2.
大学入学と共に、私はこの街、寺川に引っ越してきた。
実家は茨城で通えなくはない距離だけど、さすがに毎日片道2時間はしんどいものがある。それに何より、私は夢だったひとり暮らしをしたくてうずうずしていた。
「好きな色のベッド! 自分で選んだカーテン! お気に入りのクッション! なにより、誰にも邪魔されない私だけの空間! 独り暮らし最高~!」
入学式の前日。もろもろ必要なものを揃えて愛しのマイルームを整えた私は、これから始まる日々に心を躍らせた。
大学に入ったらサークルに入って、バイトもして。もしかしたら彼氏なんかも出来ちゃったりして。妄想だけはピカイチの私は、実家から持ってきたビーズクッションに顔を埋めて、きゃあきゃあとベッドの上を転がった。
――その時、私はふと違和感を覚えた。
ベッドの隅、具体的には私の右足の少し先のあたりで、何かがぽんぽんと弾むような気配がする。おそらく小さくて、そんなに重くもないもの。軽やかに楽しげに、リズミカルに何かがはしゃいでいた。
ぎょっとして、私は飛び起きた。だけど足元には何もいない。慌てて周囲を確認するけれども、窓は閉まっているし、扉も鍵がかかっている。ベッドの下に何かが隠れているわけでもなく、私はしきりに首を傾げた。
「たしかに、何かがいた気がしたんだけど……」
もしやここって、事故物件なのだろうか。その可能性に思い当たった私は、顔を青ざめさせると同時に、ふいに幼い頃のことを思い出した。
私は小学校低学年ぐらいまで、ちょっとだけ霊感のある子だった。公園でほかの子には見えない子猫と遊んだり、にこにこ笑うおばあさんに手を振ったら、お母さんに「誰に手を振っているの?」と首を傾げられたり。
初めは幽霊とそうでないものの区別がつかなかった私も、小学校に入る頃には周りの反応でなんとなくわかるようになった。加えて、「ほかの人には見えないもの」に反応すると友達に気味悪がられることも学んだ。
だから私は、幽霊や、なんだかわからない小さなものたちを、だんだんと無視するようになった。そのうち、不思議なものたちはまったく見えなくなり、いつしか記憶からも抜け落ちてしまった。
「なのに、なんで? どうして、いまさら怪奇現象!?」
パニックに陥りながら、私は半泣きで扉という扉を開けて、変なモノが隠れていないか部屋中を探した。
けれども冷静に考えてみれば、いま住んでいるアパートの家賃は高くはないけれども、ほかに紹介してもらった部屋と比べても相場といったところだ。仮にいわくつき物件なら、もっとあからさまに安くなっているはず。
幸いにして、その後は「何かが近くにいる気配」を感じることもなかった。だから私は、ベッドで感じた気配はきっと勘違いだったのだろうと思い、その日のことをケロッと忘れてしまった。
再びその日のことを思い出したのは、大学生活が始まって3週間ほどたった日。つまり、縁結び神社にお参りをした今日だった。
「は~~! 私、新生活始まってからついてなさすぎ!」
2限目の授業が終わった後。ランチタイムで賑わう学食の一角で、私は机に突っ伏した。そんな私を見て、同じ学部の友人ふたりが笑って顔を見合わせた。
「やだなー、鈴ちゃん」
「唐揚げ定食が目の前で終わっちゃったからって、大袈裟すぎ」
「唐揚げだけの話じゃないの!」
忸怩たる思いで、私は友人ふたりを恨めしげに見る。ちなみにふたりは、それぞれ食べたかったロコモコ丼と本日のラーメンをちゃっかり食べている。
そう。食べたかったメニューが、目の前で終了するなんて序の口だ。大学に入学してからというもの、私の不幸続きは目を瞠るものがある。
「だってさ! 興味あったサークルは募集締めきっちゃうし、受けたい授業は先生がお休みで上期は休講になっちゃうし。カフェは閉まってるし、教科書は売り切れだし。おまけにバイトの面接なんか、3回も落ちたんだよ!?」
「それは、まあ」
「お気の毒さまとしか」
顔を引き攣らせるふたりに、私はわっと再び机に突っ伏した。ちなみにバイトの面接については、2回は「ごめん、さっき募集人数埋まっちゃった」だし、1回に至っては「間違って求人出しちゃった」だったのだからいたたまれない。
「どうしてこう、不幸ばかり続くのー!?」
わっと泣き叫んでいると、ふたりの友人のうちロングヘアの美少女・ふみちゃんが小首を傾げた。
「けど、たしかに鈴ちゃん、ついてないよね」
「お祓いとか考えてもいいんじゃない?」
「え、お祓い??」
同調して頷く、ショートカットのスポーツ少女・真紀ちゃんの言葉に、私はつられて顔をあげた。するとふたりは、何やら真剣に身を乗り出した。
「ほら、厄落としとか、厄払いとかいうでしょ?」
「それって、厄年とかでやるもんなんじゃ……」
「まさに今、不幸なんでしょ? それも大学に入ってから急に。なにかよくない、わるーいものがふみに憑いてるからかもしれないじゃない!」
「恐いこと言わないでよ!」
明らかに面白がり始めた真紀ちゃんを、私は笑い飛ばそうとした。けれども思い出してしまったのだ。入学式前日に感じた、部屋の中に「いる」何かの気配を。
「……鈴ちゃん、どうしたの?」
「何、まさか思い当たる節ありな感じ??」
急に黙り込んだのが良くなかったのだろう。さっきまで盛り上がっていたふたりが、恐々とこちらを見つめている。
いけない。このままでは小学校の初めの頃みたいに、ふたりに気味悪がられてしまう。かつてのことを思い出し、私は慌てて手を振った。
「まっさかー! そんなわけないじゃん」
「だよね!」
「あー、びっくりした」
途端にホッと表情を緩める二人の前で、私もにこにこ笑ってみせた。だけど心中は、けっして穏やかでいられなかった。
(やばい、やばい。この間のアレ、やっぱりやばい何かだった!? ていうか私、何かに呪われてるの!?)
――だから私は、3限の途中、一年生の必修授業の途中で大教室を抜け出し、縁結び神社へと駆けこんだ。
どうかどうか、私に憑いてる悪いモノがいなくなりますように!
どうかどうか、かわりに良いご縁がありますように!!