侍ガールズの珍生活
第一幕、 剣豪の子孫は食欲魔人と門限破りのスペシャリスト
安政7年4月、江戸の町では見事に桜の花が満開していました。
私の住んでいる場所は隅田川のほとりから少し離れた本所の町にあります。
隅田川では町人たちが用意したお弁当とお酒で盛り上がっていました。
私は宮本かえで、16歳。ご先祖様が二刀流の生みの親であり、五輪書の書を遺した有名な宮本武蔵なのです。家が二刀流の道場をやっていて、私も門下生に混ざって稽古をしていました。
「よし、今日の稽古はここまで。あとは片付けと掃除をしろ。かえで、お前は掃除と片付けを済ませたら、母さんと一緒に弁当作りの手伝いだ。」
師匠である父さんは私と門下生に指示をしたあと、そのまま道場からいなくなってしまい、部屋で小袖と袴に着替えて腰から刀を下げて、お酒を持ち、隅田川へと向かいました。
「先に行って、場所取りをしてくる。準備が終わったらお前たちも来い。」
「行ってらっしゃーい。」
「師匠、よろしくお願いします。」
私は父さんを見送ったあと、掃除と片付け、弁当作りの手伝いを終わらせて、部屋で着替えを済ませたあと、大小2本の刀を持ち、母さんと一緒に弁当を持って隅田川まで向かいました。
「おかみさん、お嬢様、待ってください。自分たちも一緒に行きます。」
あとから門下生たちが後を追うかのようにやってきました。
隅田川のほとりはすでに町人たちでにぎわっていて、なかなか場所が取れない状態でした。そんな中、私たちは父さんの居場所を捜し歩いていました。
「おーい、お前たち、こっちだー!」
父さんは大きく両手を振って自分がいる場所を教えました。
「師匠、場所取りお疲れ様です。」
門下生たちが父さんに一言お礼を言いました。
「母さん、腹減ったから弁当を出してくれないか?」
「はいはい。」
母さんは用意した小皿に弁当のおかずを載せて、みんなに分けていきました。
「かえでは卵焼きが大好きだから、少し大きめのをあげるね。」
「ありがとう、お母さん。」
私は大きな口を開けて卵焼きを食べはじました。
「おいしー!やっぱお母さんの卵焼きが一番だよ。」
「母さんも朝早く起きて、作った甲斐があったよ。」
そのあともサトイモや大根などの煮つけも食べていきました。
「かえで、俵むすびどうする?」
「食べる!」
母さんは俵むすびをお皿に載せて私に差し出してきました。
その直後、物干竿の刀を背中にかけてきた女の子がやってきました。
「おやあ、おいしそうに俵結びを食べているのはどこのお嬢様かな?」
私は食べながら、そっと顔を上げていったら、幼馴染の佐々木つばきがいました。
つばきの家は燕返しの道場をやっていて、ご先祖様は私のご先祖様のライバルでもある佐々木小次郎なのです。
「つばき、今日は1人で花見に来たの?」
「違うよ、今日は両親と門下生も一緒。」
「そうなんだ。」
「つばきちゃん、こんにちは。よかったら一緒にお弁当を食べる?」
「おばさん、こんにちは。せっかくですが、両親が用意したお弁当を先ほど食べてきたばかりなので、ご遠慮させていただきます。」
「そう?じゃあ、せめてお団子だけでも。」
「それでは、ありがたく一つちょうだいします。」
つばきは母さんの用意したあんこのついた団子をおいしそうな顔をして食べました。
「おばさん、お団子ごちそうさまでした。」
「いいえ、お粗末様です。」
「またごちそうになってもいいですか?」
「こんなので、よろしければ。」
「両親が待っていますので、この辺で失礼します。かえで、近いうちにまた会おうね。」
「うん。」
「あんまり食べ過ぎるとデブになっちゃうよ。」
「こら、つばき!人が気にしていることを言うな!」
つばきは顔をニヤッとさせていなくなってしまいました。
私が大根の煮つけと俵結びを食べていたら、母さんが「かえで、食べてばかりいないで、つばきちゃんのところに行って来たら?」と言ってきました。
私は目の前の弁当が無くなるのが心配になって箸を出そうとした瞬間、母さんは重箱の蓋を閉じてしまいました。
「お弁当はおわり。」
「えー!まだたくさんあるじゃん。」
「放っておいたら、全部食べられそうだから。」
「あと少しだけ。」
「だーめ。これはお父さんと門下生たちの分。かえではたくさん食べたからいいでしょ。わかったなら、早くつばきちゃんのところへ行ってらっしゃい。」
「お母さんたちは?」
「時間になったら適当に帰るから、あなたも遅くならないうちに戻って来るんだよ。」
母さんは私を厄介払いでもするかのように、つばきのところへ行かせました。
隅田川の上流の方角へ向かっていくと、つばきがみんなと一緒にお弁当を囲むような感じで座ってくつろいでいました。
「あれ、かえでちゃんじゃないの。」
「おじさん、こんにちは。」
おじさんはメロメロに酔った状態で私に声をかけてくれました。
「かえでちゃんのところも、今日は花見なのか?」
「はい、そうなんです。」
「よかったら、少し食べてよ。おじさんたちだけだと食べきれないから。」
おじさんは重箱の中に残っているおかずを、皿に載せて私に差し出しました。
「かえでちゃんは卵焼きが大好きなんだよな。2個あげるよ。」
「すみません。」
「つばきが、かえでちゃんのお母さんから団子をもらったって言うから、そのお礼だよ。」
「ありがとうございます。」
他にも大根や芋の煮つけ、佃煮なども皿に載せてくれました。
私が美味しそうに食べていたら、おじさんが「かえでちゃんは、いつも美味しそうな顔をして食べるよな。作った甲斐があったよ。」とお酒を飲みながら言いました。
「あなた、お弁当を作ったのは私。あなたは横でうるさく言っていただけでしょ。」
「あ、そうだっけ。ハハハハハ。」
おじさんは笑いながらごまかしていました。
「かえでちゃん、良かったら少し食べてちょうだいね。家に持ち帰ってもゴミになるだけだから。」
おばさんは申し訳なさそうに私に言ってきました。
「いいのですか?私が食べますと、つばきちゃんや門下生たちの分が無くなってしまうのでは・・・。」
「いいの。つばきは食べ過ぎた上に、かえでちゃんのお母さんからお団子をもらっているし、門下生たちはご覧のとおり酔いつぶれて寝ているの。だから食べてくれる?」
「そういうことでしたら、遠慮なしに頂きます。」
私は重箱の中身を受け取り、皿に移して食べ始めていきました。
「かえで、食べ過ぎるとおばさんに怒られるよ。」
「大丈夫、大丈夫。」
私はつばきの言葉などお構いなしに重箱の中身を食べ続けていきました。
「かえでちゃん、気持ちはわかるけど、この辺にしておこうか。」
「すみません、ごちそうさまでした。」
「おそまつ様でした。」
おばさんは重箱に蓋を閉じて、風呂敷で包みました。
私が物足りなさそうな顔をしていたら、つばきが「それより、少し歩かない?」と言いました。
「でも、弁当が・・・。」
「今度うちに来たときに同じものを出すようにお母さんに言っておくから。お母さん、ちょっとかえでを連れて出かけてくるね。」
「わかった。酉の刻(夕方6時)までにはきちんと戻って来るんだよ。」
つばきは私を連れて、桜並木を歩いていきました。
「ちょっと食べすぎたかも。」
「だから言ったのに。本当に知らないよ。」
私がお腹をさすりながら歩いていたら、後ろから白に近い金髪のストレートヘアに碧眼の女の子が声をかけてきました。
「おいっすー!二人して何しているの?」
後ろを振り向いたらフランスから来たアンナ・フルニエがいました。
「アンナちゃん、おいっすー!」
「アンナちゃん、こんにちは。」
「かえで、挨拶は手を挙げて『おいっすー!』でしょ?」
「あ、そうだった。おいっすー!」
「もう、気を付けてよね。」
彼女は日本に来る途中、船の中で嵐に逢い、両親とはぐれてしまい、竹柴(現在の東京都港区芝)付近の海岸に漂流してきました。漂流して間もないころは日本語も分からず、いろんな場所へ転々として行き、少しずつ日本語を覚えていきました。
雨の夜、本所の外れにある恵福寺という小さな寺の前で濡れながら歩いていたら、住職に声をかけられ、居候することになりました。住職が見つけた当時、彼女はボロボロの服に手にはロングソードと呼ばれた西洋の長い刀を持っていました。
彼女が言うにはロングソードはお父さんを見つける大事な手がかりだというので、今でも大事に身に着けています。
服装も住職に買ってもらい、私やつばきと同じように小袖に袴、草履姿になり、背中にはロングソードを身に着けています。
普段はお寺の掃除や食事の準備、空いている時間を利用して住職と一緒に字の読み書きの勉強をしています。
私やつばきと友達になったきっかけは、彼女が私やつばきの道場に出げいこに来たのが始まりました。
最初はお互いぎこちがない感じでしたが、年が近く、実際話してみたらとても感じがよかったので、仲良くなり、友達になりました。
彼女が私やつばきの前で使っている「おいっすー!」の挨拶は、近所の子供たちが使っていた言葉を真似したと言っていました。
「そういえば、今日は和尚さんと一緒に来たの?」
「うん。でももう帰っちゃった。」
「お弁当は食べたの?」
私はさりげなくアンナに聞き出してみました。
「2人分しか作っていなかったから、すぐ終わったよ。」
「そうなんだ。」
「ごめんね、こんど同じのを用意するね。」
「かえで、あれだけ食べておいて、まだ食べる気だったの?」
つばきはあきれ顔で私に聞いてきました。
「だって、アンナちゃんのお弁当食べてみたかったから。」
「いい加減にしなよ。」
「つばきだって、食べてみたいくせに。」
「まあ、それは少しだけだったら。」
気が付いたら、周りの人たちは片付けを始めて帰る準備をしていましたので、私たちも帰ることにしました。
「私たちもそろそろ帰ろうか。」
つばきは私とアンナに声をかけました。
太陽が傾き始め、恵福寺の境内から酉の刻(夕方6時)を知らせる鐘が聞こえてきました。
隅田川のほとりを離れてから数分経って、私たちは誰もいない通りを歩いていました。
「つばき、今日はいつもと違う道を歩いているんだね。」
私は不安げにつばきに話をかけました。
「遅くなったから、今日は近道を歩いているの。」
つばきはすでに歩きなれたような感じで言ってきました。
「この角を曲がればいつもの通りだよ。」
「そうなの?」
私の不安は募るばかりでした。
「かえで、怖いの?」
「うん、真っ暗は苦手だから。」
アンナは心配そうな顔をして私に声をかけてきました。
提灯を持っていないので、怖さが余計に増していました。
屋敷街を歩いていたら、屋根から「カラッ、カラッ」という屋根瓦をはじくような音が聞こえてきましたので、私は反射的に上を見上げてみましたが、その時点ではすでに誰もいませんでした。
「どうしたの?かえで。」
つばきは私と一緒に屋根を見ながら声をかけました。
「今、人が歩いている気配がしたから。」
「どこに?」
「屋根の上。」
「ネズミ小僧や忍者じゃないんだから、そんな人がいるわけないでしょ。」
「私、つばきやかえでの家の方角へ駆け抜けていったの見たよ。」
アンナは私やかえでの家の方角に指をさしながら言いました。
しかし、さっきの人は何だったのか、気になって仕方がありませんでした。
「さ、遅くならないうちに帰ろ。」
「そうだね。」
「私、家がこっちだから。また明日時間があったら会おうね。」
「うん。」
私とかえではアンナに手を振って見送ったあと、家に向かいました。
用水路の橋を渡った直後、刀を下げた一人の男性が提灯を持ってやってきました。
「誰だ!」
私は辻斬りだと思って、とっさに刀を抜いて構えてしまいました。
「おい、親に向かって刀を向けるバカがどこにいるんだ!」
「かえで、おじさんだよ。」
「え?お父さん!?」
「とにかく刀をしまえ。人が心配して来てみればこのざまか。」
「ごめんなさい。」
「つばきちゃん、つき合わせてごめんね。おうちの人が心配していると思うから、早く帰った方がいいよ。」
「宮本さん、かえでちゃんを責めるのはお門違いですよ。悪いのはみんなうちのバカ娘ですから。」
父さんが私を連れて帰ろうとした瞬間、おじさんまでが提灯を持ってやってきました。
「佐々木さん。」
「つばき、かえでちゃんに謝れ!母さんから聞いたけど、お前がかえでちゃんを連れまわして遅くなったそうじゃないか。そうなんだろ?」
「はい。」
「『はい』じゃないだろ。かえでちゃんに謝れ!」
