仕方ないこと
「ただいま」
誰も居ない部屋に向かってそう呟く。
勿論何も返ってこない。返してくれる人はいない。分かっている。分かっている、けど、少しだけ期待してしまう。
今日は居るんじゃないか、私に笑顔を見せてくれるんじゃないかって。
両親は全くと言って良いほど帰ってこない。机の上に置かれている十万円・・・それが私の生活費。
別に寂しいとは思わない・・・。本当は、側にいて欲しいけど、仕事があるから仕方無いんだ。私が邪魔をしてはいけない。
私は生きていられるだけで、十分幸せなのだから。これ以上、望んじゃいけない。
次の日も、私は美桜達に呼ばれた。
クラスから少し離れた教室に設けられた更衣室。そこは先生達も入ってこないし、なにより周りにクラスが無いので誰かが来る心配もない。悲鳴を聞かれる心配も無い。
だから美桜達はここでいつも私を殴る。
今日も美桜達は楽しそうに笑っている。
美桜は笑いながら言った。
「美桜、こいつの髪、腹立つよね?」
「美桜~切っちゃわない?」
・・・!!
それだけは、ダメだ。
お母さんが言ったから・・・『顔を隠せ』って・・・!
迷惑はかけられない!これ以上嫌われなくない!
「だ、ダメ!」
そう言うと、美桜が嫌そうな顔をした。
「はぁ?夏実のくせに生意気!」
「美桜、これ!」
麻里が取り出したのは小さめのハサミ。
「よし!切るよ~?」
お母さんにこれ以上嫌われたら…
「美桜、夏実のブスな顔さらされたら毎日困るし、後ろ髪だけ雑に切っちゃおうよ?」
柚花がそう言ったことで、美桜の手が止まった。
「うーん。そう?なら、後ろ髪をギザギザにしてやろうかなぁ?」
・・・それならまだいい。
お母さんはただでさえ私に感心がないのに、もし顔を見られたなんて知ったら・・・私と二度と喋ってくれなくなるだろう。
後ろなら、切り揃えればいい話。
これで長い髪ともサヨナラか・・・
「じゃ、いくよ!」
ザクザクザクザク
美桜は楽しそうに髪の毛を切っていく。
・・・力任せに引っ張って切っているせいか、ものすごく痛い。
このくらい、もう慣れたはずなのに。痛みは、いくら経験しても痛い。
心も同じくらい痛い。
痛い。
「ねぇ、あたし思ったんだけどさぁ」
美桜が急に言い出した。
「夏実ってぇ、最近抵抗しなくなったよね。前は『やめて』とか言ってたし~。それから、泣かなくなったよね。あたし、つまんなーい。」
つまんないとか、言われてもな・・・
最近では、もう涙すら出なくなった。
まあ、何を言っても彼女達がやめることはないのは分かってるから、そんな風に抵抗するだけ無駄だと知ったからだけど。
「最近、教育が雑よね?たまにはこんなこともしなくちゃ」
そう言って、思いっきり蹴られた。
転んでも、私はなにも言わない、言えない。
恥ずかしいから
『助けて』
なんて言えない。
怖いから。もし、私の言葉を否定されたら。
お前が悪いって言われるのは辛いから
逆に私が怒られてしまうから。
何より、この人達が怖いから。
これ以上酷くしたくはないから。
だから、心を空っぽにして、ひたすら耐えて、耐えて、耐える。
そうすれば、終わりは見えてくる。
どんな雨だって、いつかは晴れる。
「だから!つまんないって言ってんじゃん!」
かなり力を込めて蹴られてるけど、我慢できない程じゃない。
痛いし、多分痣になってるかな。
「あーもう。柚花、裏庭行かない?」
「うん。裏庭ね・・・あ、まさか。」
「何?裏庭で何するの?」
「それはお楽しみ♪行こっ!ほらクズ、立て。」
あ、やっぱり痛い。
思わず顔をしかめてしまう。
これ、酷い色になってないといいけど・・・。
美桜達は楽しそうに話していた。
「美桜、裏庭で何するの?」
「うーん。ボコボコにして、裏庭に放置かな。」
「それなら、ベンチに固定する?ちょうど紐あったよ?」
「いいね、さすが柚花。」
私はこのあと、殴られて、蹴られて、気を失った。そこからはよく覚えていない。
「あ、起きたんだね、上原さん。」
誰・・・だろう。
ここは保健室?ああ、殴られて・・・
この人が、助けてくれたのかな?
同じくらいの年の男子。
モテそうな見た目してる・・・私とは正反対の人だ・・・
「あの、助け・・・てくれたの?」
「裏庭のベンチで倒れてる君を見つけてさ。」
なるほど、それで先生を呼んでくれたって訳か。
迷惑かけちゃったな・・・。私なんかのせいで・・・
「初めて人を抱えたけど、結構軽いんだね。」
・・・!!??
理解不能・・・理解不能。
エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ工エエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?
今・・・なんて!