■第5話:食べきれないご馳走 ~ people of the underground ~
New Cast ホープ=ラディ:ノーム族 ガトー=アルバ:ノーム族 ケルン=マグワイヤ:ノーム族
ノヴァとライオネルは1時間ほど南へと続く山道を疾走していた。アカデメシア研究員に追われているのだ。追手は20人ほどだろうか。研究員達の手には、本来、木々を切り倒すための石の斧や、ドーリア採集で使う鋭利な刃物が握られていた。ノヴァ達を捕らえて研究材料にするのか、それともそのまま殺す気でいるのか。ノヴァ達2人は決して足が遅いわけではないが、慣れない山道では追手を振り切ることができず、また、何度か別方向から先回りされることで徐々に追いつかれ、追手との距離は縮まってきていた。そして、2人はついに研究員達と大きな崖に挟まれた形になってしまった。
ライオネル 「まずいな・・・。」 ライオネルが息を切らして言った。
ノヴァ 「うん。僕はいざとなれば飛んで崖を越えていけるけど、ライオネルを抱えてだと重くてたぶん無理だよ。」
ノヴァは自分を助けてくれたライオネルを見捨てて飛んでいくことはできなかった。それに、この先1人では到底、真実に辿りつけないとも思っていた。
ライオネル 「闘う武器くらいは用意しておくべきだったな・・・。武器さえあれば20人ぐらい倒す自信はあるんだが。お前は俺に構わず飛んで行け。」
ライオネルは近くにあった武器になりそうな大きめの石を拾っては、首を振るとその石を捨て、また別の石を拾うことを繰り返していた。
しだいに追手の声が大きくなってきた。いよいよかというとき、ノヴァはライオネルと一緒に戦う覚悟を決めた。
ノヴァ (バートごめん。意外と早くお前のところにいくことになるかもしれないけど、少しでも仇はとってやるぞ!)
ライオネル 「ノヴァ、何をしている?早く飛んで行けと言っただろう!」
ノヴァ 「僕も一緒に・・・」
そのとき-。
「こっちだよ!」 突然、予想よりずっと近くから声が聞こえてきたことに2人は驚き、あたりを見渡したが、どこにも人影は見えなかった。
「こっちだってば!下、下!」
地面に小さな穴があいており、そこから人間の丸い顔がぴょこんと出ていた。見たところ年齢はノヴァよりも若く、目は小さく、鼻は低く、平べったい顔をしている。丸くあどけない顔が、どことなく可愛らしくも見えた。
少年 「ついてきてよ。穴はずっと先まで掘ってあるからさ。」
アカデメシア研究員達の声は、すぐ近くまで迫ってきている。どうやらかなりの数だ。2人は顔を見合わせてうなずく。
ライオネル・ノヴァ 「行くぞ。」「うん。」
2人は穴の中に潜り、体を低く小さくして進んでいく。穴はライオネルには少々きついものの、なんとか通れる大きさで、ライオネルが通った後に穴を崩し、研究員達が追ってこられないようにして進んだ。しばらくその体勢のまま進むと、先導していた少年が言った。
少年 「ついたよ!」
3人は両脇が崖になっている大きく開けた谷底のような場所に出た。崖の影になってしまって十分ではないがディアも届き、辺りの様子がよく見えた。
ライオネル 「どうやらここはノーム族(大爪人種)の村のようだな。」
ノーム族は特質として両手に地中を掘り進めるほどの大きな固い1枚爪をもち、生活場所としてディアが届きにくい谷底のような場所を選ぶ。明るすぎる場所に出ると眩しすぎて目があまり見えなくなってしまうが、その分鼻がよいとされる。
少年 「こっちこっち。」
さっきまでは暗い地中を進んでいたため気がつかなかったが、少年の大きな爪は左右の2枚ともノヴァの翼と同じ色をしていた。
ノヴァもライオネルもその『漆黒の爪』に気がついていたが、そのことには触れず、何も言わずに少年についていった。
少年 「長老~!助けてきたよ。」
