仮想空間で君に出会った
仮想空間で君に出会った
星野☆明美
1☆VR通話装置
VRが進化して、ヘッドギアタイプの変換器をかぶると、通話相手の思考の世界に入り込むことができるようになった。(ただし、人権に関わることや、性的な内容は、AIによる審査が入って制限されることもある。)
その時、美里はクラスメートの麻里と四方山話をするのにVR通話装置を使っていた。
「でね、その猫が・・・」
『猫』という言葉に反応して、いろんなタイプの猫のイメージが映像でポンポン現れた。
クロ、ぶち、三毛、・・・
「違う!キティちゃんじゃない!」
美里のツッコミに、麻里と美里はひとしきり大笑いした。
「普通の仔猫で、すんごいかわいいの」
そう言って、美里が、くだんの猫を思い浮かべると、麻里に伝わった。
「かっわいい!」
「でしょでしょ」
まだあどけないふわふわの仔猫。ふわふわとかふにゃふにゃとかのイメージも同時に伝わる。
話は盛り上がり、いつも時間を忘れそうになる。
「きゃっ」
体を揺さぶられて、美里は我に返った。
「ごめん!きっとお母さんだ!」
鬼のイメージで怒られそうなことを伝えると、麻里も宿題のプリントとかカレーライス(多分晩ごはん)を伝えてきたので、通話を終了した。
「あー面白かった!」
「美里!いったい何時間通話してるの?」
いらいらしながら美里の母親が言った。
「ごめんなさい。でも、どうしたの?」
「毎日毎日VR通話ばっかりやって、他のことが全くやれてないじゃない!」
見回すと、高校から帰宅してすぐカバンを放り出して、ベッドの上で横になった状態で3時間くらい経過していた。
「晩ごはんはとっくに終わっちゃったわよ」
「えー!」
ぐうう。
美里のお腹が豪快な音をたてる。やっと自分がお腹をすかせていることに気づいた。
「相手のお友だちのところも迷惑されていると思うわ。何とかできないの?」
「だってー」
「だってじゃありません。自分でちゃんと管理出来ないのなら、使うのを禁止にします!」
VR通話装置を没収されてしまった。
最近、VR通話装置が社会的問題になっていた。
でも、美里は思う。ウォークマンでもスマホでもパソコンでもなんだって新しく出回り始めた黎明期には問題がつきものだったんだ、って。そしてそのどれもが使っていくうちに使用方法の見直しがなされて便利ツールとして定着していった。
「要は、使い方さえ間違わなければいいんだ」
色々考えて、時間を報せる機能を使いこなそうと思った。
母親は美里の説得に渋々VR通話装置を返してくれた。
「会話が盛り上がっているときに時報が鳴るのはやだなー」
でも、そうも言ってられなかった。母親の信用を取り付けないと、未成年の美里にはいろんな制限がつきまとう。
友だちと再びVR通話装置を使うようになったが、時報のせいで案の定あまり楽しめなかった。
「つまんないー」
美里はむくれた。
2☆イチロー
そんなある日。
VR通話装置に見知らぬIDからのメッセージの留守録が入っていた。
ヘッドギアをはめてオンにすると、いきなり目前に蒼い海が現れた。大波がきて飲み込まれてしまう。美里は思わず目をつぶった。
キラキラキラ・・・
そうっと目を開くと、頭上から光が差していた。
ざあっ。
風が吹いて、気がつくと金色の一面の麦畑に立っていた。
「いったい、誰からのメッセージなんだろう?」
不思議な気持ちで美里は映像の余韻に浸った。ほんの数分間の映像だった。
もし迷惑メールみたいなものだったら、商品の映像とかお金のイメージとかで嫌な気分になるのに、このメッセージにはそういったものがいっさい感じられなかった。
「悪意はないんだ」
そう呟いて、そのIDをお気に入りのカテゴリーに入れた。
ピピピ
VR通話装置の着信音がかすかに聞こえた。
ぱか。美里が目覚めてスマホの電源を入れると、日曜日に日付が変わる時刻だった。
「こんな時間に誰?」
確認すると、例のIDだった。
ベッドで横になって、ヘッドギアを装着する。
通話をオンにする。
音響が押し寄せてくる。
「これ、なんの音楽?」
「ホルストの組曲惑星だよ。木星の部分」
男の子の声がした。
「誰?どこにいるの?」
「俺、イチロー」
「イチロー?」
名前で連想した野球選手の鈴木一郎ことイチロー選手の映像が浮かんだ。
「あははは。やっぱりそう来たか!」
朗らかな笑い声が響いた。
