輩として先輩を放って置けないだけなので!」


 私がぴしゃりと言うと、迷子の子供のような顔をして、響紀さんの手が空を掴む。困りきった様子の響紀さんにちょっぴり罪悪感が疼いたけれども、奥にいる狐月さんが微笑んで頷いてくれたから、私は自信を持つことができた。


(コン吉パイセン、どこ!?)


私は勢いよくカランカランとドアベルを鳴らし、どこかでしくしく泣いているであろう、かわいそうなきつねの先輩を慰めるべく駆け出す――


――つもりだったのだが。


「きゅうきゅう!」


「え、キュウ助?」


 背後でドアが閉まり、さあどちらに向かって走ろうかとキョロキョロしている私の耳に、コン吉パイセンを追いかけて行ったはずのキュウ助の鳴き声が届く。


 きょとんとしてそちらを見た私は、神社の入り口の小さな階段にちょこんと座るコン吉先輩に飛び上がった。


「と、コン吉パイ……むぎゅ!?」


「しっ! しぃーっ! ひびきたちに聞こえちまうだろ!」


 大声を出しかけた私の口を、ぴょーんと矢のような速さで飛んできたコン吉先輩の肉球が塞いだ。


 ぷにぷにの肉球の触り心地を堪能しつつ私がジト目で睨むと、コン吉先輩は決まり悪そうに目を逸らした。


「……キュウ助に止められたんだよ。何言ってのかは、あんまよくわかんなかったけど……。それでも、あんまし必死に止めるもんだから逃げそびれていたら、お前の声が聞こえた」


「私の?」


「うん。お前と、ひびきが話す声が」


 なるほどなと、私は納得した。だから、あんな剣幕で飛び出していったくせに、いまはこんなにしおらしい姿で神社の前に座っていたらしい。


 三角耳をぺしゃんと曲げ、しゅんと尻尾を垂らすコン吉先輩を、私はどうしたものかと見下ろす。


 このまま縁結びカフェの中に再連行してもいいけど、どうやら中にいる響紀さんのほうも、まだ踏ん切りがつかずに動けずにいるようだ。


 だから私は、親指の先でくいっと縁結び神社の入り口を指した。


「コン吉パイセン。ちょうどいい機会なんで、ちょっと付き合ってもらえませんか?」


「え? 付き合うって、神社にか?」


「そういうこと」


 ごそごそとポケットから財布を取り出して中を探ると、都合よく5円玉が見つかった。鈍く光る穴空き硬化を取り出した私は、それを指で掴んでコン吉先輩に見せつけた。


「ここらでちょっと、縁結び祈願しときましょ」


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