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彼女は千三つと言われている

少年が恋に落ちるまでの物語

「相川君はむっつりなんですね!」

「待った!! どうしてそうなった!?」


 上気した顔で、叫ぶように言う彼女に、僕は目を白黒させた。


 初めて清水のことを知った時は、まさかそんなことを言われるなんて夢にも思わなかった。そう、あの教室で泣きそうな顔をして、儚い雰囲気を醸し出していた姿からは予想できなかったものだ。

 テスト前の休憩時間。僕は確か寝ていて―――










「やばい!! 昨日、私全然勉強していない!!」

「私も私も!!」

「おいおい、テストだってわかってただろ?」


 ……痛い。まるで首筋を針で突き刺されたようだ。また平気な顔で嘘をつくやつがいるらしい。


 この痛みは、嘘をついているという証明なので、この声の主たちはテスト勉強をきちんとしていたのだろう。周りには勉強していないアピールをしながら高得点を出す人間はよくいる。今回もそれだろう。


 なぜわかるのかといえば、わかるようになっているからだ。


 僕には嘘を見抜く力があった。僕に聞こえる範囲で誰かが嘘をつくと、首筋に痛みが走る。異能の代償としても、酷く不快だ。

 だから僕は嘘を嫌っているのだが、僕の好悪なんて関係ない。人間関係において、ちょっとした嘘は潤滑油だ。それを否定することはできない。

 僕にこの異能があることを知っているのは家族だけだ。他には誰一人として知らないし、この先増えるとも思わない。


 だからこうして僕は、毎日刺されまくる。でもやはり腹は立つ。


 枕代わりに使っていた両腕から頭をのっそりと上げる。とてもじゃないが、この痛みの中眠れそうにない。痛む首元を右手で抑えつつ、恨めし気に周囲を見渡そうとすると、人の眠りを妨げた集団はすぐに見つかった。左斜め前に二つ分先の席だ。

 彼らは休み時間を大いに楽しんでいるようで、机の上に教材を出して、次の授業における試験について語っている。男子が一人に女子が二人。クラスでもよく見かけるグループだ。


「ここがわかんないや」

「それは簡単でしょ。というかそれが出来ないとか、テストまずくね?」

「まずい!! だから教えて!」

「えー」

「お願い!! あとここも!」

「あー、そこは私もわからないや。今回のテストは上位に入らないと、来年のクラス分けに影響するからちゃんと解けないとまずいよね? ということで教えて、間宮」


 痛っ!! ……嘘だ。あいつはわかってる。


「はぁ。しょうがないな」


 クラスの人気者、間宮は苦笑いをしながら言った。すると、他の女子二人はやったとガッツポーズをして、間宮にシャーペンを渡す。

 間宮はそれを受け取ると、机の上のノートにすらすらと書き出す。彼はよく勉強していたらしい。


「―――だから、Xが2以下の時は成り立たないと証明できるんだよ」

「なるほど」

「ありがとね。これでここが出たら答えられる……ここ出ないかなー」

「ここは出ると思う。でも残りの二問がどこなのか全然わからないからな」

「だよねー」


 これ以上彼らを見ていたら、気持ち悪がられるかもしれない。そう考え、時計をちらりと見る。授業まで残り二分。

 椅子に座ったまま、体をぐっと伸ばす。凝り固まった筋肉がほぐされて気持ちいい。


 さて、最後に教科書の内容を一応確認しておくことにする。実は、自分はテストに出る内容は、先生にどこが出るか一つ一つ確認したのでわかっている。前の席の佐藤以外には話していないので、きっと無駄なしの勉強をしているのは僕と佐藤だけだ。でも情報源は言っていないから、もしかしたら佐藤は他の場所も勉強しているかもしれない。だとしたら、僕だけだろう。

 そう思っていた。


「p48の公式の証明とp49の練習3がテストに出るよ」


 綺麗な声が、僕だけが知っていると思っていたテスト内容を言った。驚くことに、痛みが襲うことはなかった。つまり、嘘をついていない。

 誰だろう? 僕は声に釣られて視線を向ける。声は左斜め前から聞こえた。


「先生は今日は遅れてくるはずだから、今から勉強すれば間に合うよ?」


 彼女はさらに左斜め前の間宮たちの集団に話しかけていた。どこか伺うような声音だ。体が彼らを向いており、顔は見えない。見えるのは背中まで伸びた黒髪と、そこから除く白い耳だけだ。


