7話 小さな大人
「んぐんぐ。うまい。」
突然あらわれた謎の少年(少女?)は遠慮なしに味噌汁IN白メシをたいらげている。
「お、おかわりもありますよー……」
小学校高学年くらいの子に脅されてタダ飯をさしだす小森家という構図。
事情を聞いたあかり君も少し緊張している。
今のところ『飯を食わせろ』くらいの要求しかしてこないが、このままエスカレートしていきそうで不安になる。
第一印象はぼーっとした子供って感じだったが、あの瞳の奥には魔性が隠されている……。
「そういえば、お名前はなんというのですか?」
「ぬー。」
「ヌーさんですか?」
ぬーってただの変な口癖じゃなかったのか。
それにしても、俺たちのことをどこまで知っているんだろうか。
「やいヌー。それを食ったら出ていってくれるんだろうな?」
「ぬー。ここに住んじゃだめかな。」
「いやいや……ダメに決まってんだろ。どこから来たか知らんが心配されるぞ」
うーん。つい最近、この流れやった気がするな。
「ボクね。帰る場所がなくって。」
「ヌーさんはどこからいらっしゃったんですか?」
生意気な子供相手に敬語を崩さないあかり君。なんかもやもやする。
「あかりと同じ。異世界だよ。」
「おおお……ってあれ? 私、名乗りましたっけ?」
やっぱり普通のガキじゃない。
どこかで俺たちを監視していたのか?
俺たちの情報が筒抜けになるような場所なんてあったか? 盗聴器?
わからん……。
「小森。なんで知ってるか気になる?」
「なっ……」
「知りたい?」
待て……落ち着け。挑発にのるな、考えろ。
──家に入り込んで俺たちの話を盗み聞きしていた?
これはあり得ないな。人が入ってきたらすぐに分かる。
──盗聴器を仕掛けていた?
これも普通に考えればあり得ない。何かに紛れ込ませて仕掛けたとしても、回収しなければ用をなさない。つまり家の中に入る必要がある。人が入ってきたらすぐ分かる。
──2ちゃんねるで同じ板を見ていた?
これは十分ありえる。書き込みをしていた人だけでなく、誰もが閲覧可能な匿名掲示板だ。
つまり……。
「ふっ……謎はすべて解けた」
「おー。」
「2ちゃんを見てたな貴様!?」
「……? 2ちゃんってなに。」
アレッ。
「その線は私も考えたのですが……。ヌーさん、私達の名前知ってますよね?」
「そうか……掲示板じゃ名前は出さなかったものな」
「もー。答え言うね。外で全部聞いてたの。」
「は?」
一番意味のわからない答えが返ってきた。
こんな子、今まで一度も見たことなかったぞ?
しかも聞き耳立てたところで、窓ひとつないコンクリの建物だし、普通の人間じゃ到底……。
待てよ――普通の人間じゃない?
「ま、まさかヌーさんって」
あかり君と視線が交差する。たぶん、同じ結論にたどり着いたんだろう。
でも、それはあまりにも現実離れしていて……。
「ネコだよ。ぬーって鳴いてたネコ。もふもふのぬこ。」
「いやいやあり得ないだろ!」
「ぬぅ……。でもそうじゃないと辻褄あわない。 あかりは分かってくれるよね?」
「髪の色とか、目の色、雰囲気そっくりです! かわいいです!」
あっさり受け入れてる……。
「ぬぅ。ここまでやっても小森は信じてくれない。」
「ここまでって……茶番だったってことか? 最初から正体を明かさなかったのは」
「小森はむしろ物分りが良すぎるのか。まー信じなくてもいい。」
あくまで仮の話だが、コイツが本当にネコだったとして、玄関先で突然『ドーモ小森さん、ネコです』なんて言われても絶対に信じない。というか追い払って鍵をかける。
だからコイツは、少しずつ俺たちの方から真実に近づけるように誘導していたって事か。
「あー。でも腹ペコだったのは本当。たすかった。」
「……お前があのベージュ色のネコだったとして、何が目的で接触してきたんだ?」
「ぬー。ここに住みたい。」
「それはさっき聞いた。なぜここに住みたいんだ?」
「そ。それは……。ぬぅ……。」
ん? 突然歯切れが悪くなった。
まだ何か隠してることがあるのか。
「……はっ。小森さんちょっと」
「む?」
隣にいたあかり君が何かに気付いたらしくヒソヒソ話を要求してきた。
「(ヌーさんを撫でてみてください)」
「(えっ! なんで!?)」
「(きっとお喜びになりますよっ)」
一方的に秘密の会話を打ち切られる。
なぜかヌーは冷えきった目でこちらを睨んでいた。
「べつに悪口とか言ってないぞ」
「ぬぅ……。」
さっきの威勢はどこへやら。
不自然に視線を外して、まるで "借りてきた猫" のように大人しくなっている。
「もう一度質問するぞ。なぜうちに住みたいんだ?」
「ぬ。ぬぅ……。」
うつむいたまま返事がない。
ちらっとあかり君を見るとウィンクを返してきた。
えっ?このタイミングで撫でるの?
……まあいいか。
右手をそーっとヌーの頭にのせる。
この質感……もふもふとした……。たしかにあのネコに近い。
「ぬぅっ!?」
「ちょっとしつれい……」
そのまま、ふわふわと揉み込むように頭をなでる。
くせっ毛ではあるけど、髪質が柔らかくて手の動きにあわせてぐねぐねと形をかえていく。
なんとも触り心地のいい頭だ。
「おっほー」
「ぬっ……。んぬぅ~~っ! 理由っ……言うからぁ!さわるなぁっ」
手をどけると、ヌーが顔を真っ赤にして涙目でこちらを見ていた。
「すまん、いたかった?」
「……。」
「うふふふっ」
あかり君が堪え切れなくなったかのように笑い、何故かくすぐったそうに身悶えている。
俺が撫でたのは君じゃないぞ。
「あかりと……仲よさそうで……。いいなぁ……って。」
「うん?」
「すみたい理由。」
「あっ」
俺は全てを理解した。
こいつは妬いてたのだ! 子供のくせに!
確かにあかり君は母性あふれるJKで料理も掃除も洗濯もこなすパーフェクトレディだ。
しかしっ。
「お前にはまだ早い」
「はやくない。ボクは大人だ。」
「いやどう見ても子供だぞ……」
ちょいちょい汚い大人みたいな振る舞いはあったが、やっぱり子供だ。妬いたり泣きそうになったり……というか物理的にどう見ても子供だ。
まあ、だからこそママみたいなあかり君に惹かれてるのかもしれないが。
「ネコさん年齢だと大人だったりするのですか?」
「ネコも仮の姿。転生前は魔法使い。」
「おおお! 奇遇ですね! 私は日輪の花嫁――」
うっ……頭痛がしてきた……。
また一人変な子が増えそうです……。
社長助けて。




