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[短編]異世界恋愛

私、この体の持ち主じゃないんです。

作者: 月森香苗

ヒロインが精神的虐待を受けていた描写があります。

転生ではなく肉体乗っ取りの話です。

色んな意味でご都合主義ですし、サクサク展開の為、多少違和感のある流れがあると思いますが想像の余白でお楽しみいただければと思います。

 いつもと変わらない朝を迎える様な、そんな意識の浮上のはずだった。遮光カーテンは朝の光をこんなにも取り込んでいただろうか。瞼を閉じていても分かるほどの白い世界に女は戸惑う。カーテンを開けっぱなしで寝たのか。いや、仕事が忙しくてずっと閉めっぱなしにしていたからそんなことはあり得ない。己の思考を直ぐに否定しながら女はゆっくりと瞼を開く。視界に入り込んだ世界は白く、そして理解が直ぐに出来ない異常な状況であった。シンプルをこよなく愛していた女の部屋はすっきりまとまっている。と言えば聞こえはいいけれどもその実、金銭的な余裕のなさから好きなものを厳選せざるを得ない状況であった。特に共に住んでいた人物が彼女に対して贅沢を許す事は無かった。

 しかし、今、彼女が目にしているのはアンティーク調のどう考えても高そうな家具や、視線を少し動かしただけで目に入る天蓋。ここは一体、どこなのだろうか。夢でも見ているのか。女はあり得ないと首を振った、その時に再びの衝撃を受ける。艶めく金色の長い髪の毛が、そこにはあった。

「どういう、こと」

 体を起こし理解が出来ないと首を振る。何故、どうして。理解出来るはずもない体は勝手に最適解を求めるように必要なものを最優先で目に入れようとする。今はそれが鏡台だった。鏡の存在にふらりとベッドから降りた女はゆっくりと足を進め、そうして反射して映し出されたそれを見て悲鳴を上げた。

「誰?貴方」

 日本という国で決してホワイトとは言えない、それどころかブラックとすら言われる中小企業の事務をしていた高橋里沙という女は状況を理解出来ないまま、見知らぬ女の姿に変化していた。


 緩やかにウェーブを描く鮮やかな金色の髪の毛。水分をたっぷりと含んだ潤いとシミ一つない肌理細やかな真っ白の肌。髪の毛と同色の長い睫毛が縁取る瞳は人を魅了していくだろう真紅。釣り目で儚げというよりも勝ち気でゴージャスさを前面に出した女の顔に相応しく、体はメリハリがついている。ずしりと重みを感じさせる胸とは裏腹にきゅっと引き締まっているウエストからのなだらかな曲線を描く臀部。美をかき集めて美しく配置したらこうなるだろうと思わされる美女が鏡の中にいた。

 顔を左右に動かせば鏡の中の美しい女も同じように動く。頬に手を添えれば同じように動き、漸く里沙は鏡の中の女が自分であるという事を理解した。しかし、理解はしたけれどもこの現状を受け入れる事は到底出来なかった。顔を近付けまじまじと見つめても何も変わらない。美しい女だ。熟れた苺の様な真紅の目はアルビノなのだろうか。瞬きを繰り返しても真紅は真紅のままだったが、一瞬、ほんの一度だけ、碧色が見えた気がした。しかし次の瞬きでそれが嘘のように真紅のままであったのできっと気のせいなのだろう。

 一体自分の身に何が起こったのか分からず里沙は体を抱きしめる。何もかもが理解出来ない状況の中で先ほどまで眠っていたベッドに戻り端に腰掛けると小さく震えた。

 起きる前までの状況を思い出そうと目を瞑り必死になって行動を思い返すが、酷い頭痛に思考が分散する。思い出してはいけないと忠告するような頭痛。直前は思い出せなかったが、自分が誰なのかを必死に思い出そうとしていた。