「ごめんなさい。」
つばきはおじさんの迫力に負けてしまい、言われるままに返事をしていました。
「宮本さん、こんな時間にお騒がせして本当にすみませんでした。つばき、帰るぞ!」
おじさんはつばきを連れていなくなってしまいました。
「かえで、帰るぞ。」
父さんは私の手首をつかんで家に戻りました。
家に戻って父さんに叱られたあと、部屋で布団を敷いて寝る準備をしようとした瞬間、外で人の気配がしました。
私は少しだけ雨戸を開けたら、屋根から屋根へと人が飛び移っていくところを見ましたので、次の日につばきとアンナに話そうと思いました。
第二幕、 謎の少女との出会い
翌朝、父さんの機嫌が直っていたので、いつも通り稽古と掃除、食事を済ませてつばきとアンナに会いに行こうとした時でした。
「かえで、今日から食器洗いはあんたがやるんでしょ?」
母さんは鬼のような顔をして私を引き留めました。
「今、やります。」
私は刀を台所の近くに置いて、たすき掛けをして人数分の食器を洗い始めたのですが、私と両親、門下生の分があったので、洗う量が多く、時間がかかってしまいました。
「お嬢様、自分がお手伝いいたしましょうか。」
近くで見ていた門下生が、親切に声をかけてきました。
「少しだけお願いします。」
「はい。それで自分は何をすればいいのですか?」
「洗った食器を拭いてもらえますか?」
「承知しました。」
門下生が引き受けた瞬間、母さんが注意しに入ってきました。
「手伝いたい気持ちは分かりますが、これはかえでのお仕事なので、ご遠慮いただきたいのです。」
「わかりました。」
「かえで、あなた自分の仕事を門下生にやらせているの?」
「門下生の人が、手伝うって言うからお願いをした・・・。」
「昨日、あなたがしたことを覚えてる?門限破った上に、迎えに来た父さんに刀を向けるなんて、信じられない。」
「だって、暗くて見えない上に、腰に刀があったから、辻斬りに見えた・・・。」
「もし、切りつけていたらどうしていたの?つばきちゃんが気が付いてくれたからよかったよ。」
私はこれ以上何も言えませんでした。
「昨日だって、お父さんから刀を没収されない代わりに、毎朝みんなの食器を1人で洗うと約束をしたんでしょ?それを忘れたの?」
母さんの怒りは頂点に達していました。
「はい、その通りです。」
「わかったなら、ちゃんと洗ってちょうだい。終わったら食器をしまう前に呼んでくれる?」
「・・・・。」
「お返事は?」
「はい。」
「言われたら、ちゃんと返事をしなきゃダメでしょ。」
「わかりました・・・。」
母さんはそう言い残して、自分の部屋に戻り、縫物を始めました。
私は急いで食器を洗って母さんを呼びました。
「お母さん、食器洗い終わったよ。」
母さんは台所へ行って、シンデレラに出てくるいじわるな継母のように厳しく、洗い終えた食器をチェックしていきました。
「かえで、お茶碗がまだぬるぬるしているわよ。やり直し。」
洗い終えても少しでも汚れが残っていたら、何度もやり直しをさせられました。
食器が終わったころには午の刻(正午)を回っていたので、私は刀を持ってすぐにつばきのところへ向かいました。
「おばさん、こんにちは。」
「かえでちゃん、こんにちは。今つばきを呼んでくるね。」
おばさんは階段で2階に上がり、つばきを呼んできました。
「かえで、昨日はごめんね。実はあれから両親にたっぷりお灸をすえられて・・・。」
「私もだよ。今朝も食器洗いを何度もやり直しをさせられていやになったよ。」
「食器洗いで済むならいいけど、こっちは道場の掃除を1人でやらされて、少しでも汚れが残っていたら初めからやり直しだから、うんざりだよ。」
「それがいやなら、次からはきちんと門限を守ること。しかし、何でかえでちゃんまでが罰を受けたの?」
横にいたおばさんが、少し納得いかない顔をして聞いてきました。
「実は昨日父さんが迎えに来てくれた時、私が辻斬りと勘違いして刀を向けてしまったの。帰ったあと、たくさん叱られたのですが、刀を没収されない代わりに毎朝全員の食器を洗うと約束をして示談が成立したのです。」
「そうだったのね。でも、元はすべてつばきが悪いわけだし、この罰を取り下げてもらうように、おばさんからお願いをしておくよ。」
「刀を向けたのは事実だし、罰を受けるのは当然だと思っています。」
「でも、かえでちゃんは辻斬りだと思って刀を向けたんでしょ?言い方を変えればお父さんだと分かっていたら、刀を向けずに済んだはず。真っ暗で迎えに来たお父さんが辻斬りに見えて当然だと思ってるの。その一番の元凶がつばきなんだから、かえでちゃんが罰を受けるなんてお門違いだと思うよ。あとでお母さんにはきちんとお願いをしておくよ。」
「でも・・・。」
「もしかして、あとで叱られるのが怖い?」
私は黙ってうなずきました。
「じゃあ、こうしようか。つばきもかえでちゃんと同じようにこれから毎朝、全員の食器を洗うってことで。」
「えー!」
「自業自得です。」
「つばき、ごめんね。」
「ううん、気にしてないから大丈夫だよ。それより、アンナのところへいこ。お母さん、アンナちゃんのところへ行ってくるね。」
「遅くなったら罰を増やすからね。」
「わかった。酉の刻(夕方6時)までには戻るから。」
つばきはそう言い残して、私を連れてアンナのいる恵福寺まで向かいました。
すると境内の中へ入ってみたら、住職がほうきで掃除をしていました。
「和尚様、こんにちは。」
「こんにちは。宮本道場のかえでちゃんと佐々木道場のつばきちゃんだね。今、アンナを呼んでくるから。」
住職は本堂の裏にある家に向かい、アンナを呼んできました。
「遅い!罰金よ、罰金!」
「アンナ、お友達に言うもんじゃないだろ。」
「冗談よ、冗談。」
住職はアンナに軽く注意をしました。
「アンナ、みんなにお饅頭とお茶を出してあげなさい。」
「和尚様、お気遣い結構です。」
私は遠慮する言い方をして断りました。
「子供は遠慮しなくていいんだよ。アンナ、奥の座敷に案内してあげなさい。」
アンナは私とつばきを本堂の裏にある家に向かい、2階の自分の部屋へ案内しました。
「お茶と饅頭を用意するから待っていてくれる?」
アンナはそう言い残して台所でお茶の準備をし始めました。
私とつばきは出された座布団の上で少し落ち着かない感じで待っていました。
つばきの家以外、他人の家に上がるのは初めてでしたので、私は辺りをキョロキョロしながら見渡していたら一枚の水墨画の掛け軸が飾ってあり、私はそれを眺めていました。
「かえで、どうしたの?」
「いや、あの水墨画を見ていたけど・・・。」
「あの水墨画がどうかしたの?」
「滝を眺めている後姿の侍が誰なのか気になって・・・。」
「さあ、誰なんだろう。気になるんだったら、アンナに聞いてみたら?」
つばきは無関心な顔で返事をしましたが、私はこの男性がいったい誰なのか気になって仕方がありませんでした。
「つばき、それよりアンナの手伝いをしない?一人だと大変そうだし。」
「そうだね。」
私とつばきは台所へ行ってアンナの手伝いをしに行ったら、アンナの声が聞こえてきました。よく聞くと何やら歌っているような感じに聞こえました。そばへ行ったら、あまり聞きなれない歌を歌いながらお茶の入った急須と人数分の湯飲み茶碗、お皿に載せた饅頭をお盆に載せて運ぼうとした時でした。
アンナはバランスを崩しそうになったので、私とつばきは手伝うことにしました。
「私は湯飲み茶碗を運ぶから、かえでは急須を持って。アンナは饅頭をお願い。」
つばきは私とアンナに指示を出して2階の部屋まで運びました。
「私、饅頭を運びたかった。」
「あんたに饅頭を運ばせたら、間違いなくつまみ食いしそうだよ。」
「しないわよ!」
「はたしてどうかな。あんた、花見の時覚えてる?あの弁当の食べっぷり。調子に乗っていたら全部空っぽにしそうで、怖いんだよ。」
つばきの突っ込みに私は何も言い返せませんでした。
部屋に着いて、アンナは全員の湯飲み茶碗にお茶を入れて差し出しました。
「お饅頭は6個あるから1人2個ずつね。」
つばきは私が全部食べることを予測して注意をしました。
饅頭を食べ終えて、お茶を一杯飲んだあと、私はアンナに水墨画の掛け軸に描かれている人が誰なのか聞き出しました。
アンナが居候した時にはすでに飾られていたので、詳しいことは分からないと言っていました。
「そういえば話は変わるけど、昨日の夜寝る前に2階の部屋から忍者と思われる人を見かけたんだけど、2人は見た?」
「それなら私も見た。暗くてよく分からなかったけど、背丈は私と同じくらいだったよ。」
「つばきも見たの?」
「間違いなく私たちと同じくらいの年齢の子だよ。アンナは見た?」
「私、昨日早く寝ちゃったから。」
「そうなんだ。今夜こっそり抜けだして忍者の正体を見てみる?」
私はつばきとアンナに声をかけてみました。
「私遠慮しておくよ。昨日たくさん叱られた上に罰まで与えられたから。」
「私も和尚様が厳しいから遠慮する。」
「かえでもやめた方がいいよ。昨日おじさんとおばさんに叱られたの忘れた?」
「そうだね。やっぱやめておくよ。」
外を見ていたら、すでに太陽が傾き始めていたので、お茶と急須、お皿を片付けて帰ることにしました。
その帰り道の出来事です。
家の近くで見慣れない町娘の格好した女の子とすれ違い、私は思わず見とれてしまいしました。
「どうしたの、かえで。」
「うん、さっきの女の子、可愛いと思ったから。」
「確かに見ない子だよね。」
「引っ越してきたのかな。」
「さあ。」
私とつばきが帰ろうとした瞬間、女の子はにこやかな顔をして近寄ってきて声をかけてきました。
「あの、お尋ねしたいのですが、この近くにお茶屋さんを探しているのですが・・・。」
「お茶屋さんなら駿河屋がこの近くにありますよ。」
「よかったら案内してもらえますか?」
「いいですよ。」
「かえで、門限は大丈夫なの?」
「だって仕方がないじゃん。道に迷って困っているみたいだし。」
「また、おじさんとおばさんに叱られるよ。」
つばきは心配そうに私に声をかけました。
「あの、ご迷惑でしたら1人で探しますので。」
「そんなことないですよ。駿河屋さんでしたら家から遠くありませんから。一緒に行きましょ。」
私が町娘の女の子を駿河屋まで連れていくと決まったとたん、つばきは渋々とついていきました。
「そういえばまだ2人の名前がまだだったけど、なんていうの?」
「私は宮本かえで、家が二刀流の道場やっているんだよ。」
「私は佐々木つばき、家が燕返しの道場をやっているよ。」
「2人とも家が剣術の道場なんだね。私は鵜飼ほおずき、家が甘味処をやっているの。よかったら遊びに来て。あんみつをご馳走するから。」
「絶対に行く!明日行ってもいい?」
「かえで、少しは遠慮しなさいよ。ごめんね、かえでって甘いものに目が無くて・・・。」
「ねえ、明日あんみつを食べにいってもいいでしょ?」
「ごめん、明日はちょっと・・・。」
「じゃあ、明後日は?」
「明後日なら、たぶん大丈夫かも。」
「本当に? あと、よかったら店の名前も教えて。」
「甘味処鈴屋って言うの。待っているから、よかったら来てくれる?」
3人で歩いているうちに駿河屋に着きました。
「小吉さん、こんにちは。」
「あれ、かえでちゃんとつばきちゃんじゃないの。2人でお使いとは珍しいね。」
「あ、ごめんなさい。実は今日私たちじゃなくて、こちらの方が御用があるみたいなんです。」
「見ない顔だね。」
「最近、この近くで甘味処を始めたのです。今日は母の用事でお茶の葉を買に来ました。」
「そうなんだね。」
「ここに来るのは初めてでしたので、2人に案内してもらいました。」
「そういうことだったんだね。」
小吉さんはお茶の葉が入った袋をほおずきに渡しました。
「じゃあ私、この辺で失礼するね。」
「うん、またね。」
ほおずきはそのまま早歩きでいなくなってしまいました。
帰宅後、私は案の定母さんに叱られてしまいました。
「今日も帰りが遅かったね。どこで油を売っていたの?」
「家の近くで町娘の格好した見慣れない女の子がいて、その子が駿河屋さんまで案内して欲しいと言ってきたから、一緒に案内してあげたの。」
「あのね、もう少しまともな嘘がつけないの?」
「本当だよ。嘘だと思うなら小吉さんに聞いてみて。」
「わかりました。ちょうどお茶の葉が無くなりそうだし、明日駿河屋さんに言って確認をとることにする。」
