8話 大きな子供
『へぇ! 今度は子供? モテモテだねぇ小森くん。 でもゴメンねぇ、私も今忙しいからねぇ、参っちゃったねぇ!』
『そうですか。じゃあ来月の請求楽しみにしててください』
『えっちょ……小森くんそれどういう意──』
今度は一方的に通話を切ってやった。
はぁ……しかし予想してたとはいえ、俺の聖域、どんどん侵略されてるな。
あかり君はまあ、何だかんだ良い娘で助かってるけど、自称ネコのヌーは困ったやつだ。
「やいヌー。あかり君にスケベなことするんじゃないぞ」
「……えっ。」
「体は子供でも頭脳は大人なんだろ?」
「元魔法使いだよ。転生してぬこになった。小森よりは頭いい。」
クッソー! 生意気だぜこのガキ! 黙ってれば可愛いんだが。
……そういや撫でたら大人しくなったっけな。
「……。」
「なぜ距離を取る」
「小森は顔によく出るからな。スケベな顔してた。」
「は、はぁ〜? 俺がお前、子供なんか相手にそんな風になるかよ」
ピチピチJKのあかり君にだって欲情しない紳士だぞ俺は。
っていうか性別どっちなんだろこの子。
あかり君の事が好きだというから男だとばかり思ってたけど、女の子に見えなくもない。子供だから体つきは丸っこい感じなのは当たり前だけど。うーむ。
「ぬぅ〜……。スケベ小森。」
「芸名みたいに言うな。……そうだ、本当にお前が大人で魔法使いなら、変身して大人の姿に戻れるよな?」
「それは無理。転生は不可逆だから。」
せっかく魔法使いな設定なんだから、もっとワクワクできる言い訳を聞かせてほしいものだ。
「じゃあネコに変身して戻ってくれ」
「ぬー。まず魔法使いだったボクの転生体がぬこね。それで今朝突然ぬこからこの姿になったんだ。だからこの姿はボクの魔法と関係ない。というかこの世界で魔法使えないよ。」
「なんだ、結局それっぽいこともできないわけか」
「ぬー……。でも魔法に準ずるものはある。コレ。」
そう言うと、ヌーはポケットから平べったい石を取り出した。
これは俺が玄関前に置いといた石だ。見覚えある。
「ルーンストーンか?」
「うん。これアーティファクト。」
「アーティファクトって……マジックアイテム的な?」
想像力豊かな子は嫌いじゃない。俺も現在進行形で厨二病やってるしな。
あかり君が買い出しから帰ってきたら目を輝かせてこの話を聞くに違いない。
「異物とも言う。その世界に属さないモノ。異世界からの漂着物。」
「へー、じゃあこの石はやっぱりただのパワーストーンじゃなかったんだな」
「スリサズは門番。ヒトの意識から入り口を遠ざける言葉。停滞させる遅延のルーン。」
おお、博識だな。ネットで調べた情報とかねがね一致している。
「あかりは石のせいで小森の家にすぐ気付かなかった。」
「ふむ……」
そういえば、2ちゃんの書き込みで「石を動かしたら壁が扉になりました!」とか書いてたっけな、あかり君。
だとすると、もしかして二人の話……マジなのか?
異世界からきただの、魔法はありますだのと、二人で口裏を合わせて壮大なごっこ遊びでもしているんだと思っていたが、それだけじゃ辻褄の合わないことが多すぎる。
「さらに。異物は引かれ合う性質をもってるんだ。厳密には異物を認識した世界側の性質だけど。」
「つまりこの石が他の異物を引き寄せるってことか」
磁石みたいなもんだろうか。
「そのとおり。そして異物は無機物に限ったものじゃない。異世界から流れてきたモノは全部異物。ボクもそう。」
あかり君も、か。
なかなか壮大な話だが……俺の凝り固まった頭ではどうやっても話半分にしか聞けない。
でも、この話をしているヌーはかなり饒舌というか、水を得た魚のごとく生き生きしている。
……それなら自由に泳がせてあげるのも大人のツトメってやつだな。好感度を上げておいて損になることもなかろう。
「ほうほう、面白いな」
「ぬぅ~……。ついてこれてる? ボクの話。ちゃんと聞いてる?」
「おう、ヌーの話面白いぞ。もっと詳しく聞かせてくれ」
「んぬぅ~。いいよ。」
ヌーは目を細めて嬉しそうにしている。ほっぺたも赤くしちゃってまあ子供なんだから。
ってお前のほうが顔に出やすいじゃねーか!