 里沙はいわゆる虐待児であった。両親からのネグレクトにより幼い頃からまともな会話をしていなかったせいで上手く話すことが出来ないまま成長していった。両親ともに仕事に生きる事が喜びで、家にいる事はほとんどなく、だからと言って家政婦を雇うような家ではなかったため、幼い頃から一人で誰もいない寂しい家で生活していた。食事は辛うじて出来合いのおかずなどが用意されていたけれども、それだけだ。母親の作る料理の味など知らないままに成長した里沙は、中学を卒業するとそのまま就職することになった。高校に行きたかったけれども、その相談をしようにも親がおらず、果ては無駄であると切捨てられたのだ。中卒で働こうと思っても、当然良い企業に勤める事は出来ない。辛うじて雇ってもらった会社は、勤務日数は多く、労働時間も長いのに給料は極めて安かった。いわゆるブラック企業とも言われるであろう過酷な環境であったが、他で雇ってもらえる場所など考えつかなかったのは里沙がまだ子供であったからだろう。本来は庇護されるべき子供が働きに出る。それだけで家の環境を察することは出来るだろうが、周囲の人間はいつも頻繁に入れ替わり、結局里沙はその会社にしがみつく以外出来なかった。17歳の時に知り合った男性と付き合い、18歳で入籍をした時はこれで少しは楽になると、そう思っていた。

 しかし、夫になった男は女癖が悪かった。常に愛人を作り、里沙には質素倹約をしろと贅沢を禁じて決して家にお金を入れる事は無かった。辛うじて家賃だけは支払っていたけれども、それ以上の支出を里沙はしていた。自分の物を買う余裕もなく、毎日働いて帰宅し料理を作って眠るだけの日々。その料理すら、夫は食べないことがあった。その時は自分の朝食や昼食に回せばいいのだが、里沙がどれだけ体調不良になろうとも夫は見向きもしなかった。何故結婚したのか、分からないまま里沙はただその環境に耐えるだけであった。

 友人らしい友人はおらず、実家とも疎遠で、誰かに頼ることなど出来なかった。強い人間であればきっとこの環境を打破出来たのであろう。しかし、里沙は幼い頃から誰にも救いの手を差し伸べられることがないまま成長してきた結果、人に頼るという事を知らないでいた。

 子供に興味を持てないのに子供を産んで放置した両親も、結婚しながらその相手を顧みることなく己の思うがままに行動する夫も、何も言わずにただ耐えるだけを選んだ里沙も、何もかもが歪だったのだろう。


 小さい音がする。深い思考に落ちていた里沙がその音で意識をはっきりとさせると同時に、女性の声で「お嬢様」という言葉が聞こえた。振り向くと、黒のワンピースに白のエプロンを付けた可愛らしい女性が大きな目を見開いて里沙を見ていた。

「お嬢様、お目覚めになったのですか」

 その女性が近付いて里沙の顔を確かめるように見る。そうしてぱちぱちと瞬きをする里沙を見た後、その女性は足早に部屋を出て行った。まるでメイドのような恰好だとぼんやりと思っていた里沙だったが、彼女は確かにメイドであったと後になって理解した。

 大きな足音、ざわめく声。そうして勢いよく開かれた扉の向こうには見知らぬ豪奢な格好をした中年男性と中年女性がいた。どちらも整った顔をしている。洋画に出てくる俳優や女優のような綺麗な人だな、と見ていると、潤んだ目をした二人が近付き、里沙の手を取った。

「リーシャ、目が覚めたのね!良かった」

「本当によかった……!」

「あ、あの……リーシャとは、誰のことです?」

 困惑した里沙は自分の名前と似ているけれども明らかに違う名前を呼ぶ男女に問う。すると、女性の方が涙をぽろりと零しながらその体の持ち主について語った。

「リーシャは我が国一番の魔力を持つ魔術師よ。そして私はこの国の王妃。こちらの男性が国王陛下よ。貴方のお名前は?」

「里沙、です……あの、私、この体の持ち主じゃないんです。私、全く理解出来なくて」

「落ち着いて、リサ。そうね、宮廷魔術師を呼ぶわ。ジーク、お呼びしてきて」

 王妃と称した女性が振り返るとそこには美しい銀色の髪の毛とアメジストを思わせる紫の瞳をした男性が少し離れたところに立っていた。王妃の言葉に頷くとすぐに踵を返し部屋から出ていく。

 国王陛下と紹介された男性は王妃が里沙を宥めているのを見てその場から少し離れる。里沙は理解していなかったけれども、今の恰好はナイトドレスで、女性ならまだしも男性が近くにいる時にする恰好ではないのだ。先ほどのメイドとは別の女性がそっと里沙の肩にショールを掛けてくれた。

