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旅が終わった聖女は用済みですか?

作者: サク

 

 三年前、この世界に呼び出された。

 ボンキュッボンの女神に頼まれて、気軽に引き受けて、金髪碧眼の超イケメンの勇者の前に召喚された。

 あまりにどストライクの勇者に懇願されて調子に乗った私は、ろくに話も聞かずに安請け合いして、魔王を倒す旅とやらに同行してしまった。

 旅には強面騎士団長やらおじいちゃん魔法使いやら、ほかにもなんやかやいろんな役職の人がついてきていたけど、とにかくイケメンの勇者にちやほやされるのが楽しくて、旅の間はいちゃいちゃしていた記憶しかない。

 特に告白されたわけでもないけど、勇者は好意を隠そうとしなかったし、メンバー間では公認カップル扱いされていたから、そういうものだと思って少しも疑わなかった。

 魔王城について魔王と対峙したときも、人質にとられて危うくピンチになったところを、勇者の機転で颯爽と助け出されて。おまけに勇者はそのまま流れるように目の前で魔王にとどめを刺したもんだから、もうそのときが私の中では一番盛り上がっていたのかもしれない。その姿は本っ当に、心がとろけるくらいにかっこよかった。

 魔王の亡骸が霞となって消えていくその横で、「君のいないこの世界なんて、生きていく意味がない」なんて抱きしめられながら言われたら、誰だって舞い上がってしまうに決まってる。

 だから王様から元の世界に帰るかどうか聞かれたときも、迷わず「勇者にこの人生を捧げます」だなんて格好つけて答えてしまった。








 現実はそう甘くなかった。

 英雄色を好むとはよく言うが、勇者は大層モテた。

 そりゃそうだ。金髪碧眼の超イケメンで、おまけに世界の救世主。そして女性にはとことん甘い。

 夜会に招待されるのは毎度のことで、そして行けば必ずバーゲンセールのワゴンかってくらい、ご婦人が寄ってたかって群がってくる。

 貴族の複雑な力関係かなんかで無下にするわけにもいかず、モヤモヤしながらその様子を眺めるしかない。

 勇者も勇者でまんざらでもなさそうで、毎回違う女性と親密になっては夜な夜などこかへと消えていく有り様に、私の心は早々に折れてしまった。

 次第に社交の場から足が遠のき、与えられた邸宅へと引きこもるようになる。

 毎度毎度フルコースのように出される食事。

 使用人に任せきりの家事。

 旅の時と違い、ほとんど動かない生活。

 誰にも会わずに日がなボーッとする毎日。

 気づけば体重も増えて、めっきり老け込んでしまっていた。

 そうなると勇者はますます離れていくばかりで、今は会話もなくすれ違うばかり。

 ――どこで間違ってしまったのだろう。

 一番最初か、胡散臭い女神の言うことなんて聞いてしまったから、こんなことになってしまったのか。








 そんなある日、旅のメンバーの一人である魔法使いのおじいちゃんが訪ねてきた。


「久しぶりじゃの」


 のほほんとしたおじいちゃんは髪もお髭も真っ白だけど、いたずらっぽく輝く紫の瞳だけは若々しい。

 勇者の付随品みたいな扱いで遠巻きにされていた旅の間も、おじいちゃんだけはよく話しかけてくれた。


「セオドアさん……」

「ほれ、いつものじゃ」


 ニコニコ笑いながら両手を広げられ、思わずその体に抱きついた。ギュッと抱きしめ返されて、お日様のような温かい匂いに包まれる。


「最近引きこもっておると聞いたぞ」

「セオドアさん、セオドアさん……う……ぅ、うわあぁぁあ!!」


 優しく頭を撫でられて、ついに感情が決壊してしまった。いい年して恥ずかしいことこの上ないが、このときはそれほどまでに追い詰められていたのだ。

 だけどセオドアさんは、泣きじゃくりながら癇癪を起こした子供のように感情をぶちまけた私に、最後まで付き合ってくれた。

 温かい腕の中、「よしよし」と頭を撫でてくれながら要領の得ない話を最後まで辛抱強く聞いてくれたのだ。


「異世界から呼び出されて魔王退治の旅をがんばったというのに、その聖女がこんな寂しいところに一人でおるのは、ほんに不憫だのう。そうじゃ、わしのところに一緒に来んか?」


 おじいちゃんは優しいその手を差し出してくれた。

 その手を一も二もなくとったのが、私の学習しないところだ。








 おじいちゃんと魔法使いの塔で暮らすのは、思いのほか楽しかった。

 使用人なんていないから自分のことは自分でしないといけなかったし、綺麗なドレスもアクセサリーも、高級な化粧品もなにもなかったけれど、そんなものなくたって、ここには誰も気にする人なんかいない。

