5.
「コン吉はね、少し前まで響紀と組んでいたんだ」
コン吉先輩が裏に引っ込み、響紀さんが縁結びカフェを出て行ってしまったあと。お客さんがいないカウンターで、狐月さんは私に事のあらましを教えてくれた。
「コン吉たち寺川一族は、僕たち狐月家の式神だ。陰陽師をついだ者には、かならず一匹の野狐がつく。特に当主付きの式神は、彼らの中で一番誉れな役割なんだ」
どの野狐がだれとバディを組むかは、妖力の相性などによって決まる。
コン吉先輩の場合、響紀さんと狐月さんがまだ幼い頃からふたりのお世話係として仕えていたこともあって、響紀さんが陰陽師となるときに自然な流れで式神になったらしい。
「コン吉も妖怪たちの中ではかなり若いし、僕たちはとても気が合った。だから響紀とコン吉が組むのはとてもいいことだと、僕も思ったんだよ」
実際、響紀さんが陰陽師として活動をはじめてしばらくは、ふたりはうまくいっていた。気心が知れているからこそ息もぴったりで、まさしくゴールデンバディだったそうだ。
けれども、先代当主である狐月さんたちのおじいさまが引退を表明し、響紀さんを正式に次の当主に指名した頃から、少しずつふたりの関係は軋み始めた。
「お互い遠慮しないし、前から口喧嘩は多かったんだけどね。それにしたってぶつかることが増えていった。あんなに息がぴったりだったバディも、連携がガタガタになってね。そんなある日、任務中にコン吉が大けがをしたんだ」
それは、ふたりが厄介な天狗を追っている時に起きた。コン吉先輩は天狗が放った雷をもろに受けてしまったという。
「幸いコン吉の怪我は、響紀がすぐに治療したから問題はなかった。だけど、あと少しのところまで追い詰めていた天狗を、そのせいで取り逃がしてね。任務が終わったあと、響紀はコン吉にバディの解消を告げた。以来コン吉は、この縁結びカフェにいるんだよ」
コン吉はあまり響紀との話を触れられたがらないから、僕に聞いたのは内緒にしてね、と。すべてを話し終わったあとで、狐月さんは唇に人差し指を当てていた。
(あのコン吉パイセンに、そんな過去があったなんてね)
数日後。私は青空の下でダンボールを運びながら、ぼんやりと狐月さんに聞いた話を思い返していた。
ちなみにあの後。響紀さんが帰ってしまってから随分経ってから、コン吉先輩は表に出てきた。
事情を知ってしまっただけに、私は一瞬、コン吉先輩にどう接するべきか悩んだ。けれどもコン吉先輩は何事もなかったかのように普通だったし、キヨさんが友達の文車を連れてきて店内が賑やかになったりして、そのまま触れずに終わってしまった。
(だけどコン吉パイセンと買い出しに出たときに、また響紀さんと道で遭遇しないとも限らないし……。その時、私、何も知らないフリできるかな……?)
「鈴ちゃん。そのダンボール、こっちに置いてくれる?」
「ああ、ごめん、ごめん!」
ふみちゃんに声を掛けられ、我に返った私は、慌てて荷物を私たちのブースの一番前に運んだ。
私が今いるのは、大学近くの公園で開かれている『寺川・青空市』の会場だ。青空市は月に一度開催されるフリーマーケットで、ふみちゃんの所属する街づくりサークル「こみっと」は、毎月これに参加している。
こみっとは来るもの拒まず去るもの追わず、部外者参加も大歓迎というゆるいサークルなので、ときどきふみちゃんのお手伝いとして私も参加しているのだ。
「ぎりぎり雨がふらなくてよかったねー」
古着や古本、使わなくなった雑貨の類など。学生から集めた品々をあらかた出し終えた私たちは、先輩にもらった寺川名物・ふくふく饅頭を食べながら、木陰で一休みをしていた。
ふみちゃんが言うように、現在の空模様は曇り。天気予報では降水確率は30%となっていたけれども、いまにも振り出しそうな空模様は、かろうじて雨水をこぼさずに堪えてくれている様子である。
「青空市って、雨が降ったらどうなるの?」
「どうなんだろう。私もよく分からないけど、中止になるんじゃないかな? もしくは、すぐそこにある公民館に移動するとか……?」
「どのみち、せっかく並べた商品が濡れちゃうのは困るね」
「きゅう」
私とふみちゃんの会話に、勝手にキュウ助が参戦する。当然ふみちゃんにはキュウ助の声は聞こえないから問題ない。したり顔で毛玉を揺らすキュウ助に、私がこっそりふくふく饅頭の欠片を分けてあげると、キュウ助は喜んでもふもふ饅頭を食べていた。
しかし、青空市に手伝いにくるのもこれで2回目になるけれども、相変わらず青空市のひとの入りは賑やかだ。出展者も様々で、商店街のお店だったり、小学校のお父さんたちによる『親父クラブ』なんて集まりもある。その繋がりか、青空市と関係なく公園内を遊びまわる子供たちの姿も見えた。
「なんかいいよね。フリーマーケットって」
饅頭を手に、縁側に座るおばあちゃんみたいなほのぼのした笑顔を浮かべながら、ふみちゃんはのんびりそう言った。
「売る方も買う方も、普通にお買い物するよりもがつがつしていないっていうか、まったりしているんだけどね。けどだからこそ、買う方も売る方も、深いことを気にせずに仲良くなれる気がする。少しずつ顔見知りさんも増えていくしね」
「なるほどねえ」
同じく縁側に座るおじいちゃんの心地で、保温ポッドに入れてもってきたお茶をすすりながら、私ものんびりと青空市を眺めた。
買うつもりがあるのか。はたまた売るつもりがあるのか。たしかに眺めている限り、両者ともどもにそのあたりが判然としないひとが多い。だけど一方で、青空市というこの『場所』をのんびり気ままに堪能しているようにも見える。
もちろん深く突っ込めば、面倒くさいしがらみやお付き合いもあるかもしれない。だけど、少なくとも目の前で銘々気ままに過ごすひとびとは、普段縁結びカフェでお付き合いしている自由な妖怪たちに近しい何かを感じさせた。
(ていうか、これだけ人間が賑やかに集まっていれば、ひとりくらい妖怪だか陰陽師だかが紛れ込んでいるかもね)
そんなことを考えてくすりと笑ったとき、蓋を開けたままのポッドからちびちびお茶を飲んでいたキュウ助が、「きゅ!」と何かに気付いた。
「きゅう、きゅう~」
「あ、こら……」
何を思ったのか、キュウ助がふらふらとこみっとのブースの前のほうへと飛んでいく。私はキュウ助を呼び止めかけて、ふみちゃんの手前あわてて言葉を呑みこんだ。
キュウ助は、膝を曲げてこみっとのブースを覗き込んでいる、白いシャツにジーンズ姿の黒髪の男の人のところへ飛んでいく。するとその人は、なんとキュウ助につられるみたいにして顔をあげる。
「む。お前は確か、縁結びカフェにいた……」
さらりと揺れた黒髪に、私は「あ!」と叫んだ。
「響紀さん!」
ふみちゃんが「え? だれ?」とびっくりしている横で、私は折り畳み椅子から立ち上がった。一方、キュウ助を手のひらに載せてしげしげと眺めていた男のひと――狐月さんの従兄弟の響紀さんは、驚いたようにぱちくりと瞬きした。
「水無瀬さんか。奇遇だな」
狩衣姿ではない、普通のラフな格好をした響紀さんが、そこにはいたのであった。




