■第4話:戻らぬ日常 ~ at the laboratory of Academisia ~
ノヴァとライオネルはヴェント村のアカデメシア研究所の裏手に身を潜め、中へと忍びむ機会をうかがっていた。研究所に保管されているであろう毒光と黒き特質に関する記録を手に入れるためだ。
ノヴァ (なんだかんだで予定どおり研究所に忍び込むことになったな・・・。でもこんなデカイ人と一緒に忍び込むことになるなんて思いもよらなかったけど。) ノヴァはライオネルの背中を見て、そんなことを思いながら尋ねてみた。
ノヴァ 「正面から行って、記録を見せてもらえばいいんじゃないの?」
ライオネル 「アカデメシアが重要な記録を外部に漏らすことはないだろう。毒光について詳しいことが突然公になれば村中がパニックになるからな。そうなれば毎日のドーリア集めどころではなくなってしまう。もっとも、この村に黒き特質をもった者はお前だけだったようだから、まずは『お前の処遇をどうしようか』という話になるだろうな。それにまた、俺が正面から行こうにも、お前と同様にアカデメシアの奴らからは指名手配中でな。」
それを聞いたノヴァはまた少し息が詰まるような思いになった。2人は周りに誰もいないことを確かめると、研究所の中へ素早く忍びこんだ。この早朝の時間帯は、泊まりこみの研究員以外はほとんどいなかった。誰にも見つからないように壁を背にして、すり足で廊下を進む。しばらく行くと大きな部屋の前でライオネルが突然立ち止まり、指を1本立て、口元にもってくる仕草をした。
ライオネル (静かに。)
ノヴァはゆっくりと部屋をのぞきこんだ。部屋の中を見ると、白装束を纏ったガーゴ村出身とみられる2人の大柄の研究員が話をしている。そして彼らの近くに腰の高さ程の台座があり、その上に横たわっている人間がいた。研究員に比べて小柄であるが、見覚えのある服装だった。
ノヴァ (あれ?台座に横たわっているのはバートじゃないか?なんでこんなところにいるんだよ?動かないみたいだけど、寝ているのかな?)
「・・・なことにったな。」 研究員の1人が小さな声で言った。
ノヴァ (何を話しているんだろう?) ノヴァは話を聞こうと耳を澄ました。
「ああ、コイツも強情な奴だったな。ノヴァをかばって居所を吐かないとは・・・。貯水塔から逃がすことができたのは、昨日ノヴァと一緒にドーリア採集に行ったコイツが一番怪しいんだ。」
「まぁそうだろうな。しかし、まさか『死んで』しまうとはな。」
一瞬、聞き間違いかとノヴァは耳を疑った。ライオネルは姿が見えないように低くかがみ、静かに2人を睨みつけている。
「おかげで、ヴェント村の皆にノヴァとバートの死について、いっぺんに説明しなければならなくなった。」
「ああ、あまりにも強情だから、ちょっと脅かそうと首を絞めただけで死んでしまうなんて、まったく面倒なことになった。」
「結局ノヴァの居所もわからず、所長からはこっぴどく怒られるし、冗談じゃないな。」
「まったくだよ。こんなやつ、どうせ長くは生きないだろうにさ!」 研究員はそう言ってバートが横たわっている台座を蹴飛ばした。
ガツン!
バートの体はピクリとも動かなかったが、台座が蹴られた衝撃で首がくるりと回って顔がこちらを向き、開いたままのバートの目がノヴァの目と合った。
バートの目に光はなかった。
ノヴァ 「!?」 ノヴァは驚きと恐怖のあまり、体が凍りついたように動かなくなってしまった。
「ところで、この死体だが・・・。」
「ああ、早めに解剖しなければならないな。」
「特にこの5本の指だな。我々ウィング族は通常4本指だが、数千年前の時代に生きていた『前世人類』は皆、指が5本あったというからな。実に興味深い研究材料だ。」
「それに、『漆黒の翼』といつも一緒に遊んでいたようだし、大きく毒光の影響を受けているはずだ。」
「研究材料としては期待できるな。新鮮なうちに取りかかるぞ。」
ノヴァは、自分の体中から冷汗ともわからないものが噴き出てきて、ガタガタと震えているのに気がついた。体は全く言うことをきかなかったが、しだいに1つの感情がノヴァの心を占めてきていた。それは『許せない』という感情だった。
一体何が『許せない』のか。目の前の2人がバートを殺したことか。しかし、なぜバートが殺されなければならなかったのか。バートが普段自分と一緒に行動していたせいだというのか。自分が貯水塔から逃げてしまったせいなのか。
ノヴァ (僕のせいでバートが殺されただって・・・??)