長老と呼ばれたノーム族の男が2人を笑顔で迎えた。長老と呼ばれるわりに若く見える。
ノーム族の男 「ワシはこの村の長老、ガトーじゃ。2人とも災難じゃったな。どうも上の方が騒がしいと思っておったが、『誰かが山道から谷の方へ向かって逃げている』と村の見張り番から聞いてな。このホープに助けに行かせたのじゃ。うまく逃げてこられたようじゃな。」
ノヴァ 「あ、ありがとう。助かりました。」 ノヴァは長老に向かって礼を言った。
ライオネル 「助かった。礼を言う。」 ライオネルも長老を見下ろす角度にならないよう、膝をついて言った。
ガトー 「礼はいらんさ。ワシらノーム族は争いや人殺しを嫌っていてな、この村の近くで変なマネはしないで欲しいのじゃ。それに種族がどうあれ目の前の人間が困っているのを助けなければ、サンドワーム(砂の悪魔)に奈落の底まで引きずり込まれて二度と帰ってこられないと信じているでな。まぁ、お前さん達が盗みでもして逃げているなら別だがの?」
ノヴァ 「と、とにかく、ありがとう。」
ガトー 「お前さんの翼は黒いのか・・・。ずいぶん珍しいのぉ。まぁ変な組み合わせの2人だが、見た感じは悪い人間でもなさそうだし、ともかく家へあがりなさい。ワシらの好みで申し訳ないが、栄養豊富な『地中ドーリア』でも食べていきなされ。なに、遠慮はいらんよ。ノーム族は突然の来訪者も大事にもてなすのが当たり前なんじゃ。ケルンや、取ってきておくれ。」
長老に言われ、ケルンと呼ばれる男が倉庫のような建物の方へ向かい、しばらくするとドーリアを沢山持ってきて、それらを彼らに振舞った。
ケルン 「俺は倉庫番のケルンだ。よろしくな!ま、とにかく食べてくれよ。」
空腹だったノヴァは出された地中ドーリアを一気に口にかきこんだ。
ノヴァ 「お、美味しい!!」 そう言ってノヴァは夢中で食べ続けた。
ライオネル 「お、おお、これは美味い。」 ライオネルも勢いよく食べる。
ガトー 「じゃろう?地中ドーリアは大地の栄養分を吸って、体にイイだけじゃなくて味も濃厚じゃからな。」
ケルン 「まだまだあるぜ。ほらよっと!」 ケルンは食事台の上に2人が見たこともないぐらいの量のドーリアを続けて出した。
食事台の反対側からではノヴァの体が隠れて見えないぐらいの多さであった。
ノヴァ 「い!?こ、これはさすがに・・・。ねぇ・・・。」 ノヴァはライオネルの方を見た。
ライオネル 「ああ・・・。さすがの俺でもちょっとな・・・。」 ライオネルもノヴァの方を見た。
ホープ 「ノーム族のもてなしを最後まで受けとらない奴は『敵』とみなされるんだよね、長老?」 戸惑う2人を前にホープが意地悪そうに言った。
ガトー 「ノームの常識じゃな。」
ノヴァとライオネルの2人は再び顔を見合わせた。
彼らは食事を済ませると、再びガトー達に礼を言い、近くに座ってくつろいだ。
ホープ 「しっかし、でっかい体だなぁ。一体何を食べたらそんなに大きくなるの?」 ホープはその黒い爪が刺さらないように注意しながら手の平でライオネルの体をバシバシと叩きながら言った。
ホープの体はノヴァよりも小さく、ライオネルの3分の1程度であった。
ライオネル 「やめてくれホープ、痛いではないか。ガオン族は生まれつき他の種族より体が大きいのだ。」 ライオネルも苦笑いで答える。
ノヴァは満腹で動けず、楽な姿勢で窓から外を行き交う村人の様子を眺めていた。ノヴァはふと、この村にいるノーム族が皆若いことに気がつき、年をとった者がいないのかと、窓から体を乗り出して探し始めた。その様子に気がついたガトーは静かに語り出した。
ガトー 「ワシは村では一番長く生きておるが、もう体中ぼろぼろでな。」 ガトーはそう言って足を引きずり、ゆっくりと椅子に腰をかけた。
ノヴァ 「ガトー長老は何歳なの?」