 自分の置かれた状況を把握することが出来ないまま、それでも自分の名前を告げるとその名前を呼んでくれた、それだけでどこか安心できた。自分という存在を確立するのは名前であり、姿であり、人との関わりである。その内二つを持たない里沙が里沙であるために必要なのが名前で、その名前を呼ばれてようやく震えが収まった。

「リサ、不安よね。大丈夫よ」

「王妃様、ありがとうございます」

 真っ白で決して荒れてなどいない綺麗な手。水仕事一つすらしたことのなさそうな綺麗な手。この体の持ち主の手だって同じように手荒れなどない。里沙の本当の体の手は酷いものだ。荒れて罅割れて分厚くなっていった皮。冬になると手の甲もあかぎれで血が滲んでしまうのに、夫だった男は一度も家事を手伝ってくれた事は無い。

 18歳で結婚したのは家族が欲しかったからだ。一人が辛かった。誰かと一緒なら胸を通りすぎる寂しさに耐えられると、そう思ったのに全ては夢でしかなかったのだと突き付けられた結婚生活だった。あの人生に未練があるのかと聞かれたら実のところ一つもない。もしもこれが夢の世界で目が覚めたらあの日々がもう一度始まるのだと言われたらきっと泣いて苦しんで叫んでしまうだろう。

 里沙の手を優しく包む王妃の表情は慈しみ深く里沙を見つめる。人と目が合うなんて当分なかった。先ほどのメイドも目を合わせてくれたし、王妃も、少し前には国王陛下も同じように里沙と目を合わせてくれた。人として認められたような気がして呼吸が楽になる。

「リサ、怖い事は無いわ。わたくしが貴方を守るわ」

「はい」

 先ほどのジークと呼ばれた綺麗な男性と同じ銀色の髪の毛と、新芽のような淡い透明感のある緑色の目をした王妃が里沙の背中に手を寄せる。

 もしも里沙が冷静であったならばきっとこの状況のおかしさを理解出来ただろう。普通、体の中に別の人格があるなどそう簡単に受け入れられるものではないだろう。探る様にじぃと里沙の目を見る王妃の視線も、何もかも追い詰められ理解出来ない状況で混乱している里沙には理解出来るはずもなかった。


「母上、魔術師殿をお連れしました」

「いらっしゃい、ポルコ。リサ、こちらは宮廷魔術師のポルコよ」

「あの、よろしくお願いします」

 黒いローブを頭からすっぽりと被っている宮廷魔術師が静かに里沙と王妃の近くによる。扉には二人の騎士のような男たち、室内には国王とジーク、里沙の近くには王妃と侍女がいる。里沙の手をずっと握っていた王妃は静かに手を放し宮廷魔導士に場所を譲る。

 蜂蜜のような蕩ける金色の髪の毛と、ルビーを連想する鮮やかな赤色の目を持つ女の不安を帯びた表情と、胸元でそっと重ねられた手が微かに震えているその姿は守らなければならない儚さを醸し出していた。

「貴方は、リーシャ様ではありませんね」

 じぃと里沙を見ていたポルコの低い声に里沙は数度頷く。荒唐無稽な事だというのに、この宮廷魔術師はそれを認めてくれた。この体の持ち主であるリーシャという女性ではない里沙はぎゅう、と服の布を掴みゆっくりとポルコへ視線を向ける。

「私、気が付いたらこの体にいて。お願いします、この体の本来の持ち主に、お返ししたいのです」

「確かにリーシャ様の魂が貴方の魂の下にありますね……術を施せば貴方の魂を取り出す事が出来るでしょう」

「本当ですか?」

「ですが、そうなると貴方の魂は神の御許に向かう事になりますよ?」

 それは間違いなく死を意味しているのだろう。それでも里沙は誰かの体を奪いたいとは思わない。もしかしたら、苦しいだけのあの日々に戻る事になるかもしれない。それでも、この体を利用することなど出来なかった。