とツッコみたい気持ちはぐっとこらえる。
俺は大人だからな。
「ここからが面白いよ。ナマモノの異物はね。異世界に渡るときに変身することがある。」
「ほう。それでヌーがネコになった話につながるわけか」
「そのとおり。ボクはね。たぶん心の奥でぬこになりたいって願ってたんだ。だからぬこになった。」
「願うだけでいいのか」
「魔法は願いの力。少なくともボクがいた世界ではそうだった。」
転移の呪文……うんたらかんた発動! バシューンみたいなイメージだったが違うらしい。
お祈りするみたいな感じだろうか。
「願うだけでいいならこの世界でも魔法が使えるってことにならないか?」
「何度もやったけどダメだった。この世界の理に合ってないんだと思う。歴史が証明してるよ。」
確かに過去に魔法使いがいたなんて歴史もないものな。
「でもヌーがネコから人になったのは魔法の力じゃないのか?」
「それは……。ぬぅ~。なんでだろう。世界の理が歪んでる……とか?」
えっ。なにそれ怖い。
「世界がヤバイってこと?」
「わからない。でも小森の家に少なくとも異物が3つも集まってる。」
ルーンストーンとヌーとあかり君、か。
「もしかしたら倉庫にまだ掘り出し物があるかもしれないな」
「理の外の異物が集まれば……ぬぅー。理そのものが置き換わったり……? ぬぬぬぅ……。」
あ、なんか置いてけぼりにされてるな俺。
ヌーの好奇心に満ちた金色の瞳はどこか遠くをうつしている。
あかり君と一緒で本気なんだな。
俺も……俺も混ざりたい。
「じゃあヌーはさ、人間になりたーいって願ってたの?」
「えっ……。ぬぅ~。……そういう事なんだとおもう。」
不自然に目をそらすヌー。またなにか隠してるな?
追撃だ!
「なんで人間になりたいって思ったんだ? せっかくぬこになれたのに」
「そ。それは……。心の奥の願望だから……わかんない。」
「ここに住みたがってたことと関係あるんじゃないか!?」
「……んぬぅ~。」
ヌーはうつむいてしまった。
もふもふチャーンス。
「頭ががら空きだぜえ!」
「んぬぅ~~~っっ!」
ふわもこの頭。この手触りはやっぱりあのネコで間違いないと思う。
今まで心のどこかでこいつらのファンタジーを嘲笑する俺がいた。
しかしもう全面的に信用するぞ俺は。否定したって何の得にもならない。
何より仲間に入れてほしいからな!
「おりゃおりゃおりゃ可愛い奴めっ」
「んぬっ……。ぬぅ~~ん。小森ぃ。もうやめぇ~~。」
あのネコが撫でられないなら代わりにヌーを撫でるしかないからな。
なんかとんでもない声を出しているが、もう少しの間だけ我慢してもらおう。
……ふと、玄関でネコを撫でまくっていた時の記憶がフラッシュバックする。
確かあの時、同じように俺がハメを外しはじめたタイミングで──
「小森さん、小さい方がお好きなんですねぇ」
「うお!?」
振り返ると、例によってあかり君が買い物袋を手に立っていた。
いつものようにニコニコしているのに、どことなく視線が冷たく感じる。
俺はそっとヌーを開放した。