母さんの目は疑惑に満ち溢れていました。
翌日の夕方、母さんは駿河屋さんで本当に私が立ち寄ったか小吉さんに聞いてみたところ、私の無実が確定されました。
第三幕、 ほおずきの正体
門限を破った理由で、またしても私への罰が課せられ、私は母さんから買い物かごを渡され、食事の買い物へ行くことになりました。
菜売りのところに行ってみたら、「あれ、今日はかえでちゃんが買に来たのかい?珍しい。明日は雪でも降らなきゃいいけどなあ。」とからかい半分に言ってきました。
「失礼なことを言わないでください!」
「もっぱら門限を破って母さんに叱られて、その罰で来たんでしょ?」
菜売りに図星を言われ、何も言い返せませんでした。
「やっぱりそうだったのか。とにかく次から気を付けるんだな。ハハハハ。」
菜売りは笑いながら言いました。
私が野菜を買おうとした瞬間、後ろから声が聞こえました。
「すみません、大根と白菜をください。」
「お、つばきちゃん。今日もお母さんのお手伝い?えらいねえ。」
後ろを振り向いたらつばきがいました。
「このニンジン、おまけしておくから。」
「いつもすみません。」
「私も大根と白菜、ねぎをください。」
「かえでちゃん、ちゃんと次からは門限をきちんと守るんだよ。」
菜売りは買い物かごに野菜を入れて、私に手渡したあと、いなくなりました。
「かえで、また門限破ったの?」
「このあいだ、ほおずきちゃんって子を駿河屋まで案内したでしょ?それが原因で・・・。」
「だから言ったじゃない。」
つばきは呆れて何も言えない状態になりました。
「おいーっす!2人ともどうしたの?」
後ろから買い物かごを持ったアンナがやってきました。
「アンナも買い物だったの?」
「うん、和尚様に頼まれて。」
「2人も買い物?」
「うん、あとは帰るだけ。」
「私は魚を買ってから帰る。」
「そっか、じゃあ私は先に帰るね。あ、そうそう。かえでとアンナはこのあと時間取れる?よかったら鈴屋に行こうと思っているんだけど・・・。」
「行く!」
「言うと思った。アンナは?」
「鈴屋って?」
「甘味処なんだけど。」
「行こうかな。」
「じゃあ、終わったら恵福寺で待ち合わせね。かえでは魚を買ったらね。」
つばきが言い終わった後、タイミングよく魚の行商がやってきました。
「魚屋さん、待ってください。」
「お、今日は珍しくかえでちゃんが買い物かい?頼むから雨を降らせないくれよ。」
「それならさっき菜売りから言われました!」
「おっかない顔をしないでよ。『初めてのおつかい記念』で何かおまけするから。」
「子供扱いしないでください!」
「いやいや、かえでは充分お子様でしょ。」
横にいたつばきが突っ込んできました。
「つばきちゃんもそう思うでしょ?」
魚屋さんはつばきに同意を求めてきました。
「特に遠慮知らずなところが。この間の花見の時も遠慮なしにうちの弁当を食べていたからね。」
「少しだけじゃん。」
「結構たくさん食べていたよね。」
「ハハハハ。それで何にする?」
「ヒラメを6人分ください。」
「了解!60文もらうね。」
魚屋はヒラメを買い物かごに入れたあといなくなりました。
帰宅後、野菜と魚の入った買い物かごを母さんに渡したあと、つばきと合流してその足でアンナのところへ向かいました。
「和尚様、こんにちは。アンナちゃんはいますか?」
「おお、かえでちゃんとつばきちゃん、こんにちは。今呼んでくるから待っていてくれないか?」
住職は本堂の裏から2階の部屋に向かい、アンナを呼んできました。
「2人ともお待たせ。行きましょうか。」
「うん。」
「和尚様、かえでちゃんとつばきちゃんと一緒にお出かけをしてくるね。」
「気を付けるんだぞ。」
私とつばき、アンナは3人でほおずきちゃんが働いている甘味処へ向かいました。
店の入口には「甘味処鈴屋」と書かれた大きな看板があり、中へ入ってみると多くの客でにぎわっていました。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「3人です。」
店の女の子に案内されて、奥の座敷に座りました。
「ご注文は?」
「あんみつ3つで。」
「承知しました。」
女の子がいなくなる直前、私は「あの・・・」と一言声をかけました。
「なんでしょうか。」
「鵜飼ほおずきさんに会わせてもらえますか?」
「ほおずきですか。」
「無理ならあきらめます。」
「呼んできますね。」
数分後、ほおずきちゃんがやってっきました。
「あ、来てくれてありがとう。ねえ、金髪の子とは初めてだよね?名前なんていうの?」
ほおずきちゃんは、アンナを珍しそうな目で見ていました。
「私はアンナ・フルニエ。フランスから来る途中、乗っていた船が嵐に逢って両親とはぐれてしまって、今は恵福寺で暮らしているの。」
「そうなんだ。両親が無事だといいね。」
「ありがとう。」
「そういえば、アンナちゃんが持っている刀なんだけど、あまり見ない形だね。」
「これはロングソードと呼ばれていて、父さんが持っていた剣なの。これを持っていたら、いつか父さんと母さんに会えると思って・・・。」
「絶対に逢えるよ。だから、まずはうちのあんみつでも食べて元気出してよ。」
ほおずきちゃんはニッコリした顔をアンナに見せました。
「食べたら、私の部屋に来てね。あと、今日のあんみつは両親のおごりだから。」
ほおずきちゃんはそう言い残して、いなくなりました。
「お待たせしました。あんみつでございます。」
店の女の子は3人分のあんみつと温かいお茶を運んできました。
「どうぞごゆっくり。」
女の子はそう言い残して、いなくなりました。
「うわあ、おいしそう!」
私はあんことみかん、マクワウリなどが入っているのを見て驚きました。
「あまーい!ねえ、かえでとアンナ、このあんこすごく上品よ。」
「どれどれ、本当だ。」
「C'est la première fois que je viens au Japon et que je mange un anmitsu aussi délicieux. (私、日本に来てこんな美味しいあんみつ食べたの初めて。)」
「アンナ、今なんて言ったの?」
私は聞きなれない言葉にびっくりして反応してしまいました。
「ごめん、興奮してフランス語が出ちゃった。今のはフランス語で『私、日本に来てこんな美味しいあんみつ食べたの初めて。』と言ったの。」
「よかったら、今度フランス語教えて。」
「いいよ。」
「ねえアンナ、私もいいでしょ?」
つばきも便乗してきました。
「もちろん、いいわよ。」
3人で食べ終わったあと、私は店の主人に会計を頼みました。
「すみませーん、お勘定をお願いします。」
「あ、今日は店のおごりだから、お代はいらないよ。」
「いいのですか?」
「あんたら、ほおずきのお友達なんでしょ?だから今日はおじさんのおごりにするよ。」
「ごちそうさまです。」
「ほおずきなら、店の裏にある玄関を2階に上がった部屋にいるから。」
「ありがとうございます。」
私たちは早速ほおずきのいる部屋に向かい、少し長い階段を上がった出口の奥へ進んだのはいいのですが、扉もふすまもありませんでした。
3人で部屋の入口を探しましたが、まったく見つかりませんでした。しかし、アンナは廊下の奥にある壁を眺めていて、何か違和感を覚えたような顔をしていました。
「アンナ、どうしたの?」
私はアンナの顔を伺いながら、聞いてみました。
「壁と壁の間に何か隙間が見えた。」
私とつばきは言われるままに壁の隙間を見ました。
「もしかして、隠し扉じゃない?」
つばきは壁を軽く前に押してみましたら、壁がくるっと回転して、廊下の奥へ進むことが出来ました。
中へ進んでみると、6畳間の少し小さめの部屋に、忍び姿のほおずきが座っていました。
「こんにちは。よくこの部屋がわかったね。」
「見つけたのはアンナだよ。」
私はアンナの方に目を向けて言いました。
「実はフランスにも似たような仕掛けがあったから、もしかしたらと思って確かめてみたの。でも、この扉を開けたのはつばきだよ。」
つばきは少し照れたような顔をして「ただの偶然だよ」と言いました。
「ところで何で忍びの格好をしているの?」
つばきは少し疑問を感じたような顔をして聞いてみました。
「申し遅れたけど、私甲賀のくノ一なの。」
ほおずきは覆面越しから本当のことを打ち明けました。
「実は水口藩からの依頼で江戸にさらわれた子供たちを救出して欲しいと言われたの。」
「子供たちってどれくらい?」
「水口藩が調べただけでも、20人近くが連れ去られたみたいなの。」
「その目的って何なの?」
「それを今、調べている。」
「そうなんだ。あと気になったけど、子供たちをさらった人たちって誰なの?」
「米問屋の重吉が一番の主犯なの。重吉は売ったお米で巨万の富を築き上げて、さらにそのお金でチンピラや忍びまで雇っているの。」
「ちょっとたちが悪いよね。」
「その忍びとは言うまでもなく、私たちの最大の敵、伊賀忍者。正直勝てるかどうかわからない。」
「その子供の救出に、私たちにも手伝わせて。つばき、アンナいいでしょ?」
私はつばきとアンナに同意を求めました。
「もちろん、いいわよ。」
「美味しいあんみつを食べさせてもらったお礼もしたいし。」
「でも・・・。」
ほおずきは覆面越しから、曇った表情を見せました。
「友達が困っているのに、横で見ているだけなんて出来ないよ。それにこの刀だって飾りじゃないし。」
「かえでさん・・・。」
「私のことは『かえで』でいいよ。友達なんだから。」
「友達?」
「そう、今日から私がほおずきの友達だよ。」
「ほおずき、私のことも『つばき』でいいよ。」
「私のことも『アンナ』って呼んでね。」
「みんな、ありがとう。」
ほおずきは覆面を外して私に抱き付いて泣いていましたので、私は背中や後頭部を優しくさすってあげました。
「どう、落ち着いた?」
「うん。」
「実は一つ気になったけど、ここに甘味処を開いたのって、情報を仕入れるためだったの?」
「うん、そこに店を開けば、お客さんから何か情報が入ると思ったから。」
「もう一つ気になったけど、下で働いている人たちはみんな甲賀の忍者なの?」
「そうよ。昼間は甘味処の人間として働いて、夜は忍びになるの。」
「そうなんだね。」
「そうだ、私の屋根裏に秘密の部屋があるから、3人に紹介するね。」
「秘密なら、無理して紹介してなくてもいいんだよ。」
私はあわてて止めに入りました。
「ううん、3人にはどうしても見てほしいから。」
ほおずきは天井の紐を引っ張り、階段を出しました。
「おいで。」
私たちはほおずきに続いて階段を上がっていきました。
中は真っ暗で何も見えません。
ほおずきは持っていた火打石でろうそくに火をつけて、明かりをつけました。
「ようこそ、私の部屋へ。」
あたりを見渡したら、忍びで使う道具がたくさん置いてありました。
「これって、みんなほおずきの?」
「そうよ。」
私たちにとっては、まるで宝箱の中にいるような気分で、手裏剣一つ取っても、いろんな種類があったので驚きました。
「ほおずきは刀を持っていないの?」
私は気になって聞きました。
「もちろんあるわよ。」
ほおずきは奥から1本用意してきました。
「これが私の刀よ。」
「見せて。」
「いいよ。」
私はほおずきの刀を手に取って眺めました。さやを抜いてみると反りがないことに驚きました。
「この刀って、反りがないんだね。それに短い。」
「忍者の刀って、みんなそうよ。」
「ねえかえで、次私にも見せて。」
つばきは私から刀を取って眺めました。
「本当だ。短いし、反りもない。」
「私にも見せて。」
今度はアンナまでが見ると言い出す始末となってしまいました。
「私が持っている剣よりも短いね。」
刀を見終わってほおずきに返したあと、私たちは壁にかかっている手裏剣や鎖鎌、縄梯子など眺めていました。
「ねえ、この箱の中身は?」
「まきびしだよ。見てみる?」
ほおずきは木箱のふたを開けて私たちに見せました。
「けっこう小さいんだね。」
「うん、敵の追っ手から逃げる時に使うんだよ。例えば顔に投げつけたり。あと足元にばらまいたりとか。」
「いろんな使い方があるんだね。」
「うん、あとは鉤縄は知っているよね。」
「それなら見たことがある。よく壁にひっかけて登ったり、おりたりするんだよね。」
「そうそう。」
