■第1話:風はどこから ~ the origin of the wind ~
New Cast ノヴァ=フロンティア:ウィング族 バート=ダイアン:ウィング族
「・・・って、一体誰が言ったのさ。誰も確かめたこともないのに。」
空から照らすディアを体に受けながら2人の若者が気持ちよさそうに地面に寝そべっている。
「ロストドーリアの話だね?アカデメシアの連中が言っているじゃないか。それにあの暑さ、アッシュランドに近づいただけで体がヒリヒリするよ。」
アカデメシアとは、ここ30年ぐらいにできた一種の研究団体であり、設立当初から活動範囲を少しずつ広げていき、今やどの村にも存在する大規模な団体となっている。
「まぁそうだよね・・・。」 そう言って若者の1人が起き上がる。
「さすがに確かめるのは無理だと思うよ。」 調子を合わせるかのように隣の若者も体を起こす。
「温度さえ下がれば、探検でもするのに。」
「探検だって?してどうするのさ。」
「ルーツを探すんだよ。」
「ルーツ?」
「自分はどこから来たのかってこと。」
「ノヴァの家は村の一番東だろ?」
ノヴァ 「バート、そういうことじゃなくってさ。」 ノヴァと呼ばれた若者は、ため息をつきながら相棒を見て言った。
バート 「悪い悪い、冗談さ。『自分探し』ってやつだろ?」
ノヴァ 「まぁ、そういうことかな。この翼もさ・・・。」 ノヴァは自分の背中に生えている翼を目の前のバートに見せた。
バート 「確かに珍しいよな、『黒い翼』なんてさ。僕や他の人間はみんな白いのにな。」
ノヴァ 「うん・・・。」
バート 「でも、いいじゃないか。その立派な黒い翼のおかげで、ノヴァはこのヴェント村で一番高く、そして遠くまで飛べるんだから。」
ノヴァの背中の翼の色は美しいまでに黒く、ディアすら吸い込まれてしまいそうな漆黒の翼であった。
ディアは会話を続ける2人をずっと照りつけている。
ノヴァ (今日はいちだんとディアが眩しいな。そういえば、ディアに近づいてみたくて思いきり空に向かって飛んだことがあったっけ。なんだか重さを感じなくなってきたところで、呼吸が苦しくて頭も痛くて、それより上にはいけなかったんだよな・・・。)
バート 「ま、ノヴァだけでなく、みんな体に違う特徴があるんだから、今さら不思議とも思わないけどね。ゴホッ!ゴホッ!」 バートは、咳き込みながら手を広げて『5本』ある珍しい指を見せた。ノヴァや村の他の者には指が4本しかなかった。
バート 「僕は体は弱いけど、この指があるおかげで石とか刃物とかさ、とても掴みやすいんだ。こういう体の違いを『特質』っていうらしいね。この前、アカデメシアの説法で言ってたよ。」
ノヴァ 「アカデメシアねぇ。何の研究をしているんだか・・・。体を白い布で覆ってほとんど肌を見せないし、噂じゃ研究だとかいって人間の死体を研究所の中へ運んで解剖しているらしいじゃないか。薄気味が悪いんだから!」
バート 「でもアカデメシアのやつら、ドーリア集めもしないで毎日研究ってさ、楽でいいよなぁ。」
ノヴァ (アカデメシアか・・・。)
バート 「ま、僕はこの器用な手を活かしてドーリア料理の達人になるんだから、研究なんて全然関係ないけどね。僕の作った料理を味わってヴェント村の皆だけでなく、隣のガーゴ村の皆にも『空まで飛び上がっちまうほど美味い!』って言ってもらうのさ。想像するだけで嬉しくてたまんないね!」
ヴェント村には、おおよそ50人ほどの『人間』が暮らしている。『人間』とは言ったが、彼らは背中に翼をもつウィング族(有翼人種)であった。昔は、人間には翼などなかったのだが、この村の民には生まれた時から翼が生えており、彼らは体に風を受けながら、個人差はあるものの小高い丘や木々を遥か下に見下ろす高さまで飛翔できた。通常、ウィング族の翼は白く左右に大きく開いていて、体重は他の種族に比べるとかなり軽い。ヴェント村から北に位置する地域に暮らすガーゴ村の民は、同じく白い翼をもつ大型のウィング族だが、体重はヴェント村の者達の2倍はあり、皆怪力ではあったものの、数百年前に飛ぶ力を失ってしまっていた。ガーゴ村の民は木々を切り倒し、土を固めて運び、建造物を作ることが得意であったが、縄張り意識が高く、あまり他の地域の民との交流を好まなかった。一方で、ヴェント村の民は、力は弱かったが翼を存分に活用することで広範囲にドーリア採集ができていたため、ヴェント村とガーゴ村では、限定的にドーリアと材木等の物々交換を行っていた。