 教室の後ろに張られた座席表を確認する。多くのクラスで授業をしているために、名前を覚えきれない先生たちのために作られたものだが、僕はこれをよく利用していた。

 僕の席を指す場所には『相川』と書かれた紙が貼られている。そこを基点にすると、彼女は『清水』というらしい。

 

 名前は憶えていなかったが、彼女と僕は一度も話したことがないのでしょうがないだろう。それに間宮のように、クラスの中心人物でなければ自然と覚えるということはない。特にぼっちやぼっち予備軍にとってはだ。


 それにしても、清水は優秀だ。それでいて優しいと思う。


 僕が嘘を見抜く力で手に入れたテストの情報を自力で手に入れたばかりか、それを他人に教えている。そうすれば当然みんなの点数が上がり、平均点が上がる。それが嫌な僕にはできないことだ。教えるとしても数少ない友人だけだろう。

 もしかしたら清水は彼らと友達なのかもしれない。それなら納得がいく。


「嘘言わないで!!」

「テスト前に混乱させようとするなんてサイテー!!」


 しかし彼女の好意は裏切られた。

 清水はまず間違いなく嘘を言っていないのだが、彼女たちには信じてもらえなかったようだ。というか友達にそんな罵倒をするか、普通。


 そう考えると、クラスメイト以上の関係ではないようだ。……清水は、本当にただの親切心で情報を与えていたのか。

 

「本当だよ。こんなことで嘘なんてつかないって」


 嘘をついていないとわかる僕からしてみれば、素直に教えてもらったことを喜んで勉強すればいいのにと思う。そもそもどこがテストに出るのかわからないのだから、清水の意見を取り入れたって問題ないはずだ。

 まあ、どうせ間宮が彼女たちをなだめて勉強するだろう。いつものことだ。僕が彼女の意見を援護する必要はないし、するつもりもない。


 しかし、予想外なことに間宮も冷たい目を彼女に向けながら言った。


「勉強の邪魔しないでくれ」


 思わず間宮の顔を凝視する。あの温厚で、誰とも分け隔てなく接する間宮らしくないと思ったのだ。


「……ごめん」


 清水はあきらめたようにうなだれながら、彼らから目を背けた。あっさり謝りすぎだ。それだと自分が悪いことになってしまう。

 清水の体が黒板を向く。すると斜め後ろからは顔が見える。その顔を見て、僕ははっと息を呑んだ。


 泣いてる。


 いや、違う。正確に言うと彼女の目元が悲し気なだけだ。涙なんて見えない。

 けれども、僕にはその横顔が、泣くことを堪えているように見えたのだ。


 


 


 

 テストが終わった。

 内容は予想通り。僕が先生のついた嘘から判断したものであり、清水が言った箇所だった。

 

 クラス中が、テストの出来について話している。僕も前の席に座る佐藤と話していた。


「どうだったよ?」


 佐藤が教科書を鞄に仕舞いながら聞く。

 テスト内容のわかってる僕にしてみれば楽勝なので、にやりと笑みを返した。この自信あり気な顔で十分伝わるだろう。


「それはどっちの笑みだよ。出来てるに決まってるだろか? それとも聞くなよ恥ずかしいの方か?」


 伝わらなかった。


「今回は自信ある」

「くそー! まじか。お前あの定義の証明ちゃんと勉強してたのかよ」

「まあね。でもお前にあそこが重要だから勉強しとけって言ったよな?」


 佐藤は僕にとって数少ない友人だ。だからポイントもきちんと教えたのに、彼は解けなかったらしい。


「いやだってあんなん出るとか思わねえだろ? もっと公式を利用した問題が出ると思うじゃん。俺だったら練習問題を中心に出すのになー」

「あの先生は違ったな」

「ちくしょー!!」


 この何気ないやりとりが楽しい。彼は滅多なことでは僕を刺さないので、気楽に話せる。

 けれども、その会話は佐藤の隣の席で響いた音で途切れた。


「ちょっとあんた!!」


 女子が一人、清水の机を両手でドン、と叩いたのだ。教室中が一斉に静まり、なんだなんだと視線が集まる。衝撃で机の上からシャーペンが落ち、皆の耳にその音が届いた。

 その女子は、前の休み時間に間宮と一緒に勉強していた人の一人だった。確かわかっていたのに、わからないふりをしていたほうだ。


「な、何かな?」


 清水は次の授業の教科書をそっと机に置いた。シャーペンは取れそうな雰囲気ではない。


「私を騙したのね!? この千三つが!!」


 は?