「かえでに持たせたら、門限破り対策で使いそう。」
「つばきだけには言われたくない!」
「自慢じゃないけど、私は誰かさんと違って門限を守っているから。」
「この間の花見の帰りも遅くなって、おじさんに迎えに来てもらって叱られていたじゃん。」
「それを言うなら、かえでだって一緒でしょ。」
ほおずきは横で笑っていました。
その時、私は急に門限のことを思い出しました。
「ほおずき、時間わかる?」
私たちは急いで屋根裏部屋を出て、ほおずきの部屋から外を眺めました。
「もうじき、酉の刻(夕方6時)になるんじゃない?太陽も傾きかけているし。」
「どうしよう。」
「どうしたの?」
ほおずきは心配そうに私たちの顔を見ました。
「門限に間に合わなくなる。」
「急いだ方がいいよ。」
私たちは駆け足で家に向かいました。
もうじき恵福寺の鐘が鳴る。そうしたら、罰が追加される。そう思って、ひらすら走っていきました。
「じゃあ、私こっちだから。」
「アンナの家ってもう少し先なんじゃないの?」
「こっちの方が近道だから。」
アンナは細い路地をマラソンランナーのように走っていきました。
「私たちも急ごう。」
つばきは私に急ぐように促し、そのまま「足れメロス」のように息を切らせながら、走っていきました。
家に着く直前に恵福寺の鐘が鳴りました。
もうだめだ。そう思って、覚悟を決めて玄関に入りました。
しかし、家には誰もいませんでしたので、そうっと階段で2階に上がろうとした瞬間、鬼の顔をした母さんが階段近くで腕を組んで立っていました。
「お帰りなさい、今までどこに行っていたのかな。」
「ちょっと・・・。」
「ちょっと?」
「つばきちゃんとアンナちゃんと一緒に甘味処へ行ってて・・・。」
「3人で甘味処に行って、何で遅くなったの?」
「おしゃべりをしてて・・・。」
「じゃあ、今まで甘味処でおしゃべりをして遅くなったというわけなんだね。」
「正確にはそこの店の子と友達になって・・・。店を出て、家にあがっておしゃべりをしたら、遅くなりました・・・。」
「あきれた。お店だけじゃなくて、よそ様の家にまで長居してたんだね。」
「はい。」
「あとで、お父さんにもきちんと話しておきます。」
「でも、ギリギリで門限に間に合ったから・・・。」
「間に合っていません。次からもう少し余裕を持って帰ってきてちょうだい。」
「わかりました。」
「おかみさん、この辺で勘弁してあげてください。今回だって鐘が鳴ってすぐに戻ってきたわけなんだし、せめて師匠に言わなくてもいいと思います。」
横で聞いていた門下生が助け舟を出してきました。
「あなたたちが、そろいもそろって娘を甘やかすから、だらしのない生活をするようになったんでしょ?とにかくこのことは父さんにはきちんと報告させて頂きます。」
母さんはそのまま台所の方へ向かいました。
「お嬢様、お願いです。もう少しだけでいいので、早く戻ってきてほしいのです。」
「わかりました。」
夕食になり、食事を済ませて私が部屋でくつろいでいたら、父さんから自分の部屋に来るように言われました。
話す内容は言うまでもなく、門限破りの事でした。
言っていることも母さんとまったく同じでしたが、今度門限を破ったら1週間道場の掃除をやらせると言いました。
説教は終わったもの、これ以上罰は増やしたくないので、気をつけようと決めました。
第四幕、 米問屋のたくらみ
戌の刻(夜8時)の出来事でした。ほおずきは黒装束になり、米問屋の天井裏から重吉とチンピラの会話を聞いていました。
米問屋の重吉はチンピラの親分、寅之助と一緒に酒を飲んでいました。
「重吉の旦那、あっしらが捕まえてきたガキはどうです?」
「みんな最高じゃないか。」
「ありがとうございます。ガキにもちゃんとメシを与えないと死んじまうからな。」
「心配には及びませんよ。子供にはうちの米を与えているよ。」
「捕まえたガキは年がみんな5つか6つあたりだけど、なんでこんな年の子を選んできたんです?」
「向こうが、それくらいの子供を奴隷にしたいから欲しいと言ってきたんだよ。」
「向こうって言いますと?」
「アメリカだよ。1人20両で買ってくれると言ってくれたんだよ。」
「じゃあ、20人で400両じゃないですか。ガキを捕まえてきたあっしにも分けてくれますよね?」
「もちろんだよ。」
ほおずきはそれを聞いて怒りが込み上がってきました。
引き上げようとした瞬間、ふすまからスキンヘッドの大男がやってきたので、よく見ると伊賀の鎖鎌の使い手、豪鬼でしたので、私は逃げる体制に入りました。
豪鬼はほおずきの気配を感じて、天井に目を向けてきました。
「どうされましたか?」
重吉は豪鬼に声をかけました。
「天井裏に誰かがいる。猫やネズミでないことは確かだ。」
「というと・・・。」
「間違いなく、甲賀の忍びに違いない。」
「まだそんなに遠くへ逃げていないはずだ。追いかけて捕まえろ!」
重吉はチンピラ一味に言いました。
「おい、待て。今は逃がしてやれ。」
「しかし、逃がすと面倒ですぞ。」
「やがて、戦う日がやって来る。」
ほおずきの心臓はバクバクしていました。
まさか、米問屋の重吉が豪鬼を雇うなんて想定外だったからです。
ほおずきは一目散に自分の家へと向かいましたが、一部のチンピラは豪鬼の言葉を無視して追いかけてきました。
「おい、逃がさんぞ!おとなしく捕まれ!」
チンピラの一人は屋根に上がって、追いかけてきました。
「お嬢さん、鬼ごっこは終わりだ。俺様は伊賀忍者の影森正蔵だ。お目にかかれてうれしいよ。」
もう絶体絶命。これ以上逃げても無駄だと分かったので、ほおずきは刀を取り出して戦うことにしました。
正蔵は顔をニヤつかせて、ほおずきの前で刀を構えました。
どうすればいい?ほおずきはその場で考えました。
頭の中では私たちに助けを求めたい気持ちでいっぱいでしたが、甲賀のくノ一である以上、誰の助けも求めず自分の力で戦おうと思いました。
「どうした、かかってこないなら俺から行くぞ。」
正蔵は刀を向けてジワジワとほおずきに近寄り、ほおずきも刀を抜いて正蔵に襲い掛かりました。
しかし、両方の剣はいっこうに譲らず、はじくばかりでした。
「なかなかやるじゃねえか、お嬢さんよ。」
「あなたもね。」
ほおずきはこれ以上続けていてもキリがないと判断して、手甲から棒手裏剣を取り出し、正蔵の右手首にめがけて投げつけました。
「うわーっ!」
正蔵は右手首に刺さった棒手裏剣を抜きとり、左手で押さえながら大声を出していました。
ほおずきが投げたのは毒が塗られた棒手裏剣でしたので、時間が経つと命の危険性のあるので、正蔵は一度引き上げました。
翌朝の事です。ほおずきは私たちに報告があると言ってきたので、自分の家にある屋根裏部屋に集めました。
「急に呼び出してごめんね。実は昨日の夜、米問屋の重吉とチンピラの寅之助の会話を聞いてきたから、それを話すために今日来てもらったの。子供たちをさらった目的はアメリカに奴隷として売るためだったの。」
「子供20人をアメリカに奴隷として売る目的も聞かなかった?」
つばきはほおずきの言葉に疑問を持ち始めました。
「ごめん、そこまでは分からない。そのあと豪鬼に見つかって、逃げることだけで精一杯だったの。」
「豪鬼って?」
「豪鬼は伊賀忍者でも最強って言われていて、体格が大きいうえに鎖鎌を自在に操るから、うかつには攻撃が出来ないの。」
「そうなんだ。じゃあ、その豪鬼を倒せばすべてがわかるんだね。私、倒してくるよ。」
「ちょっとかえで、あんた大丈夫?」
つばきは心配そうに聞きました。
「大丈夫だよ。私のご先祖様も二刀流で鎖鎌の宍戸梅軒を倒したんだよ。」
「ご先祖様が出来ても、あんたが出来る保証はどこにあるの?あんたの二刀流も豪鬼の前では通用しないかもしれないんだよ。」
「失礼なことを言わないでよ。私だって毎日父さんと門下生と一緒に稽古をしているんだよ。そういうつばきだって、燕返しで豪鬼を倒せる自信があるの?」
「私だって、正直自信ないわよ。」
「じゃあ、私が豪鬼の相手を引き受けるよ。」
アンナが立ち上がって引き受けようとしました。
「アンナ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。私、フランスにいた時、怪物相手に稽古を受けたことがあったから。」
「みんな、何か勘違いをしているかもしれないけど、豪鬼を倒すのが目的じゃなくて、本当の目的は子供をアメリカ人に売る理由を聞き出すことなんだよ。」
ほおずきが訂正を求めるように言ってきました。
「真っ向から聞き出してもチンピラや伊賀の忍びに倒されるだけだから、別の方法で行った方がいいんじゃない?」
つばきが提案を持ち掛けてきました。
「なら、私に考えがある。」
ほおずきが人数分の着物とかつらを用意してきました。
「これは?」
「みんなで芸者になって聞き出すの。」
「ほおずき、みんなで行ったら余計に目立つと思うよ。誰か一人を選んだほうがいいんじゃい?」
みんなはいっせいにつばきの方に目線を向けました。
「ちょっと待って。うちは門限が厳しいから。」
「じゃあ、私が行くよ。」
「アンナ、和尚様厳しいんじゃないの?」
「和尚様、寝るの早いから抜け出すのは簡単よ。」
ほおずきは心配になって、一緒についていくと言い出しました。
「アンナ、今夜私の部屋で泊まれば?そうすれば、和尚様にもうるさく言われなくて済むと思うよ。」
「一度家に戻って和尚様に相談してみるよ。」
「わかった。待っているね。」
その日の夕方、アンナは大きな風呂敷包みを持ってほおずきの家に向かいました。
「ごめんくださーい!」
「アンナちゃん、いらっしゃい。ほおずきなら2階にいるわよ。」
「おばさん、一晩お世話になります。これ、和尚様からの差し入れです。よかったら召し上がってください。」
「まあ、子供がそこまで気を使わなくてもいいんだよ。」
アンナはおばさんに言われるまま、2階のほおずきの部屋に向かいました。
「来たよ。和尚様の許可をもらってきた。」
「アンナ、いらっしゃい。和尚様の許可をもらったんだね。」
「今夜、何時ごろ出発するの?」
「戌の刻(夜8時)。」
「わかった、それまで寝ていよ。」
「気持ちはわかるけど、その前に食事にしよ。」
1階の8畳間に行くと人数分の小さなお膳が並べられていました。
「何も出せなくて申し訳ないけど、良かったら食べてください。」
おばさんはアンナに軽く微笑みながら食事を進めてきました。
「ありがとうございます。」
食事を済ませて、銭湯に向かい体を流した後、家に戻りました。
アンナが寝巻に着替えて寝ようとした瞬間、ほおずきが芸者の衣装を用意してきました。
「出かけるから、着替えてちょうだい。」
アンナはほおずきに言われるまま、芸者の衣装に着替えて、そのあと顔におしろいと口紅を塗り、最後にかつらをかぶりました。
「さ、出かけましょ。あ、そうそう忘れていたけど、名前は偽名使ったほうがいいよ。私は『お菊』、アンナは『さくら』と名乗って。」
「うん、わかった。でもなんで偽名使うの?」
「敵に悟られないため。」
「確かにそうだよね。」
「じゃあ、行きましょ。」
向かった先は米問屋ではなく、屋敷街の外れにある料亭でした。
「何で重吉が料亭にいると分かったの?」
「昼間、仲間が調べてきた。」
料亭に入ると、中はこじんまりとした感じの広さでしたので、アンナとほおずきは中居さんに奥の部屋まで案内されました。
「お客様、芸者をお連れいたしました。」
「ご苦労。それとすまないが、酒の追加を頼む。」
「かしこまりました。」
「お前たち、中に入っておいで。」
アンナとほおずきは重吉に言われ、部屋の奥へ進みました。
「お前たち名前は何というんだ?」
「私はお菊と申します。」
「私はさくらです。」
「お菊にさくらか。年はいくつなんだ?」
「私もさくらも16でございます。」
「そうかそうか。どっちか済まぬが酒を注いでくれないか?」
「私がいたします。」
ほおずきは重吉の杯にお酒を入れました。
「ところで、お菊にさくら、芸者を始めてどれくらい経つんだ?」
「まだひと月も経っておりません。不慣れなところがあるかもしれませんが、どうかお許しください。」
「いやあ、気にすんな。わしは心が広い。なんでも許すぞ。ハハハハ。」
重吉は笑い上戸になっていました。
「ところで、お前さんたちにとっておきの話を聞かせてやるよ。」
「とっておきの話とは何ですか?」
