戻れない、戻らない。
大変な事になった。
篠崎さんが美桜のオモチャになってしまった。
美桜は楽しそうに篠崎をいじめている。
そのおかげか、私には何もしてこないようになった。
篠崎さんは泣いたりせず、冷静に対応している。
上履きを隠されたらなぜかスペアを持っている。
ノートをボロボロにされたらノート無しで授業して、しかもその後先生に当てられても完璧に答える。
あと、悪口は言えないみたい。篠崎さんは完璧だから。
教科書を盗まれたら私が貸せばいい話。
クラスメートは美桜が怖くて助けてあげられないけど、私はどっちでも同じ。いじめられるのは慣れている。
むしろ篠崎さんが代わりになるなんて申し訳ないから、罪滅ぼしじゃないけど、篠崎さんの味方でいたい。篠崎さんはとてもいい人だし。
篠崎さんとはかなり仲良くなった。
いつも一緒にいて私が気を配れば、防げるいじめもあったから、私達はずっとくっついていた。
彗ちゃんを思い出して悲しくなるときもあるけど、彗ちゃんと篠崎さんは違うって、ちゃんと分かってるから。大丈夫。
篠崎さんは、絶対に守ってみせる。
その日も、美桜は篠崎さんに向かって色々と言っていた。
「なんなの、あんた!気味悪いわ!
ここまでしてるのに、心折れないの!?」
「はい。」
篠崎さんは強くて、美桜にも負けなかった。
そんな姿を見て、クラスメートもだんだん味方してくれるようになってきた。
それにますます苛立ってきた美桜は、柚花と麻里と一緒に篠崎さんに直接言いにきた。
「あーもう、夏実!」
え?私?
「なんかさ、あんたも調子乗ってるよね。
今は篠崎唯を教育してるけど、あんたがあたしらのオモチャなのは変わらないんだから。
篠崎の味方なんかしてるけどさ、あんた、自分の立場分かってる?伏野彗のこと、忘れた訳じゃないよね?」
忘れる訳が無い。あんな恐ろしい事。
クラスメートをいじめて、死に追いやるなんて、忘れる訳がない。
ニヤニヤと気持ち悪く笑う美桜は
人殺しだ。
「忘れて、無いです。」
私はすぐにそう応えた。
今すぐにでも美桜を殴り倒したい衝動にかられる。けどそれをした所で、どうにもならない。
責められてしまうのは私だ。
「そう?ならあたしに歯向かうなよ。
あたしのオモチャ。じゃ、命令ね。」
美桜は歪んだ顔をもっと歪ませた。
「夏実、伏野彗みたいに死にたくないんなら、
篠崎唯を殴って、ボッコボコにしてよ。」
静かな教室に、誰かの唾を飲む音が響いた。
美桜は残酷に、極悪に、笑みを浮かべながら机を蹴る。転がった私の机から教科書とノートが散らばった。
美桜は続ける。
「これは嘘なんかじゃないわよ、夏実ならそれが分かるでしょ?あたしに逆らい続けた伏野彗がどうなったか。」
分かってる。優しい彗ちゃんがどうなったか。
分かってるからこそ、こんなに怒りがおさまらない。
美桜は相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべている。麻里と柚花もそれに合わせて笑っている。
篠崎さんは特に表情は変えない。
彼女は私がここで殴り倒しても、何も言わないだろう。仕方ないって、許してくれるだろう。それより、私が無事で良かったと安心してくれる。
彼女はそんな人だ。私はこの数日でそれを知ってしまった。
だからこそ、
篠崎さんを殴るなんて、絶対に出来ない。
「嫌です。」
私は拒否した。
美桜は怒るかと思いきや、もっと楽しそうな顔になった。
「そぉー。美しい友情ね!
じゃ、夏実フルボッコね、決定!麻里、柚花!」
その瞬間、美桜に頬を思い切り殴られた。
私は思わず頬を押さえる。口の中が鉄の味がした。
切れたな・・・
次に美桜は私の腹を蹴り、そのまま後ろに倒れた私の足を踏みつけた。
痛いと思う間もない。
これが美桜の本性だ。
「美桜!やめろ!」
篠崎さんが私から美桜を放そうとしたけど、構わず美桜は突き飛ばした。
少しよろけただけで倒れなかった篠崎さんは叫ぶ。
「なんでそんな事をするの!!」
「決まってるでしょ、楽しいからよ!」
さも当たり前だというように返す美桜。
麻里と柚花は止めることも参加することもせず、ただただ見ているだけだ。
彼女達もこれには引いているのだろうか。今まで同じ事をしてきたのに。
「馬鹿だね、あんたは馬鹿だよ!
こんなことしか楽しめないなんて!!
もっと楽しいことなんて沢山あるでしょ!?
こんなことで楽しいと感じるなんて、人間としてクズよ!あんたは!」
篠崎さんの言葉に、美桜の手が止まった。
「楽しいこと・・・?そんなもの、あたしには無かったわ。誰もくれなかった!!
生意気言いやがって!あんたみたいに愛されて、幸せに生きてる奴が一番嫌いなのよ!!」
美桜が悲しそうな顔をした。
けど、それは一瞬だけ。
すぐに歪んだ笑みに戻った。
「美桜、今ならまだ間に合う。
こんなことはやめよう?
こんなこと続けてたら、本当に誰にも相手されなくなる。」
「うるさいわね!!」
今ならまだ間に合う・・・?
これがもし、最初のいじめならそうだったかもしれない。
謝って、転校して、やり直す。
それが出来たかもしれない。
けど、もう美桜は戻れない。
彗ちゃんは戻らない。
一人の少女を死なせた罪は、消えない。
たとえ美桜が忘れたって、私がずっと覚えてる。
けれど、まずはこの状況をどうにかしないと。
このままじゃ美桜は止まらない。
そう思ってふと、時計を見た。
時計は丁度、休み時間が終わりの時刻をさしていた。
キーンコーンカーンコーン
鐘が鳴った。
「つまんないわ。」
そう言って美桜は教室から出て行った。