「本当はこんな」
そういう声とともに、小学生くらいの男の子の映像が現れた。
「ウソつき」
「なんで?」
「もっと年上でしょ?」
「バレたか」
するとよぼよぼのお爺ちゃんの映像が出てきた。
「もう!通話やめるよ!」
美里が怒って言うとイチローは慌てて、
「ごめん!切らないで」
と言った。
「俺、中学生のころに事故にあって寝たきりなんだ。本当の姿は俺自身よくわからない」
「えっ?」
美里はびっくりした。
太陽系の惑星が太陽のまわりを公転する映像だった。
「俺の夢は宇宙飛行士だったんだ」
イチローがそう言って、星の映像を次々と出した。
「すごいね!」
美里は感心して映像を見逃さないように目をこらした。
「美里の将来の夢は?」
「惑星鑑定士」
「わく・・・なんだって?」
「最近、放送されているSFアニメの主人公がかっこよくてね、その人が惑星鑑定士なのよ」
「なんだ・・・アニメの話か」
「アニメだからってバカにしないで!近い将来、SFは現実になる」
「・・・いいね」
ふっと美里の意識が途絶えた。夢をみる。それをイチローは映像でみることができた。
ガンガンガン・・・
ハンマーで岩を割る。すると中はぎっしり水晶の結晶体が内側に向かって生えていて、美里は震える手で水晶の結晶体を掘り起こす。
これは宝物にしよう!
太陽にかざして、きらきら光る水晶。
「おやすみ。いい夢を」
イチローは通話を切った。
3☆病院のベッド
「脳波に変化が見られます。良い兆候ではないでしょうか?」
白衣の医師が「彼」の家族に説明していた。
「昏睡状態のまま長期間目覚めない。だけどVR通話装置を試しに装着させてみたら、わずかではあるけれど変化がみられた。もしかすると、また意識が戻って普通の生活が送れるようになるかもしれません」
「彼」の家族はおおいに喜び、期待にみちたまなざしで「彼」を見た。
「一郎、わかる?」
声をかけながら手を握り、懸命に呼び掛ける家族。しかし「彼」の意識はまだ深いところにあった。
「怖いんだ」
「何が?」
「何か得体の知れないものが俺のそばにいつもいるような気がして」
「得体の知れないものって?具体的にどんなの?」
美里が尋ねると、輪郭のぼやけたイチローが美里と手をつないで歩き出した。
真昼の雑踏。街中を人がたくさん歩いて通りすぎてゆく。
「あれが見えるか?」
イチローが足下を指差した。
美里が見ると、地面が透けて見えた。
よくよく目を凝らすと、闇の奥底に無数の観音像みたいなのが見えた。それらは蠢いていて、武器をかざして這い上がって来ようとしていた。
「なにあれ!」
「ああいうのが、あちこちで俺に向かってくるんだよ」
「怖い」
美里は身震いした。
「俺は、現実とあの世の間でさ迷ってるらしいんだ。まだもっとひどいものも見たり経験したりした。でも」
「でも?」
「でも今は、美里が一緒にいることが多いから救われてる」
美里たちが見ているのは、確かにVR通話装置で増幅されたイメージのはずだったが、あまりにリアルすぎてどう解釈すれば良いかわからなかった。
「私・・・なるべくイチローに会いに来るね」
「ありがとう」
二人は強く手をつないで歩き出した。
「VR通話装置の通信相手の番号を家族のIDにインプットしていたけれど、番号が一桁違う相手に繋がっているみたいだ」
「どうします?一度通信を切って入力しなおしますか?」
「・・・いや、今、それをやるのはリスクが大きいだろう。このまま様子をみよう。スイッチの切り換えは一郎さんの意思で行われてるんだ。それを外部から変えるのはやめておいた方が良い」
そう言って専門医たちがやり取りしていた。
「どこの誰と繋がっているの?」
家族は心細げに呟いた。
4☆麻里
高橋山の中腹に高橋稲荷神社があった。
美里は信心深い方ではなかったけれど、イチローの病気平癒の祈願をして、お守りを買った。
「それにしても、山登りはきついな・・・」
最近は暇さえあればVR世界でイチローに会っている。現実では、いかんせん運動不足気味だった。
「なんか顔色悪いわよ」
母親が心配そうに言った。
「大丈夫」
そう言って、美里は両手を広げて伸びをした。
「きれいな空気吸うと良い気持ちね!」
「・・・」
母親が心配のあまり、またVR通話装置を没収しかねなかったので、美里はイチローのことなど全部話していた。
「最近、麻里ちゃんとは遊んでるの?」