頭の中はひどく混乱していて、うまく思考をまとめることができなかった。頭の中で繰り返されるのは、『バートはこんなところで死ぬべき人間ではなかったはずだ』ということであった。
瞬間-。
バンッ!! 大きな音が鳴った。
ノヴァの右手が、近くにあったライオネルの背丈ほどある大きな棚に当たっていた。いや、思いっきり殴っていたのだ。
ノヴァ 「痛っ!」
拳への痛みを感じると同時に止まっていた時が動き出し、頭に少しずつ思考が戻ってきた。突然大きな音を聞いた研究員達は驚いてこちらを向いた。
「だ、誰だ!その黒い翼、お前はノヴァか!?」
「なぜここにいるのだ!?」
ノヴァが研究所に忍び込んできたのだということを研究員達が理解するまでに一瞬の間があったが、ノヴァは肩を震わせてその場で固まってしまっていた。
「と、捕らえるんだ!」
「おうっ!誰か来てくれー!黒き翼だー!」 2人の研究員は大きな声をあげながらノヴァに迫ってくる。
ノヴァは一刻も早く、このどうしようもない怒りと混乱を何かにぶつけてしまいたかったが、体は思うように動かず、ほとんど棒立ちの状態であった。
もう少しで研究員の手がノヴァに届くというところで-。
ドスンッ!ドサッ! 研究員よりもずっと体の大きなライオネルが、1人を一瞬にして気絶させ、もう1人の首を吊し上げていた。
ライオネル 「何をボヤボヤしている!解剖する人間を運んでくるということは、この部屋が怪しいぞ。その棚を全て調べろ!それらしき記録があるはずだ。」
ノヴァ 「・・・え?あ、あ、あ。」 ノヴァはライオネルの凛とした声に操られるかのように棚を漁った。
ライオネル 「おい!貴様!ここにある書類は、この棚のもので全てか!」 研究員は首を絞められながら問いただされると、苦しそうに激しくうなずいた。
ライオネル 「人間を解剖するなど、この俺が許さんぞ!」 ライオネルはそう言って、もう1人の研究員もそのまま気絶させてしまった。
棚の中には、分厚い、それらしき書類の束があった。
ライオネル 「どうやらそれだな。しかし、ここではまずいな・・・。ノヴァ、それを全部持ってくるんだ。いったんここを離れるぞ。」
ライオネルは体を翻し、研究所の裏口を目指して勢いよく走った。
ノヴァも記録を抱えて走りだしたが、途中でふと足を止めてしまった。
ノヴァ (バート、本当に死んで・・・?)
ライオネル 「ノヴァ、何をやっている!こっちだ!」
ノヴァはライオネルの大声を聞いて再び走り出した。その目には涙が流れていた。
ライオネル 「ふぅ、ここまでくればひとまず大丈夫だな。よし・・・。」
ノヴァ 「・・・。」
ライオネルは研究員の話とノヴァの態度から、ノヴァとバートの関係を察したようで、先ほどからずっと黙っているノヴァに対して悟すように言った。
ライオネル 「アイツはお前のせいで死んだわけではないぞ。さっきの話からすると、悪いのは奴らだ。」
ノヴァ 「・・・。」
ライオネルは反応が無く俯いたままのノヴァを見て、それ以上バートの話をすることをやめた。
ライオネル 「おそらく追手がかかるだろうが、昨日から夜通し歩いているし、今は少し睡眠が必要だな。しばらくここで休むぞ。」
ノヴァ 「うん・・・。」
ノヴァは体中に疲れを感じており、ここがどこかもわからないまま深い眠りに落ちた。いや、果たして本当に眠れたのだろうか?
