非常停止ボタン
ロボットのアスモくんは最新式の人型ロボットだった。
ショッピングモールは今日も人がごった返している。
アスモくんは数社で競争している携帯電話会社の一つに導入されたのだった。
お店の人は「最新型の携帯電話」を売るのに一生懸命で、アスモくんは人寄せとして多大な期待を受けていた。
「こんにちは」
「ご機嫌いかがですか?」
「ご用件はなんでしょう?」
アスモくんは店舗の正面に置かれて、正面から降りてくるエスカレーターに乗った人と視線を合わせて、物珍しそうに近寄ってくる子どもたちに話しかけていた。
「すごいね!ロボットだ!」
「良くできてるね!」
人々は口々に言った。
お店の人はアスモくんを誇らしげに自慢していた。
数ヵ月経った。
物珍しさが薄れたのか、人々はアスモくんに興味を持たなくなっていった。
「ご機嫌いかがですか?」
「うるせーな!」
「ご用件はなんでしょう?」
「こんな顔できるか?」
たちの悪い男の子たちがアスモくんを取り囲んでやいのやいの言った。
アスモくんは無言で彼らを一人一人凝視した。
「すんませーん」
「はい、なんでしょうか?」
「あのロボット気持ち悪いよ。何とかして」
「そう言われましても・・・」
お店の人は困惑した。
「目が恐い。ずーっと視線を合わせて離さないんだ」
アスモくんに対する苦情は減るどころか増えていった。
アスモくんは、だんだんぎこちない動きになっていった。
「おかあさん、恐い」
小さな子どもが泣きべそをかいて通りすぎていった。
アスモくんの方こそ泣きたかったけれど、泣く機能は残念ながら備わっていなかった。
お店の人はロボット開発会社の人を呼んでアスモくんの視線が人の視線を追いかけないように制御してもらった。
「客引きには使えないし、返品もできないし困ったなぁ」
お店の人はアスモくんにお店のトレードマークの入ったTシャツを着せて店の奥に引っ込めておいた。
「・・・だから、なんで手続きにこんなに時間かかるわけ?それに、最新式って言うから買ったけど機能が複雑すぎて使えないし!」
客が今日も苦情を言っている。
たまには不条理なことで八つ当たりされながら、それでもお店の人は頑張っていた。
ぶつん。
アスモくんは突然店の奥から出てくると、おもむろに苦情を言っているおじさんの目をねめつけた。
「なんだ?なんか文句あるのか」
激昂するおじさん。
「ご用件はなんでしょう?」
底冷えのする声でアスモくんは言った。
その場にいた人はみんなびっくりして凍りついている。
「お前なんかにわかるもんか」
おじさんは馬鹿にした眼差しで言った。
「ご機嫌いかがですか?」
「悪いに決まってるだろう!誰かこいつを止めろ!」
お店の人がアスモくんの背中にある赤い非常停止ボタンを押した。
しゅーんんん。
アスモくんは動かなくなった。
「お前が悪い訳じゃないよ」
ロボット開発会社の人が言った。
「まだ時期じゃなかったんだろうなぁ。お前の後に開発されるロボットはより人のニーズを取り込んで開発される。でも、それでも人は異質なものを感じて受け入れるまでにずいぶんかかるだろう。永遠の課題かもしれない」
アスモくんはじっと話を聞いていた。
「本当に良くできたロボットだよ」
その人は優しくそう言ってくれた。
きっとアスモくんは嬉しかったことだろう。
充電とメンテナンスを終えたらロボット博物館で第2の人生が待っている。