蘆薈は落ちこぼれのたちと講義を受ける
三人の会話を近くで聞いていたライドは、この三人が元々知り合いだということを知り、さらに厄介な展開になるのでは、と想像した。
「君たち、お願いだからこれ以上荒波を立てないように務めてくれ。僕は本気で魔法を勉強したいんだ。今日からやっと始まる魔法の講義。邪魔だけはしないでくれよ」
ライドは大きく息を吸い、一気にそう捲し立てた。顔は真剣そのもの。早口で喋る彼に余裕はなさそうだ。
「俺だって魔法を本気で学ぼうって決めたんだ。アーノルドの野郎を殺すためには、癪だが、ちゃんと勉強してやるよ」
蘆薈の予想外の言葉に面食らったライドだったが、その言葉を聞いて安心したのか、自身の席に戻っていった。
「あら、勉強するの? あなたが真面目に講義を受ける姿なんて想像できないわね」
胡桃は驚いた様子だった。胡桃は蘆薈とは仕事現場でしか会ったことがなく、蘆薈の勉強家の一面を知らなかった。
「誰かに教えを乞うのは初めてだが、この世界の魔法ってのは面白いぞ。こんな面白そうな武器、覚えない手はない」
蘆薈が真面目に言うと、鋸草もそこには共感したらしく、うんうんと頷いていた。
「さあ、講義がはじまるぞ。お前ら席につけよ。はやく」
「調子のいい奴だわ。本当に」
一限目の講義が終わった。内容は魔法の基礎的な話で、蘆薈は既に昨日読んだ本で知っていた内容だった。教師のアーノルドが講義の合間に入れてくるGクラスの罵倒も、集中している蘆薈には対して響かなかった。むしろ胡桃の方が腹を立てていた様子で、それを鋸草が必死に宥めていた。
「次は魔法の実技か。やっと魔法を見れるってわけだ」
蘆薈はすでに魔法の虜になりつつあった。生前でも蘆薈は格闘術、情報収集、運転技術にと様々な分野の技術を高めることに夢中になっていた。元来の彼の貪欲さこそが、万能と言われる所以でもある。
二限目。蘆薈のGクラスの教卓には、陰湿そうな雰囲気を漂わせる、四十代前半ほどの男が立っていた。
「初めまして、私の名前はエダン・マーカス。基本的な四大魔法属性の講義を担当します」
エダンは丁寧に自己紹介をすると、簡単な四大魔法の知識を黒板に書き出した。エダンによると、四大魔法属性とは、火属性、水属性、風属性、土属性からなる基本的な属性のことらしい。
「そして、これら四つの属性のどれに適正があるかは、入試テスト時に伝えられたと思います。私のように四大魔法属性全てに適正がある人も中にはいますが、Gクラスの君たちは、せいぜい一つと言ったところでしたね」
エダンは常に不気味な笑みを浮かべ、アーノルド同様にGクラスを侮辱するかのような発言をする。しかし、Gクラスの面々もそれに慣れてきたらしく、それよりも早く魔法の知識を手に入れようと、そちらの方に意識が向いているようだった。
こうなったら人間終わりだな。馬鹿にされても、それに疑問を持たず、自分が落ちぶれているから仕方がないと受け入れ出す。一番嫌いな考えだ。
蘆薈はGクラスの『慣れ』に対して、居心地の悪さを感じていた。それは胡桃と鋸草も同じようで、渋い表情でエダンを見ていた。
「では実際に魔法を見せましょうかね。ミスター・ライド。前に」
名前を呼ばれたライドは、威勢のいい返事をし、エダンの元にキビキビ歩いて向かう。やっと講義らしい講義を受けれてライドの表情は明るかった。
「魔法を行使する場合、本当なら校庭で行うのがベストなのですが、Gクラスが校庭を使う許可は中々取れないので、目に見てわかりやすいよう、『人体』を使って行いましょう」
エダンはそう言うと、ライドの頭部を掴んだ。その表情は先程と変わらないままだ。
急なことで、自分が何をされているのか理解していないライドは、不安げにクラス中をキョロキョロと見回している。それは、助けを求める姿にも見えた。
「では行きますよ」
エダンはそう言うと四大魔法のうちの一つ、火属性魔法を行使した。とたん、ライドの体が燃え始める。ジリジリという体が焦げているような不快な音が、教室中に響き渡った。
「ああああああああああああ゛!?」
その後すぐに聞こえたのはライドの悲鳴だった。体中を炎に焼かれ、のたうち回る。
その光景を見たGクラスの面々は、どうしたらいいか分からず、固まっている。
「何をしているのですか!?」
そんな中にあって、ひとりの女子生徒。アイシャだけは行動をおこした。アイシャはすぐにライドの元に駆けつける。しかしどうしたら炎が消えるのかがわからず、エダンを睨み、非難した。
「早く魔法を消してください! このままでは死んでしまいます!」
アイシャは必死でエダンに訴えかける。
「わかっています。そのつもりですよ」
エダンはそう言うと魔法を解いた。至って冷静なその態度が、余計に異常さを醸し出す。
「ライド君! 大丈夫ですか!?」
アイシャは急いでライドの容態を確かめた。制服が燃え、体が焼き焦げている。意識はなく、一刻も早い治癒が必要だった。
「あなたは何を考えているのですか!?」
アイシャはエダンを糾弾し、拙い治癒魔法を施した。医務室に連れていくための準備を呼びかけ、それまでの延命に務める。