ガトー 「35年ほど生きた。」
ライオネル 「なんと、俺とたいして変わらないではないか。」
ガトー 「ノーム族は谷底に住み、栄養豊富な地中ドーリアを食べているがの、なぜだか他の種族より体の衰弱が早いようでな、成人する前に命を終えることも少なくない。それにノーム族の村は、もうここ以外には存在しないのじゃ。だから村に名前をつける必要もない。」 ガトーは少し悲しそうに話を続ける。
ガトー 「・・・これだけ体が弱ければ、我ら谷底に住まう種族が滅びる日も遠くないであろうと、ワシは想像しておる。」
ホープ・ケルン 「ちょ、長老!」「何を言っているんですか!」 話を聞いていたホープとケルンはビックリしたように叫んでしまった。
ガトー 「ま、しかしな、ワシらはどんな困難な状況になろうとも、ノーム族である『誇り』をもつことを大切してに生きておる。決して他の種族の縄張りを侵さず、争わず、仲間と静かに寄り添って暮らす。誰かが困っていれば見返りを求めずに助ける。それには土の神である『ノーム』のすぐ近く、この静かな谷底でドーリアに感謝して暮らすという生活こそがもっとも相応しいと思っている。ワシらはこの生活が気に入っているし、幸せだとも思っている。」
ホープ 「うんうん、そうだよ、誇りだよ誇り。わかるかい、翼の兄ちゃん?」 ホープが嬉しそうに言った。
ケルン 「そういうことですねぇ。」 ケルンも同調して言った。
ホープ 「あ、そうだ!うちの隣のロブが病気だっていうから、効き目のある地中ドーリアをとってきてやるんだった。ノーム族は助け合うのさ。じゃあお2人さん、ゆっくりしてってよね。」 そう言ってホープは走っていった。
ガトー 「・・・ホープはああ見えて、とても勉強家でな。両親は病気で亡くなってしまったが、独学で文字を学び、あの年で読み書きができるのじゃよ。もっとも、書く方は立派な爪が邪魔して苦手のようじゃがな。」 走り去っていくホープを見てガトーが言った。
家の外ではホープより小さな男の子らが遊んでおり、近くでお腹の大きな若い女が椅子に腰かけてその様子を見守っている。
ガトー 「さっきは、弱気な発言をしたがの。こうして若い者の元気な姿や、これから新しい命が誕生しようとしているのを見ると、もしも外の世界に皆を守る方法があるならば、何をしてでも手に入れたいと思っておるのも本音じゃ・・・。」
ノヴァ 「うん。」 ノヴァは深くうなずいた。
ガトー 「それに、ホープのように頭が良いだけでなく病気もしない、とびきり健康な者も生まれる。あの黒い爪も土を掘る力が村で一番強くてな、おかげでさっきのようにお前さん達を助けてやれた。まさに希望の子じゃよ。」
ライオネル 「本当に助かった。恩にきる。」 ライオネルも再び感謝の気持ちを述べた。
ガトー 「じゃから・・・。ワシらもホープを見ていると未来への希望を忘れずに生きていくことができる。」
ノヴァとライオネルはホープの黒い爪を思い浮かべると、複雑な表情でお互い顔を見合わせた。またガトーも、何かを考えるように静かに目をとじ、時折、目を開けてはノヴァとライオネルを交互に見つめていた。結局ノヴァ達は、黒い翼のルーツを探していること、ライオネルにも黒い牙が生えていたこと、自分達の体が特に健康である秘密が黒き特質に隠されているのではないかと調べていること、そして2人が一緒に旅をしている中でこの黒い翼ごと強引にもぎとって研究しようとした狂信的なアカデメシア研究員から逃げてきたことだけを説明し、それ以上は深く説明しなかった。幸い、黒い牙が根元から折れているライオネルが説明することで、2人が『アカデメシアに追われている』という話に(事実、そうであったが)信憑性があった。夜が更け、2人はガトーの家の1部屋を借りて就寝することとなった。