■第3話:夜明け ~ daybreak ~
2人は姿を隠すのに丁度良い、背の高い木々に囲まれた場所で休憩していた。まだ辺りは暗かったが、ここから見えるロストドーリアの方角は、まもなく朝を迎えるこの時間になると妖しげな紫色の光を放っていた。ノヴァの黒い翼は紫色の光に照らされて、いつもよりもいっそう美しく見える。
ノヴァ (この翼が呪いだって・・・?) ノヴァがそんなことを考えていると、ライオネルが口を開いた。
ライオネル 「よし。奴らをうまく撒いたようだな。これで村から遠くに逃げたと思わせることができたはずだ。」
ノヴァ 「うん。」
ライオネル 「今からゆっくりとお前の村に戻るぞ。ついて来い。」
ライオネルは突然立ち上がり、来た道を少し迂回するようにヴェント村へ向かって歩き出した。
ノヴァ 「え、ちょっと待って!村に戻るの!?」
ライオネル 「そうだ。戻りながら説明するが、お前の村のアカデメシアがまとめた記録が欲しいのだ。」
ノヴァ 「記録?」
ライオネル 「ああ。ミロス村にもアカデメシアがまとめた記録があった。きっと各村の研究所で、それぞれ研究の成果を記録として保管しているはずだ。」
2人はヴェント村のアカデメシア研究所を目指して、辺りをうかがいながらひたすら歩いて行った。
ノヴァ 「ね、ねえ。その記録には何が書いてあったの?」 ノヴァはライオネルがなかなか続きを話さないことを不安に思い、たまらず質問をぶつけてみた。
ライオネル 「・・・『毒光』と『黒き特質』についてだ。」
毒光-。ノヴァがその言葉を聞くのは初めてであったが、酷く不吉な響きを感じさせる言葉であった。しかし、もう1つの『黒き特質』という言葉に興味をひかれ、そのまま静かに続きを聞いた。ライオネルは記録の内容を次のように語ったのだった。
<アカデメシアの記録>
・毒光は、地上に漂う目に見えない強力な毒素である。
・毒光は、触れた者に吸着し、少しずつ体内に取り込まれ、人間の体をゆっくりと弱らせていく。
・体内の毒素は、時間が経っても完全に消えることがなく、蓄積していき、その子供、孫、場合によっては何世代にもわたって受け継がれる。
・毒光は、人間の体を弱らせるのと同時に、『翼』や『牙』などの変異、すなわち『種族の違い』を生み出してきたと考えられる。我々アカデメシアは、それを『特質』と名付けた。
・毒光は、隕石の衝突の時代、およそ100世代以上前から存在し、今やこの地上を覆い尽くしてしまっていると考えられる。
・毒光は、隕石の落下地点、つまりロストドーリアの方角から際限なく放たれており、ロストドーリアの中心地に近づけば近づくほど濃度が高い。つまり、隕石の落下と関係があると考えられる。
ノヴァ 「目に見えない毒素?地上を覆い尽くす?でもみんな普通に暮らしているじゃないか。」
ノヴァは思わず口を挟んだが、ライオネルは構わず続けた。
・毒光は、通常では気がつかないぐらいにゆっくりと体に取り込まれていく。
・毒光は、ディア(天光)に触れると一種の中和作用が起き、ある程度分解される。これは、比較的寿命の長い種族が、習慣的にディアを長時間浴びるような生活をしていることからわかった。
ノヴァ 「・・・。」 ノヴァは続きを聞き逃さぬよう、今度は静かに黙っていた。
ライオネル 「ここからが本題だ。」 ライオネルは歩きながらノヴァをちらりと横目でみて、再び前を向いて話を続けた。
・人間の中に、ごく稀にではあるが『黒い牙』『黒い翼』『黒い尾』などの、『黒き特質』をもった者が生まれることが確認できている。
・黒き特質をもつ者は、毒光を通常の何倍もの速度で吸収していき、全ての毒素をその特質部分に集める。これにより、体全体には毒素の影響を受けないことがわかった。
・したがって、黒き特質をもつ者は、通常の人間より長く健康に生きることができる。
ノヴァは唖然としてしまった。自分が他の人間よりも健康で体力があることと、背中の黒い翼との関連性については今まで考えてもみなかったのだ。ノヴァは長年追い求めていた真実に一気に近づいたかのような気持ちになった。
ノヴァ 「それで?ライオネル、まだ続きがあるの?教えてよ!」
催促するノヴァに、ライオネルは深く息を吸いこみ、また深く吐いてから、ゆっくりと言った。
