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2話 暗黒卿

 

 とりあえずJKに肩を貸して、空調のきいた奥の部屋へと案内した。

 冷蔵庫から取り出したばかりのよく冷えた水を渡してやると、JKは血相をかえてそれを飲み始める。


「ごくっ……ごくっ……」


 本当に喉が渇いていたらしく、目の前に俺がいるのに形振(なりふ)り構わない飲み方をしている。2リットル入り南アルプスの天然水がものすごい勢いで彼女の口へと吸い込まれていく様は圧巻だ。


「ごくっごくっ……むぐっ……ごくっごくっぎゅ」


 ──ふと、めちゃくちゃ喉が渇いてる人に一気に水を飲ませてはならない的な話を思い出した。

 喉につまらせるんだったかなんだったか忘れたけど、とにかく一気飲みはよくない。ひとつ注意してやろう。


「君、あんまり激しく飲むと」

「んぐっ!? ぶへぁッッ!!!」


 そしてJKは盛大にむせた。

 彼女の顔の穴という穴から水が吹き出し――前方にいる俺へと襲いかかってくる。

 迫りくる水しぶき。

 それはまるでスローモーションのよう。

 手で守ることもかなわず。

 目で追う事しか許されない。

 確定された未来。抗えぬ災害。

 俺は目を閉じて、それを受け入れることにした。


 べしゃーん。


 ()天然水を顔面に浴びた俺は、目線だけでJKに抗議する。


「…………」

「ああっ! 申し訳ありま……ふぇ……」


 JKは全力で頭を下げると同時に、その場でへたり込んでしまった。


「お、おい! 今度は一体どうしたんだ?」

「立ちくらみ……がぁ……」


 ああ思い出した。

 水を一気飲みすると血中の塩分濃度が下がる、が正解だったか。そうなると力が抜けてフラフラになる。水中毒ってやつだ。

 その場合は塩分補給が重要になってくるわけだが……いま手頃な塩分はポテチくらいしか無いな。


「これ、食べられるか?」

「あぃ……」

「今度は慌てず、ゆっくりな」


 ポテチの袋を開いて渡してやると、えらく緩慢な動作で袋に手を入れ始めた。


 落ち着いて噛んで食べろと指示したつもりなのだが、どうやら意識が朦朧(もうろう)としているらしい。ゆっくり食べるどころか一挙手一投足すべての動作がスローリィになってしまった。

 ……日が暮れるぞJK。


「それ全部食っていいから……。食ったら出て行ってくれよな……」

「あぃ……」


 ここは俺だけの聖域。かわいいJKだからといって居座っていい場所ではない。

 っていうかホント、何しに来たんだ?

 まさかあのスレそのまんまが真実なわけないし。異世界列車なんて俺のでまかせだぞ。


「きみはその、何しにここまできたんだ?」


 単刀直入に聞いてみる。

 美人局(つつもたせ)的な、裏に怖いお兄さんがいる展開だったらやばいけど、こんな体を張った美人局なんかやらないよな多分。


「あぃ……」


 上の空でポテチを口に運び続けるJK。

 うん、演技にも見えない。っていうか半開きのまぶたから白目しか見えてない。

 寝ながら食ってんのかこいつは。


「寝るならベッド使わせてやるからそこまで移動するぞ」

「あい」


 少し元気よく相槌(あいづち)を打ったかというところで、JKはその場で寝転んだ。


「…………すぴぴー」

「うそだろお前……」


 もう微動だにしない。寝やがった。

 フローリングがひんやりして気持ちいいのだろうか。

 すでに幸せそうに寝息を立てている。


「無防備なやつ……」


 そんなセリフを吐いてみるが、決してやましい気持ちになったりはしない。

 短時間で変顔二連発+顔面水鉄砲を食らったのだ。たつものもたたない。


 でもまあ、JKを抱っこしてベッドに運ぶなんて真似はとうてい出来るわけがないので、奥から布団を引っ張ってきてその上に転がした。


 救急車か警察でも呼ぶのが定石だとは思うが、もうこれ以上騒がしいのはごめんだ。

 俺の一日に消費していいカロリーはすでに大きく上回っている。

 このJKじゃないが俺も軽い目眩(めまい)を覚えるくらいには色々なことが起こりすぎた。


 とにかく、JKが目覚めたらさっさとお帰り願うことにしよう。

 本当に帰る場所がないなんて事はないはずだ。

 せいぜい親とケンカして家出(いえで)をして、誰かにかくまってもらう算段でスレを立てたってところだろう。


 ──それでも最近の子にしては清楚な感じがする。

 少しも染めた気のない長い黒髪。あどけない寝顔。

 スカートの丈も短すぎず長すぎず……ちょっとひざを擦りむいてるみたいだ。


 元気になったら何を言われるだろうか。家出娘なら「居候させてください!」とか言うんだろうなぁ。よくある話だと「なんでもしますから!」とか言って関係を迫ってくることもあるんだっけ。嫌な世の中だよホント。俺が外界を毛嫌いしてるのはこういう薄汚い社会に居たくないからなんだよな。そもそも親は──


