雨庭の地球外生命体
我々は宇宙人である。
というと、ふざけているのか、と言われてしまいそうだけれど、実際僕たちは宇宙人だ。これは別に、地球が宇宙に存在しているから宇宙人だと言っている訳じゃない。僕たちはお互いがお互いに、未知の存在なのだ。分かり合えることは決してない。どんなに仲のいい友達でも、愛しあっている恋人でも、たとえロミオとジュリエットであっても、何を感じ何を思うかは当人にしか分からない。ならそれは、宇宙人とも言えるだろう。
とまあ、こんなことを考えてしまうのは、間違いなく目前の彼女のせいだろう。突然現れた、どこから来たかもわからない、自分と同じ歳に見える少女。そもそも、名前も知らない。鳥のさえずりで目を覚まし、朝の匂いを感じながら、日を浴びようとカーテンを開けると、開いた窓の窓べりに彼女が座っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そして、見つめあっているのが今の現状である。
「えっと・・・・・・」
咄嗟に出たのがその言葉だった。それを聞いて、首をかしげた彼女だったが、突然あ、と呟き、
「おはようございます」
と無表情で言った。
「うん、おはよう。誰?」
体の一部しか入ってはいないが、不法侵入であることには間違いない。自分の置かれた状況を冷静に判断し、そう尋ねた。
「アリスちゃんです。アリスちゃんと呼んでください」
「ああ、うん。まあ、とりあえず部屋入りなよ」
冷静に判断した結果、こういう女の人に悪い人はいないという結論が出た。たとえ、茶髪とは言え明らかな日本人顔でありながらアリスという名前であったり、内側からしか開けられない窓を開けて座っていたとしても、これは冷静な判断である。
「それで、何しに来たの?」
彼女を招き入れ、向かいあって床に座り込んだところで、僕は当たり前のことを訊いた。彼女はにこりともせずに答えてくれた。
「おめでとうございます○○さん。あなたは、私たち天使が主催するラキラキ!願いくじに当選しました。私は、あなたの願いをなんでも一つだけかなえることができます」
「ほーう」
僕は大きく頷く。特に疑うこともない、彼女がかなえると言うんだ。かなえられるんだろう。しかし。
「でもなあ、今特にお願いとかないんだよなあ」
そんな僕の言葉を聞いて、彼女はこっくりと首をかしげた。
「なにかないのですか」
「うーん。例えばどんなお願いならいいの?」
「どんなことでも大丈夫です。そうですねー、例えば・・・・・・」
そう言って彼女は、一瞬考え込む。すぐに答えは得られたようだった。
「あなたは小さいころから、たくさんの習い事をしてきましたよね。何かを世界一にするというのはどうでしょう」
「ふむ、それはいい」
僕は一言そう返す。そしてその後語りだす。
「幼稚園の頃から、いろんなことをしたし、させられてきた。でもそれは、世間で時々聞くような親の見栄でもなければ、子供を完璧にしたいという願望の表れでもない。むしろ、僕に選択肢を与えて、その上で僕がやりたいことをさせるための過程だった。選択しがなければ、選択することはできないからね。そして過程は、空手であったり、あるいは書道であったり、そして器械体操であったりしたけれど、その中でやはりピアノは特別だ。結局人並み程度にしか上達していないけれど、それでも確かに僕を形成する一つの要素だ」
「なら、ピアノの技術をあげましょう」
「いや、それは必要ない」
再び彼女は首をかしげる。彼女の疑問に答えるように、僕は言を紡ぐ。
「正直に言って、ピアノは趣味なんだ。確かにうまくはなりたいし、かっこいいとは思うけれど、それは努力に見合ったかたちで得られるべきもので、僕には必要ない」
「なるほど」
今度は彼女が頷いた。そして別の例えを出す。
「なら、あなたの死んだ父親に会うというのはどうでしょう」
「ふむ、それはいい。というか、随分とデリカシーのないことを言ってくれる」
僕は二言そう返す。そしてその後語りだす。
「なるほど僕は、どちらかと言えばお父さんっこだった。教師だったからかこと教育に関してはかなり気を配っていたが、結構気の弱いところがあって、そこがまた好きだった。そして何より、家族を愛してくれた。それはもう、家族についてほんの些細な悪口を言われただけでものすごく怒るぐらいだった。確かに、父と会えたら嬉しいのは間違いない」
「なら、そうしましょう」
「いや、結構だ」
三度彼女は首をかしげる。彼女の疑問に答えるように、僕は言を紡ぐ。
「果たして会えた父が本物なのか、それが僕にはわからない。それに、父についての僕の記憶は、多少なりとも美化されているのだろう。でもそれを、認めたくはない。会いたくないわけではないけれど、もし会えるのならそれは、母に可能にしてあげるべきだ」
「なるほど」
今度は彼女が頷いた。別の例えは、出さなかった。
無言のまま、僕はしばらく考える。そしてついに、解を得た。
「よし、思いついた。僕は願おう」
「何を願うのですか」
じっと待っていた彼女に、僕は願いを伝える。
「眠気をコントロールできるようにしてほしい」
「なるほど」
そう言うと、彼女は目を瞑った。そしてそのまま数秒。彼女の目は開かれた。
「願いを叶えました。では、さようなら」
そんな言葉だけを残し、彼女はあっさりと窓から飛び出していった。僕のような凡庸な人間になど、そんなに頓着はしないのだろう。もう少し話していたいと思えるほどに彼女は美しかったが、まあ、仕方のないことだ。
気付けば、遅刻は免れない時間に近づきつつあった。僕は立ち上がり、今日使う分の気合を入れた。
部屋には、昨夜降っていたらしい雨の粒で湿ったハトの羽が一枚、ぽつりとあった。僕は、きのう窓を開けたまま寝てしまったのを思い出した。
「ただの夢か」
朝焼けの中に、ハトが一羽飛んで行った。