 彼女の金切り声だけでなく、その発言にも眉をひそめる。刺されるような痛みはない。つまり彼女は本気で言っている。騙すとはどういうことだろうか。

 嘘は嫌いだ。特に人を陥れる、必要のない嘘は滅べばいいのに。


「なんでそうなるの? 私はどこが出るか言っただけじゃない」


 しかし清水の発言にも、嘘は含まれていなかった。


「ええ、言ったわ。そのせいで私は思いっきり騙されたわよ。おかげで問を一つ答えられなかったわ」

「……それと関係あるの?」

「大ありよ!! あんたがあんなことを言うから、私は()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 呆れた。支離滅裂だし、八つ当たりもいいところだ。


 清水は嘘をついていなかった。彼女はあそこがテストに出ると確信したうえで、彼女たちに教えたのだ。それを信じず、あまつさえそこ以外を勉強したというのも変な話だ。

 そもそもテスト前にちょろっと勉強したかしなかったかでそこまで怒るほどの成績の差なんて生まれない。


「……ごめん」


 それなのに、どうして清水は謝っているのだろうか。

 嘘をついていないと言えばいい。それで騙したと言うのは理不尽だと憤ればいい。そのはずなのに、どうして自分のせいだと認めるような真似をするのか。


 そして何よりも、その謝罪に僕は刺されなかったことが気になった。


「ごめんで済むと本当に思ってるの!? あれで私の成績落ちたんだからね!! 来年Aクラスに入れないかもしれないじゃない!?」

「ごめん」

「ふざけんなし!! それしか言えないの!?」


 彼女は机の上の教科書を手に持つと、それで清水の頭を思いっきりぶった。見ている方が引いてしまうほどの剣幕だった。

 ふと近づいてくる人影に気づいた。間宮だ。


「やめろ」


 さすがは間宮。あまり刺してこないいい人だ。

 間宮は素早く彼女から教科書を奪うと、彼女の目を見て話しかける。


()()()()()()に手を上げたら、お前も同レベルだぞ」


 目を見開く。

 信じられなかった。今のこの状況で、悪いのは清水だというのか。何が起きているのか漠然としか知らない野次馬ではなく、事態を正確に把握している間宮がその判断を下すのか。


「だって……」

「ほら落ち着けって」


 宥める間宮を見て混乱する。

 おかしい。あの姿だけならいつもの彼だ。それなのに、どうして? 嘘一つついていない彼女が悪者にされているんだ?






 

 清水は千三つと言われているらしい。千のうち、本当のことを三つしか話さない大嘘つきという意味だ。


「なんで千三つなんだ?」

「そりゃ嘘つきだからだろ」


 放課後、教室のごみ袋を片手に佐藤に清水について聞いていた。ごみ袋は校舎の外の離れた場所で集めているため、話しづらい内容を話すのにうってつけの時間だ。誰もやりたがらないごみ当番を手に入れるのは容易く、聞きたいことがあると言ったら佐藤もあっさりと了承した。

 僕が燃えるごみを、佐藤が燃えないごみの袋を持つ。


 佐藤は清水について、肩をすくめながら嘘つきだと言う。その言葉に嘘はなかった。彼は持ち前の明るさから交友関係が広い。噂をよく知っているし、時には噂の根源だったりする。つまりそれが一般的な彼女の評価なのだろう。