「実はな、ここだけの話なんだけどよ、水口藩から子供を20人ほどさらってきたんだよ。それをアメリカに奴隷として1人20両で取引が成立したんだよ。」
「1人20両ってことは、20人で400両!?」
ほおずきは驚いた反応をしました。
「驚くのも無理はないよな。」
「あの、子供をアメリカに売る理由って何ですか?」
今度はアンナが聞き出しました。
「最近の若いもんは後先考えず博打で借金を作ってしまう。おまけに担保は自分の家族や身内にしてしまうからな。ところが、一人の貿易商から聞いたんだけどよ。女よりも5つか6つくらいの子供の方が高く売れると聞いたから、金に困っている若いもんにその話を持ち掛けたんだよ。そしたら次から次へと名乗り出て、20人くらい集まってしまったんだよ。」
「そうなんですね。」
「本当に困ったもんだよ。どうして家族を大事にしねえのか。」
重吉は杯に入っているお酒を飲み干しながら言いました。
「ところで、子供たちはもうアメリカ人に手渡したのですか?」
「いいや、今は場所は言えねえが、ある場所の地下牢に入れてあるよ。」
「そうなんですね。」
「ところでよ、なんでただの芸者がそこまで詳しく知りたがるんだ?」
「ただの興味本位ですよ。」
ほおずきは少し焦りを見せたような顔をしました。
「さては、お前たち甲賀のくノ一だな。えーい、であえ、であえ!」
重吉が叫んだ瞬間、アンナは重吉のお腹を数発殴って気絶させました。
またしても追いかけられる。そう思って料亭をあとにして逃げだしました。
外に出た瞬間、チンピラが追いかけてきました。
ほおずきは懐からまきびしを取り出して、敵の追っ手をまくことが出来ました。
「有力な情報を仕入れたわけだし、とにかく戻ろう。」
「そうね。」
ほおずきとアンナは急ぎ足で家に戻りました。
翌朝の事です。私とつばきはほおずきの家に呼ばれました。
「あ、2人とも来てくれてありがとう。」
「アンナ、昨日何か情報得られた?」
私は早く知りたいばかりに落ち着かない状態でいました。
「それなら私から話すね。」
ほおずきが話し出してきました。
「私とアンナは芸者に化けて重吉のいる料亭に向かったの。子供をアメリカ人に売り出す理由を聞き出したんだけど、その目的は博打で作った借金の担保にしているみたいなの。」
「子供たちはどうしたの?アメリカ人に売ったの?」
「場所までがうまく聞き出せていなかったけど、ある地下牢で眠っているみたいなの。」
「しかし、何で地下牢に閉じ込めているんだろう。」
「さあ。」
「重吉にも何か考えがあるんじゃない?」
「私、今夜重吉のところに行って聞き出してみるよ。」
「やめな、下手に行くと助かる子供も助からなくなる。それに私たちの命も危なくなる。」
つばきが私を止めに入りました。
「でも、このままだとアメリカ人に連れ去られてしまうよ。」
「落ち着いて、まずは作戦を立てないと・・・。」
「奉行所にお願いするとか?」
「重吉とその一味を捕まえるのは簡単だけど、アメリカ人は治外法権がないから難しいよ。」
そこでまた考え始めました。
「私江戸に来る前に、水口藩の藩主から手紙を預かってきたの。」
ほおずきは部屋の引き出しから手紙を取り出しました。
「じゃあ、この手紙をお奉行様に見せたら、動いてくれるかもしれないよ。」
「そうよね、やってみるか。」
私たちはその日から牢屋に閉じ込められている子供たちを助けるために、動き出すことになりました。
第五幕、 牢屋の子供たち
私たちが子供たちを助け出すと決めてから、3日後の出来事でした。
「おい寅之助、子供たちは無事だろうな。」
「そりゃあ、無事ですよ。ちゃんと米飯も与えていますから。」
「今日は私も暇だ。ちょっと様子を見てきていいか。」
「もちろんです。」
外で重吉と寅之助が歩きながら会話している後ろで、1人の老婆が尾行するように歩いてきました。
重吉と寅之助が向かったのは米問屋とは反対方向にある大きな屋敷が並んでいる街並みでした。
その3軒目にある黒い瓦屋根の屋敷に入っていきましたが、2人が向かったのは屋敷の中ではなく、その横にある蔵の中へ入っていきました。
老婆もあとに続いて、見つからないようにそうっと中へ入りました。
「重吉の旦那、暗いので足元には気を付けてください。」
寅之助はろうそくに火をつけて重吉と一緒に階段を下りていきました。
階段は急になっていて足元が見えないくらいでしたので、老婆は2人を見失わないようにゆっくりとついていきました。
階段を歩く時、ミシミシと音がするので、なるべく気がつかれないように気を付けて降りました。
向かった出口は細長い通路になっていて、奥へと進んで行きました。
「ここです。」
寅之助は通路の奥の左側にある牢屋の前で止まりました。
「おお、なかなか元気そうじゃないか。」
「おじさんたち、早く出してよ。」
「そう焦るな。じきにここから出られるよ。」
「じゃあ、家に帰れるの?」
「さあ、それはどうかな。」
「どういうこと?」
「もしかしたら、家に帰れなくなるかも。」
2人が子供たちと話しているうちに老婆は急ぎ足で引き返しましたが、蔵の出口で鎖鎌を構えた豪鬼が立っていました。
「お前、ただの婆さんじゃないな。」
「私は見てのとおり、ただの老人よ。年寄にはもっと優しくしないとダメじゃないか。頼むからこんな物騒なものをしまっておくれ。」
「俺は年寄には優しくするが、老婆に化けた女には容赦しないんだよ。特に甲賀のくノ一にはな。」
「豪鬼、どうした?」
その直後、蔵から重吉と寅之助が現れました。
「この婆さん、甲賀のくノ一だ。おい、いい加減変装を解いたらどうだ!」
「じゃあ、牢屋の場所も見られたのか?」
「もちろん、バッチリとな。」
「ふっ、ばれたら仕方ないわよね。」
老婆は変装を解きました。
「私は甲賀のくノ一、鵜飼ほおずきよ。おとなしく子供たちを解放してあげなさい!」
「だれがするか。そんなに返してほしかったら俺様を倒すことだな。」
豪鬼は鎖をビュンビュンと振り回しながらせまってきました。
「どうした、かかってこないのか?」
ほおずきは逃げるだけで精一杯になり、ついに屋敷の外から街の方角へと走っていき、隅田川のほとりへと出ました。
「もう息切れか?鬼ごっこは終わりだ。いさぎよく覚悟しろ!」
豪鬼は顔をニヤつかせながら、じわじわとやってきました。
「お前、本当に甲賀のくノ一か?」
「ええ、そうよ。」
ほおずきは懐から手裏剣を取り出して、豪鬼にめがけて投げつけましたが、簡単によけられました。
しかし、豪鬼が鎖鎌を振り上げた瞬間、遠くから石が飛んできました。
「いてっ、誰だ!?」
豪鬼はあたりをキョロキョロと見渡しました。
「ほおずき、遅くなってごめんね。」
ほおずきは私とかえでとアンナの方に目を向けました。
「みんな・・・。」
「助太刀とは想定外だったな。だが、所詮ガキはガキだ。束になってかかってきても俺の敵ではない。」
「ほおずき、選手交代だよ。あとは私に任せて。」
アンナは背中からロングソードを取り出し、豪鬼が鎖鎌を構えるよりも先に豪鬼の鎖を切り落とし、その直後体に数か所斬りつけ、最後に心臓を突き刺しました。
「うわーっ!」
豪鬼はもがき苦しんで死んでしまいました。
「これで死んだはずよ。」
アンナは右手首をつかんで脈がないことを確認しました。
「役に立てなくてごめん。」
ほおずきは申し訳なさそうな顔をして、アンナに謝りました。
「気にしないで、友達がピンチの時は助けるのが当たり前でしょ?」
「それより、ここにいると面倒だから、引き上げましょ。」
つばきはみんなに隅田川から引き上げるように言いました。
「豪鬼の死体は大丈夫なの?」
アンナは少し心配になってほおずきに聞きました。
「大丈夫だと思うよ。証拠がなければ私たちが奉行所に捕まるってことはないから。」
ほおずきは自信ありげに言いました。
私たちは一度、ほおずきの家に行って作戦を立てることにしました。
私たちがほおずきの家に行っている間、米問屋では重吉と寅之助が酒を飲みながら、さらった子供のことについて話をしていました。
「重吉さんよ、あのガキどうします?甲賀のくノ一にばれちまいましたよ。」
寅之助が杯に酒を入れながら話していました。
「そうだな。近いうちにガキどもをアメリカに手渡さないとな。」
「これ、さらってきたガキの名簿です。これも一緒に渡しますか?」
「そうだな。おい、それより酒が無くなった、新しいの持ってこい。」
重吉は住み込みの使用人に酒の追加を言いつけました。
お酒を待っている間、重吉はさらった子供の名簿をパラパラとめくっていました。
「なかなかよさそうなガキだ。これなら高く売れる。」
重吉が名簿を眺めていたら、ふすまの開く音がしました。
「失礼します。」
右の手首に包帯を巻いた影森正蔵がやってきました。
「正蔵どうした、この手首は?」
「先日、甲賀のくノ一とやり合っている時、毒の塗られた手裏剣を当てられました。」
「大丈夫なのか?」
重吉が心配そうに眺めていました。
「へい、ご覧のとおり大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません。それより大事な報告があります。」
「大事な報告とは?」
「鎖鎌の豪鬼が隅田川のほとりでやられて、仏さんになっていました。」
「本当か!?」
「胸に数か所、切られた跡がありました。犯人はおそらく甲賀のくノ一に違いねえです。どうしますか?奉行所に話しましょうか。」
「いや待て。奉行所はまずい。」
重吉は止めに入りました。
「間違いなく甲賀のくノ一か?」
「まあ、言い切れねえですけど、可能性としては充分です。」
「実は心当たりがあるんだが、甲賀のくノ一と一緒につるんでる女侍が3人いる。そのうちの1人が豪鬼を斬ったに違いない。しかもみんな凄腕ばかりだ。」
重吉はお酒を飲みながら、心当たりがあったような感じで言ってきました。
「なるほど、これはうかつに手が出せねえっすな。」
「今夜もくノ一と女侍がやって来るに違いない。よーく見張っておくれ。」
「へい、了解した。」
正蔵はそのままいなくなってしまいました。
「しかし、厄介ですな。甲賀に女侍が控えているとは。」
「心配するな、こっちにも考えがある。くノ一にしても女侍にしても所詮はガキだ。縛り上げればこっちのもんだ。」
翌日、私たちはほおずきの家で子供の救出について話をしていました。
「今、思えば豪鬼を斬らない方がよかったかも。」
アンナが後悔していました。
「どうして?」
私はお茶を飲みながら聞きました。
「豪鬼からいろいろ聞き出せていたかもしれない。」
「でもさ、こっちが斬らなかったら、豪鬼に斬られていたかもしれないんだよ。それに一番の主犯は米問屋の重吉だし・・・。それとも、お尋ね者にされたと思っているの?」
「そうじゃないけど・・・。」
「そんなことを後悔しても始まらないと思うよ。今は子供たちを助ける方が優先よ。」
つばきも横から口を挟んできました。
「そうよね。いつ決行する?」
「ちょっと待って、動くのはいいけど、その前に奉行所に嘆願書と証拠を渡す方が先じゃない?」
つばきはアンナの意見にストップをかけました。
「嘆願書はあっても証拠が・・・。」
ほおずきが諦めかけた瞬間、「お嬢様、証拠ならここにあります。」と町人姿の男性がやってきました。
「ありがとう。」
「ほおずき、今の人は?」
「かえで、あの人も甲賀の忍者なの。普段は店のお金の管理をしているんだよ。」
「そうなんだね。これで、奉行所へ行って提出すれば解決できるの?」
「うまくいくといいんだけど・・・。」
「まだ何か?」
「ううん、大丈夫。」
ほおずきは無理に笑顔を見せたあと、子供たちの名簿をパラパラとめくっていきました。
「は!この子・・・。」
「どうしたの?ほおずき。」
つばきは、ほおずきの反応を伺いました。
「この子・・・。私の近所に住んでいる子で、よく一緒に遊んでいたの。」
つばきは名簿に書かれている名前を覗き込みました。
「千代子ちゃんって言うんだ。って、まだ5歳!?」
「うん、よく『ほおずき姉ちゃん』ってなついてくれたの。」
「そうなんだ。なら早く助けないとね。」
「ねえ、このあと奉行所へ行かない?」
私はつばきとほおずきに言いました。
「私、行かない。」
アンナは奉行所へ行くことを拒みました。
「どうしたの?なんで行かないの?」
「私、豪鬼を殺してしまったから・・・。」