「構いません。私の魂をこの体から抜いてください」

 ぽろりと涙が零れる。この短い時間が不安に苛まれた里沙の救いを求め手を組む姿は、神に祈りを捧げる乙女のような清純さと潔癖さを有していた。淡いクリームイエローのナイトドレスに紫色のショールを羽織った美しい女の涙ながらの懇願に目と心を奪われた男が一人いたことを里沙は知らなかった。

 王妃は無理をしなくていいのよと心配そうに里沙を慰めるが、里沙は出来るだけ早くこの体から抜け出す必要があった。困ったように眉を下げながら首を横に振ると、ポルコに軽く頭を下げる。

「お願いします」

 かくして術は施されることになった。

 眠りの魔法を掛けられた里沙はベッドに横たわる。彼女が眠っている間に複雑で難解な術が掛けられることになる。もう目が覚める事は無いのだろうな。否、もしかしたらあの苦しい日々に戻るだけかもしれない。それでも自分を認めてくれて見てくれた人の声で里沙はこれから先、どうなってもいいと思えた。



 ぐん、と引っ張られるように意識が浮上する感覚。眠りから覚める感覚はこれまでも経験した事がある。ゆっくりと瞼を開いた里沙は、数度瞬きをした。起きた、という感覚が信じられなかった。

「申し訳ありません。術式の過ちで、貴方の魂ではなく本来の魂が抜けてしまい、さらに神の御許に向かうはずが消滅してしまいました」

 術を施している間は寝ているだけだった里沙が目覚めた時、すぐそばにいたのは宮廷魔術師の男であった。里沙は目覚めたというその事実に狼狽え、何が起きたのかと魔術師に問うたところ、その男は申し訳なさそうな表情を浮かべ彼女の身に起きたことを淡々と述べた。

「な、な、え? じゃあ、この体の本来の持ち主は」

「その体にはもういません。あなたの魂を抜いたら、その体は空っぽになってしまいます。ですので、宜しければその体で第二の人生を歩んでみませんか?」

「けれど、この体の持ち主の家族や周囲の人達は」

「お気になさらなくて大丈夫です。彼女の両親、親族はおらず天涯孤独の身になりましたが、王太子の婚約者という事もありこの王宮に居たのです」

「そうだったのですか。まだ若い方ですよね」

「ええ。17歳だったはずです」

「私がこの体に入らなければ彼女はまだ生きていられたのに……私はなんと言うことを……」

「せめてもの救いに、是非この体に生きる事の喜びの記憶を与えてあげてくれませんか?」

「私のすべき贖罪がそれであるなら……私はこの体で生きていきます」

 仮に里沙の魂が抜けたとしてもこの体にもう魂は存在せず朽ちるだけ。ならば、この体で贖罪の日々を過ごす事が里沙に出来る唯一のことに思えた。


「リサ」

「……ジーク様?」

 ポルコが部屋から出ていき、侍女が扉の傍に立つ中で唯一この部屋に残っていたのはジークと呼ばれていた男。ベッドの上で半身を起こした里沙が失礼のないようにベッドから抜け出そうとするとそれを押しとどめ、ジークはベッドの端に腰かけた。改めてその姿を見つめる。銀色の髪の毛は襟足あたりが長く前の方に垂らされている。短い前髪に対してその長い髪の毛が少しだけ柔らかさを生み出す。アメジストのような紫色の目を覗いていると目が逸らせなくなってしまう。

「リーシャは私の婚約者だった。彼女は誰よりも強い魔力を持っていて、この国の為に次期王妃になる予定だった。リサ、もし良かったらそのまま私の婚約者になってくれないか。君を必ず守る」

「……よろしいのですか?」

「ああ。君はとても美しい心を持っている。この国を私と一緒に守ってくれないか?」

「私は……必要と、されますか?」

「勿論だ。君が必要だ。君でなければならないんだ」

 大きな手が里沙の手を包み込む。必要とされたかった。無視されたくなかった。利用されるのは怖かったけれども、関心を持たれず、無視をされることが何よりも怖かった。ジークは里沙を必要だと言った。

「それに、先ほど君の涙を零しながら願うその姿に、その、見惚れてしまった。君を愛しいと思う心を受け取ってくれないだろうか」

 里沙は愛に飢えていた。そして心が弱り、混乱していた。そして己が傷つきたくない一心で状況を流されるように受け入れる様な生き方しか出来なかった。ジークの愛は里沙が求める愛なのかどうかも分からないまま里沙は受け入れた。



