3話 ロールプレイヤー
開いた口がふさがらない。
俺の『暗黒卿』を見てもまだ平然としていられるやつがいるなんて。
いや、これは……平然とはちょっと違うのか?
「つぎのご命令をッ! ダークロード様……ふひっ」
この満面の笑みだ。口端からよだれが飛び出てる。どことなく犬っぽい。
俺の威嚇は彼女には何というか、逆の方向に力が働いてしまったような感じだ。
「さあさあダークロード様!」
「あー……」
「はっ、申し訳有りませんでした。私も名乗らねばなりませんねダークロード様。
私は朝倉……日輪の花嫁あかりですっ!」
対抗してきた!?
「朝倉……ゴールデン……」
「はい! あかりで大丈夫ですよダークロード様」
「じゃあ俺も小森でいいよ。えっとね、あかり君……えーっとどこからツッコもうかな?」
「なんでも質問してくださいっ」
本格的に頭が痛くなってきた……。
『暗黒卿』をやられる側はこんなに大変な思いをしてたんだな。
しかも何だか由来不明だし。今考えたのか?
「なんで日輪の花嫁?」
「おおおおお! よくぞ聞いてくれました。素晴らしい質問です閣下。私が日輪の称号を戴いたのは遡ること十余年、まだよちよち歩きだった頃、とあるひまわり畑の――」
おっと。迂闊な質問をしてしまった。
ものすごい勢いで語り始めるあたり、ずっと前から温めてきた設定なんだろう。
一割も頭に入ってこないが。
「ごめん、今の質問無しで」
「ふええっ」
でもひとつ分かったことがある。
あかり君は中二病だ(光属性の)
俺のは半分演技だけど、この娘は全力全開でロールプレイしてくる。
まあ俺もその気があるから、そういうのは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが……。
「もう、出て行くつもりは微塵も無いんだよね?」
「はいっ」
「そう……。あかり君の親はどうしたの?」
「お母さんお父さんは村から出られないのです」
「村? ……ああ。いやごめん『日輪』のくだりは今度ちゃんと聞いてあげるから」
「いえいえリアルな話です。私ひとり田舎を出て上京してきたので」
一人暮らしのJKって結構普通なんだろうか。うーん、何というか妙に肝がすわってるっぽいし、本当に自立できてるすごいJKなのかな。
「その歳でか。偉いな」
「はい! お料理もお掃除もお洗濯もお任せくださいっ」
しかしこうして俺んとこ来てるなら自立とは呼ばないな?
という事はつまり、一人暮らしがしんどくなったのか。
「そこまで自立出来てたのになんで帰りたくないんだ?」
「帰りたくないというかですね……まあ今は帰らなくてもいいかなって思ってますけど、 元の世界にどう戻るのか分からないのです」
「そういえばそんな事言ってたな……」
『異世界』の設定は譲る気がないらしい。
「これは本当の本当なんですよ。私は電車で移動中に寝過ごしてしまって、急いで降りた駅が見たことのない駅で──」
「ああそれなら知ってる。かいせ駅だろ?」
「やっぱり闇黒のダークネスさんだったんですね!?」
「まあ、うん。そのHNで2ちゃんねるに書き込んでた」
日輪がうんたらの時よりも、顔つきがえらく真面目な風になっている。
にわかには信じがたいが……。
でもまあ、どっちにしろこの娘が居座る気満々なのはよくわかった。
これ以上なにかを聞き出したところでどうにもならないだろう。
「よし。じゃあ俺からの質問は終わりだ」
「ということは……!?」
「居ていいよ。とりあえずあかり君が蹴っ飛ばしまくったダンボール、片付けといて」
「はい! 小森閣下!」
閣下……。
まあいいや。とにかく、俺も万策が尽きたわけではない。
彼女を社長に押し付ける作戦を実行することにした。女性同士の方が気が合うだろうし。
あかり君は鼻歌をうたいながら上機嫌に片付けを始めた。
それを視界に入れたまま、俺は座り慣れたデスクに腰を落ち着かせた。
三日前の着信履歴をたどって社長へと電話をかける。
『はいこちらコウモリ企画の社長です!』
コール音が聞こえるよりも早く社長につながった。
おそろしい反射神経だ。
「……番号確認せずに出るのやめた方がいいよ社長」
『おお、その声は小森くんだ! 小森くんの方から電話なんて珍し……一体何をやらかしたの!?』
「先に言っておくけど俺は何も悪いことはしてない。話すと長いんだけど──」
姉貴分というのだろうか。社長は俺とも年が近く、すごくフレンドリーだ。
あと、とてつもない陽キャで常にテンションが高い。あかり君が可愛く思えるくらいだ。
まあその持ち前の明るさで営業やってくれてるわけだから、裏方の俺がどうこう言えた義理でもないんだけど。
『──うっはーーJKかぁ。やるねえ小森くん。春だね!』
「話聞いてた? 家出娘だよ家出娘。警察沙汰になったら仕事もできなくなるよ」
『家出って? 異世界転生してきたんでしょ? 戻れないんでしょ? 助けてあげなきゃ』
「えぇ……信じるの?」
一応頭のいい人だとは思うんだけど、結構、宇宙人的な発言が飛び出てくる変人だ。
『信じてあげて。あかりちゃんには、今は君しかいないだよ。自分から何かするまで様子を見てあげよ?』
「あー、そういうアレですか。ものすごくリスキーだと思うけど……って社長は助けてくれないの?」
『ごめんねぇ。実は今ものすごーく遠くにいるんだ。あ、国内だよ? 国内だけどほら、最近暑いじゃん? ほんで事務所も引っ越したというか……』
「ちょ、ちょっとまってよ。俺一人で面倒見れないよ……年頃の女の子だよ?」
『うん色々送ったげる! なんでも欲しいものあったら買うから聞いといて。あと小森くんも欲しい物あったら何でも言ってね』
「……よにげ?」
『違うよ!?』
経理とか会社の内情なんかは俺はノータッチだ。もしかしたら社長はもっと色々なことを手広くやってるのかもしれない。
とにかく金銭面では心配しないでくれ、あと予定入ってるから! と逃げるように電話を切られてしまった。
電話から視界へと意識を戻す。
どこから見つけてきたのか、あかり君は雑巾がけを始めていた。
結局、JKと一つ屋根の下で同棲することになってしまった。
俺は不安と頭痛……それと、得体のしれない──不思議な感情から逃げるように机へ突っ伏した。