「そういえば、遊んでない」
「若いときの友だちは一生ものだから大事になさい」
「はい」
「麻里ちゃん、久しぶり」
VR通話装置で連絡すると、ちょっと間があってから繋がった。
「最近どうしてる?」
「私、TRPGにはまってる」
「なあにそれ?」
「テーブルロールプレイイングゲーム。インターネットからちょっと離れてる。いろんな人たちとルールブックとダイスで進めるゲームで、面白いんだこれが」
麻里がまくし立てた。剣士とか魔導師とかのイメージ映像がぴょこぴょこ出てくる。
「すごいね」
「でしょでしょ!」
「何かと戦闘するの?」
「そういうのもあり」
「ふうん」
時間があったらやってみたいなと美里は思った。
「美里は?どうしてたの?」
美里はイチローの話をした。
「うーん・・・」
麻里は唸りながら考え込んでいたが、
「今度その人と通信する時、私も回線つないで良い?」
と聞いた。
「もちろん!うわ、本当に?」
美里は心強く感じた。
5☆闘い
「はじめまして麻里です」
「イチローです」
3人で同じVR空間にいた。
イチローはどこか具合が悪そうで、美里は首をかしげた。
「なんかあったの?」
「幻覚っていうか、悪夢っていうか、最近ちょっとひどくなってきてて・・・」
ぶわっとどす黒い何かがイチローの回りを取り巻いていた。
「ゲラルト!」
麻里が何かの呪文を唱えた。
とたんに、異形のものたちが具現化した。
「何これ!」
美里とイチローはぎょっとして言った。
「病魔とか死神とかいろんなのを目で見られるように映像化したのよ!」
「スゲーな・・・」
麻里にイチローは感服した。
「装着!」
麻里がそう言って、武具を出現させたのち、3人の体に装備した。
「武器よ!」
手を上にかざすと、一振りの刀剣が握られた。
「ほら、ボケッとしてないで二人もやるの!」
「ああ」
「うん」
いかんせんイメージ力が足りなくて、輪郭がぼやけた武器が出た。麻里がそれを思考力で補って、本格的な武装が完了した。
「なんか音楽流れてる」
「闘う時のテーマ曲よ!」
完全に麻里のペースだった。
「闘うの?」
「もちろん!」
「生きるってことは、闘うってこと?」
「そういうこと!」
3人で異形のものたちと闘う。
「今、この瞬間、私(俺)は生きている!」
3人の気迫に圧倒されて、異形のものたちが尻尾を巻いて逃げ去った。
「俺・・・」
キラキラキラキラ。
イチローの体を光が包んだ。
「俺は、生きる!」
そう叫ぶと、イチローの姿がVR空間からかき消えてしまった。
「イチロー!どうなっちゃったの?」
美里がへたりこむと、麻里が肩に手を置いて、微笑んだ。
「イチローは現実世界に復帰するのよ」
「本当に?」
キャー
美里は麻里に抱きついて、二人は喜びで飛び跳ねた。
エピローグ☆現実世界で
「イチローって、年いくつ?」
「知らない。聞いてない」
「もう!肝心なとこでしょ!」
「ごめん」
高校から帰宅する途中、美里と麻里はイチローの話題で盛り上がっていた。
「きっと、同じくらいの年で、美形に違いないわ!」
「そう、かなぁ?」
「出会って恋が始まるかも知れなくてよ」
「まさかぁ・・・」
あれ以来VR通話装置は使っていなかった。
「IDがわかってるんだから、会いに行ってみようよ!」
麻里は積極的だ。美里は、麻里につれられて中央監理局(市役所みたいなところ)に行って、イチローの住所を調べてもらった。
「南高江3丁目・・・この辺かな?」
キョロキョロする麻里。
「もう!おとーさんしっかり取ってよ!」
近所の空き地で親子がキャッチボールをやっていた。しかし父親が頼りなくて、なかなか続かないらしい。
「おんなじイチローでも月とスッポンだね!」
男の子の声に、美里と麻里はその父親をまじまじと見た。
「イチロー!」
「えっ?」
色白のひょろっとした外見だったが、確かにイチローだった。
「なんで?中学生のころに事故にあって寝たきりって言ってたのに、なんで子どもがいるの?」
「あちゃー、ばれちゃった」
イチローは顔をしかめた。
「ウソつき!もう二度と会わないからっ!」
美里はなぜか泣きながら走り去った。
麻里が追い付くと、美里はもう泣いてはいなかった。
「ショックだった?」
「当たり前でしょ」
「でも、元気そうでよかったじゃない」
「・・・そうね」
それだけでも良いかな、と美里は思った。
おしまい