 美しい外見、類稀なる魔力、古から続く由緒正しき血統。その女はあらゆる物を持っていたが、その性根は腐りきっていた。何時の頃からか歪み始めていた一族の最高傑作と言われる程の女は稀代の悪女であった。王家よりも国を統べるのに相応しいという思考を植え付けられたまま成長した女は王太子を篭絡し、王妃となり、いずれは夫を排除して己の腹から生まれた子供を国の頂点に据え置き、一族の悲願を果たす事こそ己の生き方だと信じていた。その為に行った事は王太子の周囲を取り巻く女性たちを徹底的に排除する事であった。あらゆる非道な手段を使い、それこそ女性の尊厳すら奪う事も平然と行ってきた。余りにも容赦のないそれらの行動は彼女を悪女として国中に知らしめることとなったのは当然の結果だろう。

 歪み切った魂さえなければこの国一番の座を得ていたとすら言われた程の女だからこそ、ある時不正や悪辣な行動に出た一族諸共断罪され、唯一生き残らされた女の魂だけを真っ当な存在にすり替える計画が打ち立てられた。

 中身がどうあれ、その体の持つ魔力と血があれば良いのだと嘯いた男は高貴なる血を持ち、この国を統べる存在であった。

 かくして、秘密裏に行われた非人道的行為は間違いなく成功であった。どこかの世界で死を迎えた女の魂を呼び寄せ体に閉じ込め、本来の持ち主の魂を消滅させる。失敗すれば諸共の死であったが、囚われた里沙は奪い取ってしまった贖罪としてその体で生きる事を選んだ。


 魔力を有する人間は特に得意とする属性の色が目に現れる。王妃の様に緑色は風の属性を司り、慈愛と破壊を象徴している。例えばジークの様に紫色は闇の属性で、安寧と不穏を象徴している。宵闇の帳が降りる夜の属性は、ひと時の安らぎを与える反面、精神操作の魔法を得意としていた。そして、里沙の目の色は赤。火の属性を持つその色は、太陽が無ければ人が生きていられないように、生きる気力を与えてくれると同時に、全てを燃やし尽くす危うさを兼ねていた。魔力は魂に連動しており、悪女リーシャの瞳はエメラルドのような鮮やかな碧であった。だからこそ、誰もが里沙の目を見て、表に出ている魂が誰のものであるのかを確認した。エメラルドからルビーへ変化した瞳を見て王妃は満足し、国王はこの計画の成功に安堵しただろう。


 魂が違えばこんなにも変わるのかと思う程、表情も振る舞いも異なっていた。決して清廉潔白でなく、悪逆非道でもない。人らしい振る舞いを自然と行える里沙は国王になる事を約束された男の腕に囲われた。全てお膳立てされた舞台にやがて里沙は気付いたが、それを口にしない程度の賢さは持ち合わせていた。

 人との距離を取るのが上手く、媚びること無く自然とした姿に王太子の心が囚われたのは無理も無い話であろう。美しい外見と清濁併せ呑む性格。愛に飢え、必死に縋る様に依存してくるその姿は守らなければならないと思ってしまうほど、周囲の庇護欲を駆り立てた。

 元の体の女、稀代の悪女リーシャとその一族は余りにも多くの人々を不幸にしてきた。だからこそその体に里沙が入り、まるで伝承にある聖女の様に慈愛を持ってその魔力を揮う事を歓迎し、彼女以外の誰もがリーシャの真実を隠した。国を挙げての盛大な隠蔽は里沙をこの世界に留めておくための必要な行動であると誰もが理解していた。決して大きな国とは言えない中で行われた秘すべき行動は他国に知られる事は無かった。

 ジークは里沙へ惜しみない愛を注ぎ続ける。涙を零し手を組み祈る美しい姿に、本当に心を奪われた。彼女のこれまでの生き方を聞き、彼女が愛を注がれることに飢えている事に気付くのは簡単だった。逃げられないように、溺れる様な愛情を注ぐだけで里沙はあっという間にジークに依存した。それを愛しいと思う。


「リサ、今日も愛しているよ」

「ジーク様、ありがとうございます。私も、愛しています」

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