どこからともなく複数の男の声が、ノヴァの頭の中に聞こえてきた。
「バートにしてみたら、本当にとばっちりだったな。」
「ひょっとしたらお前のことを恨んでいるかもしれないな。」
「人間を襲う毒光?アカデメシア?『一体誰が悪いのか?』って顔をしているな。」
「いやいや、悪いのは『お前』に決まっているだろう?」
「アカデメシアは逃げたお前を狙うだろうな。」
「お前のことを助けようとする者には黒き翼の呪いの事実を伝え、お前を孤立無援にさせるかもな。」
「お前から誰かに事情を話し、助けを求めても、普通の人間であればお前の近くにはいたくないと思うさ。」
「お前はもう、村には帰れないのだよ。」
「お前はもう、1人なのだよ。」
ノヴァは心が押しつぶされそうになった。いっそのこと全てを忘れて、誰にも見つからないよう、どこか遠くへ逃げ出してしまいたかった。
苦しむノヴァの頭の中に、再び声が聞こえてきた。
「ノヴァ、今日お前に起きたこと全てを、運命として受け入れるのだ。」
「人間はいつか死ぬ。運命を呪って逃げて生きるのか、それとも運命と向き合い闘って生きるのか。お前の心にしたがい決めていけばよい。」
「どんなに過酷な運命が待っていようとも、自分がこの世に生まれた1つの命であることを忘れてはならない。」
「答えがわからないなら、見つかるまで探せばいい。」
「大事なことを忘れてしまったなら、立ち止まって思い出せばいい。」
「ウィング族らしく、風にしたがえばいい。」
「ノヴァはこのヴェント村で一番高く、そして遠くまで飛べるんだから。」
ノヴァ (バート?)
ノヴァの憂いを吹き飛ばすかのように爽やかな突風が吹いた。
次の日の朝-。
ノヴァが目を覚ますと、ライオネルは既に水やドーリアを持ち運べるよう、旅立つ準備をしていた。
ノヴァはライオネルに近づくと、水をもらって一気に飲み干した。
ノヴァ 「ふぅ・・・。」
ライオネルはノヴァの顔をみると、安心したかのようにうなずき、ゆっくりと問いかけた。
ライオネル 「ルーツを探すのだろう?」
ノヴァ 「うん。」 ノヴァは力強くうなずいたのだった。
<ヴェント村のアカデメシアの記録>
・元来、人間は2本の足で立ち、手を使うことができ、言葉を交わし、そして高い知能をもっている。これらの基本形態に対し、何世代にもわたって人間の体に少しずつではあるが変異が起きている。
・変異、すなわち『特質』は、後天的なものではなく、生まれた瞬間から発現していることが多い。
・特質の傾向としては、法則というものは決まっていないようで、その土地の暮らしにふさわしい形に多種多様に変異している。
・翼をもつ者、牙をもつ者、大きな爪をもつ者。ただ、基本形態から遠く、極端に変異している種族ほど体が弱く、寿命が短い傾向がある。
・2本の足で立つことをやめ、水中で暮らす者もいたが、寿命としては10年に満たない種族で、現在では絶滅してしまったとみられる。
・人間に特質がもたらされる原因は、詳しくは不明だが、毒光が影響していると考えられる。これは他の村の研究と同じ結果である。
・変異の程度は、ロストドーリアから遠い土地の者ほど小さいという相関関係があることもわかっている。
・引き続き、各村のアカデメシアは協力し、『死体を研究する者達』を中心に毒光の研究を行っていく。
・また、これまでの死体研究の成果として、『毒光は数千年前の隕石の時代以前には存在しなかった』ということが推測される。そのため、研究員の中には『毒光は隕石によりこの星もたらされた』という仮説をたてる者もいるが、まだ結論には至っていない。






