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出ない男

 

 とある猛暑日の町の光景。

 セミは残りわずかの余命を絶唱についやし、太陽は容赦なく彼らを骸へと変えていく。道行く人はせわしなく、骸を踏み砕いたところで気にも留めない。


 舞台はそんな殺伐とした世間から、少しだけ外れた世界。

 人々が汗を流しながら往来する高架下の、うす暗い通り道。

 通称、木漏れ日通り。

 そこにある、一見すると壁にしか見えないコンクリートに覆われた建物の中に、一人の陰気な男が住んでいた。



「外の気温は39度か……。こんな日に外出するやつの気がしれないな」


 空調のよく効いた薄暗い部屋でパソコンを睨んでいる細長い棒のような男、<小森(こもり)(とおる)>は引きこもりである。


 肌は青白く、髪は伸ばしっぱなし。目の下には大きなクマを作っていて、目つきは鋭い。

 これで牙などあろうものなら吸血鬼の完成といってもおかしくない風体をしている。


 しかし今のところ、彼は人間である。


 小森は普段から食事も運動も必要最低限しか行っていないため、パリコレに出る女性モデルのような体型をキープし続けていた。

 悪く言えばもやしである。


 そんな彼も学生時代は運動部だった。

 炎天下の中、ひたすらボールを追いかける事に何も疑問を抱いていない無垢な時期があったのだ。

 しかし、その無垢もたまたま手に入れてしまったインターネット環境によって、陰キャ(性格の暗い人のこと)の闇に飲まれてしまうのであった。


 卒業後、すっかり陰キャとなった小森はひたすら楽ができる仕事を探し求めた。

 人とあまり関わらなくていい仕事。

 残業とは無縁の仕事。

 外に出ずに家の中だけで完結する仕事。

 勤務中にネトゲをしても許される仕事。

 ……そんな条件に合う仕事など普通あるわけがなく、常人ならばそこで目を覚まして真っ当な仕事を探すのが道理である。


 しかし不幸なことに、小森は幸運だった。

 出会ってしまったのだ。その条件に合致する、<倉庫管理>という職場を。


 倉庫管理の内容はいたって簡単。

 送られてくる荷物がらくたを保管し、インターネットを介して受けた指示通りに物品を梱包・発送するだけの仕事だ。

 会社は小森と社長だけで成り立っている小さなもので、いわゆるがらくたのリサイクルを行なっている。

 リサイクルというと聞こえはいいが、その実態はネットオークションを使った転売である。

 社長がどこからか仕入れてきた品物は片っ端から小森のいる倉庫に運ばれ、そして買い手がついたタイミングで小森が発送手配をするという流れになっている。


「今日は配送ゼロっと……張り紙しとくか」


 小森はモニターの前から立ち上がり、紙切れを一枚持って玄関へと向かった。


 彼が一日の中で人と顔を合わせるのは定期の配送屋くらいのものだが、最近ではそれすらも億劫になり、特に用件の無いときは玄関の扉に「今日は無いです」と書いた張り紙をして配送屋を追い返すようになっていた。それでもインターホンを鳴らされることが多いのだが。


「あー。そうだ」


 玄関に向かう途中、小森はある事を思い付き、ダンボールの山がある区画へと進路をかえた。


「確かここに……あったあった」


 廃棄予定と書かれたダンボール箱の中から一つを選び開封する。

 中には手のひら大の平らな石がいくつも入っていた。


「スリサズのルーンはこれだったかな」


 取り出した石には、風になびく旗のような文字が彫られている。


「捨てる前に試すくらいは、いいよな」


 小森は時折見かける珍しい品物について、インターネットを駆使して調べあげる事をひとつの楽しみにしている。

 売れないゴミとして廃棄を指示されたこの石についても、小森は少しだけ価値を見出していた。

 石に彫られた不思議な文字はルーンと呼ばれる文字で、まじないや魔術に使われるものらしいという事を小森は知ったのだ。


「張り紙とセットでこいつを玄関先に置いとけば防御力二倍ってところか。……本当に効果があればだが」


 そして、小森は玄関まで移動して深呼吸を繰り返し始めた。


「さあ……開ける……開けるぞ……開けるぞ……」


 この家の中こそが小森の活動範囲であり、聖域である。

 その扉を開くという事は彼にとってものすごい負担がかかる行為にほかならないのだ。


「うおおおおおォォオオオ!」


 素早くドアを開けて貼り紙を貼り、<スリサズ>のルーンストーンを割れそうな勢いで床へ設置。すぐさま扉を閉める。

 この間わずか2秒にも満たない。


「ハァッ……ハァッ……まぶしすぎだろ……外」


 小森が一日の中で一番カロリーを消費した瞬間である。


「もう疲れた。今日の仕事は終わり。昼メシ食いながら2ちゃんねるでも見てだらだらしよう」


 小森は大量に買い溜めしてあるカップ麺を片手に、パソコンの置いてある部屋へと戻っていくのであった。



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