ヴェント村のすぐ南には大きな谷があり、風が谷にぶつかることで常に一定方向に強風が吹くようになっていた。彼らはその風を動力として利用するために風車を建てている。また、自らも風を利用して高く飛べることから、材木を高く組みあげて見張り台を構えたり、崖の上に住居を建てたりして、数少ないドーリアを強奪しようとする蛮族に襲われる危険性を減らしていた。ただ、大きな翼を駆使することが、気がつかないうちに彼らの体に負担をかけてしまっているのか、ウィング族達の寿命は、長い者でも40年程度であった。
ところで、ノヴァの翼はウィング族の中では珍しく真っ黒であった。ヴェント村の村人達からは、『不吉な翼をもつ少年』として少々気味悪がられており、いつも一緒にいてくれる友人といえば幼馴染のバートぐらいであった。ノヴァとバートは2人が小さな頃から毎日日が暮れるまで一緒に遊ぶ仲であり、ノヴァの親しみやすい素直な性格をよく知っているバートは村人の陰口など全く気にしていなかった。しかし、他の村人の怪しい者をみるかのようなノヴァへの視線は、しばしばノヴァを遠回しに傷つけていた。それもあってか、ノヴァは最近しきりに他者との違いを気にするようになり、『自分は一体何者で、どこから来たのか?』を深く考えるようになっていたのだった。
ノヴァは村に住むアカデメシア研究員の説法を少しだけ思い出した。数千年前の隕石の衝突が、ある種の高エネルギーを生み出し、大地に不思議な光が放たれ、その光を受けた人間達の体には、その土地の生活に合うような変異がもたらされたのだという。ノヴァは何年か前に、自分があまりにも特異な外見であることから『自分の寿命は極端に短いのではないか』と心配になり、自分の特質について何か知っているかもしれないと、研究員に直接問いただしたことがあった。その時は、ノヴァがあまりにもしつこく聞いたため、その研究員にひどく怒られてしまい、ろくに話がきけなかったのを覚えている。
しばらくして、ノヴァは決意したようにバートに向かって言った。
ノヴァ 「明日、アカデメシア研究所に忍びこんでみるよ。きっと特質についてもっと詳しく調べた記録があるはずだ。」
バート 「ええっ!?そんな泥棒みたいな真似して大丈夫?」
ノヴァ 「平気だよ。もし見つかったとしても急いで逃げちゃうからさ。僕より速く飛んで追ってこられる人間なんか、この村にもいないだろう?」
バート 「それもそうか・・・。見つかって怒られないか心配だけどさ、まぁ、ノヴァの『逃げ翼』の速さなら大丈夫だよね。」
ノヴァ 「逃げ翼って、なんか失礼だなぁ。僕はそんなに臆病じゃないよ。」
バート 「ははは。じゃあ今日はドーリア集めもサボっちゃったけど、このアカデメシア研究所から少し西の方の地域には全然無かったってことにしようか。最近は採集場所も減った気がするし、ハズレだったってことにしても不自然じゃないよな。それになんだか疲れたし、僕も今日はもう帰るよ。」 そう言ってバートは再び咳きこんだ。
バート 「あ、そうそうノヴァ。『最近、ガオン族(有牙人種)を西の山の麓で見かけた』ってうちの親が言っていたから、気をつけてね。」
ガオン族は、顔の回りが長い毛で覆われており、大きな口と鋭い牙をもつ野蛮な民といわれている。その牙はドーリアの実が固くても一気に砕けるのは勿論だったが、敵との戦いの際には、相手に噛みつくこともあり、噛みつかれた相手は骨まで砕かれてしまうという。
ノヴァ 「う・・・。でも、この翼があれば大丈夫だってば!」 ノヴァは少し怖くなったが、ガオン族に噛みつかれるイメージを頭から振り払い、勢いよく答えた。
バート 「だよね。じゃ、また明日の夜、研究所に忍びこんだ話を聞かせてね。」
ノヴァはバートと別れ、家路へと向かった。道中は天気も良く、歩き慣れた道を口笛を吹きながら歩いていた。ノヴァは『明日、アカデメシア研究所に忍びこむのだ』という、ちょっとした冒険にワクワクしており、後ろに『大きな影』が憑いていたことに気がつかなかった。
そして30分ほど歩いたところで-。
ガッ!! ノヴァは頭に強い衝撃を感じたのと同時にその場に倒れ、気を失ってしまった。