 旅の間もまかせっきりでなにもしてこなかった私は幼児並みになにもできなくて、でもおじいちゃんは面倒臭がることなく一から全部教えてくれた。

 二人で水を汲んで、火を起こして、料理の仕方も教わったし、洗濯や掃除の仕方まで教えてくれた。

 魔法使いだから魔法でどうにかできるだろうに、おじいちゃんは一緒にするのが楽しいと言って、いつもニコニコ笑って付き合ってくれた。

 家事が終わればおじいちゃんは魔法の研究をするから、その間はおじいちゃんの隣でその様子をじっと眺めている。

 王様からなんか大掛かりな魔法を作るように言われてるらしいけど、あんまりやる気がないみたいで、私が見てるといつも脱線する。

 火の蝶や水の花、風を起こしてふわりと体を浮かせてくれたり、それで二人で空中遊泳に出かけたこともあった。

 元の世界の花火の話をしたら、興味を持ったみたいで早速作ってくれて、打ち上げ成功して喜んでいたら、何事かとお城から騎士が駆けつけて来たこともある。








 そうやって二人でのんびりとその日暮らしを楽しんでいたころ。

 すっかり忘れ去っていた勇者がやってきた。


「私のために、どうか戻ってきてくれないか」


 勇者は澄んだ空みたいな綺麗な目に涙を浮かべて、懇願してきた。


「君のいない生活は、火の消えた暖炉のように冷たくて……今にも凍えそうに寂しくて。情けないけど、僕はようやくそのことに気づいたんだ。僕には君が必要だ、君がいないと生きていけない」