「大丈夫よ。奉行所だって私たちが豪鬼を斬ったことなんて知らないはずだから。みんなで行こ。」
「かえで、無理強いはよくないと思うよ。奉行所には私一人で行くから。」
ほおずきは私を止めました。
「アンナ、無理言ってごめんね。」
「ううん、大丈夫だよ。実は日本に来て初めて人を斬ったから・・・。」
「そうなんだね。隅田川で豪鬼を斬ったのは、言ってみれば事故だと思えばいいんだから。それに刀を持ち歩く以上は人を斬る覚悟も必要になるよ。」
「うん、わかった。」
アンナは私に言われて少し納得した顔を見せました。
第六幕、 奉行所へ助けを求める。
翌日、ほおずきは町娘の姿で朝から子供たちの名簿と嘆願書を持って奉行所へと向かいました。
「何奴だ!」
門番はほおずきの前に長い棒を向けました。
「私、水口藩主の使いの者でございます。今日はお奉行様に折入ってご相談に参りました。」
ほおずきは門番に嘆願書を見せました。
「確かに本物の嘆願書だ、よし入れ。」
ほおずきは嘆願書を持ってお奉行様の部屋に向かいました。
「おぬしは何奴だ?」
「失礼します。私、水口藩主の使いの者で、甲賀のくノ一、鵜飼ほおずきと申します。今日はお奉行様に折入ってご相談に参りました。ぶしつけであることは承知のうえで、どうかお願い申し上げます。」
ほおずきはお奉行様の前で膝まづいてお願いをしました。
「頭を上げてよいぞ。」
「ありがとうございます。わが藩主より嘆願書をお預かりしました。」
「うむ、拝読させて頂こう。」
お奉行様はほおずきの用意した嘆願書を読み上げていきました。
「なるほど。それで、おぬしの相談とはなんだ?」
「実は子供たちが20人ほど米問屋の重吉によってアメリカに売られようとしているのです。今は本所のはずれにある大きな屋敷にある地下牢に閉じ込められています。こちらが重吉の部屋から持ってきた子供たちの名簿です。」
「こちらも拝見してよいか?」
「ぜひ、ご覧になってください。」
次にお奉行様はさらった子供たちの名簿をパラパラとめくっていきました。
「こちらの名簿はどうしたのだ?」
「こちらは仲間の忍びの者が米問屋から持ってきました。」
「そうであったか。藩主の嘆願書と子供たちの名簿はこちらで預かってよいか?」
「はい。」
「こちらも準備に時間が必要だ。すまぬが少しだけ時間をくれぬか。必ず捕まえで厳しく罰する。」
「ぜひお願いいたします。」
ほおずきは奉行所をあとにして家に戻ろうとした時、茶屋の前で私たちと会いました。
「あ、ほおずき、もしかしてお奉行様に会ってきたの?」
私は表情を険しくさせながら聞きました。
「嘆願書も読んでくれたし、名簿も預かってくれた。」
「それで、いつ動いてくれるの?今夜?それとも明日?」
「かえで、少し落ち着きなさい。」
横からつばきが口をはさんできました。
「お奉行様、重吉たちを捕まえるのに準備が必用みたいだから、少し待つことにしたの。」
「そうだったんだね。」
「じゃあ、家に帰ろうか。」
その直後の事です。私たちの周りに重吉の手先と思われるチンピラが8人ほど囲んできました。
「甲賀のくノ一め、覚悟しろ!」
チンピラたちは腰から刀を抜き取り、切りかかってきました。
「ここは私とアンナで食い止めるから、かえではほおずきを安全な場所へ避難させてあげて。」
「わかった。」
私はほおずきを連れて、町はずれの神社の方角へと向かいました。
「かえで、私なら大丈夫よ。」
「ほおずきは今町娘の姿だし、この格好では戦えないでしょ。終わったら必ず迎えに来るからうまく隠れて。」
私がつばきの場所へ向かおうとした瞬間、残りのチンピラが2人やってきました。
「見つけたぞ。甲賀のくノ一め、覚悟しろ!」
チンピラは刀を構えて、私にめがけてやってきました。
私は2本の刀を抜き取り、2人のチンピラを切り付けました。一人は斬られて倒れましたが、一人は生きていたので、私が斬りつけてとどめを刺そうとした時でした。
「おのれ、ただのガキだと思って油断したぜ。」
残りの一人が勢いよく刀を向けて斬りつけてきました。
私は長い刀でとっさに相手の刀を押さえつけて、短い刀で斬りつけ、敵が倒れた瞬間、長い刀でとどめを刺しました。
敵を倒して、ほっと一息入れたあと、私は刀を鞘に納めてほおずきに駆け寄りました。
「ほおづき、大丈夫?けがはない?」
「ありがとう。私なら大丈夫よ。」
「よかった。今からつばきとアンナのところに戻ろうか。」
「うん。」
私とほおずきが神社を出ようとした瞬間、つばきとアンナがやってきました。
「ごめん、2人ほど逃がしちゃった。それよりけがはなかった?」
つばきが心配しながら謝ってきました。
「それなら、大丈夫よ。私が倒したから。つばきとアンナの方は?」
「それならご覧通り、無傷で倒してきたよ。」
「私も。あんなザコ、フランスの騎士に比べたら楽勝よ。」
「とにかくみんなが無事でよかったよ。」
私はみんなが無事なのを確認して一安心しました。
その一方、屋敷では重吉とチンピラ一味たちが集まって話をしていました。
「なに、またしても斬られただと?」
「8人のうち6人は西洋人と物干竿の刀を持った女侍に斬られ、残りの2人は神社の境内で二刀流を構えた女侍に斬られました。年はみんな甲賀のくノ一と同じくらいでした。」
「その女侍の中に甲賀のくノ一はいなかったか?」
「ただのガキだと思って甘く見ていたか。」
「いかがなさいますか?」
「決まっているだろ。ガキであっても侍や忍びであることには変わりはない。1人残らず斬るまでだ。」
重吉の気持ちは復讐心であふれていました。
「失礼します。甲賀の一味のアジトを突き止めました。」
伊賀の忍びの一人が重吉の部屋に入ってきました。
「うむ、ご苦労だ。それで場所はどこなんだ?」
「甘味処鈴屋です。中の人は全員甲賀の忍びなんですが、普段はそこで働いていたので、気が付きませんでした。」
「その中にれいのくノ一はいたか?」
「はい、くノ一は常に女侍3人と一緒にいます。」
「よし、ご苦労であった。下がってよいぞ。」
「ありがとうございます。それでは失礼します。」
「いかがなさいますか?鈴屋を襲いますか?」
「待て、その前に地下牢のガキどもをアメリカに手渡すのが先決だ。そう言えば、あの名簿は知らぬか?」
「いえ、知りませんが・・・。ここ何日か前から無くなっておりまして。もしかして、甲賀のくノ一の仕業なのでは?」
「可能性としては充分に高い。」
「なら、鈴屋を襲いますか?」
「お待ちください。それでしたら私に考えがあります。」
正蔵は私たちと同じくらいの年齢の女の子を1人連れてきました。
「正蔵、この娘は?」
「伊賀のくノ一で、名前は小梅と申します。小梅、ご挨拶をしなさい。」
「伊賀から参りました、月影小梅と申します。どんな言いつけでも従います。」
「素直でいい子じゃないか。では、早速言いつけを出そう。すまぬが、その前にちょっとだけ待っておくれ。」
重吉は財布からお金を取り出して、70文ほど小梅に渡しました。
「隅田川へ向かう途中に鈴屋という甘味処がある。そこでこのお金を使ってあんみつを注文しなさい。食べている間、小梅と同じくらいの年齢の女の子がいないか、見てきてくれないか?」
「それだけで、いいのですか?」
「もしいたら友達に成りすませて、名簿のありかを聞き出してほしい。」
「何か特徴がないと・・・。」
「そうだな、常に侍の格好した女の子と仲良くしている。うまく話しかけて聞き出してほしい。何か聞かれても伊賀とは言わないように。」
「わかりました、うまくごまかしておきます。」
「頼んだぞ。」
「それでは、失礼します。」
小梅は町娘に成りすませて、鈴屋へ向かいました。
「へい、いらっしゃい。お1人様ですか?」
「はい。」
「では、こちらへご案内します。」
小梅は奥の席に座ってあんみつを注文し、警戒されない範囲内であたりを見渡して、私たちがいないかを調べました。
「あんみつをお持ちしました。」
「ありがとうございます。」
「お客さん、先ほどから辺りをキョロキョロと見渡していましたけど、何かありましたか?」
「いえ、特に。このお店初めてですけど、中がきれいでしたので・・・。」
「ありがとうございます。出来上がってから、まだ日が浅いものなので。これからもひいきにしてください。」
店の人(甲賀の忍び)がいなくなったあと、あんみつを食べながら再び辺りを見渡しましたが、私たちがいないことを確認したら、お金を払って店を出ました。
小梅が重吉の場所へ戻ろうとしていた時、自分の正面から私たちが歩いてきたことを確認して、声をかけました。
「あの、ここに住んでいらっしゃる方たちですか?」
「はい、そうですけど。あなたは?」
「私、会津藩から来ました月影小梅と申します。昨日江戸に来たばかりで、この辺のことはよくわからないのです。」
「そうなんだね。私は宮本かえで。」
「私は、佐々木つばき。」
「アンナ・フルニエ。生まれはフランスなの。」
「私は、鵜飼ほおずき。」
「みんなは、いつも一緒なの?」
「そうだよ。」
「そういえば、アンナさんはフランス人なのに、日本語が上手だね。」
「ここまで、いろいろと苦労してきたんだよ。慣れない日本での生活と言葉を周りから教わってきたの。」
「そうなんだね。」
「お父さんとお母さんもいるの?」
「父さんと母さんは、乗っていた船が嵐に逢って、行方不明になったの。」
「悪いことを聞いちゃったね。」
「ううん、気にしてないから。」
「お父さんとお母さん、無事だといいね。」
「うん、ありがとう。でも、ひどい嵐だったからきっと死んでいるかもしれない・・・。」
「そんなことないよ。絶対に生きているって。アンナさんが生きていればどこかで会えるかもしれないよ。」
「小梅さんって優しいんだね。」
「そんなことないって。あと私のことは『小梅』でいいから」
「じゃあ、小梅って呼ぶね。」
「そういえば、小梅って家はどこなの?」
「この路地を曲がった奥にあるの。」
横で聞いていたつばきは不思議がっていました。
「こんな路地に家ってあったっけ?」
「うん、古い空き家があって、そこを買い取ったの。」
「そうなんだ。それより家族は何をしているの?」
「姉さんと母さんは芸者をやっていて、父さんは料亭の板前をやっているの。」
「そうなんだ。じゃあ、家は料亭?」
「ううん、雇われているの。私も江戸の町はよく分からないけど、『夜桜』と言う店で働いているんだよ。」
小梅は必死に嘘をつきとおそうしましたが、つばきには小梅が嘘をついているように感じました。
「あ、ごめん。私、そろそろ踊りの稽古があるから帰るね。」
「うん、またね。」
小梅は急ぎ足で私たちからいなくなりました。
「なんか、怪しい。」
「どうしたの?つばき。」
「かえで、気が付かなかった?」
「何が?」
「あの小梅って子、私たちに嘘をついていた。」
「どこで分かったの?」
「目つきで。」
「目つきでわかるの?」
「あれは完全に嘘をついている目だった。本当のことを言っていれば私たちと目を合わせているはず。それなのに終始私たちから目をそらしていた。すなわち小梅は私たちに何か隠しているんだよ。」
「じゃあ、小梅ってもしかしたら伊賀のくノ一?」
「可能性が高いわ。私たちに近寄ったのも友達のふりをして、何か情報を仕入れようとしていたのよ。」
つばきは探偵のように次々と推理をしていきました。
「ほおずき、悪いんだけど、また重吉のところへ行って調べてくれる?そこに小梅がいるかもしれないから。」
「わかった。」
「私たちもほおずきのピンチに備えて、近くで待機した方がいいかもしれないね。」
つばきはみんなに同意を求めました。
「気持ちはわかるけど、みんなは門限があるんでしょ?」
「大丈夫、こっそり部屋から抜けるから。」
「じゃあ、みんなに渡したいものがあるから、これから私の部屋に来てくれる?」
ほおずきは私たちを部屋に呼んで、先端に金具のついた縄梯子を3人分渡しました。
「これって縄梯子だよね。」
「そうそう。つばき、よく知っているね。」
「ほおずきの屋根裏部屋で見た記憶があったから・・・。」
「これを使えば、夜部屋からこっそり抜けられるよ。」
「ありがとう。」
「いつ決行する?」
「さすがに今夜は難しいから明日以降にしよ。」
私たちはほおずきから縄梯子を預かって家に帰りました。
第七幕、 伊賀との決戦、そして子供たちの救出
