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蘆薈は第一印象が悪い

 眼前に屹立する白亜の巨塔。周囲の建物と一線を画すその佇まいは、その大きさ以上に見る者を圧倒する神秘的な力を感じさせた。


 「結構イケてるな。京都タワーより小さいけど」


 蘆薈(アロエ)は指でフレームを作る。フレーム越しに見る巨塔と青空のコントラストが美しく映る。


 彼がこの世界にやってきたのは昨日の夜のこと。蘆薈は、とある企業の社長を殺して報酬を受け取るという単純かつコスパの良い仕事をしていた。しかし、蘆薈が来ることを事前に知っていた某企業の社長は、予め同業者を複数人雇い、蘆薈を罠にはめた。命からがら逃げ出した蘆薈だったが、その時の負傷による出血で気を失ってしまった。女神を名乗る女に起こされた蘆薈だったが、女神のルックスが好みではなかったこともあり、真面目に話を聞かないままこの世界に飛ばされたのだった。


 俺のタイプは佐々木希なんだよ。あんなミラ・ジョヴォヴィッチみたいな濃い女はお断りだ。


 「とりあえずこの学校に通えばいいんだよな? よくわかんねぇけど、もう入学手続き終わってるし」


 女神の説明を聞いていない蘆薈だが、神の力とでも言うのだろうか、頭の中には昨日説明されたことがふわふわと漂っていた。ざっくりと言えば、この世界で生きていけ。そのために学生からスタートさせてやる。世界改変でお前は初めからこの世界に存在していたことになっている。学校に通ったあとは好きにしろ。とのことだった。


 「あの世界に未練はねぇし、金盞花の野郎にこき使われないってだけでも魅力的だ」


 生前に蘆薈を顎で使っていた上司の男もいなければ、気楽な学生生活を送るだけの世界。悪くない。孤児である蘆薈にとって、元の世界にもう一度会いたいと思えるような人間もいない。


 「んじゃ、このファンタジーな世界を楽しみますか」


 これから始まる生活に、若干の楽しみを感じる。廃れた生前の生活と違う、自分の意思で生きていける。蘆薈は巨塔に向かい、力強く一歩を踏み出した。


 この世界に来た時、既に身につけていた制服のポケットから、教室の場所が書かれた紙を取り出す。粗悪とまでは言わないが、元の世界なら百均で売っているコピー用紙の方が上等だろう。紙には、『G』と書かれている。


 どうやら言葉はもちろん、文字も読める。字もかける。そして肉体も三十七歳から若返っており、高校生くらいの見た目になっている。


 元々興味のないことを深く考えない蘆薈は、その事実に若干驚きを感じつつも、深く理由を追求する気はなかった。どうせ何でもありな世界なのだから考えるだけ無駄だ。


 教室には既に何名かの生徒がいた。蘆薈はまともな学生生活など送っていなかったため、どのように声をかけていいかわからなかったが、とりあえず挨拶をすることにした。


 リリーもあいさつは大事だと言っていたしな。


 「よお、これからよろしくな」


 蘆薈は唯一好きなアニメ。絶対魔法少女リリーの言葉を思い出し、声を発した。しかし、蘆薈の挨拶に反応するものはいなかった。これには流石の蘆薈も違和感を感じ、それと同時に腹を立てた。


 「おいおい、挨拶もろくにできねぇのか? この世界のガキはまともな教育受けてねぇのか」


 ちなみにだが、蘆薈もまともな教育は受けていない。


 すると、ひとりの女生徒が近づいてきた。


 「ごめんね。このクラスってほら、Gクラスでしょ? だから、ね?」


 女生徒は伏し目がちに指で机を突っつきながら蘆薈に話しかける。そこで蘆薈は目を見開いた。


 「……佐々木希じゃん」


 「え?」


 「まじかよ! お前めちゃめちゃ佐々木希じゃねぇか! 」


 蘆薈は少女の肩を勢いよく掴み、興奮気味に揺らした。目の前の少女はあからさまに困惑を顕にしている。


 「いやぁ、この学校に来て正解だわ。まさか佐々木希似の美少女に出会えるとはな」


 笑いが止まらない。少女がなぜ気まずそうにクラスの名前を呼んだのかなどどうでもいい。この学園生活はこれから楽しくなる。間違いなく。蘆薈はそう確信して、上機嫌で目の前の少女に笑顔を向ける。


 「ちょっと何言ってるか分からないですけど。Gクラスなのに嫌じゃないんですか?」


 少女は怪訝な顔で問いかける。他のクラスの面々もこちらの会話に興味があるのか、耳を傾けているようだ。


 「あ? いいじゃんGクラス。モンスターハンターなら一番上のクラスだ。それにお前がいるしな。他のクラスにお前はいない」


 「え、え?」


 少女は益々困惑した様子だった。一方の蘆薈は、困惑した佐々木希。可愛い。なんてことを考えていた。


 「わ、私のことを気にかけてくれている理由はわかりませんが、私は嫌ですよ! Gクラスは問題児の集まる落ちこぼれクラスなんですから! せっかく努力してシューバルデン学園に通えるようになったのに……」


 少女の顔は言葉を紡ぐ度、暗く落ち込んでいく。その絶望が、とても深いことは蘆薈にも感じ取れる。だが、


 「なるほどな。だからお前ら気持ち悪い顔してんのな」


 蘆薈は笑顔でクラスに向けて言い放った。


 すると生徒たちは、蘆薈を睨みつけた。クラス中からの敵意のこもった視線を浴びる蘆薈だが、それを意に返さず続けて言った。


 「てかあの女、俺が真剣に話聞かねぇから根に持ってんじゃねぇかよ! わざわざ面倒くさそうなクラスに入れやがってよ! まあ、佐々木希がいるから許してやるけどよ!」


 吠える蘆薈を生徒たちは皆、何を言ってるんだこいつと困惑した表情で見ている。


 「ふざけないでください!」


 すると、目の前の少女が今までで一番大きな声量で叫んだ。うるせえな、と蘆薈は少女を睨む。


 「私たちは見せしめなんですよ! この学園は、あえて落ちこぼれを入学させるんです! こうならないようにと、他の生徒のやる気を出させるための道具に使われるんです!」


 少女は涙目で訴えかけてくる。


 「あっそ。いいじゃねぇか。ハードルは低ければ低いほどいいんだからよ。侮ってくれた方が仕事は上手くいくんだよ。リリーだって最初は最弱の魔法少女だったんだぜ」


 蘆薈は少女に向かってハードルの低さの優位性について説いた。だいたい、そんなに嫌なら辞めればいいだけの話だ。


 「お前名前は?」


 「……アイシャ・アイデンです」


 「俺は蘆薈だ。とりあえずこれからよろしくな」


 蘆薈は無理やりアイシャの手を握り、ブンブンと乱暴に握手をする。アイシャは手に触れた瞬間強ばりを見せ、これはかなり警戒されてるなと、蘆薈はがっかりした。


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