「でも私、もう前みたいな生活に戻るつもりはないけど」


 がっしりとした無骨な手に握られて、困惑する。


「夜会で女の人に囲まれるあなたを見るのは金輪際うんざりだし、使用人も綺麗なドレスももういらない。ここでおじいちゃんの手伝いしてるほうが何倍も楽しいから」

「そんなことを言わないでくれ」


 真っ青な瞳に見つめられてうっとなる。

 相変わらずどストライクにイケメンだ。


「二度と君を悲しませないと誓う。必ず幸せにする。だからどうか僕のところへ戻ってきて」

「これこれ」


 二人の世界になりかけた空気を破ったのは、セオドアおじいちゃんだ。


「調子のいいことばかり言うてからに。今まで放ったらかしていたのはいったい誰かの?」


 おじいちゃんは握られていた手を魔法でちょちょいと解くと、くいくいと私を呼ぶ。


「甘い言葉に乗せられるでない。また痛い目に遭うぞ」

「……そうですよね。危ないところでした」


 離れようとする私に、勇者が悲痛な声を上げる。


「君は! ……君の心はもう僕から離れてしまったのか? 一緒に過ごしたあの日々は、もう過去の思い出になってしまったのか?」


 長い睫毛を揺らがせて言う顔がこれまたどストライクなものだから、心の天秤がおじいちゃんと勇者の間でぐらりぐらりと揺れに揺れる。

 明らかに心揺さぶられている私に、おじいちゃんはジト目を向けると大きなため息をついた。


「……確かに旅の間は聖女に心を砕いておっただろうが、その心はとうに離れているじゃろうが」


 いつもニコニコのおじいちゃんが珍しく厳しい顔をすると、勇者の前に立ちはだかる。


「お主のことは悪く思うとらんが、沢山の人の心をもて遊ぶその様は看過できぬぞ」


 そしておじいちゃんは渋い顔を私にも向ける。


「聖女、お主もじゃ。外面だけで人を見るのをいい加減やめい。また傷つくのは自分じゃぞ。もっと自分を大事にせんか」


 その言葉に思わず瞳が潤む。

 まったくもってそのとおりだ。どうして私はこうもイケメンに弱いのだろう。

 勇者がかっこ良すぎるのが悪い気もするのだけど、それを言ったら責任転嫁だとますます怒られそうなので、さすがに黙っておいた。


「あーあ、おじいちゃんがあと五十年若かったらいいのにな……」


 ポツリと漏らした呟きに、おじいちゃんの片眉が上がる。


「ふむ。たとえば、こうかの?」


 なにかぶつぶつと呪文のようなものを唱えると、おじいちゃんの全身がものすごい煙に覆われた。


「おじいちゃん!?」

「セオドアさん!?」


 なにが起きたのかと勇者と二人、慌てて駆け寄る。


「ゲホゲホッ……もっと煙幕を少なくするよう書き換えねばならん……」


 中から現れたのは、銀髪の長髪が美しい麗人だ。


「……誰?」


 勇者と二人、ポカンと固まる。

 長髪の麗人は宝石のような美しい紫色の瞳を細めて、それは綺麗な笑みを浮かべた。


「お主が望んだのだろう」

「もしかしておじいちゃんなの!?」

「もしかしてセオドアさんか!?」


 「リアクションが被るところが小憎たらしいのぅ」とおじいちゃん麗人はぼやくと、勇者に負けず劣らず長い睫毛をファサリと瞬かせてニヤリと笑う。


「この姿になると周りが騒がしくなるので、避けておったが。お主がそうも見た目に揺さぶられるというのなら、これも有効な手段じゃろうて」

「セオドアさん、それってまさか……」


 愕然とした勇者が項垂れているが、私の目はおじいちゃん麗人に釘付けだ。


 艷やかな長い銀髪に、スラリと背の高い麗人。

 でもいたずらっぽく輝く紫の瞳は、おじいちゃんのころと変わらない。


「さて聖女よ、お主は幸せのために、どちらの手をとるのかのう?」


 スッと手を差し出されて、私は勇者と魔法使いを見比べた。


「……おじいちゃん、元に戻っていいよ」


 勇者がハッとしたように顔を上げる。目が合うとパッと顔を輝かせた。


「私、おじいちゃんが若くなくてもここにいるから」


 が、次の言葉に信じられないものを見るような、愕然とした顔になった。


「……ほう?」

「その、時々というか二人のときだけ、その姿を見せてくれたら嬉しいなーとか思うけど、その姿だとなんか煩わしいことでもあるんでしょう? だったら無理してまですることないよ。そんなことしなくても、私、ずっとおじいちゃんのお手伝い、頑張るから」


 縋るような勇者から、渾身の力を振り絞って視線を引き剥がす。自分で言っておきながら、イケメンへの未練に内心の涙が止まらない。

 顔で笑って心で泣いていると、ふわりとお日様みたいな匂いが私を包んだ。


「おじいちゃん?」

「いい子じゃのう。よしよし」


 低く落ち着いた声は耳慣れないものだけど、優しい言い方は一緒だ。

 近づいてきた若々しい美貌にちょっと頬が染まるけど、その腕の中は安心できるいつもの場所に変わりない。


「そういうところが、なんともかわいいものよ」


 頬に柔らかい感触が掠める。びっくりするくらいふわふわだった。

 驚いて見上げると、いたずらっぽく輝く紫の瞳が私を覗き込んでいる。


「心配せずともわしが存分に甘やかして、大事にしよう。なにも我慢せんでよい。異世界からたった一人で来た聖女よ。今日からわしがお主の家族じゃ」

「……おじいちゃあぁあぁぁぁん!!」


 力強い腕に抱っこされて、ずっとこらえていたものが飛び出してきたかのようにわんわん泣いた。

 おじいちゃんの腕の中で泣くのはこれで二度目だ。

 今は若おじいちゃんだけど。








 思いっきり泣いて、腫れた瞼を氷の魔法で冷やしてもらって、やっと落ち着いたときにはもう夕方になっていた。

 勇者はいつの間にかいなくなっている。

 辺り一面に夕日が差し込み、薬草畑も若おじいちゃんの艶々の銀髪も、なにもかもをオレンジ色に染め上げている。


「お腹空いたのう。ほれ、夕食の仕度をするぞ」


 見た目すっごい美人がいつものおじいちゃんみたいなことを言うものだから、つい笑ってしまった。


「ねぇ、おじいちゃん。今日あれ食べたい」

「なんじゃ?」

「あれ……あのパンチェッタみたいなやつ!」

「また塩漬け肉か……」


 若おじいちゃんに手を引かれて、塔の中へと戻る。いつも通り火を起こしたり水を汲んできたり、相変わらず支度に手間のかかることといったら。

 すぐに勇者のことなんか頭からふっ飛んでいった。


「して、婚姻はいつにする?」


 不意に聞こえた言葉に顔を上げる。

 隣で肉を焼いていた若おじいちゃんが、じっとこっちを見つめている。


「え? おじいちゃん、今なんて?」

「今は爺ではないのだから、その言い方は止めてもらえんかの。婚姻はいつがいいと聞いたのじゃ」


 コンイン。

 変換が出てこない。

 コンイン、今in? 婚姻。え?


「え、え? えぇえー!?」

「なにを驚いとる。家族になると言っただろうが」


 若おじいちゃん、いやセオドアさんが結えた銀髪を払いながら近づいてくる。……緩めのカットソーから覗く鎖骨が目に毒です。


「そうでもせぬと、お主はまた勇者にうつつを抜かすだろう。こういうことはきっちりしておくに限る」


 上機嫌に微笑まれて思考が沸騰、停止した。


「リツカ、愛してるよ。お主に残りの人生を捧げよう」


 「わしのは本気だがのう」と王様に誓った言葉をチクリと皮肉られて、セオドアさんは顔を近づけてくる。

 遠ざかる意識の中、ぼんやりと見えた顔はいたずらが成功したときのおじいちゃんと同じ、私の大好きな笑顔だった。








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