「何でも、こういうことが起きるだろうからこうしておけとか適当なことを言うって聞いたな。俺もあまり清水とは仲良くないから本当かどうか知らないけど」

「お前は隣の席だろ?」

「いやー、最初は話しかけようとしたんだぜ? かわいいし。でも、こう、話しかけんじゃねぇオーラがあってさ」


 確かに、まだ今の席になって日は短いが、佐藤と清水が話しているのは見た記憶がない。


「少しも話してないのか?」

「いや。ちょっとは話したぜ。あんな可愛い子と話さないとか絶対ない!」

「どうだった?」

「なんだよ、ホの字か?」


 違う、そうじゃない! 話した内容についてだ。


「ああ、そっちね。悪い悪い」


 笑う佐藤だが、全く刺さらなかったので本気でそう考えていたのだろう。


「うーん、感じは悪かったな!」

「えっ!?」


 佐藤は、本気でそう言っていた。


「最初は確か休日何してるとかそんなことを話したっけ。でもさ」


 声のトーンが下がる。


「唐突にあいつ、俺に向かってさ『次の授業、当てられるからきちんと授業は聞いた方がいいよ』とか言い出してな」

「それで?」

「馬鹿にしてんのかと思って聞き流したんだが……当てられた」


 どこか遠い目をしている。これはもしかすると……。


「遠藤か?」

「イエス。しかも寝てました」

「……あったな、そういえば」


 ははは、と力なく笑う佐藤を哀れな目で見てしまう。けれど、これはしょうがないのだ。


 遠藤先生は寝ている生徒には人一倍厳しいことで有名だ。もしも寝ていたら烈火の如く怒りだすだろう。というか、佐藤はよく怒鳴られる。つい先日も怒られ、授業中立たされていた。後ろの席の僕にはいい迷惑だ。

 ここ最近は遠藤にばれないように居眠りする技術を編み出した数人の生徒が現れ、佐藤もその一人だった。しかし、質問のために当てられた時に、寝ていればそれはばれる。他のクラスで授業をしていた先生が廊下から様子を見に来るほどの怒鳴り声だった。


「全く酷い目にあったぜ」

「でもお前が悪いだろ、それ。清水の忠告聞いてればよかったんだから」


 根本的なことを言えば、寝るのが悪い。


「いや、絶対にあいつがちくった」

「はぁ?」


 佐藤はごみ袋を腕でぐるんぐるん回しながら言った。


「だってあいつが忠告した時に限って当てられるとかマジあり得ないだろ。あいつが遠藤にちくったに違いないぜ」

「それは……」


 無いだろう、そう言おうとした。しかしそう言い切れるほど、僕は清水のことを知らなかった。


「全く馬鹿にしてくれちゃってさ。いや俺馬鹿だけど。でもちくることはないだろう? 同じクラスメイトなのに酷いってもんだよ。俺があいつに何をしたんだっていうんだよ」


 思い出していくうちに腹が立ったのか、袋を回す速度が上がる。袋の中身がゴロゴロぶつかり合う音が鳴った。


「清水とはそれっきりだな」

「……そう、か」

「んにしてもどうして清水について聞いたんだ?」

「昼間に喧嘩してたろ? テストについて騙したなーとか。あそこまで言われてたら僕でも気になるよ」

「あーあれなぁ」


 佐藤は少し考えるように視線を空に向けた。袋の回転も心なしか遅くなる。


「あれって要するに清水が騙したらしいって聞いたな」

「いや、違う。清水が言ってた試験内容がドンピシャで出たんだよ。嘘はついてない」


 予想していたが、佐藤は清水が悪いということを平然と受け入れていた。

 学校という場所のクラスという組織において、中心人物が持つ影響力は大きい。委員長とかそういうのとは関係なく、クラスの顔というかリーダーのような存在になるのだ。僕たちのクラスにおいては間宮がその位置だ。

 あの時、間宮が彼女を悪者と扱った時点で、何も知らない人からすればそれが真実となる。これは嘘とか情報操作とかそういうものではなく、流れが出来上がるのだ。それの良し悪しに関係なく。


 ただ、間宮が清水を不当に扱った理由がわからなかった。もしも彼がその日の気分で他者を陥れるようなクズ野郎ならば、そもそもクラスの中心にはなれなかったはずだ。


 そこまで考えて、内心自嘲した。

 あの時、あの場所において清水をかばえる人間がここにいたではないか。それを棚上げして間宮を悪く言うのは、お門違いもいいところではないか。


「ありゃ、そうなの?」

「隣で怒鳴ってたろ。お前が言った場所は勉強しなかったってさ」

「変な話だな。俺だったら喜んでその場所だけは完璧にするのに。あー勿体ねぇ」

「教えたろ」

「ははっ! そういえばそうでしたね!」


 屈託のない笑顔な佐藤を見て、思わずため息が漏れる。刺されなかったということは、発言した瞬間は本気でそう考えていたということだ。せっかく教えたのだから完璧にしてもらいたいものだ。


