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9.


 カラン、カランと。軽やかにドアベルが鳴る。


 音につられて顔をあげると、扉のところには文車の妖怪・キヨさんがいる。


 思った通りの相手の登場に、僕は思わずふっと笑ってしまう。それが気に食わなかったのか、紐かけバッグを肩に下げたキヨさんは、腰に手を当てて顔をしかめる。


「なんじゃ、ソータ。人の顔をみるなり笑いおって」


「いいや。そろそろ来る頃かなと思っていたから」


「その様子だと、スズから聞いているようじゃな。そうじゃ。わらわは今日、スズとでえとじゃ。この店で待ち合わせなのじゃ! しばし待たせてもらう故、光栄に思うことじゃな」


 ふふんと得意げに鼻を鳴らして、キヨさんはまっすぐにカウンター席にやってくると、小さな身体でちょこんと座った。


「どうする? 温かいお茶にする? それとも抹茶フロートにする?」


「茶で頼む。フロートは、スズが店に来た時に甘味を所望するかもしれないからな」


 ツンと澄まし顔で答えるキヨさんに、再び笑いが漏れてしまった。僕がくすくすと笑っていると、上目遣いにキヨさんに睨まれた。


「だからなんじゃ! さっきからにやにや、にやにやと。お主、気持ち悪いぞ!」


「ごめん、ごめん。ただ、短い期間で随分、水無瀬さんを気に入ったんだなと思って」


「わらわがスズを?」


 本人はあまり自覚がなかったのか、キヨさんは一瞬ぱちくりと瞬きをした。けれどもすぐに思い当たる節にぶつかったらしい。ちょっぴり彼女は頬を染めると、頬杖をついて言い訳がましく唇を尖らせた。


「ま、まあな。人の子にしては、見どころがある女子(おなご)だと思うておるぞ? それに、そもそも今の世、わらわら妖怪を視れる人間は貴重じゃからな」


「だから妖姫自ら、人の子に構ってやってると」


「そうじゃ! スズはもっと、そのことに有難味を感じるべきじゃな!」


 ちっとも思っていないだろう憎まれ口を、キヨさんは今日も叩いて見せる。まったく、彼女ほど素直じゃない妖怪も珍しいものだ。彼女を微笑ましく思っていると、キヨさんは不意にちらりとこちらを見上げた。


「だいたい、それを言うならお主もじゃろうて。まさかお主が、陰陽道と何ら関わりのないただの普通の小娘を、この店で雇うことになろうとはな」


「そんなに不思議なことかな」


「ああ。スズに会うまで、わらわはとうとうお主の気が狂ったのかと思ったぞ」


 そこまで言われるほどのことだろうか。しばしの間、僕は真剣に考えこんだ。


 ――けど、言われてみればそうかもしれない。


 妖怪と人の世がわかたれたこの時代に、偶然に結ばれた(えにし)があるなら大切に守りたい。僕は常々そう思っているし、だからあの子が倉ぼっこを肩に乗せて神社を訪れたとき、あの子を縁結びカフェに誘ったんだ。


 だけど妖怪と縁を結んだ人間が、それを前向きにとらえられるとは限らない。怯えて、気味悪がって、受け入れられない。そういう人がほとんどだ。そういう場合、僕が丁寧に縁をほどいて記憶も消してきた。その方が、妖怪にとっても人間にとっても幸せだから。


 水無瀬さんも、倉ぼっこを本気で気味悪がる様子があれば、これまでのひとたちと同じように帰すつもりだった。


 だけど。


「僕がおかしくなったんじゃない。水無瀬さんが強い子だったんだ」

 

〝いいよ。我が家に置いてあげる。縁だかなんだか知らないけど、私とお友達になろう!〟


 あの日、倉ぼっこに向けた彼女の明るい笑顔が瞼の裏に浮かぶ。つい顔がほころんでしまうのを自覚しながら、僕はキヨさんに肩を竦めた。


「この子は大丈夫。倉ぼっこと話す水無瀬さんを見てたら、そう思えた。それだけの話だよ」


「ほらな。やっぱりお主も、相当スズを気に入ってるではないか」


「なるほど、そうとも言えるかもね」


 僕の返事を聞いたキヨさんは、鼻白んだように口をへの字にした。「まったく鈍い」「これだから狐月の血は」とブツブツ呟いているけど、一体どうしたのだろう。


「キヨさん、それってどういう……?」


 僕はキヨさんに尋ねかけたけど、その時ちょうど、店の扉が開いた。


「お! スズ、来たか…………え?」


 目を輝かせて振り返ったキヨさんが、椅子の上でかちんと固まる。キヨさんが驚くのも無理はない。僕が彼女の立場でも、きっと同じように頭が真っ白になってしまうに違いない。


 そんなことを思いながら、僕は開いたままの扉と、そこに立つふたりのお客さんに笑顔を向けた。


「いらっしゃい。水無瀬さんに、お連れ様」


「っ、せ、先生。ここがお話ししたお店です」


「あらあら。あなたのお話に聞いていた通り、可愛くて素敵なお店」


 やや緊張しているように見える水無瀬さんに、そのひとは歌うように答える。


 水無瀬さんの後ろから遅れて店に入ってきたご婦人は、有栖川教授そのひとだった。


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