翌日の夜、ほおずきは重吉の屋敷に忍び込み、小梅の正体を暴こうとしていました。
私たちは屋敷から少し離れた神社で待機することになりました。
「失礼します、小梅です。」
「小梅か、中へ入ってよいぞ。」
「甲賀のくノ一と女侍から何か仕入れられたか?」
「申し訳ありません、まだ何も情報が得られません。」
「まあ、よい。焦ることはない。」
重吉はお酒を飲みながら小梅の話を聞いていました。
「小梅よ、明日甲賀のくノ一と女侍に会ってガキたちの名簿のありかを聞き出して来い。」
「承知しました。」
小梅はそのまま部屋からいなくなりました。
ほおずきは屋敷を抜けて、私たちのいる神社に戻ってきました。
「おかえり、どうだった?」
「やはり、つばきの言う通り小梅は伊賀のくノ一だったよ。」
ほおずきは覆面越しから私たちに報告をしてきました。
「れいの子供たちの名簿のありかを聞きにやって来る、そうなったら『知らぬ、存じぬ』の一点張りで行こう。くれぐれもお奉行様に渡したことは黙っておこう。」
つばきはみんなに念を押すような言い方をしてきました。
「でも、いずれはばれるのでは?」
私は少し警戒気味に確認をとりました。
「その時はきちんと話そう。」
私たちはそのまま家に帰ることになったのですが、覆面から見えるほおずきのクリクリした瞳が気になり、つばきとアンナがいなくなったことを確認して、私は正面から思わずほおずきに抱き付きました。
「かえで、どうしたの?」
「覆面から見えるクリクリした瞳がすごく可愛いから、思わず抱きたくなった。」
「いつもと同じだよ。」
「そんなことないよ。すごく可愛いよ。」
「あー!いないと思ったら、やっぱりここだったんだね。」
後ろを振り向いたらつばきとアンナがいました。
「ほおずきの迷惑なんかお構いなしにセクハラなんかして、何考えているのよ!」
「別にいいじゃん、少しくらい。それに女の子同士なんだから、問題ないでしょ。」
「問題大ありよ!とにかく急いで帰るわよ。部屋に私たちがいないことがわかったら、親たちがキレるよ。」
「あ、そうだった。」
「『あ、そうだった』じゃないわよ!とにかく帰るよ。ほおずき、また明日会おうね。」
つばきは私の手首をつかんで家に帰りました。
「アンナ、私たちこっちだから、また明日ね。」
アンナも急ぐかのように走っていなくなりました。
翌朝の事です。私たちがほおずきの家に向かおうとした瞬間、小梅が後ろから声をかけてきました。
「こんにちは。」
小梅は憎めないほどの可愛い笑顔を見せました。
「こんにちは。」
私たちも小梅の笑顔につられて挨拶をしました。
「あなたたち、これからどこへ行くの?」
「小腹がすいたから、甘味処へ行こうかなって思っている。」
私は適当に嘘をついて逃げようと思いました。
「私もお腹が空いたし、一緒にどう?」
「いいよ。」
「じゃあ、これから鈴屋であんみつを食べようか。」
私たちは小梅と一緒に鈴屋に向かうことになりました。中へ入ってみると、町人たちでにぎわっていました。
「あんみつを4つください。」
「へい、承知しました。」
「ここは、私のおごりだから。」
「それじゃあ、悪いよ。」
「いいって、気にしないで。誘ったのは私なんだし。」
「それじゃ、お言葉に甘えて。」
「お金、大丈夫なの?」
「うん、親から余分にお金をもらってきたから。」
「そうなんだ。小梅、江戸の暮らしになれた?」
「ええ、おかげさまで。」
つばきは何かを探るように小梅から聞き出そうとしました。
「そういえば、家族は何をしているんだっけ?」
「父さんは、料亭『月見桜』で板前をやっていて、母さんと姉さんは中居をやっている。」
「この間聞いた時にはお母さんとお姉さんは芸者をやっていて、お父さんは『夜桜』という料亭で板前をやっていると言っていたけど、私の聞き間違いだったかな。」
「たぶん聞き間違いよ。」
小梅の表情は少し曇り始めていました。
「やっぱり。」
つばきの目つきはだんだん鋭くなってきました。
「どうしたの?つばき、おっかない顔をして。」
私は覗き込むかのように、つばきの顔を見ていました。
「ううん、なんでもない。」
「ねえ、もしかして私のことを疑ってない?」
小梅の顔はさっきの可愛い顔から少しずつ悪魔のような顔になりました。
つばきは小梅の顔の迫力に負けて何も言えなくなりました。
「今度は、私から質問していい?つばきたちって、私が嘘をついていると思っているの?」
「そんなことないよ。」
「例えば、私が伊賀のくノ一だと疑っていなかった?」
「ううん。」
「隠しても無駄だよ。あなたたちが甲賀のくノ一と仲良くしているのも知っているんだよ。例えばかえでなんだけど、昨日の夜、神社で甲賀のくノ一にハグをしなかった?」
「なんでそれを?」
私は一瞬額から汗が流れてきました。
「何でもわかるんだよ。そりゃあ、私に比べたら甲賀のくノ一の方が何十倍も可愛いから抱きたくなる気持ちもわかるけど、ほどほどにしておいた方がいいよ。」
人数分のあんみつが運ばれて、食べている最中でも、小梅の質問が続きました。
「もう一つ聞きたいけど、アメリカに売り渡す子供たちの名簿、あなたたちが持っていることは知っているの。大人しく話してちょうだい。」
「やっぱり、あなたは伊賀のくノ一だったのね。」
「そうよ、私は伊賀のくノ一、月影小梅よ。米問屋の重吉さんから依頼されてきたの。大人しく名簿のありかを言いなさい!」
「本当に知らないわよ!」
「なら、甲賀のくノ一を呼んできてちょうだい。」
「その必要はないわ。」
店の騒ぎに気が付いて忍び姿のほおずきがやってきました。
「来たわね。甲賀のくノ一、鵜飼ほおずき。」
「ほおずきお嬢様、ここはお嬢様が出る幕ではありません。手前がお相手します。」
「佐助、その気持ちだけ受け取っておくよ。」
佐助と名乗る甲賀の忍びは懐から、小刀を用意して構える準備をしました。
「ここは店の中だし、この先の神社まで移動よ。」
「面白い。」
つばきは、私たちと小梅を神社まで誘導させました。
神社に着くと、小梅は指笛で仲間を集めました。
「やるなら、これくらい盛大の方がいいでしょ?」
気が付けば伊賀の忍びに囲まれてしまいました。
「ここまで来たなら、戦うのみ。みんな、死ぬ覚悟で行くわよ!」
私とつばき、アンナとほおずきは刀を抜いて切りかかりました。
私の二刀流、つばきの燕返し、アンナのロングソードさばきに伊賀の忍びたちは次々とやられていきました。
しかし、敵の数が多すぎてなかなか終わりませんでしたので、私はほおずきから渡された毒の塗られた棒手裏剣を懐から2~3本取り出して投げつけました。
「おい、こいつはただの二刀流つかいの女侍じゃない、気をつけろ。」
私に続いて、つばきもアンナもほおずきも毒の塗られた棒手裏剣を投げつけていきました。敵は次々と毒に侵されていき、死んでいきました。
最後の1人をアンナがロングソードでとどめを刺したあと、残されたのは小梅1人だけでした。
ほおずきは忍び刀で小梅に近づいてとどめを刺そうとしました。
「残っているのはあなた1人よ。どうする?」
「4人もいるんだから、さっさととどめを刺しなさいよ。死ぬ覚悟は出来ているんだから!」
私とつばき、アンナは刀を鞘に納めて、ほおずきと小梅のやり取りを見ていました。
「今ならやり直せるチャンスはあるはず。大人しくお奉行様の裁きを受けなさい。」
「お奉行様の裁きを受けるくらいなら、死んだ方がましよ。」
「なら、あんたを斬る。」
しかし、小梅は死ぬ覚悟は出来ておらず、むしろ斬られるのが怖くて怯えていました。
「やっぱ、死ぬ覚悟が出来ていないんでしょ?」
小梅は無言のままでいました。
「私、あんたを斬らない。その代り、きちんとお奉行様のところへ行って自首しなさい。これが私からあなたへの『とどめ』だから。」
小梅の目からは涙がこぼれてしまい、ついに泣き出してしまいました。
ほおずきは刀を鞘に納め、私たちを連れて去ろうとした時でした。
小梅は立ち上がって、「待って、私も連れて行って。」と言い出しました。
「いいわ、これからお奉行様のところへ行くことだし。」
その一方、重吉の方はお奉行様に捕まっていました。
「お前が、水口藩の子供たちをさらっていたことは明白である。」
「なら、証拠をお持ちですよね?」
「証拠だと?よかろう、見せてやろうではないか。これが何よりの動かぬ証拠だ!」
お奉行様は重吉と寅之助の前に子供たちの名簿を投げつけました。
「これでも白を切るのか?」
「お奉行様、失礼します。伊賀のくノ一が先ほど今回の計画を私たちの前ですべて白状しました。この名簿と一緒に子供たちをアメリカに売り渡すみたいなんです。」
「ほおずき殿、でかした。」
「ありがとうございます。」
「それで、肝心の子供たちはどこにいるんだ?」
「蔵の地下牢に閉じ込めている。」
「間違いないだろうな?」
「疑うなら、一緒に来てくれ。」
重吉と寅之助は蔵の鍵を開けて、ろうそくを持ってお奉行様と私たちを連れて、階段を下りて地下牢へと案内しました。
「こちらでございます。」
「何とむごいことを・・・。今すぐ表へ出せ!」
重吉は牢屋の鍵を開けて、子供たちを解放しました。
子供たちがいっせいに出てくる中で1人、ほおずきになついてきた子がいました。
「ほおずき姉ちゃん、怖かったよ。」
「えらいよ、よく頑張ったね。もう怖くないよ。悪い人はみんなやっつけたから。」
「ほおずき殿、こちらの方は?」
「近所の子なんです。」
「左様か。」
「今夜、この子だけをうちで泊めてあげたいのです。」
「それは、ほおずき殿に任せることにしよう。残りの子は、いかがなさいますか?」
「宿に泊めたいのですが、子供の人数を考えますと、ご迷惑になるので・・・。」
「なら、今夜私が面倒を見よう。ちょうどこの屋敷が広そうだし、ここで子供たちと一緒に一夜を過ごすことにする。」
「もう一つ、気になったのですが、この人たちの処分は?」
「なら、ここで裁きを言い渡そう。」
重吉と寅之助、正蔵と小梅はすでに観念した顔をしていました。
「お奉行様、俺たちはとっくに覚悟は出来ている。さっさと裁きを言い渡してくれよ。」
寅之助はお奉行様に催促するような言い方をしていました。
「そう焦るな。では、裁きを言い渡す。重吉には米問屋及び本所の屋敷を闕所(差し押さえ)するとともに獄門を言い渡す。寅之助は三宅島への島送り、月影小梅は大島への島送りを言い渡す。影森正蔵は江戸追放処分を言い渡す。この者を全員引っ立てー!」
「はっ!」
重吉たちは全員、奉行所の人間に連れていかれました。
「本当にありがとうございました。」
「今夜はこれでよしとしても、明日以降はどうするのだ?」
「落ち着くまでこの子たちをお願いしてもよろしいですか?」
「それって、どれくらいなんだ?」
「まだ定かではありませんが、落ち着いたら全員水口藩にある甲賀の里へ帰そうと思っています。」
「左様か。その方がいいかもしれないな。」
「藩主にもきちんと挨拶と報告をしなければなりませんので。」
「そうか。」
「ほおずき、帰るの?」
「この子たちを、自分たちの家に帰さないといけないから。」
「そうだよね。」
私はずっと一緒にいられると思っていたから、いなくなると分かった途端、寂しくなりました。
「落ち着いたら、また江戸に戻ってくるから、そしたら一緒に遊ぼうね。」
「約束だよ。」
「申し訳ありませんが、もう一つお奉行様にお願いがあります。」
「子供の件の次はなんだ?」
「実は私たちが甲賀へ戻っている間、鈴屋をそのままにしておいてほしいのです。」
「店の人たち、みんないなくなるのか?」
「ちょっとの間、休業させて頂こうかなと思っているのです。」
「私も鈴屋のあんみつが無くなるのは非常に惜しい。わかった、そのままにしておこう。」
「お奉行様、ありがとうございます。ところで、お奉行様はうちのあんみつを召し上がったことがあるのですか?」
「少し前に鈴屋に立ち寄らせて頂いたよ。口の中に入れた時の上品な甘さが気に入った。また江戸に戻ってくるのをまっているぞ。」
「お奉行様、帰るのはもう少し先ですよ。」
「そうだったな、それは失敬。では休業になる前に、鈴屋のあんみつをみんなで頂こう。今回は私のおごりにする。」
「お奉行様、ありがとうございます。」
お奉行様は私たちを連れて、ほおずきの店に向かうことになり、子供たちはもちろん、私たちのテンションまでがうなぎ上りになってしまいました。
第八幕、 未来へハイジャンプ!