ライオネル 「黒き特質をもつ者は積極的に溜めこんだ毒光を体全体が毒素の影響を受けないように分解を続けるが、分解しきれなかった高濃度の毒素を周囲に放ち続けている。」
ノヴァ 「えっ・・・?」 ノヴァは驚いて足を止めた。
ライオネル 「俺の村の記録はここまでだ・・・。殺される理由がわかったか?記録によると、その黒い翼のせいで周りの人間が高濃度の毒素を受けて衰弱していくのさ。そう、誰も気がつかないぐらいにゆっくりとな。」
ノヴァには思いあたる節があった。周りの人間がノヴァと一緒にいるとき、何度も咳き込んだり、酷いときには一緒にいた次の日から数日間も寝込んでしまったりしたことを覚えている。ノヴァが小さな時から、周りの人間が体が弱いことが多く、短命であったが、ノヴァにしてみればそれが普通であったから、あえて不思議とも思わなかった。しかし、アカデメシアに通う近所の者が、ノヴァを指さして『呪いの子』と言って、あからさまに遠ざけているのを思い出した。単純に黒い翼を気味悪がっているのではなく、毒素を放つ者だと思っていたのかもしれない。ノヴァとともにドーリア集めを一緒にしてくれる友達といえば、年が近い幼馴染のバートぐらいであったし、ノヴァの両親は2人とも1年前に他界していたのだった。
ノヴァはその話が本当かどうかよりも、その毒素の影響が小さいことを確かめたくなった。
ノヴァ 「で、でもさ、ディアを浴びていれば大丈夫なんでしょう?」
ライオネル 「残念ながら毒光が一度体内に取り込まれると、ディアを浴びても分解が遅く、毒素が体を蝕む方が少し早いようだな。お前達ウィング族だってディアはいつも浴びているだろう。ガオン族のように、もともと体力があれば多少は大丈夫だろうが、黒き特質から放たれる毒素は非常に厄介だ。気がつかないうちに、近くにいる者から徐々に弱ってしまうらしい。」
ノヴァ 「そんな、どうしたらいいの!?」
ライオネル 「ふん、ならば毒素の元を断つしかないだろう。」 焦った様子をみせるノヴァに、ライオネルはきっぱりと言った。
ノヴァ 「元を断つって、まさか僕に死ねってこと?黒い翼をもって生まれたからって、死ななきゃならないなんて嫌だよ!」
ライオネル 「そう、それがアカデメシアの考え方だな。だがなノヴァ。記録によると毒素の元は、『それ』ではないだろう?」 ライオネルは黒い翼を指して、興奮したノヴァを落ち着かせるように言った。
ノヴァはライオネルが何を言いたいのかを理解すると、驚いて大きな声を出した。
ノヴァ 「毒素の元を断つって、そんなことができるの!?」
ライオネル 「・・・わからんさ。ただ、こんなにも呪われた運命だというならば、なぜ自分がこの世界に生まれたのか、納得いくまで追求してやらなければ気がすまないと思っている。」
ノヴァ 「でも隕石の衝突が原因で生まれたかもしれない毒素なんて話、それこそ邪神の仕業だよ!僕らたった2人では、どうしようもないでしょう?」
ライオネル 「誰か確かめたのか?」 ライオネルは目を細めて言った。
そして今度は目を大きく開き、ノヴァに向かって言葉を続ける。
ライオネル 「お前自身がそう言っていたではないか。俺はそれを聞いてお前と一緒にいくことを決めたのさ。すぐに近づこうかと思ったが、アカデメシアの連中がお前の周りをうろちょろしていたのが見えてな。少し様子をみていたら、お前がそいつらに襲われて貯水塔に放りこまれてしまった。奴らがいなくなってから助けようと、しばらく隠れていたのだ。」
あの時の大きな影はライオネルであった。ライオネルは身を潜め、ノヴァとバートとの話を聞いていたようだ。
ノヴァ 「・・・でもさ、ライオネルの黒い牙なら折れてしまって、もう無いじゃない。」 ノヴァは半分納得しつつ、気になっていたことを尋ねた。
ライオネル 「あるさ。ここにな。」 ライオネルは自分の頭を指さした。
ノヴァ (記憶の中・・・ってこと?)
ノヴァはそれ以上何も聞かなかった。正直言って頭の中がごちゃごちゃで、全くといっていいほど整理できていない状況だったのだ。今はただひたすら、ライオネルにつづいて歩き続けた。
まもなく夜が明けようとしている。
<神学聖書 第5章>
咎人達が暮らすこの器に 魂は溢れている かつて数千種類存在した生命の記憶を この大地に刻みつけながら 楽園に手を伸ばし 姿をかえて永遠の時を行進する 先を誘うのは天使の歌声か それとも悪魔の囁きか 終焉が待っている