「ため息つくと幸せがどっか行っちまうぞー」

「誰のせいなんだか」

「俺のせいですね、すいません」


 今ちくっと来た。こいつ反省してない。袋を持つ右手ではなく、左手を痛みが走った首にあてる。

 誤魔化すように佐藤はでもさ、と話を元に戻す。


「清水が自分が千三つとか呼ばれているの知ってたらどうよ? こいつはどうせ自分の言うことなんか信じないから本当のことを言って騙してやろうって具合にさ」

「回りくどくないか、それ?」

「ほら、詐欺師は頭がいいとか言うだろ? あれ、言わないっけ? まあいいや。とにかく、頭がいい人間はそれくらい考えそうじゃん」

「ええー」


 少し、いやかなり強引すぎる論理だ。確かにそういった裏を欠く考え方での発言なら騙す意図があっても刺されないが。


「千三つとかいうあだ名つけられるくらいなんだからありえると思うけどなー」

「さすがに飛躍しすぎだろ」

「うーん、でも清水だしなー」


 ごみの収集所が見えてきた。佐藤はごみを捨てたらグラウンドの方で他の友達と待ち合わせをしているので、着いたら解散だ。けれども清水については聞きたいことは大体聞けたから問題ない。

 これ以上のことを知るための方法は一つだけだろう。

 

「今度話しかけてみようかな」


 口から思考が漏れる。しかし口に出すとそれがいい案のように思える。佐藤でさえよく知らない彼女のことを知るためには直接会話することが効果的だ。

 最悪、嘘を見抜く異能をフル活用すれば知りたいことくらいは知れるだろう。


 ピタッと佐藤の動きが唐突に止まる。それに伴い袋が彼の足に思いっきりぶつかって勢いを止めたが、気にする様子はない。

 訝し気に見ると、佐藤はいつになく真剣な様子で言った。


「やっぱし好きなの?」

「だから違うって!?」


 この馬鹿! すぐに色恋沙汰に持ち込もうとしやがる。だからもてないんだ。


「えー、だってお前の口から女子について出てくるの初めてだし。修学旅行とかでも恋バナに参加せずにさっさと寝るし。お前、ぶっちゃけ女に興味ないとか思われてたぜ?」

「おい誰だそんなこと言ったのは? そいつの隠し事暴いてばらしてやるから教えろ!」


 嘘を見抜く力で弱味握ってやる! 俺だってもてたいって願望くらいあるわ!

 そう憤っていると、佐藤はいや本当本当と笑いながら言った。


「誰だったかなー。まあとにかく誰かが言い出してな? それはさすがにないだろうって結論にはなったけど、たぶんまだそう考えてる野郎はいるだろうな」

「まさかお前も思ってるのか?」

「さすがにそれはない。俺はお前がむっつりなのは知ってる」

「むっつりじゃない!!」

「いやいやお前、休み時間にぼけーってしてるフリしながら女子見てたりするじゃん」


 嘘だろと思ったが……刺されない! まさか、そんな、無意識のうちに女子を見ていたのか。

 顔がかぁっと熱くなる。真っ赤になっているのが鏡を見なくてもわかった。その動揺を目ざとく見抜いたのだろう。佐藤はしたり顔で言った。


「そうかー。むっつり君は清水のことが気になるのかー。しょうがないよな、性格はあれでも見た目はいいもんなー」

「おい!! むっつりとか言うな! あとそういうのじゃねぇ!!」

「でも俺は性格も大事だと思うよ? 顔も大事だけど、地雷女には気をつけなくちゃ」

「違うって言ってるだろー!!」

「あははははははははは!」


 逃げる佐藤を追いかける。逃げ先はごみ袋の収集所。それまでにとっ捕まえてやる!!




 実際の所、どうしてこんなに彼女のことが気になるのかは自分でもわからない。ただ、あの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いていて離れないのだ。


次回投稿は明日の予定

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とても面白いです、とても好きです
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