「何か問題でもありましたか? 歴代Gクラスの講義はこのような形で行われてきました。それもこれも、あなた達落ちこぼれを早く一人前の魔法使いにするためなのです」
エダンはそう言うと、板書を続けた。エダンの後ろではGクラスの面々が慌ただしく動き回り、ライドを医務室に連れていく準備を行っていた。途中、エダンと視線があった生徒数人が、明らかに怯えている様子だった。
「とんでもないわね……私でもちょっと引くわ」
胡桃は呟く。先程まで隣にいたはずの鋸草は、いつ間にか救護に加わっている。
「屑ばっかりだな。だがまあ勉強にはなるな。あれが火属性魔法か。なるほど」
蘆薈は慌ただしくクラス内であっても、魔法の勉強に熱心だ。その様子に胡桃は普通にドン引きした。
「まだ後、三属性残っているのですが……では」
エダンがライドとアイシャがいなくなり静かになった教室で、講義を再開した。エダンが次の生贄を探し始めた空気を感じ取り、生徒達は凍りつく。
「ミス・アセビ。前に」
アセビと呼びれた少女は、とぼとぼとエダンの元に向かった。先程の光景を見ていたクラスメイト達は、自分が選ばれなかったことへの安堵と、これから酷い目に合うであろう少女を見て同情した。
「ねぇ、ノコ」
その様子を見ていた胡桃が鋸草に話しかける。胡桃は何か考え事をしているようで、エダンの元に向かう少女を凝視している。
「どうしたんだい? 助けに行けって言いたいの?」
鋸草は胡桃の意図がわからず、肯定とも否定とも取れない視線を送った。流石に鋸草も先程の件については、かなり腹を立てており、もし次、何かあれば駆け出していくつもりだった。
「ちがうわ。あの子、いやあの人、馬酔木じゃない? 一度だけ顔を見た事があるんだけど、とっても似ているわ。それにアセビって呼ばれてたし。もしかしたら……」
「馬酔木!? あの献身が!? そんなまさか。蘆薈さんに続いて馬酔木までいるわけないよ!」
彼らは馬酔木のことを思い返す。彼女は救護とサポートのエキスパートだった。彼女と共に仕事をした人間で死んだ者は皆無だという噂であった。そんな彼女に付けられた名前が馬酔木。花言葉は献身だ。
そんな彼らの視線の先では、今にも魔法をかけられそうな馬酔木の姿があった。先程の光景を見ていたとは思えないほど落ち着き払った姿は、見るものを困惑させた。それはエダンも同じなようだった。
「では、次に水属性です」
エダンはそう言うと、馬酔木の頭部を掴んだ。その光景を見守るクラスメイト達に緊張が走る。
すると、馬酔木の体から水が流れ出す。馬酔木は苦しそうにもがき、膝を着く。人体から水が漏れ出すなどありえない。それはまさしく水属性魔法が人体を支配している証明だ。
「……ん? あれ馬酔木か? あいつまでこの世界に来てんのか。あいつも死ぬんだなぁ」
勉強に集中していた蘆薈がようやく馬酔木の姿に気づき、悠長に馬酔木の死に驚いた。
馬酔木はしばらくすると、動かなくなった。
「ノコっ!」
胡桃は叫んだ。
それに同調する形で鋸草が駆け出した。鋸草はエダンと対峙した。その間に、胡桃が馬酔木に駆け寄り、急いで医務室に連れていった。
「お前はさっきからふざけているのか? こんなものは講義じゃない。ただの殺人だ。……いや、まだ死んだと決まったわけじゃないから、殺人未遂だ!」
鋸草はエダンを睨みつける。当のエダン本人は、そんなこと意に介さないように、淡々と答える。
「いえ、これは立派な講義です。あなた達は魔法の何たるかを理解出来、実際に私の魔法を体験した方たちは、より深く魔法についての認識を深められる。それに、この程度で死ぬような人間はこの学園にはいませんよ。まあ、Gクラスのあなた達がどうかはわかりませんが」
鋸草はエダンに向かって殴りかかった。無駄のない動きで、エダンの顎を狙った攻撃は、初手として完璧な立ち回りだ。
しかし拳がエダンに届く前に、鋸草の攻撃は見えない壁に遮られた。鋸草は見えない壁に拳をぶつけた形となり、拳からは血が流れ落ちている。
「また魔法かよ! なんだよこの世界は!」
鋸草は吠える。その様子をエダンは満足そうに見ている。
「動きはいいのに、身体強化魔法すら使っていないなんて。どこまでGクラスは落ちこぼれなんですか」
そう言うと、手の平を鋸草に向けて広げる。
「では講義の続きです。これが風魔法」
風の塊が鋸草を襲った。風とは言っても、この世界の魔法の風だ。突風なんて優しいものでは無い。風の砲弾とも言える破壊力を持った風が鋸草にぶつかると、鋸草は教室後方の壁に叩きつけられる。
「そしてこれが、土魔法です」
続けて行使された土魔法により、大量の石礫が襲いかかった。鋸草は最後の力を振り絞り、両腕でそれをガードする。しかし、石礫の威力はかなりのもので、体に当たった礫一つ一つが、鋸草の骨を容易くへし折った。何とか顔面と急所を守っていた鋸草だったが、石礫の猛撃が終わる頃には、糸の切れた人形のよつに、地面に倒れ込んだ。
「今日はここまで。四大魔法というのは絶大な威力とバリエーションを誇る素晴らしい魔法です」
エダンはそう言い残し、教室を去っていった。
その後、クラスメイト達は慌てて鋸草を医務室に運び出した。
「あいつもいつか殺してやろう」
蘆薈はピクリともしない鋸草を見ながら、持っていたペンをへし折った。