あれから数日後のことです。町に平和が戻って、いつもと変わらない生活が始まりました。
私たちは今日もほおずきの部屋で店のあんみつを食べていました。
「このあんみつ食べるのも今日で最後になるのか・・・。」
私はため息交じりに呟いていました。
「ほおずき、今日まで本当にありがとうね。」
つばきも、別れを惜しむかのような言い方をしていました。
「ちょっと、2人とも何を勘違いしているの?永遠のお別れじゃないんだよ。子供たちを送り届けるためにちょっとの間だけ甲賀に行くだけなんだから。」
「どれくらい?」
「『どれくらい?』って言われても、それは分からないよ。でも、また江戸に戻るって絶対に約束をするから。」
その横ではアンナが泣いていました。
「ちょっと、アンナまで何泣いているのよ。」
「だって、しばらく会えなくなると寂しくなるから。」
「みんな何か誤解をしているかもしれないけど、この店も家もそのままなんだよ。」
横で見ていた千代子はこの光景を茫然とした顔で見つめていました。
「それで、出発はいつ?」
「明後日かな。片付けとかあるし。」
「私も手伝いにきていい?」
「その気持ちだけ受け取っておくよ。」
「わかった。」
「かえで、珍しく聞き分けがいいじゃん。」
つばきは私がすぐにあきらめたことに驚きました。
「それって、どういうこと?」
「いつもなら、『えー!いいじゃん。』って言うのに。」
「最後くらい、聞き分けよくしないと・・・。」
「ちょっと、最後最後って言うけど、まだ本当の最後じゃないんだからね!」
ほおずきは私とつばきに訂正を求めるような感じで言ってきました。
夕方近くになって私たちはほおずきの家を出て、その帰り道の事でした。
「ねえ、みんなお金いくら持っている?」
「なんで?」
つばきは私に理由を聞いてきました。
「実は私からの提案なんだけど、みんなでほおずきに私たちとおそろいの服を買ってあげようと思うの。新品でなくても、中古でも行けると思うんだけど・・・。」
「それ、いいね。中古なら少しお金出せるから。」
「私も家にへそくりがあるから、少しなら出せるよ。」
「アンナ、へそくり持っているんだ。」
「本当に少しだけどね。」
「明日、みんなで古着屋さんにいこ。」
「何時ごろがいい?」
つばきは私に聞いてきました。
「午の刻(正午)に私の家でいい?」
「いいよ。」
「じゃあ、明日よろしくね。」
翌日、つばきとアンナは私の家にやってきました。
「こんにちは。」
「あら、2人ともこんにちは。ちょっと待ってくれる?」
「かえでー、つばきちゃんとアンナちゃんが来たよー。」
「今行くー!」
「ごめんね、ちょっと準備に時間がかかっているみたいだから。」
私が身支度を終えて玄関に行ったら、すでに2人が待っていました。
「お待たせ。2人とも早いね。」
「あんたの準備が遅いだけなの。」
横にいた母さんに突っ込まれました。
「じゃあ行こうか。」
商店が立ち並ぶ通りを歩いていくと、その外れに少し小さ目の衣類を扱った店がありました。
「こんにちは。」
「あら、こんにちは。3人で来るなんて珍しいわね。」
「おばさん、すみません。小袖と袴ありますか?」
「誰かに着せるの?」
「実は友達が遠くへいなくなってしまうので、私たちとおそろいにしたかったのです。」
「そのお友達って、もしかして甲賀のくノ一のお嬢ちゃん?」
「ご存知なんですか?」
私は鳩に豆鉄砲を食ったような顔をしてしまいました。
「驚いたかい?実はよく甘味処へ立ち寄ったり、夜こっそり抜けだしているところなんか、夜回りの人に見られているんだよ。」
「あの、夜外出したことは・・・。」
「大丈夫、あなたたちの両親には黙っておいてあげるから。」
おばさんは右手の人差し指で私の口に当てました。
「ありがとうございます。」
「それで、小袖の色なんだけど・・・。」
おばさんは黒と赤の2色の小袖を用意してきました。
「みんな、黒でいいよね?」
私は2人に同意を求めたら、「いいよ。」と返事をしてくれました。
「それでは黒をお願いいたします。」
「袴は灰色でいい?」
「はい。」
「全部で300文頂くよ。」
私たちはそれぞれ100文ずつ出しました。
「あと、お友達に渡すなら風呂敷をおまけしておくよ。」
「ありがとうございます。」
おばさんは小袖と袴を風呂敷に包んで私に渡しました。
「渡すときは3人で渡したんだけど、いつにする?」
私は2人に確認をとったら、明日の午の刻(正午)なら大丈夫だと言っていました。
「ちょっと待て。私たちの都合がよくても、ほおづきの都合はどうなの?」
つばきは私に確認するように聞きました。
「出発は明後日なんだし。」
「ちょっと待って、出発は明日じゃないの?」
「そうだった。今から渡しに行く?」
「そうだね。」
「アンナは大丈夫?」
「うん。」
「じゃあ、行こう」
私たちはそのまま甘味処へと向かいましたたら、お店は片付けの準備に入っていましたので、そのままほおずきの部屋に向かいましたら、すでに荷造りの準備に入っていました。
「ごめん、忙しかった?」
「ううん、大丈夫よ。今日は何の用?」
「実は私たちからの餞別。よかったら受け取ってほしいんだけど・・・。」
「開けていい?」
「いいよ。」
ほおずきはゆっくりと風呂敷包みを開けていきました。
「これは・・・?」
「私たちとおそろい。サイズもちょうどいいと思うから着てみて。」
「じゃあ、ちょっと着替えるから部屋から出てくれる?」
「女の子同士なんだから、大丈夫でしょ?」
「かえで、嫌がっているんだから出なさい。」
つばきは私の手を引いて部屋から出ました。
待つこと数分、部屋に入ってみると私たちと同じような姿になりました。
「どう、おかしくない?」
「すごく可愛いよ。」
「ありがとう。じゃあ、次は私からみんなに渡したいものがあるから。」
ほおずきは、屋根裏部屋に行って三人分の風呂敷包みを持ってきました。
「中を開けてみて。」
私たちはゆっくりと風呂敷を開けていきました。すると中から忍びの服が出てきました。
「よかったら試着してみて。」
ほおずきはにこやかな顔をして私たちに試着を勧めてきたので、着替えることにしました。
「私、屋根裏にいるから終わったら声をかけて。」
ほおずきが屋根裏部屋に行っている間、私たちは忍びの服に着替えました。
「終わったよ。」
「どう?」
ほおずきは私たちをマジマジと見ていました。
「ちょうどよさそうだね。」
「これ私からのプレゼントだから。」
「いいの!?」
「うん!」
「やったー!じゃあ、これ着て帰ろう。」
「ちょっと待って。」
つばきは私を引き留めました。
「どうしたの、つばき。」
「あんた、これで家に帰ったら間違いなくおじさんとおばさんにうるさく言われるよ。」
「大丈夫だよ。鉤縄で2階に上がればいいんだから。」
「近所の人に怪しい人だと思われても責任とれないからね。」
「じゃあ、着替えるよ。」
「そうしな。あとで近所で悪いうわさが流れてからじゃ遅いんだから。」
私はつばきに言われて、しぶしぶと着替えました。
「じゃあ、私たちそろそろ帰るね。明日何時ごろ出発するの?」
つばきはほおづきの出発時間を確認しました。
「明日は卯の刻(朝6時)に出るよ。」
「ずいぶんと早いんだね。お奉行様には伝えてあるの?」
「うん。道中長いから、なるべく早いうちに出ようと思っているの。お奉行様には昨日の夜に矢文で知らせてあるから。」
「そうなんだ。じゃあ、私たちもその時間に見送りに来るから。」
「朝早いから無理しなくても大丈夫だよ。」
「水臭いこと言わないでよ。」
「ありがとう、その気持ちだけ受け取っておくよ。」
私たちは忍びの服をいったん風呂敷に包んで家に帰ることになりました。
次の日、ほおずきの家の前では子供たちとお奉行様、甲賀の忍びたちが集まっていました。
「きたよー。」
「あ、かえでたちも来てくれたんだね。」
「両親や門下生たちも連れてきたよ。」
「ほおずきちゃん、かえでと仲良くしてくれてありがとう。」
「いいえ、こちらこそ。」
「ほおずきちゃん、うちのつばきが世話になったみたいで・・・。」
「江戸に戻ってきた時には、またお嬢様たちのことをお願いします。」
「ほおずき、メルシー!」
「アンナ、めるしーって何?」
ほおずきは初めて聞く言葉に驚いて、アンナに聞き返しました。
「メルシーはフランス語で『ありがとう』っていう意味だよ。」
「そうなんだね。アンナ、メルシー。」
アンナは軽く微笑みました。
「お奉行様、短い間でしたけど、子供たちを預かってくれてありがとうございました。」
「うむ、私も一緒に食事をしたり、風呂に入ったり、遊んだりと、普段できない貴重な体験が出来て楽しかったよ。」
「あの、子供たちがお奉行様にご迷惑をおかけすることはありませんでしたか?」
「何を言っておる。みんな素直でいい子ばかりだったよ。」
「改めてありがとうございます。」
「水臭いことを言うな。」
「みんな、お奉行様に一言お礼を言いなさい。」
ほおずきは子供たちにお礼を言うように促しました。
「お奉行様、お世話になりました。」
「うむ、私も楽しかったよ。また一緒に遊ぼうな。みんなが江戸に来るのを待っているぞ。」
子供たちがお礼を言ったあと、頭首がみんなの前に挨拶をしました。
「早朝から大勢でのお見送りありがとうございます。名残惜しいですが、そろそろ失礼させて頂きます。」
みんなは無言でお辞儀をしました。
「かえで、つばき、アンナ、絶対に江戸に戻ってくるから、それまで待っていてね。」
ほおずきはそう言い残して、みんなといなくなりました。
家に戻って、私は風呂敷から忍びの服を取り出して試着しましたら、ほおずきのことを思い出してしまい、涙がこぼれそうになりました。
忍び服を脱ごうとした瞬間、懐から固い物を感じて手を入れてみたら、毒の塗られた棒手裏剣と卍、八方手裏剣などがありました。
さらに一緒に添えられている手紙には<戦闘で危なくなったら、使ってください。ほおずき>と書かれていました。
私は懐に手裏剣と一緒に手紙をしまい、着替えを始めました。
泣かないでおこうと思ったが、結局は風呂敷に包み終えた瞬間、泣き出してしまいました。
私にとって、ほおずきと会えないのは拷問と同じくらいつらいものを感じました。
押し入れの奥に風呂敷包みを詰め込んで、部屋で横になっていたら、下から母さんの声が聞こえました。
「かえで、暇ならおつかいに行ってきてちょうだい。」
「はーい。」
私は買い物かごを持って、菜売りのところへ向かいましたら、つばきとアンナがいました。
「あれ、つばきとアンナじゃない。」
「かえでも買い物?」
「うん。」
買い物を終えて隅田川のほとりを歩いている時に、ほおずきから受け取った忍びの服から出てきた手裏剣と手紙が一緒に入っていたことを話しましたら、2人とも気が付かなかったと言っていました。
2人が帰宅して風呂敷包みから忍びの服の懐を確認してみたら、手裏剣と手紙が入っていたそうです。
そして1年後の春を迎えた時のことです。
隅田川では桜が満開していて、町人たちが花見をして楽しんでいました。
私たちが隅田川のほとりを歩いていたら、黒い小袖に灰色の袴を履いた侍姿の女の子とすれ違いました。
「あれ、ほおずきだよね?」
私が思わず声をかけましたら、女の子は後ろを振り向いてやってきました。
「かえでだよね?」
「うん!」
「つばきもアンナも久しぶり!元気だった?」
私たちはほおずきとの再会に感動してしまい、その場で抱き合いました。
「いつ戻ってきたの?」
「先週あたりかな。」
「なんで言わなかったの?」
「みんなをびっくりさせるため。」
「すれ違った時には、本当にびっくりしたよ。」
「本当のことを言うと、さっきすれ違った時に、私の方が先にびっくりしちゃったけどね。」
「でも、こうしてまた会えたわけなんだし、うれしいよ。」
甘味処も再開したと言うので、私たちは花見の次の日にあんみつを食べに行くことになりました。
「やっぱ、この味が一番だよね。」
「もうかえでったら、口の周りがあんこだらけ。拭いてあげるから、こっちを向きなさい。」
つばきは懐から刀拭き用の和紙を一枚取り出して私の口を拭きました。
「つばきって、やっていることも言っていることもお母さんみたい。」
ほおずきは私とつばきの光景を笑いながら見ていました。
「ま、かえでのだらしのなさは今に始まったわけじゃないけどね。」
「ひどいよ、つばき。」
「だったら、もう少しきれいに食べなさい。」
春の温かいそよ風が吹く中、江戸の町では今日も平和な日々を迎えていました。
おわり
みなさん、こんにちは。
いつも最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございます。
今回はかえでちゃんたちが甲賀忍者のくノ一と仲良くなるお話です。
このお話を書こうとしたきっかけは、図書館で借りたくノ一の話を読んでいたのが始まりでした。
またタイトルに出てきた「珍生活」も侍の女の子が日常生活で門限を守れなかったばかりに、母親から厳しい罰を受けると言うシーンも取り入れてみようと思いました。
作中にカタカナ用語が何度か出てきましたが、それは読んで頂ている皆さんに親しみを持っていただくために、あえて入れさせて頂きました。
さて、こうやって私の長ったらしい話を続けますと、皆さんもお疲れになると思いますので、この辺で終わりにしたいと思います。
最後になりますが、どんな感想やコメントでも構いません。読んで頂いたあとに感想もしくはコメントを頂けたら、大変ありがたいので、よろしくお願いします。
次回はどんな作品にするか未定ですが、出来上がりましたら懲りずに読んでいただけると大変うれしく思います。