「おはようございます!」

「うお!?」


 いつの間にかJKが復活していた。回復早いなおい。


「……ぱんつ、見ようとしてました?」

「は……? あっ! みみみてない! 考え事してたの!」


 JKの脚に固定されていた視線をあわてて外す。

 ほんとに考え事してたんだからね。


「あはは、冗談です。というかですね!」

「な、なに」

「助けていただきありがとうございました!!」

「お、おう……」


 声でけえ……。陽キャこわい……。

 ダメだ。JK起きたら何か言うつもりだったんだけど、主導権をあっさりと奪われた。


「こんな事言うとヘンだと思われるかもしれませんが……実は私、迷子なんです!」

「へ、へえ……」


 まさか設定あのままでいく気か。


「おうち、見つかるといいね……」

「無理なんです! ここ異世界なんですよ! 私、べつの地球からやってきたっぽいのです」

「は、はあ」


 テンションたっけえ……2ちゃんの書き込みじゃなく肉声でそれ言われると頭真っ白になるからね。

 というかそんな言われて俺、どうすればいいの。


「それで……非常に厚かましいのは承知の上でお願いがあってですね……」


 きた。ここは絶対に断らないといけない。

 年齢不相応にかしこまって歯切れも悪くなっているところを見ると、やっぱり罪悪感があるのかもしれない。

 心が痛むが出鼻をくじかせてもらう。


「悪いがうちには泊められない」

「そんな……。なんでもお手伝いしますからっ」


 やっぱり食い下がってきたか……面倒臭いな。


「他の真っ当な人間をあたってくれ」


 金銭だとか法的な問題を抜きにしても陰キャには荷が重すぎる。俺の平穏な日々を壊さないでくれ。

 ってそのまま伝えても分かってくれなさそうだな。久々に()()やろうかな。


「ここに来るまでに色々な人に声をかけました……」

「まあ、上は結構人通りあるからな」

「みんな無視するか、その……ヘンなこと言ってくる人ばっかりで」


 ああ。そっちの覚悟があるわけではないのか。まあ清楚っぽいしなぁ。

 つっても俺は興味ないけどな。


「でも……お兄さんは違います! 私の命を救ってくれたばかりか、ヘンなことをする素振りもありませんでした!」


 ヘタレとも言う。陰キャなめんなよ。

 陰キャだって陰キャなりの生き方がある。

 この聖域は何人たりとも入れさせない。陰キャなりのさばき方を見せてやろう。


「俺が……(いな)──(われ)が変ではない? 普通の人間に見える、と?」

「……!?」


 ふっ、ビビってるビビってる。

 どんなにしつこい営業も、身に覚えのない受信料徴収マンも、この演技ひとつで追い払ってきたんだ。


「ふむ。まだ名を名乗っていなかったな?」

「えっ!…はっ……はい!」


 顔を赤くしているな。お前は恥ずかしくても俺は恥ずかしくない。

 もう今後会うこともないからな。徹底的にやるぞ。


「我は潜めし暗黒卿(ダークロード)のトール。夜毎、処女の血盃で喉を潤す吸血鬼の王なり……!」

「!?」


 以前、ちょっと頭がおかしくなって鏡で笑顔の練習をしたことがある。

 その時、俺は自分に隠された武器を発見した。


「クハハハハハ! 恐ろしくて震えるか小娘!」


 ──この凶悪な表情(かお)だ。

 ただでさえ陰気な俺の顔は、慣れない笑顔をつくることで八重歯が飛び出し完全究極吸血鬼へと変貌するのだ!


「クッハハハハハハァッハァ!」

「はっ……はぁっ……ハァッ」


 JKは目をまん丸に見開き、顔を更に赤く染めて過呼吸気味になってる。可愛そうだが俺も手を緩める気はない。実はちょっと楽しくなっているからな。


「クワハハハハハ! 10秒やろう。 入り口の鍵は開いているぞ小娘。そのポテチと水はくれてやるからさっさと出ていくがいい! さもないと……」

「~~~~ッッ!!」


 お、言い終わる前に回れ右をして走り始めた。


「クワァーーーーハハハハハハハァーー! 玄関はその突き当りを右だァ!!」


 追い打ちをかけてみる。

 なんどもつんのめって、いくつかダンボールの山を崩しながら走っていった。

 ……ちょっとやりすぎたかな。


 ドタドタと騒がしい足音の少し後、玄関の方からガチャン、という音が聞こえた。


 やっと追い出したか。

 あの調子じゃ体を売るなんて出来ないだろうし、せいぜい警察に保護されて家に送り返されて終わりになるだろう。短い冒険だったな小娘。


「ふぅ……」


 さんざん散らかしてしまったが、まず何より先に玄関の鍵をしめたいと思った。

 あの慌てようだから戻ってくることはないとは思う。

 だからこれは俺の平穏な時間を取り戻すための最後の儀式だ。

 そう考えて俺は散らかった部屋をそのままに玄関に向かった。


 ──なんとなく、予感があったのかもしれない。



 角を曲がった先、入口の扉を背にしてJKが立っていた。


「お、おい小娘……なんでまだ居るの……?」


 目に涙を貯めて、顔の色はりんごのよう。

 その口元はひどく歪んでいて――


「戸締まり完了です! だ、だッ……ダークロード様!」


 なんだかものすごく嬉しそうだった。



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